6
アレク視点です。
「森のエルフが何で人里にいるんだ?」
「……貴方様こそ。蒼鱗が、何故此処に?」
昨夜は帰宅して早々に眠り、今朝はシリウスとルーリィと共に朝食を食べた。得意分野である魔法の腕を伸ばそうと、人が寄りつかない場所へ転移するかと三人で話し合っていたところに、ミルディ嬢が訪ねてきた。
ルーリィは物珍しそうに彼女を観察しているが、対するミルディ嬢は居心地が悪そうだ。魔力差もあるが、圧倒的強者である竜と対面し、生存本能が危機を知らせているのだろう。
「彼──ルーリィは、ボクの友なんだ。ギルドで話した雪山の主だよ」
「それは分かりますが、何故此処に。雪山の管理は良いのですか?」
「魔物はある程度間引いたし、大丈夫だろ」
「そう、ですか……」
「──ミルディ嬢、ロイのことなんだけど」
昨夜の情報共有をするべきだろうと思い、隠すことなく魔女との会話を全て話した。話した反応は三者三様で、ルーリィは少し楽しげに、シリウスは心底嫌そうに、ミルディ嬢は驚愕の顔をしていた。
「魔女、様の、息子……」
「ミルディ嬢は森のエルフだよね?彼女達と繋がりはあるのかい?」
「ええ、勿論。等しく森は魔女様達の管理下にありますもの。私達エルフとて、それは同じです。魔女様の意思は森の意思。森の守護下にあるということは、魔女様の守護下にあるということ。……ロイは、魔女となったのね」
「魔女であり、魔女でないと言っていた。魔女という存在がどういうものなのか分からないんだけど、ミルディ嬢は何か知っているかい?」
「私も、詳しくは……。世界の成り立ちと共に生まれた種族の一つだと聞いたことがあるくらいで」
「ルーリィは何か知ってるかい?」
「あん?」
棒についた飴を咥えながら、ルーリィは記憶を辿るように腕を組む。
「魔女っつーのは、森の化身みたいなもんよ」
「化身?」
「精霊に近いな。森の眷属なんだ。森そのものみたいなもんだから、森から離れらんねーし」
「ロイは、」
「アイツは人間だからな。魔女達みたいな魔法だの、森の力は森から貰えても、森から離れたりは出来ると思うぞ?森の祝福で不老にはなったろぉけど」
「そう、か……」
西の吸血鬼を屠り、魔女に認めてもらった後──ボクが明確な答えを用意出来たら、ロイを迎えにいきたい。ちゃんと、返してもらわなければ。勿論ロイの意思を最大限尊重するけれど。
そこまで話したところで、シリウスが深い溜息を吐いた。顔を向ければ、深刻そうな顔で手を顔に当てている。
「シリウス?」
「息子、息子ですか……。娘がいるというのもつい最近知ったばかりだというのに……」
「魔女の番っつーのはそういうもんだろ」
「どういうものか説明すらなく、なってましたがね」
「はっはっは!二人の子持ちだな!」
バシッ、バシッ、と愉快そうにシリウスの肩を叩いているルーリィに、呆れたような目を向けてしまう。ミルディ嬢も同じようで、きっと彼女の頭の中で、竜という種族のイメージが崩れているに違いない。
「あんま森にいたら狼は死ぬし、諦めろ」
「は?死ぬ?」
「森は魔女を取られたくないからな。力を強める狼は、番となることは許しても、居ることは許さない。二日もいたら塵になるぞ」
「……何と身勝手な」
「そういうもんなんだ。オレらからすりゃあ、人間のが身勝手だし。年々棲家が減ってるって他の竜も言ってるし。全部に都合の良いもんなんて、ねーんだよ」
遥か昔にいた最初の弟子も、そう言っていた。"世界は、優しくない"のだと。
竜族のルーリィは、ボク達よりも長く生きていて、様々なものを見ている。その彼が言うのだから、真理でもある。
「……ボクがロイを迎えにいく時、シリウスも来てね」
「勿論、お供します」
「それから、森へはあまり入らないように。……でも、北の森が大丈夫だったのは何でだろう?」
「二日経ってたか?」
「……ギリギリ経ってはないかな。森を抜けて雪山に行ったし」
「なら消えねーだろ。突然塵になるからな。まあ、そうなる前に魔女から追い出されるだろぉよ」
