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ボイスリアクト  作者: 夕村奥
第二章
13/42

決断

執筆中

船内に先客がいたようだ。もちろんそんなのは当たり前なのだがその人物は智也がボイスリアクトを使う際、その様子を遠くから観察していたのだ。随分前から船内に潜り込んでいて、9人のうち誰一人として存在に気付いたものはいなかった。彼女はなぜ智也を遠くから観察していたのだろう。後をつけてきたのは昨日彼らが彼女の前にやってきたときだった。彼女は智也を見て何かを感じたようだ。むろん彼らは異世界から来た人物なのだから、その予感は当たっている。この世界は混沌期を迎えようとしている。皆はなんとなく混沌期に気づいてはいるが、対策をとろうという訳ではない。皆、混沌期には必ず勇者という者が現れると信じている。そして勇者が現れるとその人物や周りに多大な圧力をかけて、強大なモンスターと戦わせる。そして必ず倒してくれると信じている。しかし、その後の彼らには何も干渉しない。一世一代の勇者であっても、事実が捻じ曲げられ誤った勇者像をその時代の書物に記載され、未来に語り継がれる。人間族という生き物はむしろモンスターを生み出している張本人かもしれないのに、勇者の存在を熱望し、召喚される勇者。このような茶番はもうこりごりだとその人物は思う。彼女あの父は皆に殺されたと言っても嘘ではないのだ。彼女は人間族が嫌いだ。人間族を好きになろうとしたことは何度もあった。でも自分に刻まれた恨みはそう簡単には消えない。それだから、人間族を信用することはできない。彼女が人間を信用していないせいで、彼らも彼女から遠ざかる。信用されるというのはこんなに難しい。私は今までずっとそのことに悩まされ続けている。彼女のお父さんは勇者の友達だった。家に帰ってくるたびに勇者のことを彼女に教えてくれた。でもある日勇者を恨む何者かに勇者が殺されてしまったのだ。もちろん友達のお父さんもそれに巻き込まれた。お父さんは彼女に勇者の人格に外れはないとか、とても勇敢で仲間想いな奴だったと教えてくれた。私はお父さんがとても好きだった。けど、私の前から急に姿を消した。私は勇者を、そして勇者を望んだ人間が許せない。だから人間なんか信用できない。だから仲間はできずにいつも孤独だ。孤独だから人生を投げ出したくなる。ぶち壊したくなる。そしてこの世界が嫌いになる。こんな世界がいつか消えてなくなってしまえと何度思ったことか。でも壊れるわけもなくここまで来た。彼女はいまだにあの男に取りつかれているようだ。何かが違う。この人物なら、と思ったがそういう訳にはいかない。つまらない詮索はよして客室に戻ろうかな。いつも通り準備をしないといけないし。彼女はそう思いながら船室へと戻っていった。

「彩子!ただいま!」

智也は船室に帰ってきた。だいぶ上機嫌なようだ。

「あらあなた随分機嫌がいいね」

「わかるか?」

「見え見えよ」

「ちょっと気晴らしにデッキに行ってみたらアルフィが絵をかいてる途中だったんだけど、俺が試しに水を出したらめっちゃ驚いてさ」

「だめじゃない!もし誰かに見られてたらどうするつもりなの!」

「大丈夫だって。誰もいなかったし」

「じゃあいいわ」

「それでさ、ほんとにアルフィーくんの絵きれいだった」

智也は終始笑顔で彩子と話した。

「あなたアルフィーくんにとても期待してるのね」

「アルフィーくん俺と似たようなところがあって、どうしても気になるのよ。でもアルフィーくんには内緒だぞ」

「そうなの。それで順調なの?」

「それが全然上達しなくて」

「ちょっと気になったことがあったの」

「なんだ?」

「オリビアさんのことだけど、共感系のスキル持ってたっていってたよね。ちょっとオリビアさん呼んで試してみない?」

「そうだな。俺いいか確認してくる」


彼女はとても感受性が豊かでまわりのことにすごく敏感だ。オリバーさんも同様にあの二人はお手本のような人物だ。それに引き換え俺は感受性という概念もどこへいったかのような対応に考え方、パートナーの彩子や支援者オリビアのことまで泣かせてしまう始末。こんな俺、たぶん彩子に嫌われたら誰に好かれるのか。多分誰も俺のことなんて好いてくれないだろう。こんなのでリアクターでいいのか?つくづく彼らを見て思わされる。つまらない人間です、俺は。

