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魔法使いの系譜  作者: 真田 秋来
其々の道
35/38

 

ロイ視点です。

 

 母親になると宣言した森の魔女に案内された、深い森の中にある木造の館──そこは枯れることのない四季折々の草花に囲まれ、精霊の眷属である妖精達が飛び交う、まるでお伽話に出てくるような館であった。



「凄い……」

「気に入ったのね」

「はい。こんな綺麗、というか……可愛らしいというか……よく、人間にバレなかったですね」

「結界があるから、入れないし気付かれないわ。森の加護がなければ触れることすら叶わない」

「森の加護……」

「今日から、貴方の家でもある。二階の奥の部屋以外、好きに使いなさい」

「奥の部屋は……は、母上の、部屋ですか?」

「そう」



 言い慣れない母上という言葉に若干吃りながら玄関の扉を開けて中に入ると、宙に浮かぶ魔石が照明代わりなのか、淡く優しく室内を照らしている。


(凄え……。何だろう。居心地良いっつーか、安心するなぁ)



「夜も遅いわ。食事をするにしても、軽いものにしなさい」

「……母上って、」

「何かしら」

「食事、するんすか……?」

「するわ。魔女といっても、大まかな構造は人間と変わらないもの。人間ほど欲は少ないけれど」

「成る程。料理なら孤児院でやってたし、俺がします。母上は食べますか?」

「少しなら」

「分かりました」



 食糧庫にあるものなど、家にあるものは好きに使って良いとのことだったので、有り難くそうすることに。


 キッチンは煉瓦や石で作られていて、コンロは魔石に力を入れれば加熱が出来るらしい。野菜などを細かく切り、厚切りのベーコンも同じように食べやすい大きさに切った後、鍋に入れてスープにした。


 調味料があるか心配だったが、街に売られている物と変わらない味であり、一安心だった。もしかしたら、街へ買い物に行くこともあるのかもしれない。



「時折買い物に行くの。食材は妖精達が勝手に持ってくるわ」

「おぉわっ!?」



 気配もなく俺の背後に立っていた魔女──母上は、俺の手元を興味深そうに覗いている。



「母上は、心の中が読めるんですか?」

「私には出来ないわ。娘には出来るけれど」

「えっ」

「ロイは息子になったから、明日娘に会わせてあげる」

「それって、その〜……。シリウスさんとの、子供、ですよね……?」

「そうね。狼以外と身体を重ねてないもの」

「か、重ね……っ」

「……?ロイはまだのようね。その年頃なら、人間は興味が出る頃でしょう」

「……俺は、いいです」



 鍋にあるスープを木製のおたまでかき混ぜながら、自嘲するように母上から目を逸らした。



「俺は、ほら。魔法使いとして、まだまだひよっこだし。恋愛とか、そういうの……してる暇、ないし」

「そう」

「俺なんかを受け入れてくれる人なんて、早々いな──うぐ!?」



 ぐりんっ、と両手で顔を掴まれて強制的に母上の方に向かされる。相変わらず無表情だが、何故か怒っているような気がした。



「卑下するのは、良くないことよ」

「……で、も」

「一つ、教えてあげるわ。この世で自らを守れるのは、自分だけよ。他者からの心無い言葉や力は、無くなることはない。だからこそ、何よりも自分自身が自分を守らなければならない」

「自分を、守る……」

「反省するべきことがあるなら、そうなさい。けれど、意味のない叱咤や攻撃を、自らにするべきではない。いずれそれは、枷となり、心を縛る重い鎖となり、呪いとなる。それは、貴方を弱くする」



 俺の頬に添えられていた手は、頭の上に乗せられた。そして、ゆっくりと撫でられる。



「貴方は素敵よ、ロイ。他者が認めているのに、どうして貴方は貴方を否定するのかしら」

「……っ」

「自らを赦しなさい、ロイ。そうすれば、強くなる」

「……はい」



 俺が返事をして満足したのか、口許に少しだけ笑みを浮かべた彼女は、頭を撫でる手を止めて再び鍋を覗き始めた。何とも掴みどころのない人だけれど、無表情な見た目に反してとても温かく、優しい。


(……シリウスさんが惚れるわけだよなぁ)


 きっと彼女は、どこまでも公平で曇りなき眼で物事を判断するのだろう。さっきの言葉ではないが、心が強いのだ。だからこそ、揺らぐことなく立っていることができるのだ。


(俺に足りないところだよなぁ。心が弱い、か)