何か思い当たる節でもあるのか、シリウスは苦々しい顔を浮かべていた。愛する人と共に過ごすことが許されず、しかもその事実を隠されて、わざと突き放されていたのだ。あんな顔も浮かべて当然だろう。
(ボクは、どうしたら良いんだろうね……)
ロイを元の時代に連れていくことは可能だ。けれど、それにより何かが歪む。何より、あの容姿はルクセンブルク初代当主に酷似しているし、それだけで混乱の種となるだろう。
一筋縄ではいかない恋というのは数多くあるだろう。自分がこんな風に恋に悩む日が来るとは思わなかったが。
「……アレク様、一つよろしくて?」
「何だい?」
「貴方は……その、ロイのことをどうするつもりなの?」
「その問いの答えを、ボクはまだ用意出来てないんだ。ロイのことは、弟子としても──その、他の意味でも大切に思ってる。けど、ボクと共になんて、軽々しく言えなくてね。そういった事情があるから」
時を超えたことをまだミルディ嬢には打ち明けていない。だからこそこんな言い方になったけれど、彼女は不服そうな顔をしている。
「以前、リスベッドは私の弟子だと話しましたね」
「……ああ」
「彼女を最初に鍛えたのは、私ではないのです」
「というと?」
言うのを躊躇う彼女に先を促せば、諦めたように息を吐いてから、彼女は重い口を開き始める。
「名前は知りません。けど……心優しい賢者と、その伴侶である──月の賢者だと」
「月の、賢者……?」
ボクがいた時代に、賢者と呼ばれたのはボクだけだった。けれど、ボクが消えた先の話は分からない。しかし、"月の賢者"というのは、引っ掛かる。
(ロイは、月の女神に愛されている)
もしかして、もしかするのか。
ボクは世界の歪みなど無視して、ロイを──。
「確証はありません。それに、何の保証も出来ない。けれど、リスベッドは……それはそれは嬉しそうな顔で言っていたの」
「そう、か」
「森から出たばかりの私は世間に疎かった。──貴方のことを知らないくらいには」
「……気付いてましたか」
「薄々ね。クレアが貴方を見て、薄紫色で綺麗なのに何で違う色で塗っているのかって言っていたの。魔法で変えているのね」
「ボクが知らない間に、王族のみが許される色になっているからね。生活するのに不便だから」
「それはそうね」
良い眼を持っているなと、彼女の娘となったクレア嬢に感心しつつ、椅子の背もたれに身を預けた。考えることが多過ぎて、頭の中がぐちゃぐちゃだ。少し気分転換が必要かもしれない。
発散ついでに依頼でも受けることにして、報告会という名のお茶会を終えて、冒険者ギルドへ行くことに。
シリウスは何かすることがあるらしく、ルーリィも同じで、バラバラに塔を出た。ミルディ嬢は家に居るクレア嬢を迎えに行ってからギルドに向かうつもりだったらしく、ならばと共に行くことに。
「クレア嬢には、ボクからロイのことを伝えたいんだが良いかい?」
「ええ。きっと……聡い子なので理解はするわ」
「ボクが不甲斐ないばっかりに、貴女にも苦労を掛けた。本当に申し訳ないと思っている」
「それについては、ロイが戻ってきたらまとめて言うわ。……全く。魔女様の息子になるだなんて……」
「本当にね。次から鎖にでも繋ごうかな」
「あら、独占欲の強いこと」
「逃げ出す方が悪いと思わないかい?」
出逢って二ヶ月くらいなのに、何度逃げられたことか。予想外の出来事の渦中にいつだっているし、その度に守りたいと思わせてくるくせに、あっさりと逃げ出された。
「手の掛かる子ほど可愛いとはよく言うね」
「ふふっ。天下の賢者様にそんなことを言わせるのはあの子くらいね」
愉快そうなミルディ嬢に肩を竦めながら、クレア嬢への手土産にとお菓子を購入してから、二人が住むアパルトメントへ。
冒険者ギルドから歩いて五分ほどの距離にある、煉瓦造りの三階建てのアパルトメント。最上階の一番奥の部屋へ行き、ミルディ嬢と共に中に入る。
「お姉ちゃんおかえりなさいっ。あれ?アレクさんだ!」
「お邪魔するよ。お菓子を買ってきたから、二人でどうぞ」
