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ボイスリアクト  作者: 夕村奥
第二章
16/42

犠牲

執筆中

2日目の列車はドラムスコーピオンの出没で幕を閉じた。いつ誰に襲われるのかわからないドキドキハラハラとした感情はやがて落ち着き、夜には静寂の時が訪れた。本当に襲われるのだろうかと疑う人間もいたのだが、そのことについては知っているのは当の本人だけだろう。列車のジョイント音の流れるくらい車内でおびえるものがいた。あのスコーピオンの出現を目の当たりにして気がかりでしょうがないのだ。皆はそのことを知らないという事実が元々の不安に拍車をかける。

「ガタンゴトン」

「ガタッゴトッ」

他の人は目をつぶっているようだ。彼女は一人不安でどうしようもなく、ただ孤独に朝を待つしかなくなった。一人きりで過ごす長い夜。昨日はぐっすり寝ることが出来たのだが、この晩は寝ることが出来なかった。隣でいびきをかく智也の腕が目の前にあったので彼女はそれにさりげなく抱き着いた。

「仕方ないよね」

「もう」

彼女はため息をつきつつも内心微笑みながら彼の腕を抱いた。彼はそのことに全く気付かず眠り続けている。もちろん社内の他の人も同様に起きる様子はない。このまま一人で彼を抱き続けたいと考えた彼女であった。

「うーん」

しばらくして彼が小さなうなりを上げた。彼女はそれにびっくりして声を出しそうになったのだが、ぎりぎり踏みとどまった。

「むにゃむにゃ」

「ぐー」

智也は再び眠りにつき、彼女は少し安心した。この静寂に包まれた列車の中を独り占めできるなんてと彼女は少し誇らしい気持ちになった。

「カン」

突然車内に金切り音が響いて彼女は音の方向に耳を傾けた。

「カン、カン」

車内にかすかに響いてくる音に不審な気配を感じさらに耳を立てると、その音は少しずつ大きさを増しやがて耳を立てなくても十分に聞こえる大きさにまでなった。

「ガンッ、ガンッ」

「ゴカンッ」

大きな音を聞くと列車が少しずつスピードを落としていく様子だった。彼女もそろそろまずいと思い皆を起こした。

「みんな起きて!」

「みんな!」

「智也!」

「うーん」

「彩子さんなんですか?」

「オリビアさん、なにか妙な音が聞こえてきて」

「はい」

「そして大きな音が鳴って」

「そういやオリビアさんなんか違和感感じません?」

彼らの声を聞き皆が目を覚ました。オリバーが何かを感じ取ったようだ。

「ちょっと行ってきます」

「オリバーどこへ行くの?」

「すぐそこですよ」

そういってオリバーは席を離れ、外に出ていった。オリバーは彼らが乗っていた列車が完全に切り離されているのを確認し、すぐ車内に戻った。

「大変です。列車が切り離されているようです」

「本当ですか?」

「はい。何者かが鋭利なもので切断した痕跡がありました」

「スピードが落ちているとは思ったけど」

「これからどうしましょう」

智也のパーティーは大体状況を把握したのだが、なぜ切り離されたのかわからないと何をすればいいのかもわからない。とにかくオリバーとウォーラーが外に出て確認するとのことだったので、彼らは車内から出ていった。外は真夜中で何も見えず、車内に点いた光だけが荒野の真ん中にぽつんとあっただけだった。切り離された箇所を確認しても、結局何もわからない。誰がなぜこの時間に切断したのか見当もつかない。車内は少しパニック状態になり、すこし慌ただしい様子だ。智也と彩子は慌てながらも冷静に行動しようと心掛けた。むろん皆もそのように考えた。オリバーとウォーラーは結局何もわからず車内に戻ろうとしたところ、荒野の遠くの方から紫色の光が一直線にこちらの方に向かってきた。オリバーは警戒しながら見逃さないように注意していたのだが、猛スピードだったので少し気をぬけば見失いそうな勢いだった。やがてそれは車内の光で姿を現し、オリバーに何かを振り下ろそうとした。

「ギインッ」

オリバーは何とかその攻撃を受け止め、紫色の物体をはじき返した。しかしオリバーの腕に負荷がかかったようで、腕に手を押さえた。オリバーに当てたのは見たことのないとてつもなく長い剣だった。

