価値観
執筆中
智也が武器屋に訪れる間、あたりの商店街を見回した。智也は彩子達が待つ場所から半径数十メートルには少なくとも1件はアイテムショップか武器屋があることを確認した。また、商店街には智也や彩子らの住んでいた世界では見るはずのないものや、以前見たことのあるような類似するものまであり、智也を飽きさせなかった。この野菜や果物は一体どのような変遷でこの商店街で売られることになったのか、智也はそのことについてしばしば頭を悩ませていると、アルフィーがいるであろう武器屋に到着した。先ほどサルトが入ったアイテムショップに比べればこの店は庶民的な外装が施されている。智也はアルフィーがなぜ武器屋に用があるのかについて少し気になっている。彼と初めて出会ったとき、体に装着する鎧などはなく、ちょっとして武器さえ持っていなかった。きっと彼は争いを避けたいのだろうとその時は智也は考えていたが、今でもアルフィーは積極的に戦いに望みたい様子は見せない。それに彼は智也や彩子と同じく先頭にあまり慣れていない。いくら強力な武器を手に入れたとしても、モンスターの脅威を減らすことは難しいはずだ。智也は考え事をしながら、その店に入る。
「カララン」
店内はあのアイテムショップよりは狭い。きっとどこかにいるのだろうと智也は店中を探し回る。ところが、しばらく探し回ったのだが、アルフィーの姿はなかった。不安に思い、店主にアルフィーのことを尋ねてみた。
「すみません。ここに装備をしていない少年を見ましたか?」
「装備していない方なら数人いらっしゃいましたよ。男性が3人と女性が2人」
「その中で大きなリュックを背負った人は見ませんでしたか?」
「その方でしたらこの店を出ていきましたよ。違う店をあたってみるそうです」
「ちなみに彼はどの装備を欲していたのかわかりませんか?」
智也が店員にこう尋ねると、こう答えた。
「何やら創造値を引き上げるアイテムを探しているようでした。僕に今必要なものはそれなんじゃないかって」
智也はその言葉を聞き、内心驚いた。創造値はボイスリアクトなどの特別な者しか扱えないものだと思っていたからだ。アルフィーが言うのだからきっと理由があるのだろうと思い、智也はぐっと高ぶった気持ちを元に戻す。
「創造値は普通の人でも扱えるものなんですか?」
「一般的には扱えないのです。特定のマニュアルなどはなく、その人特有の何かを利用して、発揮できる場合があるそうです。決まったルートはない、その人自身の心の中にある何かを原動力にするらしいです」
「だいぶ抽象的ですね。すると創造値を扱うにはアイテムなどは必ずしも必要ないということでしょうか?」
店員はわずかに顔を悩ませるように首をひねると、ひらめいたように答える。
「必ずしも必要というわけではないですが、アイテムを所持することで効果が大幅アップする場合もありますし、アイテム別で使える能力に大きな違いがあるのです。全く所持していない場合は、創造値を扱う事例は全く見当たらないようです。一方で創造値を扱う事例が多い人に共通して持っているアイテムが聞いたことがあるでしょうが、ボイスリアクトらしいのです。特に超強力なこの世に存在するなんてありえないほどの能力を発揮して事例だと、一部ですがボイスリアクトとやはりウェダーボイスリアクトらしいのです。ウェダーボイスリアクトは世界に5つ存在すると言われていますが、誰が持っているのかはわかりません。この世のすべてのものを生み出せるそのアイテムは、あまりに強大でこの世界の価値観を変えてしまうほどの能力を遺憾なく発揮することができます。その点ボイスリアクトはそれほどの力を持つ者誰でも発揮できるかといわれるとありえないのですが、世界に1000個ほどあるのでお目にかかる機会があるかもしれません。創造値は基本的にこの二つのアイテムで用いられるということですね」
「ボイスリアクトは誰でも扱えるのですか?」
「難しいです。全ての人が扱えるのであれば、それはウェダーボイスリアクトになっちゃいます。一般的には一部の人ですね」
「ボイスリアクトで具体的にどんな物を出現させることが出来るのでしょうか?」