 自分の弱いところがしっかりと分かったところで、スープ以外にも簡単なサンドイッチを作り、皿に盛り付けた。



「さあ、食べましょうか」

「話し方はそれなのね」

「それ?」

「人間は家族には砕けた話し方をすると聞いているわ」



 テーブルを挟んで向かい合い座っているのだが、何処となく拗ねたような目でジッと見つめられ、思わず笑ってしまった。



「あははっ。分かったよ、母上」

「私は母上になったのよ」

「そうだな。ごめん、母上。感謝してるよ」

「私が息子にしたかったのよ。スープもサンドイッチも、美味しそうだわ」

「ありがとう。じゃあ、食べるか」

「ええ」



 無表情なのに、スープを食べている顔は何処となく喜んでいるように見える。ああ、目が変わるのかと、そこで気付いた。



「ロイは料理が上手いのね」

「口に合ったなら、良かった。母上は、量はあんまり食べないのか」

「甘いものは好きよ」

「あんま作ったことないけど、クッキーなら作れるかも。今度作るよ」

「ジャムは得意よ」

「あははっ。なら、ジャムは母上に頼むよ。俺にも作り方教えてくれるか?」

「息子だもの。──当たり前だわ」



 嬉しそうに、けれど何処か淋しそうな顔で、母上は言う。その言葉に違和感を感じて、ふと部屋の中を見渡した。どれも二人から三人分の食器や家具があり、一人暮らしとは思えない広さのこの館。けれど、母上以外の痕跡というか魔力の匂いがない。


(娘に会いに行くって言ってたけど、此処には住んでないから、だよな。こんな広いとこに、一人で住んでるのか)



「……母上。一個、訊いてもいいか?」

「何かしら」

「母上は、此処に一人で住んでるんだよな?」

「娘が独り立ちしてから、一人ね。もう数百年はそうしてる」

「そん、なに?」

「娘は、心が読めるの。感情が色になって見えて、魔力を制御しても完全に見えなくなることはない。独り立ちをしてから、魔女として森と共に生きてるわ」



 ──魔女として、森と共に生きる。


 それ自体は良いが、きっとお互いを傷付けないように、二人は離れて暮らしているんだろう。それを淋しいと感じるのは、きっと俺の身勝手な価値観であり、口にすることではないと思った。



「俺って、魔女になったのか?」

「森の加護があるから、魔女ではあるわ」

「でも、魔女でもない?」

「体の構造が少し違うもの。私達魔女は、森から長い間離れることが出来ない。離れ過ぎると、塵となって消えていく」

「塵って……」

「生まれた瞬間に、心臓に呪いが刻まれるようなものよ。ロイはそうなってないから安心なさい」

「偶に街に行くって言ってなかった?大丈夫なのか?」

「……少しなら、大丈夫よ」

「駄目だ、そんなの。今度から、俺が街に行くよ。他にも、俺に出来ることがあったら言ってくれ」



 身を乗り出す勢いでそう言うと、母上はパチパチと瞬きをした。そして、花が咲くような笑顔を浮かべ、思わず体が固まる。



「──息子とは、良いものね」

「あ……ありが、とう」

「困ったわ。いつか返さなければならないと思っていたけれど、向こうの態度によっては改めるべきね」

「返す?母上、何の話?」

「母親は息子の相手には口煩いのよね。とことん叩き潰しましょう」

「だから、何の話!?」



 穏やかじゃないことを主語もなく淡々と言う母上に戸惑いながら夜食を食べ、後片付けをした後は風呂に入り、二階の母上の向かいの部屋に自室を構えることになり、掃除も魔法で済ませてぐっすりと眠ったのだった。



 ──

 ────。


 翌朝、鼻先を擽ぐられるようなむず痒さに目を開けると、眼前にふわふわと手のひら大の綿毛のようなものが浮いていて手を伸ばす。何となく優しく触れると、ふわりと浮いて部屋の壁を貫通して消えていった。



「──はっ!?」



 何かが壁を貫通したぞ!?と飛び起きると、ほぼ同時に扉が開いて母上が入ってきた。



「おはよう、ロイ」

「母上、おはよう。あの、今、壁、あの、」

「ああ、妖精よ。あの子達に壁は無意味よ」



 どうやら慣れていかなければならないことが沢山あるなと息を吐くと、母上はベッドに座り、俺の頬に手を伸ばした。



「顔色も良い。よく眠れた?」

「おかげさまで。この家入ってから、凄い落ち着くんだよなぁ。これも加護の力?」

「森の力で満ちているもの。その分、他所に行くと少し苦しくなるかもしれないわ」

「母上が塵になるのに比べたら、苦しいとかは問題ないって。今日は娘さんのとこに行くんだろ?」

「お姉ちゃんよ」

「えっ」

「ロイは息子で、あの子は娘だもの。貴方は歳下だし、お姉ちゃんよ、ロイ」

「あ〜……えっと、許可を得てから、姉上って呼ぶことにするよ」

「姉上……。そうね、私が母上だもの。姉上ね」



 満足そうに頷く母上に安堵しながら、ゆっくりとベッドから出て立ち上がる。すると、寝巻きから勝手に母上と同じような深緑のローブを纏う服に変化して、身動ぐ。



「……何と便利な」

「あら。いつの間に妖精と契約をしたの?」

「えっ?契約?」



 母上が指を刺す先を見ると、母上のところまで案内してくれた、昨夜の顔がある精霊──いや、母上曰く妖精が、期待を込めた目で俺を見上げていた。



「昨日の!動かなくなったから、心配してたんだ。良かった。花になったわけじゃなかったんだ」

「契約にしては中途半端ね。名前を付けてあげなさい」

「名前?」

「でなければ、消えてしまうわ」

「えっ」



 向日葵のような、けれど色は白く淡く輝いているその妖精は、確かに昨夜よりも光が弱い。


(名前、名前かぁ。向日葵って他に言い方ないのかなぁ)