「グウッ」

ウォーラーはオリバーが腕を押さえたのを見た。しかし、その紫色の物体は攻撃をやめなかった。オリバーに長い剣を振りかぶって横から胴体を狙った。

「ガアンッ」

間一髪でウォーラーが自分の装備していた盾を投げ、見事にその剣にヒットし弾き飛ばされた。そのすきにオリバーとウォーラーはその隙に車内に戻り加勢を申し出た。するとサルトとその場にいた見知らぬ上級冒険者が受け入れた。オリバーとウォーラーは彼らと共にもう一度外に戻り、4人のパーティーで戦いを挑んだ。車内の光でその物体は紫色の機体らしきものだということが分かった。ドアを破壊しようとしたそれだったが、サルトが飛び出して応戦した。

「キインッ」

サルトが相棒のサルトアイを水平に大きく振ったが、それは剣で見事に受け止めた。すかさず攻撃しようと試みたのだが、実は紫色の機体は剣を両手に装備していたので攻撃を受け止めた手ではない方でサルトに剣を振り下ろそうとした。暗闇でその腕の出現はサルトに感知できなかったのだが、オリバーがその攻撃を予測し、オリバーが一直線にサルトの方に向かいその攻撃を受け止めた。紫の機体の実力を鑑みてサルトとオリバーはそれから少し距離を取った。サルトが必殺技の準備を始めると、紫の機体が襲ってきたのでオリバーとウォーラーで立ち向かった。

「キンッ」

機体は2本の剣を斜め上から振り下ろそうとしたがウォーラーがそれが振りあがった瞬間盾でそれを振り下げられないようにして、オリバーが1本の剣を弾き飛ばした。機体が2人を吹き飛ばし、地面に落ちた権を取りに行ったところ、サルトの必殺技の準備が完了した。サルトアイに赤い炎がまとわり彼が空中を何度も振りかぶった。

「バアン、バアン、バアン、バアン」

その攻撃は4発命中した。しかし機体は大きなダメージを負ったが、案外平気だ。機体の頑丈さを感じサルトは上級冒険者に合図をした。するとその上級冒険者は詠唱を始めた。次第にサルトのまわりに水色オーラが纏った。彼は本気になると決まった構えをする。ギルド戦で負けそうになった時も、彼が勝てると判断したときお決まりのポーズをして戦いに挑む。モンスターでも対戦者でも彼が一度も気を抜いたことがない。勝ちたいと思ったときはあきらめずに戦う。それが彼の良いところなのかもしれない。彼が構えると機体は宙に飛び上がり、上から攻撃を仕掛けた。刃先をサルトに向け、猛スピードで突進してきた。オリバー以外の2人はその機体を観測することが出来なかった。

「ギインッ」

サルトは攻撃をはじき返した。そしてサルトアイに赤い炎がまとわり空中を振り始めた。

「バアン」

一撃目は命中したが機体は飛び上がって当たらないところまで移動した。機体はしばらく空中に制止し機会をうかがった。剣が自動的にしまわれて代わりにそれぞれの腕から二つのくぼみが出現した。色は次第に紫から赤色に変化し、目から放射される紫色の閃光から赤色に変化した。すぐさま両腕から光線が放出されサルト周辺を光が覆った。

「ドオオンッ」

サルトに命中したと思われたが、光線を間一髪に避けた。サルトはこの機会を狙って必殺技の準備をしていた。サルトはもう一度空中を振った。

「ドオオオオンッ」

サルトの攻撃に対抗しようと赤い機体が片腕から光線を放った。しかし光線に打ち消され、やがて光線がサルトの方に向かった。

「ドオン」

サルトはその光線を避けることが出来ずに膝に少し当たってしまった。彼の膝は負傷し、歩くのも困難になってしまった。

「クッ」

その一部始終を見ていたオリバーはポケットにしまっていたポーションをサルトに投げた。サルトはポーションをキャッチして膝にかけようとしたところ、光線はオリバーの目の前まで迫っていた。