「そうですね。元の世界の食べ物なんかを出すのは見たことありますね。食べ物以外では見たこともない技だったり、見たこともない物だったり」
「ではあなたはボイスリアクトを持っている人を知っているということですね!」
智也は久々に目を輝かせながら店員に聞いた。
「数年前、ボイスリアクトを所持する冒険者と数名で旅をしたことがあります。北はウェーゼから西はヒュリンデルまでそれは長い長い旅でした。パーティーメンバーの平均ステータスは1250ほどで長旅をするには心細い数値でしたが、数々の困難を切り抜けてきた自慢のパーティーでした。ですがエラワランドル高原を抜けて、トルダルムン王宮跡地で休憩していたところ強力なモンスターが突如出現しました。4段階のスキル鑑定を所持する方がステータスを測ると、2030の数値を示したそうです。体長は4メートルほどで鋭い牙を持ち、顔の表面とその周辺が不気味に発達していて、突進すると数本の木と岩を粉々にするほどの破壊力を示しました。強力な顎を持ち、たまたま通りかかった獣がいたのですが、瞬く間に捕まえてかみ砕きました。これまでが一瞬の出来事でした。我々はそのモンスターの圧倒的な力量さを意図なく見せつけられ怯えていましたが、リーダーのロードはその化け物に立ち向かいました。スキルを発動し、攻撃力、素早さ共に1.5倍で対抗しようとしましたが、そのモンスターの攻撃にあっけなく敗れました。リーダーが戦闘不能になり、パーティーは半ば壊滅状態に陥りましたが、我々はまだあきらめませんでした。無事な3名でそのモンスターを囲みました。
「ギンッ」
私はそのモンスターに一撃をお見舞いしましたが、全くの無傷の状態でした。
「ババババババ・・・!」
顔の周辺に生えている鋭い角があたり周辺に飛び出し、仲間であるアル、ガーニックはその鋭い爪に接触して怪我をしてしまいました。
「ドドドドドド・・・!」
すかさずそのモンスターは私に猛スピードで向かいましたが、間一髪で避けることに成功しました。
「ドババババババ・・・!」
「ズドドドドド・・・!」
岩石は総崩れを起こすと一同は一斉に動揺しました。この時点での攻撃力は推定3000は超えていたと思われます。
「どうする!?。逃げるか?」
アルはガーニックに問い掛けましたが、リーダーは完全に戦闘不能状態で、彼を抱えて逃げるには相手が悪すぎるので困難だという話になりました。
「私が何とかしましょう」
ここで立ち上がったのがリアクターであるアルでした。彼はボイスリアクトを大体使いこなしていたため、勝算があったのでしょう。しかし相手はステータス2100オーバーの怪物です。私は少々時間が稼げたらいいと思って、アルの案にのりました。
「うーん。俺はやめた方がいいと思うんだ。あのモンスターはあまりにも破壊力が桁外れていて、いくらリアクターといってもただですまない可能性が高すぎるから」
「いや僕は行く。絶対あの化け物を倒して見せる」
そう言ってアルはそのモンスターの方に行きました。
「ズドドドドドドド・・・」
「くっ!」
そのモンスターは驚異な素早さで彼に迫り、モンスターの頭上にある少なくとも10本はある鋭利な角が彼に突き刺さろうとしたとき、何らかの力が働きそのモンスターの攻撃を跳ね返しました。
「ピュオオオオオオオォォ」
その力はどうやら光のようなもので、次の瞬間アルの周りに滞留していた光がモンスターに向けて光の矢のようなものに変化し、モンスターに直撃しました。
「ギュンッ」
「ピュンッ!」
光の矢はまっすぐに向かい、モンスターに突き刺さった。モンスターの防御力はあまり高くはなかったのですが、ステータスが2000オーバーであれば最低1700ほどの防御力を突破したということになります。
「なんだ!?」
「私にもわからない」
光のようなものでつくられた矢は次第に消えていきました。これで倒れたのかと私は思いましたが、そのモンスターの耐久力はその攻撃以上だったのです。
「グオオオオオオォォ!!」
「グオオオオオオオオオオオオオン!」
そのモンスターは完全に激怒していて、今にも全員を消滅させてしまうくらいにこちらを凝視していました。
「ズドドドドドドドドドド!」
