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魔法使いの系譜  作者: 真田 秋来
覚醒編
6/38

 

 孤児院は住宅街の西側にあり、冒険者ギルドからは歩いて三十分程掛かる。途中商店街に寄り小さな子ども達も食べれるようなお菓子を大量に買い、早速孤児院へと向かった。


 街のどこからでも見ることができる商店街と貴族街の境目にある時計台を仰ぎ見れば、時刻は午前十時になろうかというところで、往復する時間を考えても問題はなさそうだった。


(まあ、遅刻厳禁って言ってたけど、遅れたとて俺のことはすぐ見つけれるだろ)


 一度街中で逸れた時があったが、ものの五分も掛けずに俺のことを見つけていたのだ。失くした物を探し出す魔法があるのだと言っていたので、つくづく魔法というのは便利だよなと、いつか使えるようになる日を夢見ている。


 

「あーっ!ロイお兄ちゃんっ!」

「クレアっ!」



 孤児院が眼前に迫った辺りで、仲の良かった女の子が俺に気付き駆け寄ってきた。まだ七歳のクレアは俺の胸にも届かぬ身長で、腕を広げて待てば抱きついてきたので優しく頭を撫でてあげる。



「ロイお兄ちゃん、帰ってきたのっ?」

「んや、火事があったって聞いて様子を見に来た。彼奴等──ヴァルドラとか亡くなったんだろ?」

「っ、」



 途端に、クレアの表情が怯えたように強張る。火事なんて怖い思いをしたばかりなのに配慮が足りなかったかと反省し、慌てて持ってきたお菓子を一つクレアに渡した。



「嫌なこと思い出させてごめんな。これ、美味しいから食べろ」

「ロイお兄ちゃん……」

「院長先生いるか?少し話が──」

「だめっ!」



 俺から素早く離れたクレアは、バッと両手を広げて俺の行手を阻む。一体、どうしたというのか。



「クレア?何をそんな、」

「だ、だめっ!ロイお兄ちゃんは、だめっ!」

「おいおい……。此処を出たとはいえ、実家なんだぞ。あれか?院長先生を取られるかもって思ってんのか?」



 立派に嫉妬をするようになるとは女の子は成長が早いな、などとおじさん臭さを感じながら感心していると、クレアの手が、身体が、小刻みに震えていることに気付いた。



「……おい、クレア。何が、あった」

「……っ」

「誰にも言わねえ。外の奴等にも、院長先生にも言わねえから、話してみろ」



 怖がらせないように近付いて目線を合わせるようにしゃがむと、瞼に涙を一杯に抱えたクレアと目が合う。零れ落ちそうな涙を優しく指先で掬えば、漸くクレアは決心したのか口を開いた。



「……火事じゃ、ないんだもん」

「火事じゃない?」

「あの日、クレアね、お庭で隠れんぼしてたの。でね、草の中にいたの。そしたらね、先生と、ヴァルドラ先生と、ルビッチ先生と、コニー先生が、お庭に来てお話しが始まったの」



 クレアがそこから話したのは、俺にとっては信じ難い話だった。


 ──あの日、クレアは他の子達と一緒に隠れんぼをして遊んでいた。庭にある柔らかい丸い生垣の中に隠れたクレアは、その日暗い服を着ていたのもあり、中々見つからずにいたと。

 そこに、ヴァルドラとその取り巻きであるルビッチとコニーを引き連れて、院長先生が話し始めたらしい。難しい言葉ばかりで全てを理解した訳ではないが、"俺の名前"と"魔法に失敗した"と言いながらヴァルドラ達を責め立てていた院長先生は恐ろしく、怖くてその場を動くことが出来なかったらしい。

 そして、院長先生は魔法でヴァルドラ達を蔦のようなもので縛り上げた後、庭の奥にある小屋へ行ってしまったと。更に、小屋が燃えて火の手は母家である孤児院全体に回り、慌ててクレアは逃げたそうな。



「……なる、ほど」

「本当だもん……嘘じゃないもん……」

「いや……信じるよ。クレアは嘘つく子じゃないもんな」

「ロイお兄ちゃん……っ」



 子どもの絵空話と片付けてはいけないと、俺の直感が告げていた。もし事実だとして、こんなことを幼い女の子が一人で抱え込むには重過ぎる。

 泣き噦るクレアを宥めながら、やはり無視するわけにもいくまいと、俺は孤児院を見上げる。一番上にある窓に人影が立っていて、背中に汗が一筋流れた。


(……アレは、院長か)


 俺と目が合ったことに気付いたのか、穏やかな笑みを浮かべながら俺に向けて手を振っている。そして、手招きをしてきた。


(クレアから話を聞くまでの俺だったら、何も疑いを持たずにホイホイ寄ってったんだろぉな)


