小休止
執筆中
彼女は僕に好意があるのだろうか。アルフィーは先日の出来事を受けて、自分自身を信じることができない。アルフィーは昔から一人でいることが多く、友達と遊ぶ機会が少なかった。なかったとは言えないのだが、彼と友達や知り合いとの間に壁があるのである。でもアルフィーは自分自身に課した目標に向かって進んできた。その間、様々な人から声を掛けられることが多かった。できるだけそれに応えるように心がけてきたつもりなのだが、彼はあえて彼らに大きく近づこうとはしなかった。接触する機会が増えると彼自身のメンタルに影響を及ぼす可能性を懸念したからだ。実際、アルフィーはそれを貫いてきたおかげで、自分の望む絵を描き続けられている。もし過去に折れていたら、今は違う仕事をしていたのかもしれない。彼の突っぱねる態度に嫌気がさした人物がいたかもしれない。僕に嫌われていると思い込んでしまったのかもしれない。アルフィーは心のもやもやと、人に認められたいが自分の伝えたいことを表現したいという葛藤を抱えていた。むろん今もそれを抱えている。オリビアが好意を持ってくれていることは彼は知っている。しかし、アルフィーはオリビアと近づくことを本当には望んでいない。オリビアもなんとなく感づいているのかもしれないが、彼は自分自身に使命を与え続けている。もしかするとアルフィーのその姿に、彼女は心を打たれたのかもしれない。しかしこのままでは一方通行で物事は何も進んでいかないだろう。彼、アルフィーには絵媒体で世界中に発表するという夢がある。彼はきっとこの先ずっと夢を追いかけ続けるだろう。オリビアはそれすら知っているのかもしれない。それでパーティーメンバーは今現在宿屋に向かっているようだ。この街セレントリウスの中央は背の高い建物で覆われており、宿屋であってもその例外でない。彼らは3人衆の驕りで街でいい方の宿屋に泊まったようだ。その宿屋の建物の高さは15メートルを超えていて、この世界の宿屋にしては目を見張るものであった。さすが大都市セレントリウスというべき宿屋がそこにあった。彼らはそこでチェックインを済ませ、船上と同じペアでわかれ、別々の部屋に泊まった。大きな宿屋だったこともあり、バイキングスペースに大浴場まで設備が施されていた。智也と彩子は久々のお風呂に感激を隠せないでいた。智也が一番乗りに宿屋の大浴場のゴールテープを切った。それに続いてモンスターとの戦闘で疲労がたまったサルト、続いてサルトに意味もなくついてきたアルフィー、次に彩子が順に大浴場に入った。当然その浴場は男と女で別れており、智也ははじめ男風呂貸切状態だった。智也が体を洗ってからいざ広い風呂に入ろうとしたところ、サルトとアルフィーが入ってきた。その時の智也の顔は無心の人間のものだった。サルトはその大浴場で体を高速で洗い、その泡が隣のアルフィーにかかっていたようだ。サルトは早くお風呂に入りたい一心でそれに気づいていなかった。智也もその様子をお風呂に入りながら観察していた。智也は人間観察が好きなのでサルトの一面を見れて少しうれしかったようだ。アルフィーはかかった泡末をさりげなくシャワーで流し、サルトに気を使っていたようだ。そこでまた智也はアルフィーの一面が見れて二度うれしい思いをした。調子が良くなったのか、彼は大浴場を出て、露天風呂に向かった。外につながるソアを開けた時、彼の足がいかにも寒そうに震えていた。そのまま彼は露天風呂で一人の時間を過ごした。なんだかんだ智也は一人の時間も好きなのだ。サルトが体を洗い終えると、一目散に大浴場の大風呂に入った。彼の気持ちよさそうにする様子はなによりもここの風呂の大事さを物語っている。
「あーー、生き返る。」
「うーーん」
サルトの気が抜けたのか、普段では聞かない声が大浴場の中を響いた。その声を聞いたアルフィーは僕もと言わんばかりに体についた泡を洗い流し、サルトの入っている大風呂に入った。二人はお互いに壁の方を向いて、ひと時の無言タイムが訪れを迎えたようだ。
「アルフィー、気持ちいいな。」
無言タイムが終わりを迎え、彼らのトークタイムが始まった。
「アルフィー、」
「うーーん」
サルトは案外積極的な人間なようだ。アルフィーは正直で嘘をつかないので、多くの人間から心を開かれているのである。しかしアルフィーは自分でそれを拒む。
「はい、気持ちいいですね。」
「おおーう」
「明日も入るけど、どう?」
「そうですね。機会があれば」
「ちょっと俺露天風呂の方行ってくるわ。」
サルトが彼の元を離れ、智也のいる露天風呂の方へ向かっていった。サルトがドアを開けると、目の前に智也がぽつんと座っている姿があった。サルトはそれに安心したのか、露天風呂に豪快に入った。
