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アレク視点です。
深酒をした翌日、途轍もない二日酔いに襲われながらも起床したボクは、朝の鍛錬もそこそこに冒険者ギルドへ一人で向かうことにした。
ルーリィはシリウスと雪山へ出向き、暴れている魔物を間引くらしい。と言っても、三人で話し合った結果、王国の騎士団達が敵わないような魔物のみを狙うことに決めたので、騎士達が暇をするなんてことにはならないだろう。
ルーリィが落ち着いたからか気温は徐々に上がり、初夏らしい爽やかな風と太陽の日差しを二日酔いの体で憎々しく思いながら、よく整備された煉瓦造りの道を歩く。
市場は今日も人が多く行き交い、ボクらが懸念している吸血鬼の脅威など微塵も感じさせない日常が流れていて、まるで異世界へと流れ込んだ気分だった。
鬱々とした気持ちへ蓋をしながらも歩き続ければ、冒険者ギルドへ辿り着く。入り口の扉を開ければ、ミルディ嬢とクレア嬢が朝から元気に受付で仕事をしていた。
「あら、アレク様。おはようございます。良い朝ですね」
「アレクさんだ!おはようございますっ」
「おはよう、ミルディ嬢にクレア嬢」
クレア嬢はミルディ嬢に引き取られてから魔法の才をメキメキと伸ばしているらしく、将来は保護者となったミルディ嬢と同じくギルドの受付嬢になりたいらしい。今はお手伝いをしながら、生きた情報を得て学んでいる最中だとか。
(ロイの居場所を詮索するつもりはないけど──でも、何かあった時に何も知ることが出来ないのは嫌だからね)
これは彼の師として必要な事なのだと言い聞かせながら、ミルディ嬢に向けて口を開く。
「忙しい中申し訳ないのだけれど、少しだけ時間を貰えないかい?貴女の力が必要なんだ」
「私の……?一先ず、何の話か聞かせてくださる?」
「おねえちゃんっ。ここはまかせてっ」
「そうね……」
少し考え込んだ様子のミルディ嬢は、スッと一枚の依頼書をカウンターの下から取り出し、ボクへ向けた。やり手の受付嬢ならではの取引といったところだろう。
「成る程。それで手を打とうか」
「あら。確認もせずに良いのかしら」
「ええ、勿論」
ニッコリと笑い返せば、彼女は頬を引き攣らせながら、カウンターの奥へ視線を向けた。
「どうぞ、中へ。クレアのこともあるから、扉は開けたままで良いかしら?」
「構わないよ」
会話はこちらの音を遮断する結界を張れば問題ない。カウンターを通り過ぎ、奥にある個室へ入る。そこは応接室のようで、二人掛けのソファーが低いテーブルを挟み対で置いてあり、更に奥には書斎机のようなものがあった。
壁には動く絵が沢山飾られていて、一際大きな絵は玉座のような椅子が描かれているが、何故か誰も座っていなかった。
開け放たれたままの扉を背にミルディ嬢はソファーに腰掛けたので、反対側のソファーに腰掛ける。
「──それで?お話というのは何でしょう、アレク様」
「その前に、"音を切らせてもらうよ"」
「な──っ、」
パチンと指を鳴らし、部屋を覆う程の音の遮断結界を張った。ボクの行動に呆気を取られながらも、彼女は溜息を吐いた。
「そこまでするお話だなんて、嫌な予感しかありませんね」
「警戒しないで欲しい。ただ、クレア嬢に訊かれると不安にさせるかと思ってね」
「というと?」
「──キミが森のエルフというのを知った上で、一つ頼みがある。ボクの──いや、ロイを探して欲しいんだ」
「ロイを?」
瞬きを繰り返した彼女は、思案した後にキッとボクを睨みつけてきた。ここまでは正直、予想通りの反応だった。
「……どういうことです。貴方が師となり、保護している筈でしょう」
「まずは、これを見てほしい」
