約束
執筆中
昨日の智也の姿は少し変だった。いや、一昨日も、もっと言うとヘンリーさんと別れた時からやっぱりいつものような頼りになる彼が消えたような気がする。彼はヘンリーさんのことがとても大切だったのだろう。だったら私にもそのことを相談してくれてもよかったのに。でも智也のことだから自分の弱みはみんなになるべく見せないようにしているのだろう。智也はいつも元気よくふるまってみんなに心配かけないようにしてくれている。でもそれが彼自身を周りから遠ざけているような気がする。オリビアさんも智也のことはとても気にかけてくれていると思うけど、智也の悩みは理解できないと思う。それくらい彼の悩みは深刻なんだ。だから私はずっと彼のそばにいたいのかもしれない。私がいないと彼は不安や責任感で押しつぶされてしまいそうだから、私は彼のそばを離れない。ずっと前にそう決めたんだ。それに昔からの彼の物事を一直線に貫く姿がとても好きだった。そういうところも私を彼から離さないようにしているのかもしれない。智也はいつも通り早起きをして部屋の外に出ていったようだ。彼は調子がいい時は私にちょっかいをかけるから今日は調子が悪いのだろう。でも今日の昼から2名の冒険者と落ち合うことになっている。それで少しは持ち直してもらいたい。私は今ベッドの掛布団に潜っているのだが、そろそろ起きようと思う。私が布団から出るとあの時智也が渡してくれたボイスリアクトがそこに置いてあった。こんな貴重品を置いていくなんて智也らしいなと思いながらそのボイスリアクトを握ってなにか出そうとしてみた。
「クリエイト・・・・・ウォッチ」
当然ながらそこに何も現れなかった。私が出そうとしていたのは過去に彼にクリスマスプレゼントとしてあげた腕時計だった。その腕時計は学生時代の私にはとても高かった。その時計を智也に渡そうとしたのだが、普通に渡すのだととてもつまらないと思ったので、少し驚かせようと画策した。その構想とはバレンタインチョコを渡すがごとくクリスマスイブの日に彼より一足先に学校へ行き、彼の机に入れるという企みだった。私は前日に時計屋に行き、腕時計を悩みに悩んでその腕時計にしたのだ。それは智也に似て時間の針に線が放射状にところどころに貫いているデザインだ。私はそれを当日学校に持っていった。私が智也より前に学校に着き、机に腕時計を入れた。これで私の画策は成功したのだった。その後智也とクラスメート、先生が教室に入りいつも通り授業が始まった。その時、彼は机に文房具や教科書などを入れないヤツだったと思い出して失敗かと思ったが、唐突に彼が何の理由もなく机の中に手を突っ込んだのだ。憶測だが机の中の感触を味わったのだろう。すると彼がその物体に気づき、不審に思ったのかそれを机の上に出してしまったのだ。私はそれをクリスマス用の風呂敷にそれを包んでいて、さらに手紙を入れていたのだ。彼の動きに彼の隣の席の人が反応し彼の方を見ると、そこにいかにもクリスマスプレゼントのようなものに手紙が添えてあったので、さすがにその人物は何がどうなのかわからなかったので、再び黒板に目をやった。私はその様子を観察していたので、彼の横の人がそういうのに疎い人でよかったと心から思った。その時彼女は心の中でガッツポーズをした。彼はその後それをすぐさま鞄の中に入れて放課後になるまでに鞄から出すこともなく、そのまま帰宅したようだ。そういえば彼は平常より鞄の中に手を突っ込んでいたような気がする。私がその腕時計を彼が身に着けているところを目撃するまでには1か月ほどを要したのだが、彼が初めてつけてくれた時はとてもうれしかった。その時から彼と腕時計を同時に目撃する機会が次第に増えていった。思い出せばそのプレゼントは私のエゴだったような気がする。私も彼と少しづつ過ごしていくうちに似ていった部分があるのかもしれない。
「出でくれないな」
「あなたがしっかりしてくれないから不安になってくるじゃない」
こういう時こそ私がしっかりしないといけないと思っているんだけど、私には彼をフォローしてあげることしかできないと思う。というか思い込んでいると思う。私も彼に期待しすぎている部分があるかもしれないな。しっかりしなきゃ、私。
「ぱんっぱんっ」