そのモンスターはこれまでにない速度でこちら側に迫ってきました。もうだめだと思いましたが、後ろにいるリーダーが必殺技を放ちとどめを刺しました。
「ズドーーーーーーン!」
「ドン!」
リーダーは途中までは戦闘不能だったのですが、リーダーはなぜだか回復していて動けるようになっていたのです。きっとあの光のような何かの力でしょう。必殺技を放てるまでには回復していたのです。
「お前大丈夫だったのか!?」
「心配したのよ」
彼は必殺技を放つ際、攻撃力3倍の特殊魔法を予めかけた状態で必殺技を放ちました。結果討伐成功という形になったのです。ですがいまだにあのアイテムの力がなぜどのように働きかけたのか分かっていません」
「アルさんはどんな人なんですか?」
「どんな人かといわれると。まじめな人物ですね。いつも愚直に物事を丁寧にこなしています」
「俺とは正反対です。俺はいつも目の前のことで精一杯なので」
「あなたはあなた自身のいいところ活かしていけばいいのですよ。彼だって彼のいいところを使って能力を使ったのですから」
「俺も見習ってみたいです。全く彼にはかないません」
「そんなことはありませんよ。言ってるじゃないですか、あなた自身を活かすんです」
「簡単に行きますかね」
「簡単に行かないから難しいんです」
「そうですね」
突如として店員から笑い声が聞こえた。すると智也からも笑いが漏れる。
「では俺はあの少年のところに行かなきゃ」
「あの少年なら向かいの武器屋にいますよ。ここには見つからなかったみたいですから」
「そうですか。では」
「カララン」
彼はなぜ俺に興味があるのだろう。パーティーを構成して2週間が経過し、パーティーの団結も深まった。彼と初めて出会ったのはケントにある幅広い川のほとり。遠くに見える山々を眺めながら絵を描く様は、フェリル山脈の時のように俺と彩子にとってはたくましい人物に見えた。彼は何が原動力になってこのような絵を描き続けるのだろうか。彼はなぜここまでの絵に対する執着のようなものを生み出せるのか。彼の原動力の源を知りたい。今の俺には見当もつかない。以前彼と出会ってからあの時からだろうか、俺に対して少しつづ関心を抱き始めたような気がしている。俺がセレントリウス行きの船上でボイスリアクトで水を出したときからだ。その時の彼は今ほど関心を寄せた様子はなかったが、その時から確かに俺を追い続けているような気がする。もちろんアルフィーにとっての最も信頼の寄せる男はサルトであるが、俺の小さな行動を横目で見ていたような気がする。それからだっただろうか、明らかに彼が自分に興味があると確信したのは。しかしこの世界は創造系の魔法やスキルというのは珍しいのだろうか。このアイテムは本当に価値のあるものなのだろうか。世界に1000個という希少アイテムなので価値は高いとは思うけれども、本当に冒険や旅の役に立つのだろうか。創造値とは何なのか。おそらくアルフィーもそのことについて知りたいのだろう。彼は創造系の能力を使用して一体何を企んでいるのか。それは彼自身にしか分からないのは明白なのは間違いない。
「カララン」
俺は向かいにある武器屋に入店すると、目の前にアルフィーとぶっきらぼうなマスターがお互いに話を交わしていた。数分待てど話が終わる雰囲気ではないことを悟り、彼らの近くで耳を立てることにした。
「創造値は普通には扱えないということですね」
「無理に決まっている」
武器屋のマスターは嫌な顔をしながらアルフィーの顔を見る。
「あのな、この世界はステータスというのが絶対で、具体的には攻撃力、防御力、俊敏性、スキル、必殺技などの数値が総合的に判断されてステータスとして表示されるんだ。この世界にはそれ以外の概念はない!」
「でもステータスが低くても強くなれないことはないですよね」