「あーーーー!」

俺はたまらず客室を出てしばらくしてから叫んだ。すると客室のドアが開いた。

「ガチャ」

「智也さんじゃないですか。何か御用ですか?」

その姿は金髪の少女オリビアだった。

「あっはい!オリビアさんにお願いがありまして」

「はい!」

「えー、オリビアさんは共感系のスキルをお持ちになられてると思いまして」

「はい!スキル共感なら持ってます」

「私、ちょっと試したいことがありまして、ちょっといいですかね」

「いいですよ!智也さんの力になれるなら何よりです」

彼女は本当に俺があれを使いこなせることを信じているようだ。俺にはそんな代物とてもじゃないが似合わないと正直思うことはある。でも彼女や皆は口をそろえていつか必ず一人前のリアクターになると言っていた。俺はなりたい。しかしそれは他の武器を使いこなすのとはまた訳が違う。次元が違うんだ。他の武器は振ることができて、それを対象に当てればすぐに役に立つ。しかし俺のものは何をどうすればいいとかのテンプレはない。内面の問題だから、お決まり事というのはないんだ。自分で模索してひたすら練習していくしかないんだ。それでなにかを出せたらよくやった。出せなかったら残念だ。そうやっていくしかない。すると成長速度は他のものと比べて、遅いと言っていい。本当にこのアイテムが金貨100枚以上の価値があるのかは微妙だが、ものを創出する、場合によっては価値観さえも変動させてしまうほどの代物だ。そのような値がついても不思議はない。アルフィーが俺に興味を持ってくれた時は本当にうれしかった。あいつはいつかすごいやつになる。そう思ったんだ。それに俺にどことなく親近感を感じさせる人間だ。興味を持つ人間に興味を持たれること以上に幸せなことはない。さっきはオリビアさんにあの発狂が聞こえていたかもしれないと考えると、とてもやっていられないのだが、アルフィーのことを考えると、その気持ちは見事に消え去っていく。このうれしい気持ち。どう表現すればいいのだろうか。

「智也さん!」

「智也さん!」

「はい!どうしましたか。」

「そこ智也さん方の部屋じゃないですか?」

「ガチャ」

「どうかしましたか」

彩子がドアを開けてきた。たぶんオリビアさんの声が聞こえたのだろう。」

「オリビアさんちょっと私たちの企みに付き合ってもらってもいいですか?」

「企みですか?どんとこいです!」

「ちょっと気になっていたんですけど、共感性のスキルってどういう能力でしたっけ?」

「スキル共感はパーティーメンバーの知識や経験をお互いに共有できるスキルです。例えば智也さんと彩子さんと私でスキル共感を発動して、みんなの脳を一つにするということです。」