彼女が両手でほっぺたを叩くと、ベッドに座りあたりを見回すとやがて寝転がった。彼女の眼にはきれいなシャンデリアが映った。シャンデリアは穏やかな明かりを部屋全体を覆っていた。彼女は少し気持ちが落ち着いたようだ。彼女が天井を眺めては瞼を閉じるを繰り返ししばらくすると、オリビアが部屋に入ってきた。
「おはようございます」
「ああオリビアさん、おはようございます」
「今日もいい天気ですね。昨日は夜に雨が降り始めたのですが晴れてよかったです」
「智也どこにいるか知っていますか?」
「彼ならオリバーさんの所にいますよ」
「何をしているのかわかりますか?」
「智也さんはオリバーさんに剣やこの世界の仕組みについて教わっています。彼が突然頼んできたそうです。」
「智也が、へえ」
「くすっ」
「彩子さんなんですか?」
「いや何でもありません。少しおかしかっただけです」
「もしかして彩子さん智也さんのことが好きなんですか?」
「そんなわけありませんよ。ちょっと気になるだけです」
「お二人さんお似合いですね」
「それ前にも言われました」
「先客がいましたか。それだけ仲がいいってことですよ」
「そうですかねえ。」
「そうですよ!自信を持ってください!」
オリビアが彩子に元気づけた。オリビアもこの部屋に入ってから彼女の様子にうすうす気づいていたのだろう。彩子は精神的に少し弱い部分があるが、それでも前を向いているのでそれを周りがサポートしてあげることでこれまで旅を続けていけたのだろう。周りのサポートがなくても、彼女自身の強さがなかったら今旅を続けていたことすらわからない。彼女らはその会話の後、談笑しながら智也がこの部屋に戻ってくるまで彼を待った。しばらくすると彼がこの部屋に戻ってきた。
「ガチャ」
「ん?」
「オリビアさんいたんですか?」
「智也さんおはようございます!」
「ああ、おはようございます。それで今から行くんですか?」
「そうですね。これから冒険者と実際に契約をしにいきます。これまでは仮契約なので、一度対面してから正式に契約するのです。」
「それを聞くと楽しみになってきました。今日調子がいいんですよ」
「そうなんですね。じゃあ支度しましょう」
「おう!」
彼らは無事支度を終え、屋敷を後にした。馬車に乗りそのまま都市中心部の噴水場で待ち合わせをしたようだ。噴水場には多くの人だかりがあったが、馬車は構わず仮契約の冒険者の前に止まった。
「すみません。オリビア代表のパーティーです」
「そうですか、あなたが」
そう言ったのは肩に大剣を装備し黒い鎧を身にまとった大柄な男だった。そばには軽装備でバッグを背負ったあの少年の姿があった。
「ギルドの中での対応がちょっと不思議で少し興味があったのだが、あの列車に乗るとのことであなたのパーティーはお金を持っていそうだったし、参加を決めたわけさ」
少年が即座に入り込んできた。
「僕はなにか他の人と違うオーラを感じまして、その、何かが変わるような気がしまして。ああ、しがない男の戯言ですから気にしないでください。」
「あなた久しぶりね!」
「そうですね」
「私オリビアです。あなたの名前を聞いてもいいですか?」
「僕はアルフィーといいます。よろしくお願いします」
「よろしくね、アルフィーくん」
「はい!」
「あ、俺の名前はサルトっていうんだ。覚えておいてくれ」
「俺は智也と言います。こちらは彩子です。よろしくお願いします」
「よろしくおねがいします」
彩子と智也はアルフィーにお辞儀をした。
「サルトさん本当にいいんですか?ほかにもいい条件は幾らでもありますよ」
「いいですよ。俺は全然」
「アルフィーさんもあの列車のこともありますし、本当にいいんですか?」
「僕も本当にあなたのパーティーについていけるのが不思議なくらいですよ。それにこのメンバーなら大丈夫ですよ。」
「おーい」
3人組の騎士らがこちらにやってきた。
「騎士さん!」
「オリビア久しぶり!」
「おおこんなメンバーで行くのか。さすがにこのメンツを襲うことはないだろう。もし襲われたとしても、俺たちで守りますよ」
騎士は自信満々な様子だ。
「頼もしいです。しかし無理はしないでください。あなた方の安全が一番ですから」
「無理はしませんよ。でもオリビアさんがやばくなったら俺たちが守ります」
彼らはまるで使命感に動かされている感じがする。
「でもまずはサルトを盾にしようぜ」
「おいっ」
サルトは冗談じゃないと怒り心頭な様子だ。
「冗談ですよ。」
「それならいいが」
「はははは・・・」