ボクは持参していたロイの置き手紙を懐から取り出し、彼女へ見せた。冷静にそれを手にした彼女は、一通り目を通した後、深く深く溜息を吐いた。
「つまり、この国を去ったと」
「それすら分からないんだ。探知魔法が掛けてある指輪は、二つとも置いていったからね」
「連れ戻すおつもりなのかしら」
「いや。それは、ボクもロイも望まない。ただ、居場所を知っておきたいんだ。何かあった時に、何も知らずにいるのは嫌だからね」
「何故こうなったのか、経緯を説明してくださる?」
「嗚呼……勿論」
ボクは森や雪山での出来事を、全て詳らかに彼女へ話した。ボクの驕りも、弱さも認めた上で、全てを。
話していく中で、彼女は吸血鬼という存在を認知していながらも、今のところ表立った害はないとの認識でいたらしく、湖の底にある城に関して驚愕の顔を浮かべていた。
「何てことなの……。それが本当の話なら、この近辺で失踪届が出ている様々な種族の者達は、」
「全てとは言わないけれど、あの湖の城で殺されているだろうね。何人かは余りにも酷い状態だったから、既に綺麗に燃やしてしまったけれど」
「まだ、遺体は残っているの?」
「でなければ、キミに話していないよ」
ルーリィと二人で城を探索した際に、まるで食糧庫のような部屋を見つけたのだ。そこにはざっと数えただけでも三十を超える凍った者達がいて、ルーリィ曰くまだ魔法の氷によって生きているとのことだった。
「魔法の氷で生きたまま凍らされているから、ゆっくりと溶かしてあげれば息を吹き返すだろうと、友が言っていた。昨日のうちに告げれば良かったが、ロイのことがあってね」
「……事情は分かりました。良いでしょう、手を貸します。それと、裏で手を回して遠征する騎士団に伝えて、捕えられた方達を回収するわ」
「そうしてくれたら助かるよ。ありがとう、ミルディ嬢」
一先ず目標は達成出来たなとソファーから腰を浮かせたところで、ミルディ嬢が口を開く。
「その……大丈夫ですか?」
「何がだい?」
「ロイのことよ。彼の意思を尊重しているのは理解したけれど、離れ難い気持ちはあるでしょう?」
直球の質問に一瞬息が止まり掛けたが、頭を振る。
「大丈夫かそうじゃないかは、何とも言えないかな。会えずとも、ボクにとってロイが大切なのは変わらないからね」
「……そう。居場所を突き止め次第、お家へ伺うわ」
「ありがとう。ボクが探すとロイは嫌がるだろうから、動けなくてね。しっかりと依頼はこなすから、安心して欲しい」
パチリと指を鳴らし、結界を解いた。ミルディ嬢が立ち上がるのを見る前に部屋から出て、カウンターの上にある依頼書を手に取る。
「アレクさん、もういいの?」
「嗚呼。クレア嬢も、頑張ってね」
「うんっ。いってらっしゃい!」
無垢な笑顔で見送られ、冒険者ギルドを後にする。まだ幼いクレア嬢にロイが消えたとは、口に出来なかった。
(こういうところが、弱いんだよね。ミルディ嬢に酷なことをさせてしまったな)
何日かすれば、幼くも聡明なクレア嬢はロイの不在に気が付くだろう。そうなれば、ミルディ嬢に嘘を吐かせることになる。
(……居場所が分かり次第、ボクからクレア嬢に告げよう。ロイのことを兄と慕う彼女に叱られる覚悟をしておかないとね)
何よりも心に突き刺さるであろう叱咤を想像しながら、ボクは自宅である塔へと足を進めた。
ザッと目を通しただけだが、依頼書には首都ロワラルジャンの東門を出た先にあるトルーム河付近にて確認された盗賊の始末が書かれていたので、ある程度の準備をしなくてはならない。
(ロイが東へ行っていないと良いけど。盗賊と遭遇して襲われてるかもしれないと考えるだけで、吐き気がするほど嫌な気分になるね)
どうか無事でいて欲しいと願いながら、今すべきことへと意識を何とか向け、ボクは歩き続けたのだった。