「ザブンッ」
「トプンッ」
サルトが智也に話しかけた。
「あの公園もう一度メンバーで行きたいですね。旅がひと段落すれば、またの機会に皆で集まりましょうよ。」
「あの公園いいですね。俺も今日楽しかったです。」
「このメンバーなんかしっくりくるんですよね。いつもより気兼ねなく話せます。」
「そうですか?」
「いつもは遠慮してるんですけど、今回はそんなことしてません。」
「なんだかんだでオリビアさんのおかげかもしれませんね。」
「ああ、あの方みんなと仲いいですからね。なんか秘訣とかあるんですかね。」
「オリビアさんに聞いてみたらどうですか?」
「さすがに女性に秘訣なんて聞きませんよ。」
「そうですよね。」
「はははは・・・」
談笑が静かな露天風呂の中に響く。するとドアが開き、誰かが入ってきた。
「アルフィーか?・・・違いましたすみません。オリバーさんでしたか。」
「アルフィーは今どうしてるんでしょう?」
「アルフィーさんなら今、大風呂にいますよ。」
風呂の温度はそこそこ高かったのだが、彼は長い間風呂から出ていないらしい。彼の趣味を当てることはとても難しそうだ。その時サルトはそう思った。それにしてもオリバーさんはさっき大浴場に顔を見せただろうに。意外に彼も面白いやつなのかもしれないとサルトと智也は思った。しかし、実はオリバー、体を洗う速度が尋常ではないのだ。剣を使いなれているからか手先がとても器用でしかも毎日屋敷の浴場を使っているからか、風呂のマニア顔負けの実力だった。もし体洗い選手権が全国で開かれれば、上位入選間違いないといってもいいほどだった。アルフィーはその様子をちょうど風呂から観察していた。しかしまた泡がアルフィーにかかってしまったようだ。プロとはいってもあれほどの速度なのだから一度や二度の失敗はある。すぐ終わり、オリバーはすぐさま露天風呂に向かっていった。実はオリバー、露天風呂が大好物だったのだ。屋敷には残念ながら露天風呂は設置されておらず、首都ケントの大浴場まで行って、毎週必ず3回は入っていた。なので露天風呂に入るためにこの宿屋を選んだというのも一つにある。この宿屋はセレントリウスに着く前にオリビアに言ってなんとか泊まらせてあげられないだろうかと画策していたのだ。しかし泊まらせてあげたかったのではなく、彼が露天風呂に入りたかったからこの宿屋になったのである。物事には必ず順序があるのである。
「いやーオリバーさんも風呂好きですよね。」
「はい。」
「俺も特に露天風呂はいいですよね。」
「それは当たり前です。」
「おお、オリバーさんほんとに好きなんですか。」
「まあ、好きか嫌いかと言われたら。」
「サルトさん、今度集まるときは露天風呂も一つ加えましょうよ。」
「そうですね。ちょっと楽しみになってきたじゃないか、智也さん。」
彼らの談笑を聞いてアルフィーが外に出てきたようだ。なにやら話に混ぜてもらいたいような感じを出している。
「ガーッ」
「すたすたすた」
「ザバン」
「ズボ」
これで4人がそろった。あと男の3人衆がそろえばパーティーの男性全員集合なのだが、彼らはおそらく今は3人で宴を催しているだろう。しかし4人も集まれば智也1人ではスペースがとても開いていた露天風呂がもう埋まってしまっている。しかしそれも一つの醍醐味かもしれない。一人で入るお風呂と数人で入るお風呂には何か違うものを感じられるのかもしれない。彼らも風呂で長い船旅の疲れが大きく言えたに違いない。
女風呂は男の方とは反対でとても静かだ。彩子は久しぶりのお風呂で汗を流す。彼らは気にせず使っていたようだが、この銭湯にはシャワーと石鹸がある。この世界はそのような仕組みで動いているのかはわからないが、元々このようなものがこの世界に存在していたとは考え難い。つまり異世界から来たどなたかが持ち込んだ技術だろうが、そもそもここには数えきれないほどの人数が転移してきており、どんな人物なのか知ることは難しい。おそらくリアクターなのだろう。しかしその人物を出会うのは困難だろう。ここには100ほどの国があり、リアクターはそれぞれの国に散らばっていて発見するのはとても難しいだろう。ボイスリアクトの所持者に会うことが出来れば、使用する瞬間に立ち会えれば何かわかるのかもしれない。また、転生者側からの視点や普通の人が知っていないようなことも持っているのかもしれない。彼らは転移および転生者で、彩子と智也と出身が同じものももしかするといるのかもしれない。あの村で3人は花火を見た。もともとここに花火があったのかもしれないが、別世界から持ち込んだものなのかもしれない。ここの銭湯でも存在するはずのないものがそこにあるのである。彼らは今、大都市セレントリウスの郊外の宿屋にいる。ここから鉄道で大都市ウェーゼまで半分というところまでたどり着いたのだが、まだ半分もある。それにまだ危険は残っている。たどり着くことが出来たらあの冒険者に会うことができれば、ミッションはクリアだ。あの冒険者はレアアイテムを当たり前のように作れるようで、きっとヒントを与えてくれるはずだ。遠い旅だろうが、彼らならやってくれるかもしれない。そう期待するのはいったい誰だ。