「そんなわけないだろ。強い冒険者はみんなステータスが高いんだ。国のギルド戦6位の楯使いガーディアムのステータスは2100だ。攻撃力1900、防御力2700、俊敏性2050でスキル、必殺技共に強力なんだ。必殺技のガードアップというのがあるが必殺技時の防御力は驚異の4000超えという話だ。これにスキルなどを組み合わせることもできる。国のギルド戦8位の冒険者ヨシキのステータスは2080で攻撃力は2300もあるんだ。ギルド戦は毎年開催される有名なイベントで明確な出場資格などはない。だが国のギルド戦の上位者のステータスは毎年2000を必ず超えてくるんだ。俺はまだまだ未熟者で恥ずかしながらステータス720だが、いつか大会に出場して1回くらいは本戦に出場したいと考えている。ステータスはこの世界の絶対的な評価軸なんだ」
「そうですか」
武器屋のマスターは手を額にあてた。しばらく悩むと顔が和らいでいき、こう言った。
「もし創造値に関するアイテムや情報などが欲しければ、ウェーゼのウィリンテル地区トラハルトにある第8ギルドに行きなさい。同じような人物がいるはずだ」
「本当ですか!?」
アルフィーは目を輝かせながら、辺りを見回す。すると俺後ろから観察していることに気が付いた。
「智也さん!どうしたんですか?」
「ちょっと気になってな」
アルフィーに気づかれ、驚きながらも俺は内心嬉しかった。アルフィーとマスターが語っている際、俺は武器屋にところどころに置かれるロングソードなどをまじまじと観覧した。紫色のグリップと白銀のブレードは俺の所有欲を高ぶらせてくれた。二人の話は少しくらいしか聞き取ることが出来なかった。しかし武器屋に並べられた剣や兜などのロマンのある装備類は見事なもので、退屈な時間を忘れさせてくれた。俺がこれまで見てきた中で、この世界ではロングソードなどの武器を装備して、スキルなどを使用することが一般的らしいことがわかった。ここまでだとファンタジー世界での冒険活劇みたいな体裁なゲームそのものだが、実際俺はあまりのリアルさに恐れおののいている。目の前にいる人物はどう見ても人間であり、ゲームの世界だとはとても思えない。だいぶ昔だが、俺がゲームを日課にしていた時期に、夢のような世界で現実のように生きるドラマ、ドリーミングファンタジーを見ていた。主人公のカケルとヒロインのチカがファンタジー世界に突如として異世界転移し、当たり前のように生活していくストーリーだった。初めはカケルとリカは自分が夢にいると思っていたが、次第に現実の世界だと気づくようになった。しかしあまりにも現実離れしたファンタジックな光景に、二人は混乱し一時は破局するが、仲を取り戻し共に生き抜いていくストーリー構成で、当時の自分の価値観を一変させたドラマだ。それから俺はファンタジー系のゲームをプレイするようになったような気がする。その世界ではこの世界と同じく装備やスキルを使用してモンスターが出現すると敵を打ち破る形式になっていて、冒険の最中しばしばあのドラマの世界を思いだした。ところでこの世界はあの世界のように攻撃力や防御力などのステータスだけで構成されているのか。それが俺のこの世界に対する疑問の一つだ。仮にステータスだけで構成されていた場合、ステータスが上がれば、強くなるということだ。なぜならステータスだけで進んでいき、それ以外基準が存在しないからだ。攻撃力や防御力などのステータスの上昇のため修行したり、才能があればあるほど冒険が楽簡単に楽になっていく。だがこの世界はそれだけで構成されているのだろうかという疑問は拭えない。ステータスなど数値が高ければ本当に強いと言えるのか。そもそも世の中の基準は本当にあてになるのだろうか。
「智也さん何考えてるんですか?」
俺はパーティーメンバー内では一番悩んでいる。なのでいつも自信がないように見えるようだ。
「僕いいこと知ったんですよ」
「無暗に教えるなよ。これはお前だから教えたんだから」
「わかりました」
「なにかいいこと教えてもらったのか?」
「それは秘密」
「なんだアルフィー。俺をからかってるのか?」
アルフィーは問いかけに必死に異議を唱える。
「違いますよ。後で教えますよ」
「本当か?」
「本当ですよ!」
二人は店内を出て仲間のもとへ帰った。
「おう、遅かったな」
「私たち心配したのよ。あなたが帰ってこないから。迷子になっちゃったのかと思ったわ」
「俺が迷子になんてなるかよ。もう大人なんだから昔のように迷子にはならないよ」
いつものように急にいなくなって、何も言わずにひょんとした様子で帰ってくる彼は彩子を悩ませる。しかし彼女は智也の良い面も知っているから、許すことができる。
