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魔法使いの系譜  作者: 真田 秋来
其々の道
34/38


ロイ視点です。

 


 さわさわと心地良い風が頬を擽り、まるで揺籠に揺られているように穏やかな気持ちになりながら、俺は目を開けた。



「──はっ!?」



 目を開けて飛び込んできたのは、するすると移動する美しい夜空で、自分の意思とは裏腹に勝手に寝たままの状態で移動しているという奇妙な感覚に襲われている。



「待て待て待て待て!ちょっと、誰か止めてくれ!」



 異常事態に叫ぶものの、身体は何かに縫い付けられたように動かず、森の奥へ奥へと運ばれていく。しかし、そこで嗅ぎ覚えのある濃い森の香りに近付いていることに気付いた。



「この匂いは……」



 動揺していたものの、香りに気付いてからは冷静になり、目だけを動かして辺りを観察する。まるで俺の身体を運ぶ為に道が出来ているかのように、草木が動き運ばれている。


(他にも匂いがすんな。花の匂いか?これ)


 意識を集中して花の香りが一体何処からするのかと探れば、頭の先辺りにチラチラと淡く光る白い花弁が見え、俺を先導していることが分かった。



「あの〜……綺麗な花弁っすね……」



 一先ず褒めてみたのだが効果はあったらしく、顔の至近距離に満開の花が近付き、息を呑んだ。


(花に、顔がある……)


 一見すると恐怖でしかないが、何故か嫌な圧はなく、ニコニコと微笑んでいる花は大層可愛らしかった。それに毒気を抜かれ、俺は意を決して話し始める。



「もしかして、森にいる魔女のとこに向かってるのか?」



 コクコクと首を縦に振る花に、俺は笑い返した。

 難航すると思っていた魔女との再会が、こんなにも早く訪れるとは夢にも思わなかったのだから。



「ありがとう。俺、魔女に会いに来たんだ。逃げたりしないから、自分で歩いても良いか?」



 暫し人間のように葉をくねらせて悩む素振りをした花は、コクリと頷いた後、俺の身体を解放してくれた。痛みがないようにゆっくりと地面に下ろしてくれたことを顧みるに、優しい心を持っているようだ。


 驚かさないようにゆったりと立ち上がり、膝丈程の花に改めてしゃがみ直して、手のひらを向ける。



「俺の魔力で良ければ、案内をしてくれるし少し渡すよ。いるか?」



 ブンブンと激しく縦に頷く花に少しだけ笑いながら、人間であれば腕のように動いている葉先に触れ、魔力を送る。


 すると、淡く光っていた花の輝きが増していて、兎のように跳ねて喜んでくれた。



「あははっ。気に入ってくれたなら、良かった。案内、続けてくれるか?」



 まるでこっちへ来いというかのように駆け出した花を、走って追いかける。先程と変わらずに草木が俺と花を避けていて、一体どういうことなのか理解は出来ないが、恐らく花か魔女の魔法によるものなのだろうと無理矢理納得することにした。



 ──ものの十分ほど走った頃、花は突如として動きを止めた。


 走るのをやめて花を見れば、一度俺に振り返りお辞儀をした後、くるりと回転し地面に根を張り完全に動かなくなってしまった。



「お花さん?おーい。どうしたんだ?」



 ニコニコと笑っていた筈の顔も無くなっており、ただの光る花へと変貌してしまったことに戸惑いながら話しかけ続けると、ぶわりと濃い森の香りに包まれた。



「──若き芽は、花が好き?」



 まるで鈴の音色のような声が背後から聞こえて、振り返る。そこには魔女が悠然と立ちながら、俺へと視線を向けていた。



「花は、好きです」

「そう。いい子ね」

「あの……っ!俺、貴女に、会いに来ました」



 俺の言葉にじっと耳を傾けだんまりを決め込む魔女に、俺は頭を下げた。



「俺、強くなりたいんです。アレクや、シリウスさんよりも、ずっと。二人に並んで、立ちたいんです。迷惑なのは、分かってます。けど、お願いです。俺を、強くしてください!」



 想いを口にし、頭を下げ続けてどれくらい経ったのだろうか。さくり、さくりと芝を踏む足音が聞こえ、俺の目の前で止まった。



「──強さとは、何?」

「はい……?」

「何を強さだと、若き芽は思うの?」



 その問いは、あまりにも深く俺の心に突き刺さった。


(何が、強さか……。力が強い?いや、強けりゃいいってもんじゃないし……)


 ただ漠然と、俺は強くなりたかった。

 アレクやシリウスさんと並んで、彼らのお荷物になんかなりたくなくて、当たり前のように肩を並べていたルーリィさんが羨ましくて。



「……自分の、弱さを、俺は知ってます」

「──それで?」

「魔無しと言われて親から捨てられて、アレクのお陰で魔法が使えるようになっても、俺は何も変わらず、弱いままで」

「──それで?」

「迷惑ばっかり掛けて、アレクに助けてもらってばっかりで。シリウスさんにも、同じで」

「──それで?」



 魔女は淡々と、相槌を打つ。

 嗚呼この人は俺が及ばぬほどに全て理解しているのだと、思い知らされている気分だった。


 ──けれど、諦めたくないから。



「復讐とか、そういうの……もうやめたんです。俺はただ、自分が何なのか、ちゃんと理解して胸を張って生きていきたいんです。いつか元の時代に帰るアレクやシリウスさんが、安心出来るように。魔法を、知りたいんです。俺という魔法使いを、知りたいんです。強さが何なのかは分からない。けど、何も知らない今の俺は……弱い」



