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魔法使いの系譜  作者: 真田 秋来
其々の道
36/38

 

アレク視点です。

 

 闇に紛れて街道の平和を脅かす盗賊を屠る──そんなことはボクにとって造作もなく、殺さずにという条件の方が難しいほど、簡単な依頼だった。



「何だお前は──ッ」

「さあ?何だろうね」

「ひ、ぎゃ……ッ、た、助け……っ」

「キミはそうやって助けを求められた時、助けてあげたのかい?」

「うぐ……ッ!」



 最後の一人となった盗賊を締め上げて拘束し、意識を奪って地面に転がした。辺りには二十名程の男達が同じように転がっており、他の魔力反応はない。


 依頼に指定してあった通りに通信魔道具にて兵士の詰所に連絡をし、駆けつけた兵士達に盗賊達を回収してもらい、帰宅することに。


(ミルディ嬢への貸しは済んだことだし、少し辺りを歩いてから帰ろう)



 そう思い立ってから街道ではなく、盗賊達の根城があったトルーム河沿いにある森へ足を進める。


 北の森や南の森ほどは鬱蒼としていない、魔物の姿すらない平和な夜の森を歩いていく。獣道を進み、それすらなくなった森の奥へどんどん歩いていけば、広場のようなぽっかりと何もない場所へ出た。



「──やあ、魔女殿」

「ええ。可愛い子」



 突然の魔力反応に身構えたが、予想通り魔女が姿を現した。


 相変わらず何を考えているのか分からないその眼差しは、ボクを試すかのようなものだった。



「余計なことをされる前に、教えにきたの」

「余計なこと……?」

「"息子"が出来たわ」

「……成る程」



 何かの冗談かと思ったが、恐らく"息子"というのはロイのことだ。ロイは強くなる為に、魔女を頼ったということなのだろう。



「驚かないのね」

「いえ……これでも、充分驚いていますよ」

「そう。返して欲しい?」

「今すぐにでも。──ですが、彼はそれを望んでいない」

「いずれ、返すわ。多分、きっと」

「そこを明確にしてもらわないと困ります」



 惜しむような目に、ロイが魔女に気に入られたのだろうと推測出来る。それも、かなりのお気に入りなのだろう。


 焦る気持ちを抑えながら、少しでもロイのことが知りたくて、会話を続ける。



「怪我とか……危険なことは、」

「ないわ。森があの子を守るもの」

「……良かった」

「大切なのね」

「ええ。何物にも変え難いほどに」

「まだあの子には早い感情ね。初心だもの」

「は……?」

「狼と身体を重ねたことを話したら、顔を赤くしていたわ。森の子となったのなら番をいずれは得るものだけど、先は長そうね」



 困ったわ、というように──まるで本当のロイの母親のように遠くを見つめる魔女に、毒気が抜かれていく。掴みどころのない方ではあるが、妙に人間らしくもある。



「その、番というのは……」

「子を為す必要はないけれど、番を得ないと力が弱まるの」

「弱まる、ですか?」

「愛というのは古より伝わる、強固な守りよ。人間も、結婚の契りをするでしょう」

「まあ、結婚は一種の誓約でもありますが……」

「愛が真実ならば、人間とて魔力が強まるわ」



 ふとその話を聞いて、兄を思い出した。


 王妃となったカサンドラ様──彼女と結ばれてから、兄はより一層魔法の腕を上げていたと。勿論カサンドラ様も同じで、鞭を振りながら颯爽と戦場を駆けていたっけ。



「まだ、あげないわ」

「……っ。何か条件でも?」

「母親は息子の相手に厳しくするのよ」

「は、はあ……?」

「西の黒い化け物が、息子を狙っているの。嫌いよ」

「……それを倒せば、返してもらえますか」

「考えておくわ。──今の貴方には、無理よ」



 存外に弱いことを指摘され、歯を食いしばるが文句は出ない。今のボクの実力が足らないことは、理解しているから。


 それはそうと、幾らボクが余計な手出しをしそうだからと言って、態々知らせに来るとは。他にも目的があるのかもしれないと魔女へ目線を動かせば、少しだけ残念そうな目をしている。



「……シリウスは、今日は此処には居ませんよ」

「そのようね」

「番と聞きました。何故、会いに行かないのです?」

「森から離れることは出来ない。魔女は森と共にあるの」

「なら、彼が森へ住むことは可能ですか?」

「……いいえ。古き盟約により、番は森に住めないわ。そうなれば、彼が消えてしまう」

「もしかして、貴女は……」



 嫌われるような別れ方も、シリウスへ何も説明しないことも全て、シリウスが消えるのを避ける為なのか──それは深い愛故の行動で、何よりも自分を犠牲にした方法だった。



「いつまでも番を見付けない私は、消えるところだった。けれど、主君を探しに力もないくせに駆け回る姿が、大層可愛らしくて」

「一目惚れ、ですか」

「媚薬の効果なんて一刻程で終わるのに、求め合ったあの三日間は夢のようだった。私は、生涯忘れることはないでしょう」

「──何故、それをボクに話すのですか」

「いずれ貴方も、そうなるからよ。ロイはこの時代の子よ、可愛い子」

「……っ」



 言われなくても、分かっていたことだ。

 ボクはこの時代の人間ではなく、いずれ帰るのだ。方法は分からないが時を超える目の前の魔女と違い、ロイは人間で、過去に連れ去るべきではない。


 時を超える魔法はあっても、そう容易いものではない。元の時代に帰り、都合良く会いに来るなど──そんなことは、二度と出来ない。



「ロイは私の息子。けれど、魔女であり、魔女ではない。連れていけば、歪みが生じる」

「……分かっています」

「番になる気もないのなら、返す道理もない」

「ロイの意思はどうなるのです」

「同じ台詞を返してあげる」



 ぐうの音も出ないほどの正論に、眩暈がしそうだった。

 ルーリィに言われたばかりではないか。決め付けて押し付けて、ロイの意思を無視するなと。


 一先ず、ロイの無事は知れた。それだけで良い。森が、魔女が彼を守る。答えを持っていない今のボクに、抗う術はない。



「……今は、受け入れます。彼のことを、よろしくお願いします」

「ええ。黒い化け物のこと、片付けて」

「畏まりました。シリウスへ何か伝えることはありますか?」

「何も。伝えずとも、彼は私のものだもの」



 にっこりと笑った魔女は、満足したのか木の葉と共に消えていった。


 憎たらしいほどに綺麗な夜空を見上げながら、溜息と共にボクは自宅である塔へと転移したのだった。



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