「オリバー!」

ウォーラーがオリバーに迫る光線を盾で必死に受け止めたのだが、長く受け止められそうもなく吹き飛ばされる直前でオリバーを横に投げ、彼は光線をまともに浴びてしまった。

「ウォーラー!」

オリバーはウォーラーに駆け寄ったが、彼は瀕死の状態だった。外の慌ただしさに中の人はカーテンを開け外の様子を見たのだが、そこには横たわっているサルトとウォーラーの姿があった。オリビアはその光景を見て外に出ようとしたのだが、彩子やウォーラーの仲間に止められた。智也も外の様子が気になり覗いてみたのだが、そこには横たわった二人の姿があった。サルトはポーションをつけて立ち上がれるようにはなったのだが、受けたダメージが大きくまともに戦うのは難しそうだった。智也は自分の無力さとこの世界の残酷さに絶望し、列車の椅子に座りこんだ。リアクターはもっと仲間のために活躍できるものと思っていたが現実は甘くないらしい。冒険をすれば時にはうまくいかなくなることだってある。どうしようもない現実が自らの希望を奪っていくのに耐えられそうにない智也。彩子は智也の焦りに気づいている。しかし何もしてあげることはできないでいる。今の二人には頼りになる人物はいない。サルトがなんとか立ち上がり、車内にウォーラーを運び込んだ。ウォーラーは瀕死で今すぐに治療をしないといけないほど負傷していた。車内には上級ポーションが5つあったのでできるだけ使い、オリビアが回復魔法をかけた。しかしこれは一時的な処置でどこかでしっかりとした処置を受けないといけない。でもここは荒野の真ん中でどこにも助けを呼べない。サルトが運び込んだ後も光線が地面に当たる音が聞こえた。おそらくオリバーが戦っているのだろう。加勢すべくサルトが車外に出た。智也も車外に出ようとしたのだが、オリビアがそれを拒否した。

「あなたは外に出てはいけません」

「でもこのままじゃ」

「今のあなたにはあの化け物を倒すことはできません」

「でも」

「あなたオリビアさんの言う通りよ。とても危険よ」

「じゃあこのままほっとけっていうのかよ。俺はそんなの許さないぞ」

「サルトさんたちを信じましょう」

「そうです。サルトさんとオリバーさんならどうにかしてくれるはずです」

「そんなわけあるかよ」

「ドオオンッ」

車外で轟音が鳴った。すかさず外を確認するとオリバーが横たわっていた。

「オリバー!」

オリビアが大慌てで車外に出て彼の目の前に来た。サルトはオリバーのことで激怒しているようだった。しかし彼は怒りに身を任せず冷静に状況を判断しようと努めた。あたりを見回すとオリバーのそばにオリビアがいる。彼はオリバーとオリビアをいち早く車内に避難させたいと思っているのだがあの強敵の前で負傷した人を車内に入れるのは無理に等しい。それにオリビアがいるのでこちらに気を引き付けないと彼女まで犠牲になってしまう。と着想を考えていた。

「もう我慢できない、俺行くわ」

「智也!」

智也は仲間の危機に見て見ぬふりをできずに車外に飛び出した。彼は鎧の化け物からは馴染みのあるオーラを感じ取った。サルトは俺の方を向き、こくりと相槌をつき再び鎧の化け物の方を向き智也達から危険を遠ざけるためにけん制した。智也はサルトの優しさを感じ取り、必ず皆で無事にたどり着きたいと強く思うようになった。

「オリビアさん、俺オリバーさんを担いでいきます」

「ありがとうございます」

「オリバーさん、いいですか?」

「ああ」

「よっこらせ」

智也は重傷のオリバーを精一杯抱え車内につながるドアに向かった。

「キイン」

「キインッ」

「カンッ」

サルトは鎧の化け物に連続攻撃を仕掛けているのだがいまだにそれは健全だ。あの耐久力の高さに恐れおののきながらもオリバーをドアまで運んだ。しかし鎧が気付いたのかサルトの制止を振り切りこちらに攻撃を仕掛けてきた。攻撃があたろうとするときオリビアがオリバーの前に立ちはだかった。彼女は手を水平に大きく広げ、こちらへ来るなと言っているようだった。鎧は攻撃をやめなかったのだがあろうことか寸前に止めてしまった。俺はもうだめだと思ったのだが攻撃すらされなかったのだ。

「ドシューンッ」

鎧は振り返り遠くに飛んで行ってしまった。智也は鎧の中身が振り返って立ち去る際、鎧の中身がこちらを一瞬見たような気がした。それからすかさず車内でオリバーの手当てを施した。サルトも膝をやられてから歩くことはできるが走ることはできないようだ。まさか大都市セレントリウスーウェーゼ間に出没するヤツは上級冒険者でも歯が立たないと聞いていたがここまで強いことはだれも勘定に入れていなかった。圧倒的なスピード、そして破壊力。超級冒険者、上級冒険者4名がなすすべなくやられてしまった。しかしあのあきらめの良さはどうやら智也には引っかかるらしい。ここで話し合える人がいたらどんなにうれしいことだろうか。自分の戯言なんて一切聞きやしない。そう彼は考えてこういう話はあれ以来していない。ウォーラーは今回の犠牲者の中でも最もひどく、あと数日処置をしなければ命の危険があるらしい。しかしここは荒野のど真ん中だ。ここ荒野エージェイルは大都市セレントリウス~ウェーゼ間の広大な荒野で山や岩や森を見るのも珍しいほどの乾燥地帯だ。乾燥地帯なので食物や環境に恵まれず、集落もほとんどない。なのでここでさまよえば飢え死にするケースも多い。だが彼らには智也というリアクターがいるのでそこはひとまず安心だろう。何よりもウォーラーのことである。ウォーラーを救うにはきちんとした治療場所が必要だ。