 "弱い"という言葉を口にして初めて、痛みが明確に心を突き刺した。けれど、この痛みは忘れてはいけないのだと、自分に言い聞かせる。


 すると、下げ続けていた俺の頭に、ふわりと手が乗せられた。



「──貴方、素敵よ」

「へ……?」

「強さは己の心にあるもの。人によって、答えなんて違うわ。他者へ振り翳した途端、それは強さでも正義でもなくなるの。少なくとも貴方は、それを心得ているわ」



 さらさらと、癖のある俺の髪を魔女が撫でる。ついっと指先が頬を滑り、顎へ掛けられ上を向かされた。



「──良いでしょう。森の魔女の一人、"輪廻の魔女"であるメテンコーフィスが貴方を育ててあげるわ」

「……っ!ありがとうございます!」

「月に愛された貴方の名は?」

「えっと……ロイ、です」



 姓は、やはり名乗れなかった。戸籍ではミズウェルが姓であるが、口にしようとするとどうしても嫌な記憶が頭を過り、吃ってしまう。


 すると魔女は瞬きを数回した後、ふわりと笑った。



「貴方、私の子になりなさい」

「は……?」

「ロイ・メテンコーフィス。それが貴方の名よ」

「えっと……それは、良いんですかね……?」

「私のことはママと呼ぶの」

「それはちょっと抵抗があります……はい……」



 一体どういう思考回路をしているのか掴めぬままに進む会話に脳が爆発しそうだった。何より、魔女のことをママなどと呼んだ日には、シリウスさんと再会した時に殴られる回数が増えそうで、そっちの懸念も絶えない。


 魔女は淡々と無表情のままで、もしかすると俺の方がおかしいのかと不安になってしまう。



「メテンコーフィスは気に入らないのね」

「いえ、そっちは本当に光栄っす……はい……」

「人間は母親をママと呼ぶでしょう?」

「必ずしもそうじゃないっすね……」

「他の呼び方は?」

「えっと……お母さん、お母様、母上、おふくろ……とか……?」

「貴方は母親を何と呼ぶの?」



 真っ直ぐ向けられた瞳は、殊の外俺の心まで届いた。過去を遡り、かつて俺を産んだあの人のことを思い出すくらいに。



「……母上って、呼んで、ました」

「なら母上にしましょう」

「俺の母親になるのは決定なんですね……」

「嫌?」

「あー……えっと、」



 何と答えれば正解なのかと思案していると、魔女はクスリと笑いながらふわりと宙へ浮かんだ。月光を背負い樹々を巧みに魔法で操りながら、蔦で織り込まれたまるで玉座のような椅子に座った彼女は、俺を見下ろしながら口を開く。



「──月に愛されし若き芽よ。貴方の名は?」



 そう不敵に微笑みながら問う魔女に、俺は完全に負けを認めた。


(何だこの人……格好良すぎだろう)


 あのシリウスさんが惚れたのも無理はない。こんな女性は他に居ないし、比べることすら愚かなことだ。俺は負けを認めて、光栄にも母親となってくれた魔女に、背を伸ばして向き合い見上げる。



「俺は、ロイ・メテンコーフィス。今日から輪廻の魔女の、息子になりました。……っ、母上!お世話になります!」

「──よく出来ました」



 蔦が絡まっているような杖を喚び出した魔女は、立ち上がり宙に浮いたまま天へと杖を掲げる。



「"古より来たれ、我が眷属達よ。月の女神の寵愛を受けし者へ、森の祝福を"」



 呼吸が出来ないほどに濃い森の香りが漂う中、俺は余りにも神秘的な光景に心を奪われた。


 月の光を浴びる魔女と俺を中心に、草木が揺れ色鮮やかな花弁が雨のように舞い、この世のものとは思えぬ光景だった。


 次第に花弁は俺の身体の周りをぐるぐると舞い、じわじわと何かが身体の中へと入ってくる感覚がした。温かな温もりと淡い光に目を瞑ると、ふわりと風が俺の頬を撫でた。



「──目を開けて」



 言われるがままに目を開ければ、魔女は満足そうに微笑んでいる。何が起きたのかと自分の身体を見渡すと、先程まで着ていた服ではなく、魔女のドレスと揃いの色である、深緑色のローブを身に纏っていた。



「凄い……。こんな魔法、初めて見た……」

「森の祝福よ。貴方もいつか、使えるようになる。私が教えるわ」

「ありがとうございます」

「もう夜も深いわ。森が寝静まる時よ。ついてきて」

「はい!」



 地面へ着地して歩き始めた魔女の背を、俺は深緑色のローブを靡かせながら、後を追ったのだった。





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