「ドプン」
「はーっ」
彩子は長旅の疲れを一斉に吐き出すように体を肩までお湯に沈めた。それから窓の外をぼーっと眺めながら、なにも考えずに過ごしていたところ何者かが姿を現した。
「ガーッ」
彩子はこの世界にきて初めての銭湯でなかなか緊張してしまったようだ。そこにはオリビアの姿があった。オリビアは彩子の方をちらっとみてから風呂桶に座って体を洗い始めた。彩子はその時も窓の外を眺めていたので、誰が入ってきたのかはわからなかった。その人物はすたすたと歩き、風呂桶に座ったようだ。それから水を浴びて体を洗って、お湯で泡を流したようだ。その直後、彩子の入っていた風呂に浸かった。距離は2メートルほど離れていて、しばらくお互いに目を向けなかったがオリビアがちらっと左を向くと、見覚えのある人物がそこにいた。しかし彼女の濡れた髪は彩子が何者なのかわからないようにしていた。なのでちらっと見たくらいではわからなかったのか、再び正面を向いた。彩子はその様子をなんとなく感じていて、自分も気になったのかその人物の方をちらっと向いてみた。すると顔までは確認できなかったのだが、金髪を確認できた。しかも顔の輪郭にも見覚えがある。すかさず彩子が向いてみるとそこにはオリビアがいた。
「オリビアさん」
「彩子さんですか!気づきませんでした」
「私もです」
「私もです。何か縁があるんでしょうか」
「そうですね。この世界にも風呂はあるんですね」
「昔からお風呂はあったそうなんですが、銭湯ができたのは150年前ほどです。ニューハーツという人物が開いたと言われていますが、詳しいことはわかりません」
「この世界に必要なものって結構揃っているんですね」
「でも本当に必要なものはそろっていません!」
「どうしたんですか?」
「この世界にはまだまだやるべきことは残っています。先送りにされているだけです!」
「今でも・・・」
「・・・」
「やっぱり智也さん素敵です」
「そ、そうですか?」
「アルフィーくんって今何しているのか当てましょうよ」
彩子がそういうと彼女の顔が少しずつ明るくなってきた。
「今、サルトさんとトランプしていると思います」
「サルトさんと街を徘徊しているんじゃないですか?」
「ふふっ」
オリビアが急に笑みを浮かべた。
「サルトさんばかりじゃないですか?」
「じゃあ、サルトの似顔絵を描いている」
「結局サルトさんですか?」
「ふふふ」
「じゃあっ」
「ふふふふ・・・」
「はははは」
オリビアは笑顔を完全に取り戻した。その笑顔は昔、両親とオリバーと共に見せた笑顔だった。本当に彼女は周りに恵まれていると思ったらしく、とても嬉しかったようだ。しばらくして彼女らは露天風呂に入らず、着替えを終え女風呂から出ると、男4人組が隅っこで集まっていた。その時の彼らは彼女には少したくましく見えていた。
「よお、彩子」
「なに?」
「オリビアとアルフィー君のこと話したか?」
するとアルフィーが唐突に言った。
「なに?」
「なんでもないよ」
「何で待っててくれたの?」
「なんとなく」
そう智也が言った。
「二人に申し訳ないと思って」
「そう」
「そういうところあるよな、智也って」
サルトが言った。彼らは初めより大分仲良くなったようだ。そのまま彼らは各部屋に戻った。オリビアとアルフィーは終始何もなく終わった。この先、旅を最後まで続けることが出来るのだろうか。そこにはステータスが最低1900ほどのヤツが待ち受けているはずである。もしかすると2000を大きく超えてくるのかもしれない。1900ほどであれば、相手にするのは容易だろうが、2000だとそうはいかなくなる。ステータスが大きく劣る智也とオリビアとアルフィーを守りながらの戦いになるので、もしステータス2000オーバーの相手だと無事には済まない可能性がある。しかし智也はボイスリアクトを持っている。このアイテムの可能性は無限大である。勇者同様リアクターはこの世界のステータスには干渉しない場合がある。うまく使いこなせれば、強敵が現れたとしても対処できるかもしれない。そのくらいリアクターというのは価値があるのである。だからボイスリアクトという装置は高値で取引される。それはすべて現れる敵とその行動によって決まるのだが。