「あの智也さん、智也さんの力でどうにかできます?」

「わかりません。俺も使おうとしてるんですけど、いまだに簡単な物しかできなくて」

「そうですか・・・」

「ねえ何とかできないの?」

「俺だってなんとかできるならって考えてるけど、今の俺では・・・」

「ここってどこなんでしょう?」

「荒野エージェイルという広大な荒野で周りには永遠と荒野が広がります。まれに山が見えることがあるんですが、一日中歩いても見つからないことが多いのです。基本的には一週間~2週間ほど歩いて山や集落、町や村を見つけ休んでまた出発する形式が多いです。列車が通っていないときはそのようにしてこの荒野を越えていました。昔はモンスターも今ほど巨大化や狂暴化していませんでしたので、一般的なパーティー越えることが出来ていたのですが、今現在は上位パーティーでしか攻略できないでしょう。とりあえずあたりに何もないので食料の準備は怠ってはいけません。ですが智也さんのボイスリアクトがあればそこは平気でしょうが。4両目が切断されたみたいですから4両目以降、つまり4両目と5両目のひとがここに取り残されています。もしかすれば犯人が紛れ込んでいるかもしれないので、使用する場合は十分注意が必要です。

「そんなこと言ってられるかよ。助けるべき人がそこにいるんだろ」

「私も助けたいのです。オリバーは昔からの私の執事で私の親みたいなものです」

「ウォーラーだって・・・」

「どうすればよかったんでしょうね、私」

「オリビアさんだって大事な仲間です。きっとオリバーさんやウォーラーさんもオリビアさんのことを助けるために立ち上がったんです。俺に任せてください。必ず二人とも助けて見せます」

「でもここでは使えませんよ」

「少し離れましょう」

「何かいい案あるんですか?」

「俺に任せてください」

「じゃあ行くか、彩子!」

「ちょっとあなた」

智也は彩子の手を握り、オリビアにジェスチャーをして車外に出て皆に見つからないようになるべく離れた。おそらく500メートルは離れただろう。不信がられたのかもしれないが、彼らにとっては一番すべきことなのだ。