「母上、向日葵って他に言い方ある?」

「古代語ではソレアンユね」

「なら──"ソレアン"で、どう?」



 あまりにも安直だったかと不安に思っていると、俺が名付けた途端、にっこりと笑ってくるりと回り、眩く光り輝く。あまりの眩さに目を瞑り、恐る恐る目を開ければ──、



「だ、誰!?」

「ソレアンですっ。ご主人様っ!」

「わぁっ!?」



 幼い男の子が素っ裸で俺の足にしがみつき、慌ててベッドにあるシーツで包む。母上はパチパチと俺に向けて拍手をしていて、朝から何ともカオスな展開だ。



「は、母上、男の子が出てきたんだけど」

「初めての契約おめでとう。人間はお祝いにケーキを食べると聞いたわ」

「けーき?ご主人様、けーきとはなんですかっ」

「待て待て待て落ち着け。母上、さっきの花がこの子ってこと?」

「ご主人様、ソレアンですっ。この子じゃないですっ」

「分かった、分かったから!」



 無邪気に、それこそ向日葵のような笑顔を俺に向けるソレアンは、俺のことが好きで堪らないといったように抱きついて離れない。



「魔力をあげたでしょう」

「あー……」

「精霊にはそれだけだと足りない。けれど妖精ならば、魔力を受け入れてもらった段階で契約成立になるわ。人間でいう、使い魔みたいなものね」

「聞いたことはあるけど、仕組みがいまいち分かってないんだよな」

「簡単よ。貴方が死ぬまで契約は続くし、死んだら契約は終える。妖精側から契約を終えることは出来るから、信頼が続く限り貴方の力となるでしょう」

「成る程……」



 つまり、俺がソレアンを裏切るようなことをしなければ、俺と共に居てくれるらしい。母上に続き、弟が出来たような気分だ。一気に家族が増えた。



「ソレアン、今日からよろしくな。昨日も案内ありがとう。ソレアンが案内してくれたから、母上に会えたし」

「魔女様に、泉の精霊様が会わせてあげてって言ってたのっ。ご主人様が、会いたがってるって言ってたっ!それに、ぼく、ずっと待ってた!」

「ああ、あの魚の……」

「ロイの魔力は精霊や妖精からすれば、ご馳走だもの。好かれて当然だわ」

「そうなの?」

「良くないモノも寄ってくるわ。ソレアン、ロイを守っておやり」

「はいっ!魔女様っ!ぼく、強いですよっ」

「知っているわ」



 シーツに包まれたまま胸を張るソレアンに、本当か?と疑問が浮かびつつ、とりあえず可愛いので頭を撫でてあげると満足そうにしていた。


 流石にソレアンが裸のままは良くないと母上に言えば、指先一つで魔法を発動させ服を生み出して着せていた。俺もやりたいと言えば、何事も想像力と鍛錬のみと言われ、少しずつでも練習しようと鼻息を荒くする。



 顔を洗ってから一階に降り、食事の準備をした。

 トーストに母上が作ってあったジャム、卵を焼いたものにベーコン、昨夜の残りのスープと果物がテーブルに並んだところで、母上がやってきた。



「朝ご飯作ったけど、母上は食べる?」

「食べるわ」

「ソレアンって飯食うのか……?」

「ご主人様の魔力をくださいっ」

「ああ、成る程。なら、あげるから隣に座ってくれ」

「はいっ」



 魔力をあげる体勢など何でも良いとは思うが、何となく上からな感じが嫌で、隣に座ってもらいソレアンの額に人差し指を当てる。


 ゆっくりと魔力を流すと、満足したのか抱きついてきたのでそのまま背中を撫でてやると、対面に座る母上が興味深そうにソレアンを見ていた。



「母上、どうかしたの?」

「魔力が魅力的だとしても、そこまで懐くのは興味深いわ。妖精は気まぐれで、親切だけれどそこまで一人に懐くというのはとても珍しいことよ」

「ソレアン、何か理由あるのか?」

「だってご主人様は、"あの時"と同じご主人様だから!ぼく、ずっとずっと、ずーっと昔から、待ってたからっ」

「……待ってた?」



 はて、どういうことだろうと頭を捻るが、嬉しそうにきゃーっと言いながら抱きついてくるので、まあ友好的なら良いかと頭を撫でてあげ、食事をすることに。


 簡単なものしか用意してないが、母上は満足そうに朝食を食べていて、明日は甘いもの好きな母上用にパンケーキでも作るかと考えつつ、朝食を済ませたのだった。




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