「では私の知識を智也に移すこともできるのでしょうか?」

「可能です」

「スキル共感って条件とかないんですか?」

「ないですね。しいて言えばお互いに信じあっていることですかね」

「では今からお願いします」

「わかりました」

するとオリビアが目を瞑り手を胸のあたりまで持ってきて両手を交差し、少し下を向き小一時間がたった。その祈りのようなポーズを解くと、俺たちにこういった。

「ではお願いします。」

「おい彩子!何なんだ企みって!」

「おい彩子!」

俺の質問に答えずに彩子が急に瞑想を開始した。すると彩子と俺の周りに金色のオーラが纏い始め、突然俺の中に彩子の考えていることが浮かび始めた。浮かび始めたとの表現は適切じゃない。俺が彼女の知識を欲するようになったというべきか。いや違う。これまでの彩子の記憶が俺の目の前に現れて、俺がそれを無条件に受け入れようとしているのだ。いや、そうではない。適切に言葉で表すにはちと難しすぎるようだ。やがて俺の中で彩子の今現在、過去の記憶が呼び起され始め、それが自分の中で何らかの形で消化され、鮮明な記憶となって俺の頭に現れた。一部分だけだが。彼女はお茶を研ぐのが得意だったのだが、お茶の葉からお茶にするまでの過程が自分に浮かび、今すぐお茶を出したいと思うようになり、俺はボイスリアクトを握り始めた。

「クリエイト・・・・・ティー」

自分らの客室に一杯のお茶が出現した。俺たちは初めてお茶を出すことが出来ていつもより興奮したようだ。

「やっぱり」

「そういえば彩子お茶好きだったからな」

「私のスキルの役に立ってよかったです」

「ありがとうございます、オリビアさん。自分以外の知識でも使えることがわかりました。本当に」

「私は皆さまの役に立つことが何よりもうれしいんですから。よかったです」

オリビアがそう言って急に客室を出ていった。

「オリビアさん、どうしたのかな」

「さあ。でもオリビアさん絶対喜んでいると思うよ」

「一歩前進だな。だいぶ遅いけど。でもこれからもやっていこうな、彩子!」

「そうね」


お互いの団結が戻ってきたような気がした。これもオリビアさんのおかげだ。私はオリビアさんにとても感謝している。あの村で仲間を失ったとき、なにより智也がとても不安げにしていて私が何とかしなければと思っていたのに、結局何一つ智也のことをサポートしてあげることが出来なかった。オリビアさんが智也に接触して何かが変わったような気がする。きっと智也もオリビアさんに感謝しているに違いない。でも私たちはオリビアさんに何か返せているのだろうか。オリビアさんは頼りになるし、何より優しい。でも優しいがゆえに感受性が高いので、ちょっとのことで傷つきやすい。あの時も彼女が泣いていたように次も泣かせてしまうんじゃないかと考えてちょっと不安だ。きっとあの2人は仲良くおしゃべりをしているに違いない。そう考えたら今自分が悩んでいることもすこし軽くなったような気がする。ねえ智也、そう思うよね。

「これから少し練習付き合ってくれない?彩子。」

「喜んで」


オリビアは自分の本当の笑顔を見てもらいたくないようだ。先ほど彼らの前から去っていったのも、彼女は彼らの言葉を聞いて本当に喜びを感じ、泣き出しそうになったからである。同時に笑ってしまって、自分の醜態を彼らにさらけ出してしまう恐れから彼女をあの客室を離れたのだ。オリビアは本当の自分をさらけ出せる人間がほとんどいない。オリバーには少々だしているのだが、それ以外には見せることがほとんどない。幼いころから彼女はよくやんちゃをして母親や父親に叱られていた。叱られることでもっとやんちゃをしようと思った。しかし親の仕事が忙しくなり、やがてオリバー一人に任せられることになった。オリバーは彼女に真摯に向き合っていたので、彼女もそれにこたえていた。だからさらけ出すことが出来るのだ。しかしやんちゃだった幼少期が彼女をまわりから遠ざけた。昔からの友人がおらず、家族以外の人とどうやって接すればよいのかわからないのだ。そのおかげでオリバーとの時間も増えて彼の影響を大きく受けて感受性豊かな人間に成長したのだが、彼女は自分自身についている嘘を隠しきれていない。自分にかけてきた嘘がどんどん浮き彫りになってきて、彼女の精神状態が不安定になっている。だとすると彼女の本当にしたいことは何だろうか?彼女にしかわからないのだが。彼女は客室を出ると、トイレに向かった。そのトイレに差し掛かって入ろうとすると、男子トイレからアルフィーがちょうど出てきたようだ。