「それで、何を出すんですか?」

「そうだな。これ出してみるか」

「クリエイト・・・・・マイバイク」

彼らの目の前に智也のバイクが出現した。彼女は初めてだったので、とても驚いた。

「これって何でしょう?」

「これはバイクというものでとても速く移動できる乗り物です」

「具体的には?」

「馬の全力疾走くらいの速度で走ることができます」

「本当ですか?」

「これで俺がウォーラーさんを乗せて集落を探せばいいんですよ」

「オリビアさん集落というのはどこに集まっているんでしょう?」

「やはり環境の整っているとことですかね」

「そこを目指します」

「この小さいので本当に二人も運べるんですか」

「あなた燃料は大丈夫なの?」

「あと3割くらいは残ってるからなんとかなるぜ」

「でも」

「帰ってくるから心配すんな」

「でも」

「約束する。絶対に戻ってくる」

「ほんと?約束よ。戻らなかったら許さないんだから」

「おう!」


「いいの?これで準備整った?」

「おう。絶対に落ちないようにしたぜ」

「いってらっしゃい。戻ってきてね」

「おう!」

「智也さんお元気で」

「必ずウォーラーさんと帰ってきます」

「待ってますよ」

「ブンッブンブンッ」

「ブーーン、ブーーン」

「行きましたね」

「智也さん無事に帰ってくるといいですが」

「彼なら大丈夫ですよ」

「どうしてですか?」

「わかりません」

「私が信じ切っているだけかもしれないです」

「信じ切れるだけの理由があるんですね。やっぱり間違っていなかったかもしれません」

「そうですか?」

「です!」

「さあ、彩子さん。車内で智也さんのこと語りましょう」

「そうですね」

彩子、オリビアは智也を見送った後に車内に帰り智也について久々に語り合った。彩子は久しぶりに智也のことを語れたので少しうれしい気分だった。オリビアはひたすらオリバーの横で彩子とおしゃべりし終わった後もずっと看病していた。彼女は表では明るくふるまっているのだが、内心二人の仲間の生死が保証されていなくて不安だろう。オリバーの方はなんとかなるそうだが、ウォーラーの方が心配だろう。智也は無事に集落にたどり着き、ウォーラーを救うことが出来るだろうか。もしくは彼がボイスリアクトで治療具を出すかなのだが、智也の知識では難しそうだ。車内では外と連絡を取れる人が数人いて、伝書鳩でここでの出来事をギルドやボランティア団体に送った。あと2週間で助けが来るらしい。食料は予備のもので1か月分それぞれの車両に保管されていた。おそらく襲われたときのためのものだろう。それを聞いてみな一安心したのだが、智也のパーティーメンバーは誰一人として安心できずにいた。サルトは結局全然大丈夫だったのだが、オリバーとウォーラーが心配だ。オリバーは命に別状はないのだが、ウォーラーは今すぐにでも治療をしないと助からないかもしれない。これは智也次第なのだ。しかし皆は智也がきっとやり遂げると信じている。しかし彼も万能な人間ではない。むしろどちらかというと不器用な人間だ。でも彼を無条件で信じる仲間が大勢いる。もともと仲間出なかった人でも彼と接するうちに少しずつ彼に期待するようになった。それもあって彼自身も自分に期待しているのだが、彼は期待される不安と戦っていくほどの心の支えはどこにもない。期待され過ぎるといつか取り返しのつかないことになりそうだ。皆はウォーラーの無事を願う。しかしそれよりも彼自身がそれをやり遂げることを願っているのかもしれない。そうだとしたら大問題だが。

「いくぜー」

「ブーーン」

智也は久しぶりのバイクで少し興奮しながらも、ウォーラーを救うことを最優先に考えてバイクを鳴らす。バイクは荒野を一直線に駆け抜け、障害物が増えてきてもそれを華麗にスルーする。彼はバイクの運転に人一倍自信がある。

「よっと」

どれだけ進んでも永遠と続く荒野で少し不安になってきたようだ。ここまで30キロは進んだのだが何一つ見えない。あらかじめオリビアに予想現在地と周りの集落の位置を確認した。最も発見しやすいルートを選んでいるはずなのに、一向に何も現れない。もしかして現在地が間違っていたのではと考えたがそう思っていても仕方がないのでオリビアがつくってくれた地図を頼りにひたすらバイクを走らせ続けた。すると広大な荒野にぽつんとオアシスがある。智也はオアシスに行こうとするのだが、ひたすらバイクを走らせてもそこには一向につかない。何かの魔法がかかっているのか疑ったが、何もかけられてはいなさそうだ。じゃあなぜたどり着くことが出来ないのか。バイクをとめて降りてみた。するとそこには何もなかったのだ。バイクに乗るとそこに現れるオアシス。余りに不思議過ぎてそこのオアシスには触れないでおこうということになった。しばらくオアシスに向かわず、地図に沿ってひたすら走らせたがオアシスが再発現した。

「うん?」

「なんだ?」

智也の心の声が漏れた。そこで先ほどと同様降りてみるとまた同じ光景。

蜃気楼というものなのか。この世界に来て何週間か経つが蜃気楼というものは一度も体験したことがない。この世界の現象なのだろうか。今はだれも相談する人がいないしわからないか。

「ブーーン」

再びバイクが走り出した。20キロ進んでも何も見えず、50キロ進んだところでようやく山の端が見えた。

「っっしゃ」

彼は心の中でガッツポーズをして山の端にバイクを飛ばし続けた。燃料は残り1割といったところだが、それに構わず山の端に向かい続けた。10キロほど走りようやく山の入り口まで来た。入り口は洞窟状になっていて中は外からは見えなかった。あたりを見回し誰も見ていないのを確認してからバイクを収納し、ウォーラーを抱えて洞窟に足を踏み入れた。しばらくしてその洞窟から鳴き声が聞こえた。