「アルフィーくんは?」
「後ろにいるぜ。何かうれしいことがあったらしいですよ」
「おうアルフィー。何かいいことでもあったのか?よければ後で俺に教えてくれよ」
智也の後ろから強靭な大男が語り掛けた。その人物はサルトだ。
「うん。後でね」
「お前ずるいぞ。サルトとお前だけで楽しんでるの」
ファシーは嫉妬しているからか、アルフィーとサルトの関係に詮索する。
「兄弟よ。俺と語ろうじゃないか」
遠くで手招きするウォーラー。寂しげなファシーを慰めてあげたく思ったからだ。
「ウォーラーもなんだ王国騎士同士で仲良くなって、私を一人にさせたいのか」
「そんなわけないだろ。俺はお前のことを心配しているんだぞ」
「二人ともケンカはやめてください」
「なあオリビアよ。ファシーと遊んでくれないか。俺とは語り合いたくないだろうし」
「全然平気だぞ。私だって一人でできるもん」
「おいおいファシー大丈夫か?」
智也が言った。
ファシーはパーティーを結成して幾らか月日が経った時に新しく入って、予めつくられていた輪の中になかなか入っていけない。ウォーラーともサルトともオリビアやオリバーとも仲を深めることができない。エルフ村から環境が大きく変化し、心と体が追いついておらず親友と呼べる仲間もいない。彼女の所属するエルフ村には昔、数年前にエルフ村を去った彼女の親友、ルナというエルフがいた。彼女は幼い頃から才能に溢れていて、冒険心が強かった。ファシーは10歳から20歳ごろまでルナと森や川などで追いかけっこやかくれんぼなどで暗くなるまで遊んでいた。長い付き合いで中もよく、親友と呼べる関係だった。ところがルナが22歳ごろだっただろうか、旅をしたいと言い出して彼女の両親と訓練を日課として行うようになり、ファシーとルナが一緒に遊ぶようにならなくなった。村長のダリンはルナの急激な成長ぶりに期待していて、ルナが27歳になるころ村長から冒険の許可が出た。ルナはファシーを訓練に誘いたかったようだが、嫌がることを恐れて誘うことはなかった。もしもあの時ルナがファシーを誘っていたとしたら、ルナとファシーは一緒に冒険をしていたのかもしれない。はやくしてエルフ村から旅だった彼女の背中を追って、ファシーは冒険をしたいとずっと考えていた。長い月日がたった。20年ほどたったのだろうか、エルフ村だけでなく世界を取り巻く状況も一変し、モンスターの生息地域の変動も相まってエルフ村から旅立つ戦士は大幅に数を減らした。エルフ村周辺は特殊な結界が張られていてモンスターは半径2キロにわたってモンスターは存在しないことになっているはずだが、それに反して2キロ以内に出現したモンスター、バーバリアンはエルフの生命を脅かし得る事態に発展させたこともあった。エルフの生息範囲が縮小し、エルフは村から中々出歩かなくなった。出るとしてもエルフ族の超級冒険者などが出向し、それ以外はエルフ村で極力生活し外に出歩かないように規則がつくられた。ファシーはそれを拒み、しばしばエルフ村の外に出て森などの様子を観察していた。とはいっても半径1.5キロ圏内は今でも安全で、モンスターの出現は確認されていない。そこで現れたのが一人の冒険者、智也であった。彼は一人の怪我人を背負い、山を登ってきた。けがを負っていた人物はとても重傷だった。すぐに手当てをしなければとエルフ村に戻ろうとしたのだが、次の瞬間智也が独り言を言いだした。「クリエイトウォーター」という言葉だ。変わった人だと思い、もう一度智也の方を向くと何やら異様な感じがして、ある一点の商品が出現した。そう、水の入ったボトルだ。500ミリリットルのものだ。ファシーは物珍しさと好奇心から智也と仲良くなりたいと思った。智也とウォーラーがエルフ村に運ばれ彼らが目を覚ました時、ファシーは智也と一番にも接触しようと駆けつけた。彼がボイスリアクトを所持していることを確認して、ファシーは君のパーティーに入れてくれと懇願した。彼なら自分を冒険家にしてくれると思ったからだ。それにファシーは智也に興味を抱いていて、旅に同行し少しでも明らかにしたいと考えたためだ。ボイスリアクトの力は彼女の心を動かすには十分だったのだ。こうしてファシーは智也と彩子とパーティーを組んで旅を続けているところだ。