「わあ!」

「あ、アルフィーさん!」

「オリビアさん。じゃあこれで」

「ちょっと待ってください」

彼女がアルフィーを引き留めるとアルフィーに抱き着いた。彼は突然のことで戸惑ったのだが、ずっと彼を離さなかった。しばらくすると彼女が手を放してくれた。

「ごめんなさい。そんなつもりは」

アルフィーは彼女の顔を見て、彼女の目に涙があふれていたのに気づいて、彼女にこういった。

「オリビアさん大丈夫ですか?なんか変ですよ」

「大丈夫ですよ。それでは」

「待ってください。ちょっと見せたいものがあるんですが」

アルフィーがそう言うとオリビアがなにか興味ありそうな目で彼の顔を覗きこう答えた。

「ぜひ見たいです」

「じゃあデッキに移動しましょう」

そういって彼が彼女を先導してデッキまで連れて行った。デッキの奥まで移動して、彼女に自分が描いた絵を見せた。

「これが僕が描いた絵です。まんざらでもないですけど」

そういって見せてきたのは彼が何日もかけて描いた彼の最高傑作だった。とても繊細な風景描写が施されており、色彩表現も豊この上なかった。彼女はその絵に見事に心を打ちぬかれたのだった。すなわち、とても感動したということだ。

「本当にこれ、アルフィーさんが描いたんですか!?私これとても好きな絵です。うれしいです!」

「気に入ってもらえて何よりです。僕、いつか絵で世界に思いを届けられるような存在になりたいです。」

「君ならいつかなれますよ」

そう言うのは彼女、オリビア。

「僕なんかが」

「そんなに気を落とさないでください。あなたの絵は私から見てとても素晴らしいです」

そういって涙を拭き、アルフィーにキスをした。彼は一瞬何のことかわからなかったのだが、次第にその事実を受け止めていったようだ。彼女は彼にキスをすると、唇を彼のほっぺから離し、一歩下がった。

「いつかなれるよう陰ながら応援しております」

そういって彼女は船内に戻っていった。彼は終始ぼーっとしていたのだが、彼の鼓動は初めから早かった。


パーティーメンバーはおのおのの個室で船上を過ごした。皆仲良くやっているようだ。あの列車でどのような惨事に巻き込まれるのか見当もつかないようだが、もし襲われたとしてもこのメンバーであれば、大丈夫だと思っているらしい。しかし現実問題予測が外れることも多い。もしかすれば彼らに勝る者が列車を襲うのかもしれないんだ。彼らも想定しているかもしれないが、余裕な様子である。この世界には超級冒険者やそれをはるかに超えるモンスターも多数生息しているというのに、あの剣豪サルトに超級冒険者のオリバーがいるのだから、多分大丈夫だろうと高をくくっている。大都市セレントリウス~ウェーゼ間に出没する何者かは上級冒険者でも太刀打ちできないということだ。だとすれば超級冒険者である可能性が高いのだ。それに洞窟ウィリオメトルと同様、超級冒険者でさえも襲われる場合もある。詳細情報では特にステータスが1800未満の超級冒険者は襲われる頻度が高いそうだ。だとすると最低でもステータス1900は超えていて、2000オーバーなんてこともあっても何ら不思議はない。彼ら総勢9名はこの先誰も犠牲にならずに済むのだろうか。はたまた誰か犠牲になるかもしれない。これはだれにもわからない。ただ未来を読める者をのぞいては。何かが海上に出没したようだ。タコンボのような姿で体長は10メートル前後だそうだ。

「ガン、ガン、ガン・・・」

「船の胴体をつついてくるモンスターが出現した。デッキにいた者はびっくりしたようだ。

「ガン、ガン、ガン」

「ドンッ、ドンッ、ドンッ」

そのモンスターの攻撃は鳴りやまない。すると船が少し斜めに動き出した。しかしモンスターはそれと共に移動し、胴体に攻撃をやめない。しょうがないので雇った冒険者で対処するらしく、しばらくすると2名の中級冒険者がデッキにやってきて攻撃を続けているモンスターを確認した。このモンスターはタコンボとは少し違っていて、新種だと思われた。しかし何か見覚えがあるそうだ。一人の冒険者が槍をモンスターに向かって投げた。しかし槍は表面で見事にはじかれた。2本目を投げようとしたところ、そのモンスターがデッキに向かって攻撃を仕掛けてきた。