「グガアァ」

「ハウハウ」

智也はその鳴き声を間違えなく聞いていた。おそらくモンスターだろうが、智也は結局洞窟から逃げてきた。

「くそっ、ここもダメか」

彼はせっかく見つけた入り口だったのだが、どうやらモンスターの生息地みたいだったので違う入り口を探した。300メートルほど山に沿って歩くと、山道が見えた。おそらくここだろうということで山道をひたすら進み、休憩スペースがあったので一休みをした。ウォーラーをずっと抱えていて疲れたので、少し横にして智也は地面に腰を下ろした。だいぶ切り離された列車から離れてきて少し寂しくなってきた。集落というのはどこにあるのか。バイクは残り燃料は1割くらいでもう少ししか走れないのでできれば智也は見つけたいところである。急な斜面の休憩スペースだったが、智也の疲れを十分に癒してくれた。突然智也は彩子とオリビアのことが気にかかる。智也はウォーラーをここまで担いできて疲労困憊状態であると同時に彼のけがの状態がとても心配だった。安全に運べたのだろうか。もしかすると傷が広がっているのかもしれない。彼は彼について不安にさいなまれながらバイクを運転し、山道を登ってきた。はじめは発見して嬉しかった休憩場所も、今は泥沼のようなここから動きたくないような場所に変わりつつある。彼の精神は意外と限界に近付いているのかもしれない。しかし彼はウォーラーを無事に彼らの元へ送り届けると約束したからにはそれをやり遂げなくてはならない。彼は重い腰を上げウォーラーを担ぎ歩き出した。成人男性の中では身長は低い方だが肥満体系なのでウォーラーを担ぐには体力が必要だ。幸い智也は体力はある方だ。いくら体力があるとはいえ重い体を担いで坂道を上ることは簡単ではない。だが彼は集落を見つけるのに必死でいる。いくら坂道を登っても一向に現れない集落。それどころかモンスター一匹も見つからず、人と出会える気配がない。山道で足を滑らせて90度に近いような斜面を転げ落ちそうになることもありながらも、彼は歩き続けた。しばらくして休憩場所を見つけたので、ウォーラーを寝かせて横になった。ウォーラーを顔を見た智也はあたりを見回して状況をあえて見ないようにした。その時、智也は彼を救うことが出来ないかもしれないと思い始めた。荒野を駆け抜け、山道を駆け数時間。彼の心の中の灯も消えつつあった。智也は立ち上がりその辺をぐるぐるしながら頭を抱えた。彼の不安は心の柱を折っていく。何処まで行っても手掛かりさえつかめず、頼れる仲間と連絡さえ取ることが出来ない智也。もうここから逃げ出してしまおうと思うことさえあった。しかしオリビアの大好きなウォーラーの命が持たない。

俺は自分の未熟さはわかっているつもりだが、そう簡単にあきらめようとは思わない。あがいてあがいて現実に立ち向かっていかなくては助かる命も助からない。俺はこの程度であきらめてたまるか。

「ふー」

智也はため息をつきボイスリアクトを握った。

「クリエイト・・・・・ウォーター」

智也とウォーラーの目の前に一本の水が出現した。

「ででくれたか・・・」

「っしー」

智也は水のボトルを手に取りキャップを回し水を口に流し込んだ。

「ゴクゴク」

「はーーっ」

それからウォーラーの方を向き彼の目から涙が流れてきた。

「なろー」

「くそ」

「俺なんでこうなんかな」

智也は自分の無力さをここで今一度痛感し置かれている状況に絶望した。ウォーラーは目を覚まさず今どういう状態か何が起きているのかそもそも生きているのかさえ分からない。彼は一人でそれを背負っている。

「俺が出しゃばったせいなのか?」

「はーっ・・・」

智也は地面に腰を下ろし仮眠をとろうと思い寝転がった。

「ざざざ」

「すーーっ」

智也は疲れて眠ってしまった。モンスターが一匹もいなかったので彼は安全と判断し心の休息も兼ねて眠った。少し時間がたち木々の向こうから見たことのない生命体が近づいてきた。彼らの眠っている姿を確認し木々の向こうに消えたと思ったら再び彼らの前に現れた。その時には謎の生命体は総勢5名くらいで担架のようなものを持ってきた。謎の生命体は2人を担ぎ上げ、木々の向こうに消えていった。担ぎ上げられた二人はそのまままっすぐ狭い木々の中をひたすら歩き30分、彼らの生息地に持ち運ばれた。二人は起きるまで奥の方で彼らと共に放置された。智也が起きたのは運び込まれてから2時間後のことだった。仮眠と言ってたのに3時間くらい寝てしまったということだ。しかし仮眠と時間よりも周りの景色が気になった。大きな木々がぽつんとあり、広大な草原があたり一面を覆っている。民家らしき建物がそこら中にあり、そこから子供の耳の長い人間が出たり入ったりしている。大人も子供に混じって遊んでいた。ウォーラーを見ると適切に処置されているようで安心した。