「ははは・・・」
「それで今日出発の船まで時間がありますよ。ちょっと俺んちでゆっくりしていきなよ」
「悪いですよ。できるだけ余裕をもって行動したいので」
「そうですか。じゃあ港まで行きましょう」
「ではわたしは馬車を屋敷までおいてきますので、オリビアは先に行ってください」
「ありがとう、オリバー」
「ゴロゴロゴロ・・・」
「では皆さまこの町の港まで行きましょう」
「はい!」
こうして俺たちは総勢9名中には超級冒険者が2名とステータスだけ同格の彩子1名の合計3名と上級冒険者3名と俺を含むそれら3名で行動を開始した。しかしこれだけのパーティーを組むことになったのだ。さすがに大きな危機に陥ることはないと言っていいだろう。でも油断は禁物だ。いつどのような奴に襲われるのかわからない。あの村の召喚士が最たる例だろう。もしまたあの召喚士が襲ってきたらこのパーティーでも無事には済まないだろう。だから危険を回避するためになるべく多くの冒険者を雇った。しかしあの少年だけは別だ。あの少年アルフィーはなにか俺に近いものを感じた。この仲間と旅をすれば必ず成長できると思ったから彼は自分らを選んだのかもしれない。とにかくあの少年と彩子、いや彩子は俺を守る役割になりつつあるかもしれないが、俺が出来ればしっかりと守りたい。俺は一度決めたことがどうしても曲げられない。一度この2人を守ろうと誓ったからには絶対に守り抜いて見せる。俺はこのパーティのみんなをを見て、そう思った。
「本契約成立ですね」
そういってオリビアが用紙に本契約と記入してギルドに提出しに行った。その間お互いのことを何も知らない俺たちの間に空気のような時が流れた。
「この港の特産は新鮫だったっけ、オリビア」
一人目の騎士がオリビアに言った。といっても3人とも馬に乗っていないのだが。むろんオリバーも馬に乗っていない。騎士が馬に乗らないとは少しおかしなことだ。しかし俺はとても頼もしい仲間をパーティーに入れることが出来た。これで一件落着だといいのだが決してそうはいかないだろう。この海は安全らしいが、大都市セレントリウス~ウェーゼ間の鉄道は上級冒険者数名でも全く歯が立たなかった相手らしい。それはあの洞窟ウィリオメトルの時同様だ。しかし今の俺のパーティーはあの時とは戦力が違う。なぜなら超級冒険者が2人もいるのだから。あの区間は超級冒険者が雇われている場合は襲われる確率がぐんと少なくなると聞いたことがある。ぜひそうであってほしいと思っている。できればウェーゼに着くまで襲われませんように。それよりオリビアはどうやらあの王国騎士3人組と仲がいいらしい。俺たちよりも話す機会が多いように感じている。
「だったっけ」
「そうでしたね」
オリビアは騎士らと交流を楽しんでいる。
「オリビア楽しみだぜ」
「そうだろうオリビア。俺たちがガツンと倒してやるよ。心配すんな」
一人の騎士はとてもオリビアを好いている。
「とても心強いです、皆さん」
「だろ。でも俺がこの中で一番強いんじゃないかって思ってるけどそこのとこオリビアさんどう思いますか?」
「いや・・・」
「オリビアさん困ってるだろ!」
「そうだぞ、ウォーラー」
一人の騎士がウォーラーにガツンと言った。3人に騎士にはお互いに役割分担がある。
「いいや冗談だって。でも守るってとこはほんとだからな」
「ほんとオリビアさんのこと好きだよな、ウォーラーって」
「当然だ。俺は未来の婿候補だからな。」
ウォーラーはいつもながら冗談を言う。
「すいませんね、オリビアさん。あいつ昨日もオリビアさんのこといろいろ言ってたらしいんですよ。たぶん久しぶりに会えてうれしいんでしょうよ」
「私こそ危険なたびに同行してもらって悪いと思ってます」
「心配すんな。俺のウインドスラッシュで空の彼方まで吹っ飛ばしてやるぜ」
「ははは」
「あ、あれです今日私たちが乗る船!」
「おお、今回はすげえでかい船に乗るんですね。楽しみですぜ」
「出航は1時間後なので、その辺で待機しましょう」
「はい」
「そうですね」
「おう!」
総勢9人のメンバーで船周辺に集まった。仲間が多いとこんなに頼もしいのか。しかもこんなに大きな船に乗れるなんて。そういえば船に乗ったのも何年ぶりだろう。小さな船に家族と一回だけ乗ったことがあったっけ。その時は初めての海上だったから少しドキドキしたが、船のモーターが波を押し出してその波はやがて白い波に変わっていく。その光景がとても新鮮で目を見張るものがあったことを覚えている。