「バアンッ、ズズズ・・・」

海中から長い触手が船のデッキ向かって飛び上がってきた。そして槍を投げた冒険者に触手が当たりそうになったのだが、とっさにその攻撃をかわした。その後モンスターは数秒沈黙の時を待った後、海中から先ほどとは比べ物にならない速度で攻撃してきた。その一撃は船内にまで響いたようだ。

「ドオオォンッ」

船内ではその音でパニックになったものが大勢いて、船内は次第に混乱状態に陥った。攻撃された箇所は衝撃で少しひびが入ってしまったらしい。冒険者は自分たちでは相手にならないと思い、船内にいる冒険者を呼びに行った。その間、モンスターは攻撃をやめず船内が落ち着くことはなかった。しばらくすると船内にいた上級冒険者と我々のメンバーの一人のサルトの姿があった。そのモンスターを一目見て、上級冒険者が詠唱を始めたようだ。すると彼の武器の先が光ると、モンスターめがけて攻撃を仕掛けた。しかしその攻撃もまったくそのモンスターに通じなかった。今度は特殊魔法の攻撃力を2倍にする魔法をかけ始め、10秒が経過しそのモンスターに攻撃を放ったが、何も起きなかった。これは何かあるとサルトが確認すると、そのモンスターは書物で見たことのあるものそっくりだったのだ。サルトは姿を確認すると、モンスターめがけてロングソードを背負い、飛び込んでいった。

「ギインッ」

しかしモンスターの皮膚にロングソードを跳ね返された。サルトはひるまず船の胴体に足を接着させ、大きく踏み込み今度は渾身の一撃でモンスターに攻撃をした。

「ギイイインンッッ」

そのモンスターにダメージを与えられたようだが、サルト自身が海上に吹き飛ばされた。モンスターはその攻撃を受けてもまだ健在で船に攻撃をし続けた。大きく船から離れてしまったサルトだが、尋常でない速度で泳ぎ、数秒でモンスターの上に乗り、デッキに飛び上がった。サルトがモンスターをデッキから見下げているとサルトアイの周りに炎がまとわり、モンスターにめがけて大きく振りかぶった。