「おー目覚めましたか」

耳が長い生き物というのはエルフしか知らない。エルフということにしておこう。

「ここは?」

「ここはエルフの里、ハワント王国の32区画の3番目の村です。村長はヴァランドルというものです。この村に来た際は村長にお願いしております」

「あなた様方が普段は人が全く現れないところで無防備に寝ていたようでしたから勝手ながらこちらに連れてきた次第です」

「そうですか。ありがとうございます」

「それから初めに見つけた人が話したいといっていましたからこちらにお呼びしますね」

「はい」

エルフの人はその人物を呼びに行った。

「トントン」

「その人です」

「はい。いいですよ」

「ガチャ」

エルフが扉を開け中に入ってきた。彼女のまなざしは女性がイケメンを発見したときくらい輝いていた。

「ちょっとさっきのすごいじゃない」

「はい?」

「だからすごいじゃんっていっているの!」

「すみません。おっしゃる意味が分からないのですが」

「だ、か、ら、さっきの水だしたヤツ。すっごくて感動した。話しかけようと思ったけど、なんか寝ちゃったみたいだし」

「はい、だしましたよ。もしかして他の人に話したんですか」

「そんなことするわけないじゃん。私はお前の見方だよ!」

「はい?」

「私お前のことが気に入った。だから仲間になってやる」

「見ず知らずの人ですよ?」

「そんなの私きにしないもん。エルフ族は基本悪意のあるものとないものを区別できるんだ。だから心配いらないぞ」

「そうですか。ところでそっちのウォーラーさんは大丈夫でしょうか?」

「そうね。少し危険みたいだったけど精霊術でなんとかしたぞ」

「精霊術って?」

「あんたそんなことも知らないの?だから若造は」

「若くて悪かったですね」

「怒ってる怒ってる」

「怒ってないですよ」

「ははは・・・」

「精霊術ってのは精霊術師が使用する魔法の一種で精霊の力を借りて魔法よりも高い能力を持つことから魔法の上位互換と言われていることもあるわ」

「その情報って正しいんですか?」

「わからないわ」

「そうですか。もしかして精霊術でないと治せなかったんですか?」

「治せなかったってわけじゃないんだけど精霊術だと治せたってだけ。たぶんそれじゃなくても治せてたと思うわ」

「この里ってどういう人が住んでいるんですか?」

「あたりまえだけどエルフだけだぞ。エルフ族の村なんだから」

「じゃあここはなぜ隠されてたんですか」

「質問多いわね。エルフ族は賢いから戦いを好まないの」

「そうなんですね」

「ここに来たのはあなたの能力を見せてもらいたかったのと仲間に入れてもらいたかったからなの」

「能力ですか?」

「見せて!」

「そんな簡単に見せられませんよ」

「私はだれにもばらさない。約束する」

「わありましたよ」

「クリエイト・・・・・ウォーター」

彼らの目の前に一本の水が出現した。いつも通りの智也は少し驚くくらいだったが、そのエルフはとても驚いていた。

「すごいっじゃん」

「何これ!?」

「名前聞いたことないですか?ボイスリアクトですよ」

「あの国に10個しかないボイスリアクト?」

「はい」

「ほー」

「このアイテムがあれば何でもできるという」

「そこまで万能じゃないですよ。俺だって特定のものしか出せないんです」

「一つでも出せるってすごいことだぞ」

「そうですか」

「あたりまえじゃない。世の中の大半は一つも出せないんだから。このアイテムってあなたが思っているより貴重よ」

「改めてみればこのアイテムに助けられてきました」

「だろ!」

「それで仲間に入れてくれるか?」

「彩子とオリビアに聞いてみないと何とも」

「じゃあそこまで案内してくれ」

「たぶん入れてくれると思いますけど保証はできませんよ」

「いいぞ」

「ウォーラーさんいつ起きるんですかね?」

「さあ、そっとしておこうぜ」

「うーん」

「ここはどこだ」

「目覚めましたか」

「智也か、ここはどこだ」

「ここはわけあってエルフ村に来ているんですよ」

「そうか?俺なぜここにいるんだ」

「それは後でゆっくり話しましょう」

「よっ」

「ああ、あなたはエルフ族の人?」

「おう。エルフ族のファシーというんだぞ」

「おお、俺はウォーラーだよろしく」