「オリビアさん」
「はい」
「セレントリウスに着くまでに気を付けなければいけないことってありますか。少し気になっちゃって。」
「基本的には安全と言われていますが、危険な場合もあります。この世界の海中にもモンスターが生息しています。モンスターは強力なものから弱いものまで多種多様ですが、まれに強力なモンスターに出会うこともあります。有名なもので3年前のサバラン号沈没事故があります。当時そこに体長30メートル以上の特大モンスター、タコンボが客船を襲い船の重要部分が破壊され、船内に水が浸入し沈没しました。幸い船内の脱出用ボートで脱出したものも大勢いましたが犠牲になったものもおります。タコンボを食い止めようとした冒険者もその怪物の攻撃頻度に翻弄され、全く太刀打ちできずにやられてしまいました。そこには上級冒険者もいたのですが、足元も及ばず。超級冒険者は財政状況が悪いところもありましたので雇っておらず、やられてしまいました。ギルド関係者によると推定ステータスは1600~1900だと言われます。一説では2000を優に超えているとも言われています。その理由は100年前に王都を襲った怪物とカイブツと呼ばれるタコンボにとても似ているが大きさは比べ物にならず50メートルは超えていたと言われています。その推定ステータスは測り切れず、どんな超級冒険者でも相手にならなかったそうです。しかし勇者パーティーだけは違いました。パーティーメンバ誰もが精鋭であの化け物にひるまず戦っていきました。勇者もその戦いに参加し、その怪物の大ダメージを与えることが出来たのです。怪物が怯んでいるところ、勇者が必殺技コンバートライトニングを放つ準備をしました。その時、王都には大勢のものが人間、獣人、種別を問わずケントを守りたいと願っていました。勇者は必殺技を放ち、その怪物を倒すことが出来たのです。怪物カイブツは100年前に現れた悪魔だと言われてきました。それによく似たモンスターがそのタコンボなのです。しかし3年前に現れたのが最後でそれから表れていないので、大丈夫でしょう」
「この世界も事件なんて起こるんですね。最初は別にとか思ってましたけど、安全とは限らないのですね」
「この世界は安定期と混沌期が交互にやってきていまして、少しづつ混沌期に入っている最中です。私にもどのようなことが起きるのかは見当がつきません」
「そうなんですね。俺にも目的が出来ました。それはこの世界を争いのない世の中にすることです」
「智也さんはやっぱり芯がぶれませんね。どんなに落ち込んでもいつか必ず調子を取り戻す。そういうところがリアクターとしての素質があるということなのかもしれませんね」
「どういう意味ですか」
「あなたに期待しているだけですよ」
「俺はまだ一人前ではないですよ」
「私はあなたがいつか立派なリアクターになれることを信じています。多分あなたに会った人みんなが思っていますよ」
「そんなわけありませんよ。だっておっちょこちょいで短気な弱虫なんですよ。俺なんて」
「人はいつでも成長していこうと思えば成長していけます」
「本当ですか」
「わかりません」
「でも智也さんなら絶対にうまくいくはずです。頑張ってください。陰ながら応援しています」
「ありがとうございます。んっんっ」
俺はオリビアさんの言葉を聞いて泣いてしまった。一人前ならばこんなことくらい容易にこなすだろうが、俺はまだまだだ。悔しい。その言葉が頭の中で交差する。自分にはボイスリアクトがあって、使えるのかもしれないのに何もできていない。その事実が自分自身を追い込みやがて跡形もなく俺を飲み込んでいくような感じがする。頭の中のもやもやが一切離れていかない苦しみを抱えながらこれから生きていかないといけないのか、俺は。俺だって本当はこんな無茶な旅をしたくないんだよ。でも体が、心が勝手に動こうとするんだよ。それに俺は従っていくしかないんだよ。でも自分は本当はこの世界をなんとかし・・・。どうすればいいんだよ俺は。
「大丈夫ですか。ごめんなさい、私が悪かったんです。智也さんにとても期待してしまって、私が悪いんです」
「私が、・・・、悪いんですよ、・・、んっんっ」
