3
アレク視点でお送りします。
この小説自体R15ですが、過激な表現がありますので、苦手な方はお気をつけて。ガイドラインに則ってますが、もしかするとR18指定を掛けるかもしれません。
「──遅い」
遅刻厳禁だと言ったのにも関わらず、正午になってもロイが現れないことに、沸々と苛立ちが募る。
「手続きってそんなに時間掛かるのかな」
如何せん、ボクは今の時代の常識に疎い。ロイと度々街を散策し、ある程度把握はしてきてはいるが、冒険者ギルドの細かなルールは専門外である。
しかし、単なる遅刻ではなく事故に遭っているかもしれないなと思い直し、左手の薬指に付けている通信魔道具に魔力を込めた。
『ロイ?今何処にいるの?』
『ひ、ぁああっ!?』
『──誰?』
この通信魔道具は対になっていて、片方に魔力を流せばもう片方は魔力要らずで話せるという点が気に入り購入したのだが、何故かロイの声ではなく女の子の悲鳴がしたことに眉を顰める。
『ミルディお姉ちゃんっ!ゆ、ゆび、指輪が!』
『あのー……』
『あらぁ?通信魔道具だったのね。てっきり恋人とのペアリングかと思ったのに。私の声、届いているかしら?』
『ええ、聞こえています。あの、ロイは、』
『この指輪、冒険者ギルドで預かっているの。もし貴方が依頼通りの人なら、冒険者ギルドへ来てくださらない?』
『……分かりました。とりあえず向かいます』
『お待ちしているわ』
魔力を込めるのをやめ、深呼吸を一つ。
("依頼"ってどういうことなんだろう。面倒を引き寄せる子だなぁ、全く)
好奇心旺盛な野良猫気質の弟子に頭を悩ませつつ、一先ず人気のない裏路地へ。
「"転移"」
口にした途端、目の前の景色が変わる。場所は裏路地は同じだが、冒険者ギルドの真裏へと変わっている。
(うんうん、ちゃんと場所覚えてて良かった)
もしもの為にと街中のあらゆる場所を巡っていたのだが、役に立つ日が来ようとは。出来るだけ目立たないように焦る気持ちを抑えつつ、表へ向かい冒険者ギルドの中へ入る。
中へ入り、ぐるりと見渡す。手前には依頼が張り出されている掲示板や受注カウンター、三人掛けの長椅子が六つ、奥には階段があり結構な広さだなと感心する。
そのままカウンターへ向かい、受付の女性に話し掛けた。
「すみません。ロイ・ミズウェルの依頼で来た、アレクといいます」
「先程はどうも。随分早かったわね。職員のミルディ・ワトソンよ」
柔和な笑みを浮かべているミルディ嬢に、こちらも笑みで返す。しかし、彼女から溢れる魔力に内心ヒヤヒヤしてしまう。
(受付嬢にしては、随分と魔力が豊富だね……)
恐らく本職は受付業務ではないのだろうなと察しながら、話を続ける。
「それで、依頼とはなんでしょう」
「お届け物よ。クレアちゃん、いらっしゃい」
ひょこっと、ミルディ嬢の背後から幼い女の子が顔を見せる。疑うような目でボクを見てくるので首を傾げると、カウンターから出てきてボクの足下に来た。
「本物、ですかっ」
「ボクが本物のアレクかどうかってことかな?」
「そ、そうですっ。だって、ロイお兄ちゃんに、本人に直接って」
「んー……なら、これを見てくれるかい?」
しゃがんで、女の子と目線を合わせる。そして左手の薬指にある指輪を見せた。
「恐らくキミが持っている指輪と、同じ物だ。これはロイと一緒に買いに行って、お揃いなんだよ」
「おそろい……」
ボクの指輪をジッと見た女の子は、くるりと背を向けた後、振り返ってボクに両手を広げてきた。そこには、ロイの指輪と折り畳まれた紙切れがあった。
「ど、どうぞっ」
「ありがとう。お名前は?」
「クレア、です」
「クレア嬢、お礼をしたいから少し待ってくれるかい?」
「っ、はい!」
いい子だねと頭を撫でてあげた後、指輪と折り畳まれた紙切れを受け取る。指輪はローブの内ポケットに放り込み、紙に目を通した。そこには、"孤児院で待ってる。それと、その子を保護してくれ。頼んだ"と書いてあった。
(……"保護"、ね)
要領を得ない言葉に、思考を巡らせる。何故保護という言葉を使ったのか──ただの届け物ならばお礼をしてあげれば済む。それに、何もないなら態々こんな回りくどい方法は取らない。
(クレア嬢を何としてでも孤児院から引き離す必要があった。孤児院が何かをしているのか、それとも偶々孤児院にて何かを見たのか。確実に言えるのは、クレア嬢にとっては保護が必要なほど、危険な場所であるということ)
そんな場所に、クレア嬢と引き換えにロイがいる。待ってるということは、自らが逃げれない可能性を示していて。
「クレア嬢、ロイからの伝言なんだけど」
「ロイお兄ちゃんから?」
「ロイはボクと一緒に住んでいるんだ。それでね、引っ越した新居に、招待したいんだって。お泊まりしない?」
「お泊まり!?いいの!?」
「勿論。お菓子パーティーがしたいって書いてあったんだ」
「するーーっ!」
無邪気に喜ぶクレア嬢の頭を撫でながら、ボクはこちらを眺めているミルディ嬢の瞳を真っ直ぐ見た。
("繋がれ")
ピクリと、ミルディ嬢が肩を揺らす。そして、驚愕した顔をボクに向けていた。
(聞こえてますよね、ミルディ嬢)
(ええ……。貴方、どうやって、)
(それは後ほど。アナタを実力者と見込んだから、一つ頼みたい。ボクが来るまで、クレア嬢を預かっていて欲しい。ロイから、この子を保護するようにと頼まれた。けれど、そのロイに危険が迫っているかもしれない)
(危険ですって?)