「よろしく」

「それより俺は何で寝てたんだ」

「そりゃーあんた相当重傷だったからな。あいつが運んできてくれたんだぜ」

「ほんとか?そういやなんか戦っていたような」

「結構損傷ひどかったですよ。うちの精霊術師に感謝してよね。ちなみにダリンっていう」

「ダリンさんか。助かったって伝えといて」

「任せろ」

「あの、ウォーラーさん大丈夫ですか?」

「おう。もう元気だぜ」

「ファシーもできるなら早くいきたい」

「ウォーラーさんはもう少し安静にしておくべきと思います」

「いや俺は普通に」

「ダリンはすごい精霊術師なんだぞ。あんな怪我全然全然」

「おう。全然動くぜ」

「でしょ。さあ行きましょう」

「もうですか」

「あたりまえでしょ。時間がないんでしょ」

「でもここまでボイスリアクトで出したもので来たんですが、それがもう使えないようなものでして」

「大丈夫大丈夫。私召喚術嗜んでるんだから。見ててよね」

ファシーは召喚魔術を発動した。ファシーの前に魔法陣が描かれ小さな鳥が出てきた。

「ほら、見たじゃない。これが召喚魔術よ」

「でもこれで何をするんですか?」

「えっと。わからん」

「おーファシーもそういうところあったか」

「わかるぜウォーラー。お前の気持ちも」

「だろ、兄弟!」

二人は何やら意気投合しているみたいだ。この二人に置いてけぼりにされる俺。なんかむなしいな。

「次こそは私の本領、出ろ!」

もう一度彼女の前に魔法陣が描かれた。そこには小さな鳥が2匹出現した。

「どうやら私の魔法ではあなたたちと空の旅に連れていけないようだ」

「俺のいたところまでは100キロくらいあるんですよね。1日や2日ではつけないですね」

「無理か、私お前の仲間に会いたかった」

「1週間の旅か。それでもたどり着けるだけましか。いいぜ私ついていくぜ」

「いいのか?」

「いいぜ」

「でも何気にその荒野エージェイルっていうところ危険らしいですよ。何も装備のついてない俺たちじゃ敵に襲われれば食われてしまいます。もし落ち合えなかったら大都市セレントリウスに待ち合わせしていますし」

「そんなの気にすんな。俺の親についてきてもらう」

「おおそれは頼もしい」

「でもセレントリウスに直接行く方が安全じゃないんですか?」

「そんなに変わらないぜ。だってどちらにせよずっと荒野だし」

「結構強いんだぜ、うちの両親。親父は精霊術師で母親は召喚士。私はずっと頼ってる」

「ファシーもそういうところあるんだな」

「そうだぜ」

「やっぱ兄弟だ俺ら」

ファシーとウォーラーは謎に仲が絶妙に会う。俺はそのぶん仲間外れにされているようだが。

「じゃあ呼んでくるからそこんとこ頼むぜ」

「じゃあな」

ファシーはそう言って外に駆けだし、一瞬で戻ってきた。俺たちはファシーの機動力に驚いたのだがそれだけでは俺たちには足りなかったようだ。異界地の洗礼とはこのことだろうか。

「ガチャ」

「こっちは私の父、そいでこっちが母」

「よろしくね」

「こちらこそ」

俺は明らかに似た父と似ない母を見ておそらくファシーは父になのだろうと思った。しかし話してみると性格においては父にではなく母にらしい。世の中はこうも不思議なのかとその時思った。

「それで1週間の旅をしてほしいと」

「はい」

「あいつにも友達ができるとは大変喜ばしいことだ。当然OKだ」

「本当ですか」

「ありがとうございます」

「俺からも、助かる」

父が口を開いた。

「じゃあ今から行きますよ」

母が口を開いた。

「行くぜー」

彼らはそれぞれ独立してるようでそれがほほえましくも見えた。俺たちはエルフ村を順当に出て山道を道なりに進むとある老人とすれ違った。

「ダリン!お出かけか?」

「ファシーか、おうおう。さっきぶり」

「今日はみんなを連れてどこに行くんじゃ?」

「この2人と仲間になったんだ。両親は付き添い」

「えーーっ。お前に友達が。なんて・・・」

「これまで生きてきて3000年、これほどの喜びを感じたのは初めてじゃ」

「おちょくらないでよー」

「ほっほっほっ」

「じゃあ私たちはいくぜ」

「元気でなー」











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