「ありがとうございますっ。チョコだっ」
チョコレートが入った紙袋を嬉しそうに抱えるクレア嬢に、心が痛む。目線を合わせるようにしゃがみ、ロイのことを告げようと深呼吸をする。こういうのは、早めに伝えた方が良いから。
「──クレア嬢」
「なぁに?」
「ロイのことで、話しておきたいことがあるんだ。聞いてくれるかい?」
頷いた彼女に、ゆっくりと先を話す。
「ロイは……魔法の修行の為に、この街を離れた」
「え……?」
「ボクが弱かった所為で、ロイをちゃんと守れなくて。ロイは悪くないのに自分が弱いからと責めて、強くなる為に街を出たんだ。行き先は分かっているし、無事だよ。けれど、暫く彼は戻ってこないだろう」
「ロイお兄ちゃん……お家にいないの……?」
「……ああ」
無垢な瞳に、心が折れそうだった。
ボクの言葉を反芻しながら、彼女は床へ視線を落としている。兄と慕うロイが何の言葉もなく街を離れたのは、幼い彼女を傷付けるには充分なことだろう。
──そう思っていたのだが、
「アレクさん、大丈夫?」
「えっ?」
「ロイお兄ちゃんはね、お月様と仲良しなの。いっつも、お兄ちゃんの近くにいるの」
「お月様……」
「取られちゃうの、ヤなんだって。ロイお兄ちゃん女の子にモテないの、お月様のせいだもん」
「そ、そうなのかい?」
「クレアは妹だから、いーんだって言ってた。けど、お月様、アレクさんのこと、ヤって顔してた。だからきっと、お兄ちゃん、アレクさんと離れちゃうの」
月の女神に愛されているロイが、ボクと共に過ごせない理由──神などいないと否定したいが、ルーリィは存在を肯定していた。
「……それは、厄介だね」
「お邪魔虫なのっ。ね、お姉ちゃんっ」
「困ったわねぇ。月の女神に認められないといけないわね」
「神に認められる、か……」
「見えないと、ヤなんだって。アレクさん、がんばってね!ロイお兄ちゃんのことちゃんとつかまえてね!」
「見えるかどうか……。信仰心もないし、存在を認識してないからなぁ。ありがとう、頑張るよ。ロイを迎えに行って連れてきたら、またお泊まり会でもしようか」
「うんっ!お菓子パーティーするの!」
泣くでもなく、ボクを責めるでもなく、逆に励まされてしまった。何ともまあ、クレア嬢は聡く強い子である。その保護者であるミルディ嬢も笑っているし、いつまでもウジウジと悩んで落ち込んでいるのはボクだけだったようだ。
二人と共に冒険者ギルドへ向かい依頼を受けて二人とは別れ、北の森へ。依頼自体は貴重な薬草採取だが、ついでに害のある魔物を間引いておこうと、早速この前野宿の時に利用した浴場へ転移した。
騎士団がまだ雪山にいるらしく、森の主であるフォレストスネークの魔力は感じられない。
しかし、無人だった筈の遺跡のようになっている浴場から魔力を感じて中へ入ると、蝙蝠が人間ほどの大きさへ変化している魔物──キュラーバッドが居座っていたので、火の魔法で焼き尽くしておいた。
「魔除けの薬草もないし、定期的に掃除に来た方が良さそうだね」
蝙蝠は動物の血を吸うが、魔物へ変化すると人間も襲う。一匹なら何とかなるが、群れで行動するので厄介である。街まで飛んでくることは少ないかもしれないが、用心した方が良い。
(何より、何処の森にいるかは分からないけど、ロイが此処に来るかもしれないしね)
魔女の息子となり、月の女神だけでなく森にも彼は守られている。恐らく何事もなく無事でいてくれるだろう。しかし、それにしても、前途多難の恋である。己を鍛え、認めてもらう他ない。
「リスベッドを鍛えた最初の師が、ボクとロイなら──」
そうなれるように、今は進む他ないのだ。何の確証もない未来だが、諦めたくはない。
気休め程度ではあるが、亜空間から魔物が嫌う匂いを放つ魔法薬を取り出し、浴場遺跡の周辺に掛けておいた。
依頼にある貴重な薬草は、雪山の麓にいけば見つかるだろう。
「ロイに情けないと思われたくないし、やりますか」
いつか迎えに行った時に、笑われないように。
森の中を駆ける足は、殊の外軽かった。