(確定ではないけれど、ロイは意味もなくこんなことをしない。クレア嬢は孤児院で何かを見たんだろう)
(……もし犯罪の可能性があるのなら、裏で治安部隊に手を回すわ)
(後処理は任せるよ。けれど、今は時間が惜しい。一先ず、クレア嬢を)
(……分かったわ。必ず、後で説明を)
互いに笑みを浮かべたまま、会話は終了した。クレア嬢にはまた迎えに来ると告げ、足早にギルドを後にする。裏手に回り再び転移した先は、ロイが育った孤児院だ。
裏庭に転移したが、昼食時というのもあり周囲には人が居ない。早速、孤児院の外壁に手を翳して魔力を流す。探知魔法の一種なのだが、動く物にだけ反応するので便利なのだ。
(奥は数が多い──食堂かな。上にもいくつか反応があるけど……ん?)
徐々に探知範囲を拡げていったのだが、地下に反応が二つほどあった。
(孤児院に地下室……?)
嫌な予感というのは、当たるもの。頭に浮かぶ最悪のケースは二つ。
("虐待"、もしくは"人身売買"ってところかな)
しかし、虐待ならばクレア嬢は当て嵌まらないだろう。彼女は半袖のワンピースを着ていたが、殴られた痕もなく健康そのもので、何より初対面の男であるボクにも恐怖心は芽生えていなかった。
そうなると人身売買の線が濃厚となってくる。しかし、アトランティル王国は奴隷制度を断固禁止している筈で、そこは五百年前から変わっていないとロイと話した記憶がある。
(一先ず、迎えに行きますか)
あれこれ考えていても仕方がないなと気持ちを切り替え、早速潜入する為に自らに探知不可魔法を掛ける。他人から認識されるのを阻害する魔法で、隠れんぼに最適だと兄上から教わったものだ。
探知不可魔法は音を消したりは出来ないので、しっかりと周囲を確認し人気のない部屋の窓から侵入した。地下が一番気になるところだが、念の為と上階なども見て回る。案の定ロイの姿はなかったので、地下への入り口を探すことにした。
時折職員とすれ違ったが、気付かれることはない。お陰で余すことなく捜索を続けられる。罠や入り口を魔法で隠していたら簡単に見つけ出せるのだが、魔法の痕跡がない以上地道に探す他ない。
(ロイには内緒で指輪に目印を付けておいたのに、何でそれを外しちゃうかな)
今度から、指輪だけは外すなと言い聞かせなければと思いつつ、一階の最奥の部屋へと辿り着いた。ここ以外の部屋はもう調べ終えたので、残された場所は此処しかない。
中へ入れば、そこは祈祷室だった。
女神像や祭壇だけが部屋の奥に置かれていて、椅子などはない。床にカーペットが敷いてあるくらいである。
(女神像──女神ミリスティリア、ね)
アトランティル王国や、北にある公国を含め、この世界共通の宗教ともいえる、女神信仰。唯一神である女神ミリスティリアを崇めるものだが、五百年前にはなかった。というより、女神ミリスティリアは、知り合いも知り合いだ。
(ミリスティリア──いや、リスベッドがまさか、崇められてるなんてね)
ミリスティリア・リスベッド・アトランティル。それは、紛うことなき兄上の愛娘で、ボクの姪だ。一体何がどうなって女神へと至ったのかは知らないが、おそらく何ならかの偉業を成し遂げたのだろう。
「神を信仰する気持ちは更々ないけど。もし神として存在するのなら、教えてくれ、リスベッド。ボクの可愛い弟子は何処にいるのかな」
そんな問いは、余りにも無意味で。溜息を吐き、大人しく壁や床を隈なく観察する。空振りだけは勘弁してくれよとカーペットをひっくり返した時に、背後の祭壇から"パキッ"と音が聞こえた。
「ん……?」
振り返れば、祭壇の下に魔力の残滓が見える。先程までは何もなかった筈の、その場所に。
「いよいよ、ボクも崇めた方が良さそうだね」
耳にリスベッドの笑い声が聞こえた気がしたが、頭を振って祭壇へ近付き布を捲る。床に取っ手があり、音を立てないように引けば、大人一人が余裕で入れるであろう地下への階段が現れた。