「さあ行くぞファシー。おいてくぞ。俺たちにはまだすることあるんだろ」
ウォーラーは言った。
「まだ私は許してないぞ。あの2人とだけ仲良くして。私とちゃんと仲良くしろ」
「ごめんな。俺が悪かった。2人とだけ仲良くしているように見えるかもしれないが別にあの二人だけが特別じゃないぜ。誤解させて悪かった」
ウォーラーは少しながら笑みを浮かべながらも申し訳のない気持ちで謝った。王国騎士のウォーラーは王族や貴族の護衛というだけあって、礼儀が丁寧で一般人の智也やサルトとは見違えるものがあった。
「べっ別にっ怒ってるわけじゃないし」
長い旅路の疲れからかお互いに余裕がなく、様々な問題が降り注いでいく。智也の焦燥や彩子の不安など、旅をしなければ決して二人には湧きおこらなかったであろう心理現象が幾度となく襲う。旅は危険がつきものだ。旅にはリスクが必ず付きまとう。いつどこで遭難するのか、いつモンスターと遭遇するのか、予測できないことだって起こり得る。だが不安と向き合うことで遭難したり危険なモンスターとの遭遇を防げる可能性も無きにしも非ずである。こうした現象は吐いて捨てるには惜しいものなのではないのだろうか。
日はすっかり真っ暗になり、辺りは提灯や窓の光に照らされて商店街に幻想的な雰囲気が漂う頃、オリビアとオリバーが予約した宿屋に入る時間になった。今回はオリバーが先導し、お目当ての宿屋にパーティーを引き連れた。建物は全部で3階立て、敷地面積は広くウェーゼにある宿屋にも劣らない。大きく広いドアがこの宿屋の存在感を感じさせた。窓からはぼんやりとした光が漏れており、商店街をバックに荘厳さをさりげなく通り過ぎる人々の与えさせる。屋根にはごだわりのある素材が存分に使われた、適度な威圧感と心豊かさを同時に感じさせるこれも夜の商店街にぴったりの外観だった。外観だけだとおそらくこの商店街では1位2位を競う建物に違いないが、内装は和やかで落ち着きのあるスタイルで、玄関には細かな石で満たされた床に、ロビーは通常の宿屋と変わらずいつも通りでしたたかさを適度に感じさせる。ロビーを横切りしばらく行くと、左手に入浴施設が内接されていて、一流の源泉が使用されていた。男湯と女湯でわけられ、それぞれののれんは地元の織物職人によってつくられたもので、ちょっとした内装にもこだわり抜いていた。階段を上がり、2階3階には一つ一つ広く間隔があけられた客室がいくつもあり、奥ゆかさと余裕を部屋いっぱいに広がった畳と絶妙な位置に置かれたふすま、家具などで感じさせ、一同は思いをよせる。
「しかしこの施設あまりによすぎやしませんかオリビアさん。一体いくらしたんですか?俺金貨何枚も持っていませんよ」
「今回は奮発しました。ですが予算の範囲内なので心配せずどうぞおくつろぎください」
「俺が元々住んでいた世界とあまり変わらないのですが」
「もしかすると元の世界から持ってこられたものなのかもしれませんね。あなたの世界から来た人である可能性もありますよ」
「燃えてきたぜ」
「燃え尽きないでくださいね」
「当たり前ですよ」
「そういえばオリバーさんたちはどこに行ったんですか?」
「サルトさんとアルフィー君とファシーさんとオリバーですね。彼らは温泉に行きましたよ」
「まあ旅の疲れは温泉に限るしな」
「それで明日からの計画なのですが」
「俺は冒険者ムラセっていう人がウェーゼにいると聞いたのでその人に会ってみたいです」
「学術都市ウェーゼは人口500万人で構成される王国最大級の都市のひとつです。トップクラスのギルドもいくつかあって、学術都市だけあって王国図書館もこの都市ウェーゼにあります。古典の魔法書から1級の魔導書までどんな本も大体はこの図書館にあるといわれています。面積は広く、近郊にはいくつか町や村があり探し求めるには割に合わない地形です。近くにフェリル山脈が立っており、そこには様々なアイテムが眠っていると言われています。しかしながらモンスターも多く、強力なファイアドラゴンの棲み処も発見されていますし、フェリル山脈にはいくつか未開拓領域があります。