「バアンッ」

その後も何度も振りかぶり、モンスターに攻撃を与えていった。しかしそのモンスターは全くきいているそぶりをみせない。反対に攻撃の頻度が上がっているように見えた。モンスターは我慢の限界が来たのか、激怒しサルトに向けて何度も触手を向けてきた。サルトはそれを何とか剣で薙ぎ払い、攻撃から身を守ることが出来た。その後モンスターは少し疲れたのか、そのまま海へ帰っていった。サルトにはあのモンスターがとても恐怖の対象として感知されていたようだ。あのモンスターは何者なのだろうか。見た書物とはいったい何なのだろう。サルトは上級冒険者と船内に戻り、状況を報告に行った。途中にもサルトの目は少しかすんでいた。何がここまで彼を追い込むのだろうか。智也と彩子、オリビアとオリバー、そして3人組もこの事実を伝えられた。オリバーはサルトにその詳細を聞きに行ったようだ。オリビアはオリバーを見送ってから、ベッドの上で寝転がっていたようだ。アルフィーが自分に向けてきてくれた好意がとてもうれしかったようだ。智也は船員にそれが伝えられ、彩子と話し合った。まだそのモンスターの正体は分からないらしいが、あの大きさであのステータスのモンスターはとても珍しいそうだ。船内ではあのカイブツの子供なんじゃないかとの噂が立ったが、結局のところそれが何者なのかはわからないままだ。その後、船上の混乱は収まりいつも通りの状態に戻った。彼らはおのおの自分のしたいことをしていた。オリビアとオリバーは二人でトランプをしていた。3人衆は麻雀、サルトとアルフィーは二人で今日の出来事を交わしていたようだ。そして智也と彩子はいつものように団欒、とはいかなかった。俺たちはまた喧嘩をしてそれは明日の朝まで続いた。いつも通りのことなのだが。それからはセレントリウスまでこれといって何も起こらず、無事に港までたどり着いた。港にはあの事件についてのこの世界のマスコミらしき人で埋まっていた。その港ではサルトと上級冒険者がマスコミにたかられて、一時パーティーとは引きはがされたようだ。それでサルトと港で待ち合わせをして時間までサルトを除く8人で街を散策することになった。大都市セレントリウスは商業都市で商人が多く住む街でもある。ギルドにも商人が多く在籍する。特にここセレントリウスはたくさんの商人がギルドに登録している。商人にも形態はあるが、冒険者同様基本的自由である。そのため様々な荷物がここに運び込まれ、ここセレントリウスは国の中でも大きな経済規模を誇る。王国2位のギルドもここに存在する。そのギルドには数々の精鋭が集まっており、平均レベルは66である。ギルドの圧倒的な戦力でこれまでの危機は乗り越えてきたのだが、悪魔と呼ばれる特大モンスターの出現にはかなわないのである。ここセレントリウスでも300年前に強力な悪魔ドラルゴンが出現した。体長が40メートルでステータスは測ることが出来なかった。当時超級冒険者100名を含めた1万の冒険者総勢でその悪魔に挑んだのだが、片手で冒険者が数十人は吹っ飛ばされ、ドラルゴンに近づくことができたものは数名で必殺技を何発も打ち込んだのだが、全く怯む様子はなかった。突然ドラルゴンが口から赤黒い光線を放ち、その周囲は建物から地形まで壊滅状態に陥ってしまい、大都市セレントリウスはこれまでにない大損害を被ってしまったのだ。その時にふと勇者願望が市民の中に舞い降りて、勇者を熱望するようになった。ドラルゴンは数々の精鋭冒険者とその他冒険者で足止めをして、勇者を呼び出すことにした。やがてその地に勇者パーティーが姿を現した。パーティーメンバーはその怪物に負けず劣らずの戦いをして、勇者が悪魔ドラルゴンを倒してくれた。勇者の戦う姿はまさに英雄と言って間違いはなかった。間違いなく英雄がそこにいた。それからここセレントリウスには勇者が祀られ、勇者の学問をより威厳を保とうと当時の人は躍起になった。しかし今や当時の人はどこにもおらず、勇者の存在は忘れ去られつつある。このままあの悪魔がよみがえれば、もう一度あの大惨事が必ず訪れることになる。しかし、他にもリアクターという者がいる。特にウェダーボイスリアクターという人物だ。この人物は世界観を支配することが出来、この世界の一般には変えられないとされることも簡単に変えることが出来るのである。その人物がいればあの悪魔もきっと対処してくれるだろう。