「うんうん。成る程ね。魔法だと痕跡が残るからってことか。魔法に明るいというより、対魔法をよく知ってるってことか」
魔法に対抗する手段は、魔法ではない。魔法使いは所詮ただの人間であり、接近されナイフで刺されれば死ぬし、銃で撃たれれば死ぬ。殴られたら傷は治せても痛みはあるし、魔法を使わずに隠れられたら見付けるのは難しい。
焦らず、ゆっくりと音を立てないようにしながら地下への扉を閉めて、階段を降りていく。魔力を目に集めれば、暗闇でもよく見える。階段の先には扉があり、完全に閉め切っているわけではなく、薄ら開いていた。
(……何だろう、この匂いは)
嗅ぎ慣れない匂いは、香の一種だろう。身体全体を薄く魔力で覆い、香の匂いを遮断する。そのままゆっくりと足を進めて扉に耳を当てると、聞くのも嫌になるほどの、男の荒い吐息と悲鳴にすらならない嗚咽が聞こえてきた。
(────殺すか)
キィ──と木製の扉を開ける際に小さな音が鳴ったが、それにすら気付かない男は、服を纏うことなく扉に背を向けて立っていた。その足元には、両手を縛られ同じように服を纏わず、泣き噦りながら中腰で口を塞がれ、頭を押さえ付けられている、ロイがいた。
「"離れろ"」
「ぐぁ……ッ!?」
「"喋るな"。"動くな"」
「ンーーーーッ!?」
人差し指を男に向けそのまま壁へ向ければ、指先の動きと連動して男が吹き飛ぶ。痛みに呻きながらも大人しくなったのを横目に見ながら、自らのローブを脱いで床に蹲ったロイを包む。縛られていたロープは速攻で切り刻んだ。
「遅れてごめん。もう大丈夫、大丈夫だから」
「ぅ……ぁ、げほっ、」
泣きながら吐いてしまったロイを支えつつ、魔法で水の入ったコップを喚び出す。ゆっくりと口元に運んであげて、背中を撫でる。
「ぁ、れく」
「シー……。今は話さないでいい。ゆっくり息をしてごらん」
「は……っ、ふ、ぅ、」
「もう大丈夫。ボクが来たから。遅くなってごめんね」
ボクの身体にしがみ付くようにして縋るロイに、罪悪感が募る。もっと早く駆け付けられたら、なんてことを考えてしまう。師匠だなんだと言っておきながら、肝心な時に素早く助けられないとは。しかし、今は反省するべき時じゃない。一刻も早くロイを安全な場所に避難させなければ。
「ロイ、後はボクに任せてね」
「何、する、んだ」
「大丈夫。ロイは眠っていてね。勿論、こんな粗悪な場所じゃなくて、ボク達の家で。今から送るから」
「ゃ、嫌だ、一人は、」
「終わったら直ぐに帰るよ。起きたらロイの好きなご飯を作ってあげるから、一緒に食べよう。だから今は──"おやすみ、ロイ"」
「ぁ……」
不安げに揺れるロイの瞳に手を翳して、眠りの魔法を掛けた。カクン、と力が抜けた彼の身体を抱き締めて、優しく頭を撫でた後、清めの魔法で汗を洗い流してあげ、自宅である塔へロイを飛ばした。
(ロイの部屋じゃなくてボクの部屋に飛ばしたけど、問題はないでしょ)
きちんとベッドの上に飛ばしたので、今頃ロイは魔法の効果で深く眠っている筈だ。深呼吸を一つした後、立ち上がって部屋を見渡す。
簡易ベッドには、乱れたシーツが。照明とベッド、それと小さなテーブルしかないこの部屋が何なのか分からないほど、子供ではない。
「──で?そこのクソ野郎。ボクの可愛い弟子に手を出すなんて、やってくれるね」
「ぐ、ぅ……ッ」
「新聞で見た顔だね。院長センセーだっけ」
テーブルにある香炉からは、怪しげな煙が立ち上っている。媚薬効果があるか、もしくは麻薬の一種だろう。狂ってるにも程があるが、よくある手段というのも事実で。触りたくはないが、人差し指を男の額に押し当てた。
「"お前の目的は何だ"」
「ん、ぐ……っ」
「へえ──人身売買とは。副業にしては随分過激だね」
「ッ!?」
拷問などに使われる、透視の魔法。兄上から教わったが、使う場面には気を付けろと言われていた。初めて使ったが、これは確かに良くない。こちらの脳内に直接、相手が考えている思考そのものが流れ込んでくるので、下手に使えば呑まれてしまう危険性が高い。