山道を離れ、北に数キロ進むと小さな氷河で覆われた湖が見えます。標高は1500メートル、この高さだとステータスで我々だとサルトさんとオリバーしか対処できないレベルのモンスターが出現するでしょうし、そこは未開拓領域なのでどのようなイベントが降ってくるのか想定できないリスクがあります。なぜ未開拓なのか、それは開拓できないからです。強力なモンスターが出現する可能性が限りなく高いでしょう。でなくても何らかの理由で、未開拓なのです。しかし未開拓領域には見たことのない希少アイテムが眠っている場合もあるそうです。最高のものですと金貨20枚ほどのものまであるという予測が立てられています。しかしいかない方が賢明です。仮にフェリル山脈に向かうことになっても山道を離れたり、ドラゴンの棲み処に突撃しなければ安全でしょう」
「彼はフェリル山脈にいるという話を聞きましたが」
「はい。いる可能性はあります。探してみるといつか見つかるかもしれませんね」
「難しいということでしょうか?」
「そうですね。探すのは困難を極めるでしょう」
「確かに、そこにいるという話しか聞いていないですからね」
「でもまだあきらめなくていいですよ。私は嫌というまで智也さんのサポートをしますから」
「彼が見つからなければ、結局このアイテムについては進展なしですね。サルトさんにちょっと教えてもらいましたが、まだ使えるまでに発展しません。やはり感覚を掴むしかなさそうですね」
「そうですね。現時点でも扱える人はいますからね。智也さんのように悩みとおして使ってたらみんなお手上げですからね」
「それはそうですね」
「私も汗を流したくなってきました。温泉に入ってきます」
「そうですか。俺はここで待ってますよ」
「わかりました。ではまた後で」
オリビアは道具を持って入浴施設に向かった。
「疲れたな、彩子」
「そうね」
智也はあたりを眺めている彩子を横目に目をつぶる。
「ぐーっすぴー」
「ぐぐっ」
「ぐぐぐうーーっ」
智也が完全に寝たところ、彩子が智也に毛布をそっとかけた。
「さあ私も寝るか!」
そう言って彩子も寝巻に着替え寝ようとしたところ、オリバーが何も言わず帰ってきた。
「あっオリバーさん」
「彩子さん。もう就寝ですか。早いですね」
「いやまだなんですけど。ちょっと寝てみようかなって」
「そうですか。ここの温泉は最高ですよ。これまで入ってきた中でも50番には入る名湯です」
「後で入ります」
「では私は失礼します。ちょっと修練に行ってきます」
「こんな夜遅くにですか?」
「剣の修練は私にとっては日課のようなものです。お嬢様をお守りする立場にありますから。では」
オリバーは着替えてから剣の修練に出ていった。彩子は再び横になった。智也はいびきをかいているのでいなくても寝ていることがわかる。この部屋には智也と彩子しかいない。いつもの二人だけの時間は本当に安心できる時間だった。彼が寝ていても彩子には内装の景観も相まってひたすら安らぎを感じていた。
「おお、彩子さん。智也は寝てるんですか?」
「はい」
サルトが部屋に戻ってきた。後ろにずっと隠れていたアルフィーも姿をみせた。
「智也が寝てるんだったら俺も寝よー」
「僕も」
サルトは智也が気持ちよく寝ていたので、寝たくなったようだ。ふとんにつくサルトに遅れてアルフィーも自分のふとんに潜る。二人がふとんに潜ると、彩子は眠りについた。サルトとアルフィーも眠りにつく。王国騎士3人は別の部屋を借りていて、今も彼らがぐっすりと眠っている時でも皆でわいわい騒いでいる。これが彼らの標準である。彼らが就寝している時、オリビアが部屋に戻ってきた。彼らがぐっすり眠っているのを見て、オリビアも就寝の準備をしていたところ、ファシーが温泉から戻ってきた。
「智也今寝ているのか?」
「はい。ぐっすり寝ていますよ」
ファシーが絶好の機会と思い、オリビアの目を盗み智也の顔に落書きをした。その後何事もなかったかのようにふとんに潜った。やがてオリバーが戻り、ふとんに潜ったのを確認して電気を消した。結局智也はオリビアにもオリバーにも顔に落書きされていることに気が付かれなかった。彼が気付いたのは翌朝の事だった。