 コクリと院長先生に向けて頷いた後、クレアへまた視線を戻す。酷く怯えたような彼女を放っておくことは出来ない。何より、もし院長先生が危険人物だった場合、クレアが何か知ってると気付かれたが最後、何をされるか分かったもんじゃない。



「……クレア。届け物をしてほしいんだ」

「とど、け、もの……?」

「ああ。ちょっと待ってろ」



 鞄に常備してある本とペンを取り出し、空白部分に伝言を書き、破る。右手の薬指から指輪を外し、紙切れと指輪をクレアに持たせた。



「この紙切れと指輪を、南門にある冒険者ギルドへ届けてくれ。アレクってやつが昼に来るから、直接渡してくれ」

「南門にある、とこ……?」

「そうだ。受付にはクレアも会ったことがある、ミルディさんがいる。その人に、俺に頼まれたからって言うんだ。アレクって人に直接渡すまで、居させてくださいってお願いするんだ。……できるか?」

「アレクさんに、渡す……。クレア、出来るよ。がんばるっ」

「良い子だ。さあ、頼んだ。寄り道せずにな。他の大人にお菓子をあげるって言われても、ついていくなよ」

「はいっ」



 少し危ないとは思ったが、街中は治安部隊が見回りをしているし、昼間ならば安全だから大丈夫だろう。


(頼んだぞ、クレア)


 恐らく、昼になっても俺が時計台に来ない場合、アレクならば真っ先に通信機に連絡をしてくる。クレアは拙いながらも魔法が使えるし、もしアレクから指輪に通信が来たら話すことができるだろう。


(悟られないように、平常心を心掛けないとな……)



 ゆっくりと、孤児院内へと足を進めた。火事の後同じデザインで建て直したらしく、構造は全く変わっていない。けれど、真新しい建物の匂いがより緊張感を誘い、もう此処は俺の知っている場所ではないなと、院長先生への不信感と共にそう思ってしまった。


 階段を登り、三階にある院長室の前に立つ。深呼吸の後に扉をノックすると、「どうぞー」と間延びした声が返ってきたので中へ入る。



「二週間振りです、院長先生」

「やあ、おかえりロイ。さあ、座って」

「……うん」



 慈悲深いと名高い院長に、少し気が緩む。本当に、この人がヴァルドラ達を殺すような真似をしたのだろうかと、クレアの話を信じれない自分もいる。

 ソファへ腰を落ち着かせれば、院長は満足げに笑い、壁際にある小さいキッチンで紅茶を淹れる準備をしていた。



「これ、子ども達と分けてくれ」

「おや。こんなに沢山。ありがとう、ロイ」

「……火事のこと、大変だったろぉから」


 スムーズに火事の話題へいけたかと内心安堵していると、トレイにティーポットなどを乗せ、テーブルに運び終えた院長もソファへ座った。



「大変じゃないと言えば、嘘になります。私が至らないばかりに、子ども達も怖い思いをしただろうから」

「火事の原因ってのは」

「裏庭の小屋があるでしょう?秋にお芋を焼いたりするときに使っていた火の魔石が暴発したらしくてね。小さくても魔石ですから。あっという間に火の手が回ってね。困ったものです」

「そうだったのか……」



 淹れてもらった紅茶を一口飲み、緊張で渇いた喉を潤す。少し渋みがあるなと思い、砂糖を足そうとしたところ右手が痺れている感覚がした。



「院長、こ、れ……」

「困るんですよね、本当に。お陰であの方にご迷惑を掛けてしまいました。あの方があの愚図共は役に立つと仰っていたから多少問題が起ころうとも置いていたのに、君をまんまと逃してしまうだなんて」

「何、言って、」

「けれど、結果的に君は此処に戻ってきた。ならば、あの愚図共にも価値があったというものです。そう思いませんか?」



舌が、身体が、思うように動かない。身体全体が痺れ、痙攣するようにテーブルに突っ伏す。閉じかける目を必死に開き睨むように見上げると、愉快そうに笑うソイツは、俺に向けて口を開いた。



「魔無しが粘りますね。いやはや素晴らしい」

「……っ、ク、ソ」

「安心しなさい。殺したりはしない。──あの方が迎えに来てくれますから。まあ、死んだ方がマシだと思うことになるでしょうけど」



 スッと影が出来て、耳に息が掛かる。痺れる感覚とは別に、ゾワゾワと鳥肌が全身を包んだ。



「──生きていればいいと言われていましたし、少しなら味見しても許されるでしょう」

「な……っ、に、を、」

「抵抗しなければ優しくして差し上げますよ。どうせ君は人形や玩具のように扱われるのです。最初くらいは優しくして差し上げますよ。何せ私は──"慈悲深い院長"なのですから」



 チクリと、首筋に針が刺したような感覚がした。途端に身体に抗いようがない重みがのし掛かる感覚がし、俺は意識を手放したのだった。 


 


 

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