「オリビアさん俺はこのボイスリアクトを持たされて自分自身に誇りを持てるようになったんですよ。俺だってボイスリアクトに感謝しています。ただ、自分自身が未熟で、どうしようもなくて」
「んっんっ」
彼女は一向に泣き止む気配がないので俺は言った。
「しょうがないなあ。オリビアさん俺にそんなに期待してくれてうれしいです。ぜひこれからも共に旅をしてください」
俺がそういうと彼女はさらに声をあげて泣き始めた。
「うあーーーんっんっうあーーーーんっ」
彼女が泣き始めたので周りが気付き始めたのか、ウォーラーがオリビアさんの方にやってきて彼女の頭を撫でた。
「すいませんな、智也さん。オリビアいつも急に泣き始めるんです。気にしないでやってください」
彼女とウォーラーは俺の前から少し離れ、彼女を座らせて彼女の好きな飴を食べさせた。彼女はその飴を一度いらないといったように見えたが、少し時間がたつと彼女が唐突にウォーラーの手からチョコを取ってから口の中に入れた。彼女は少し泣き止んだようだ。それにしても彼女にもこんな一面があるということを改めて知った。俺もさっきは少し取り乱したのだが、俺だけが義務を負っていると思っていたのだが、俺の思い違いだったようだ。それにしても彼女はとても自分に正直だ。俺も正直になりたいとは思ったことはあるが、一度も本気で正直なろうと思ったことは一度もなかった。やはり俺は自分が違うと思ったことはいつまでたってもしようとしないのである。こういう俺はいつか立派なリアクターになれるのだろうか。もしかするといつまでたってもなれないなんてことも。その時はそのときだ。俺は不可能と思い込むまで、不可能ですら可能にしていけると思っている。あの時はスルーしていたのだがやっぱり俺はオリビアさんに甘えすぎなのかもしれない。
「タッ」
彼女はやがて立ってからぼーっとしてからこちらに走ってきた。
「もう出発時刻ですよ。皆さま急ぎましょう」
「おう!オリビアのこと待ってたんだぜ」
「そうなんですか。悪いことしました」
「気にすんな!じゃあ行くか!」
「はい!」
俺たちが船の乗り場に来たときは船と波止場はつながっていて、いつでも乗船可能な状態になっていた。そのまま総勢9名のメンバーが船内に入り、客室に入った。客室はそれぞれ2人部屋になっており、俺と彩子、オリバーとオリビア、アルフィーとサルト、あの3人組でわかれた。俺は狭い客室から出て、デッキへと向かった。そこにはアルフィーが絵をかいていた。デッキは広大な海とケントの街並みがよく見える場所になっていて、壮大なこの世界の独特な世界を展望できた。アルフィーのそばに寄ってみると、アルフィーが町の風景を描いていた。その絵は最初見た時のような素晴らしい絵だった。
「その絵、いいな」
俺はつい口走ってしまった。
「僕の絵なんてまだまだですよ。まだうまくならないと・・・」
「そんな気負っちゃだめだぞ。ほらっ水」
「どうも」
「俺もこの水をなんちゃらという装置で出してみたんだけど、逆に水しか出せないんだ。不思議だろ」
「ん?出したって?」
「俺ゃいつかこの世界を争いのない世界にいたいんだ。その成果がその一本さ。情けない話だろ」
「?」
「周りに誰もいないな?よしっちゃんと見とけよ」
「クリエイト・・・・・ウォーター」
俺たちの目のまえに一本の水が出現した。
「どうだ、すごいだろ。」
「え!どうなってるんですか!」
「これっ?これはボイスリアクトってアイテムでつくったんだ。ほらっ」
俺はアルフィーにそれを見せた。
「そんなものがあるんですか。どんな魔術なんですか?」
「魔術じゃなくてそんなものでさえ打ち消しちゃうほどすごいものなんだ。でも俺はまだこれを使いこなせていないんだ。でも今に使いこなして見せるから見てろよ。アルフィー」
「うん!」
「本当だぞ!」
「うん!」
俺はそこで軽い口約束をした。この約束がかなえられるのかは不透明だが、アルフィーのためなら俺はなんでもできるような気がする。よしっなんでもできる気がしてきたぞ。
「僕も頑張ります!」
そういってアルフィーは絵の作業に取り掛かった。彼の積極性は見習うべきところなのかもしれない。俺はあの時から毎朝ボイスリアクトの練習をしているのだが、出せるもののバリエーションが増えるだけで根本的なところは変わっていない。でもいつかはできるはずだ。さっきのオリビアさんもヘンリーさんも俺は素質があると言っていた。だからそれを信じてやってみようと思う。