「"人身売買の証拠は?"」
「……っ、」
「嗚呼、無駄だよ。人ってのは不思議でね。考えないようにすればするほど、そのことを考えてしまう。思考を止められない生き物だからね」
「ッ、ぐ、」
「舌は噛めないようにしてあるから、無駄な抵抗は諦めてね」
絶望に瞳を染める男を見下ろしつつ、更に思考を読み取っていく。人身売買の証拠は院長室の本棚、それと金庫。金庫は魔法で開けられるものだし、問題は無さそうだ。
「"雇い主は誰?"」
「……ッ、ん、」
「これは──アトランティルじゃないね。背の高い女──いや、男?」
「ッ!!」
長身で鮮やかな赤い髪を腰まで伸ばし、化粧も相俟って妖艶な雰囲気がある。暗い闇のような黒い瞳は底知れぬ邪悪さを抱えていて、女かと思ったがアレは男だろう。喉仏や指の節々が、女性特有の柔らかさとは違う。
(何処かで、見た記憶がある。昔か、それとも最近なのか。これはまあ調べればいいか)
その後も幾つか質問をした後、必要な情報はもうないなと、人差し指を離す。終わったかと安心しきった男を鼻で笑い、顎先を蹴り飛ばした。
「グ、ァ……ッ!」
「嗚呼、まだ死なないでね。簡単には死なせないから。──随分と昔からボクの弟子に目を付けてたみたいじゃない。出会いは偶然だったみたいだけど」
どうやら、元々人身売買をしていたこの男は、容姿が良い孤児を拾っては磨き上げるように育て、高値で西の帝国へ売り捌いていたようだった。
中でも、魔力無しだと判断されてはいたが、ロイは最高傑作らしい。雇い主へ引き渡す直前にボクとの出逢いがあり、まんまと逃げられたと。
しかし、そのことを知った雇い主は激怒した。少しでも挽回しようと、ロイを呼び寄せる罠を仕掛けた。反抗的だった邪魔な職員を殺害し、証拠隠滅も含めて火事を起こすという狂った発想。だが結果的に優しいロイはまんまと孤児院へ来てしまったと。
「渡さないよ、あの子は。ロイはボクの弟子なんだから」
「……っ、」
「大丈夫、痛いことはしないよ。ゆっくり、狂いながら死ぬといい。ボクが直接殺したりしたら、あの子は傷付くだろうからね。安心しなよ──ボクは"慈悲深い"んだ」
「っ、!」
この男がロイに放った言葉が、頭の中でぐるぐると回り続ける。完全にとは言わないが、最後の一線は超えていない未遂だったからこそ、ボクは直接手を下すなんてことはしない。
スイ、と香炉に指を向ける。途端、先程までとは比べものにならないほどの煙が噴き出していて、ほくそ笑んだ。
「さあ、勝手に死ぬがいい」
「っ、!んーーーーーーッ!」
「キミが死ぬか、ボク以外の誰かの目に触れたら、拘束してある魔法は切れるよ。キミが死ぬのが先か、治安部隊が此処に辿り着くのが先か、どちらだろうね?」
「……っ、」
「忘れてた。キミの頭からロイの記憶は消しておくよ。──これ以上あの子を苦しめたくないからね」
もしこの男が生き長らえて、尋問に掛けられたら。ロイは被害者であり、事情聴取をされる。そうなれば、辛い記憶を呼び起こさせ、立ち直るのにも時間が掛かるだろうから。無かったことにはしないが、態々掘り返すこともない。
(──もし生き長らえたら、その時は殺すけどね)
今殺さないと言っただけで、この先殺さないなどと宣言はしていない。牢獄に忍び込むのは容易い。もしもがあれば、迷いなく殺す。
男に近寄り、人差し指をまた男の額に当てた。魔力を流し込みながら、ゆっくりと口を開く。
「"ロナルド・ルクセンブルク、及びロイ・ミズウェルに関しての一切の記憶を消去する"」
「ん……ぐ、」
途端、男はぼんやりと目を瞬かせた。そして人差し指を離した後、容赦なく床に叩きつける。
「さようなら、院長センセー」
返事はなく、男は床に蹲ったままだった。地下室は次第に香炉の煙で満ち溢れ、ボクは扉を閉めて塔へと転移したのだった。