「オリビアさん、今日何かあったんですか?」

智也はオリビアの様子がとてもよくなっているのに気づいたのだ。

「なんでもないですよ」

「そうですか?なにかいいことあったんでしょう?」

智也はオリビアにしつこく今日の出来事について聞く。

「おお、オリビアになにかが」

「きっとオリビアさんも船が楽しかったんですよ」

「そうか、オリビア」

「そうです!」

「そうなのかー」

「彩子さんありがとうございます」

二人だけの秘密を智也には言わなかった。

「アルフィーくんのことは私たちの秘密だよ」

「なんだ、彩子。オリビアさんと仲良くなったのか」

「あっ」

「なんだ。なんか合いそうだなとは思ってたんだよ。いいぜ、隠さなくて」

俺はオリビアの調子を見て気分が晴れた。

「それで、智也さん。なにかいい店ありますか?」

「俺にはわかりません。どんなのがいいんでしょうね。俺には皆さんに合うものなんて選べませんよ」

「あそこなんてどうですか?ウォーラー弁」

「ひょっとしてウォーラーさんが開いた店なんですか?」

「実はそうなんだ。でも全国に3店舗しかない店なんだけど」

「ちょっと行ってみましょうよ。ウォーラー弁」

その声の先にはオリビアがいた。どうやらオリビアはウォーラー弁を食べたいらしい」

「いいですね。行きましょう」

こうして俺たちはウォーラーの開いた店に足を運んだ。中へ入るといかにもがっつりとした揚げ物がどっさりと売られていた。ウォーラー弁とはご飯を盛って、そこにウォーラー特製ソースで味付けしたいかにもがっつり系が好みそうな揚げ物を乗せまくる弁当だ。ここの特徴はどんだけのせても値段は一緒だということだ。しかしそのおかげで少しだけ赤字になっているのだが、それは彼が自腹で払っているのである。

「揚げ物しかないじゃん」

「そうだろ。ウォーラーは揚げ物が好きでこの店をつくったんだ」

「俺の自慢の揚げ物、食えるだけくってけ。今日は俺持ちだぞ」

ウォーラーは気前が良く、おごることも頻繁にある。今回は皆全員におごるようだ。

「ありがとうございます」

「気が利くじゃねえか」

「んなもんお前たちは払えよ」

ウォーラーは部下と仲が良いあまり、おごりたがらない。

「あ、俺お金持ってない!」

「あ、俺も!」

「んな嘘つくなよ」

「しょうがねえなあ。お前らのも払ってやるよ」

「すまねえな、兄貴」

「茶化すな」

「ははは・・・」

「じゃあ、ウォーラー弁9つ」

「かしこまりました」

店員がご飯を容器に盛って、9つを俺たちに渡した。

「私、これ好みなんだ。アルフィーくんはどれがいい?」

「僕、これにしようかな」

「じゃあ私もこれにする」

「僕に合わせなくてもいいのに」

あの時以来アルフィーはオリビアのこととなると緊張する。

「この店初めてなんでしょ。私に紹介させて」

「そう?ありがとう」

「これっ。私の好物なの。ウォーラーが初めて私につくってくれたものがこれなの」

「じゃあ僕それもとろうかな」

「私もなにとろうかなー」

彼らは楽しんでいるようだ。俺もこの世界にきて揚げ物はかつ丼だけで久しぶりだな。彩子は少食だから遠慮しているみたいだな。俺も揚げ物は好物ではないのだが、損をするのは嫌いだ。だからできるだけ撮りまくろうと思う。

「おら―、おらー、おらー」

俺は気になって聞いてみた。

「それなんですか?」

「この店の恒例行事でのっけるときの掛け声を名前にとって付けてるんだよ。これもウォーラーの発案なんだけど。」

「そうなんですか。何か楽しそうですね」

「のっけ終わりました。これでウォーラーどんの完成です」

「創業者がやってくれるなんてな」

「気にすんな」

「さすが兄貴」

「茶化すなよ」

「ははは・・・」

俺たちは容器にのせ終えると、その店を出た。

「そこの公園で食べませんか?」

「そうするか」

「そこでサルト待ちません?」

「そうだな。待ちスペースにはちょうどよさそうだしな。」

こうして俺たちは船旅を終え、セレントリウスにたどり着いた。後からきたサルトには特盛のウォーラー弁が置かれていた。サルトは結局食べきれず、他の人にあげることになった。しかしウェーラー弁はとてもおいしかった。公園の豊かな緑が俺たちの長い船旅の疲れをいやしてくれていたようだった。しかしトラブルがあったとはいえここまでうまくいきすぎているような気がする。今は気を引き締めないといけないときなのかもしれない。順調な時こそ注意しなければならないと教わったことがある。その教訓を生かすべきなのかどうか。今がその決断の時なのかもしれない。





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