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魔法使いの系譜  作者: 真田 秋来
北への旅
31/38

11

 

 アレク視点です。

 

『──良かったのか。ロイを置いてきて』



 ルーリィと番の巣へ転移したボクは、吸血鬼が残したであろう痕跡を隈なく捜索することにした。そんな最中、先の質問を投げかけられ、ボクは言葉に詰まる。



「……彼も疲れているだろうし、良いんだ。塔なら安全だからね」

『フン……。お前のそういうところは気に食わない』



 目の前のルーリィは、不機嫌そうに溜息を吐いた。そして、竜の姿のままだと細かく動くのが難しかったのか、人に近い姿へと魔法で変わった。



「その姿を見るのは久しぶりだね」

「あん?まあ、オレからすればお前と会うのは五百年ぶりだがな」



 腰まで届く青い髪は三つ編みに結われており、ガタイの良さはあれど背も高く美丈夫だ。年齢は人間でいえば三十代ほどで、一見すれば人と変わらないが、大きく違うのは角が二本額から生えており、八重歯も少し長い。


 ルーリィと初めて会ったのは、ボクが戦争を終えて直ぐに旅に出た時で、怪我をしているのを助けたのが仲を深めるキッカケだった。


 竜はその身に宿す強大な力ゆえに他種族から距離を置いて生きているが、ルーリィはまだ竜の中では若いからか好奇心旺盛で、直ぐに仲良くなったのだ。親友と言っても過言ではない。



「ロイを籠の中に閉じ込めておくつもりか?」

「そんなことは……っ」

「じゃあ、何だ。言っておくがな、お前は弱い。魔女が言っていた意味を理解してないだろう」

「……賢く、戦えと」

「そうだ。力任せな魔法は、自分より弱者を痛めつけるなら通用するだろう。だがな、この世界にはお前よりも強い奴等が腐るほどいる」



 ジッとボクを見つめる青い双眼は、あまりにも真っ直ぐ此方を見ていた。唇を噛み締め、その視線から逃げたくて俯く。



「──何故、お前は他を頼らない」

「頼、る……」

「湖の城には、オレも狼も居た。だが、お前は一人で突っ走り、挙げ句の果てに狼がその身を犠牲にして助けた。魔女の番でなければ、アイツは死んでたか傀儡にされてたんだぞ」

「そんなの……っ、言われなくても、分かって──、」

「いいや、お前は分かってない」



 ぐいっと胸倉を掴まれ、強制的に上を向かされる。ルーリィは、ボクの友は、本気で怒っているのだと、目が合いそこで初めて理解した。



「狼はどんな奴だ、言ってみろ」

「……っ。シリウスは、騎士で、格闘技が出来て魔法も上手くて……っ、ボクより、強い」

「なら、オレはどうだ」

「ルーリィは、竜で……っ、魔力量も多くて、魔法も、ボクより詳しくて……っ」



 そこまで口にした時、己の弱さを自覚した。何と愚かで、傲慢で、驕っていたのだろうか。



「──そんなお前よりも強い二人を、何故あの場で頼らなかった」

「ボクは、だって……っ、二人を、ロイを、守りたくて……っ」

「オレより弱いお前に、何故守ってもらわなければならない。──竜を舐めるなよ、人間風情が。狼も同じだ。アイツは強い。じゃなきゃ、魔女が森を離れてまで助けるものか」



 ボクの胸倉を掴んでいた手を離したルーリィは、侮蔑を孕んだ眼でボクを見る。対するボクはまだ雪が積もる地面に、膝から崩れ落ちた。


(……情けないね。賢者だ何だと持ち上げられ、思い上がっていたのか、ボクは。ルーリィの言う通り、頼ればあんな吸血鬼に負けるなどなかったのに)


 風の音しか聞こえないような静寂の中、ボクは深呼吸を一つした。ボクは弱い。ならば強くあれるように、性根と共に鍛え直すまで。



「──ルーリィ」

「何だ」

「もう間違えないと、友であるキミに誓うよ。ボクは弱い。愚かにも、自分の力を過信して全てを失いかけるほどにね」



 立ち上がり、ルーリィと対峙する。背を伸ばし、ハッキリと前を向いて。



「──ボクはアレクサンドロス・フェルディナント・エマニュエル。アトランティル王国初代国王の王弟にして賢者であり、偉大なる蒼鱗と呼ばれる竜の友だ。その名と肩書きに恥じぬよう、精進するよ」

「違えるなよ。道を逸れたら噛むからな」

「それは痛いね。肝に銘じておくよ」



 イーッと口の端を指で引っ張り牙を見せてきたルーリィに、笑ってしまった。全く敵わないなぁと思いながら、大きく伸びをした。



「帰ったら、シリウスとロイに謝らないとね」

「そうしろ。狼はまあ気にしちゃいないだろうが、ロイは今頃自分を責めてるだろう」

「だろうね。優しい子だから」

「フーン……?まあ、程々にしておけよ。アイツは月の女神に愛されてる。いつかお前じゃ手に負えなくなるだろう」

「それ、何なんだい?月の女神は実在するとでも?」



 今は女神ミリスティリア──元々はボクの姪が信仰の対象となっている女神信仰があるらしいが、神として生まれたわけではないと知っているからこそ、神の存在自体を疑っている。


 ボクが生活していた時代にそんな信仰は無かったし、精霊と呼ばれるものは存在していたが、似たようなものなのだろうか。



「神は存在する。精霊の上位互換と思え」

「やっぱり、精霊に近いんだね」

「月、太陽、海、山、大地にそれぞれ神がいる。滅多に姿は現さないが、時折気に入った奴に祝福を授けるんだ。ロイは月の祝福を受けている」

「その根拠は?」

「あの瞳が証拠だ。暗闇でも薄ら光る満月の瞳は、月の女神に愛された証拠だ。竜の中にも居たからな」

「へえ……。だからあんなに綺麗な魔力をしているんだね」

「お前は精霊に愛されてる。魔女が虹色って言っていただろう」

「確かに。何故そう呼ばれたのか、納得したよ」



 人間の知る世界というのは狭く、まだ浅いのだと、他種族と話す度に思い知らされる。ルーリィは軽く千年は生きているし、ボクが知らない知識をまだまだ有しているのだろう。



「そういえば、一つ気になってたことがあるんだ」

「あん?何だ突然」

「何故、シリウスのことを"狼"って呼ぶんだい?彼は獣人族との混血でもないのに」



 ルーリィ然り、魔女然り。彼等は共通して、シリウスのことを狼と呼んでいる。切れ長の瞳は狼っぽくはあるかもしれないが、一体何故なのだろう。



「アイツが魔女の番だからだ」

「魔女の番を狼と呼ぶってことかい?」

「まあ、そうだな。他にも魔女はいるが、洩れなく狼と呼ぶ。要するに、森の番犬ってことだ」

「へえ……。それはまた、シリウスが嫌がりそうな話だね」

「そう言いつつ、愉しそうな顔をしてるな」

「まあね。シリウスは魔女を心から愛しているって、見ていて分かるし。愛と憎しみは表裏一体。魔女もきっと、彼を愛している筈だよ」

「じゃなきゃ、番になどするか。オレ達竜と違って、元々魂が結びついている番というわけじゃないからな。余程惚れてなきゃ、ああまでして護ることもないだろう」



 謎が一つ解けたので、吸血鬼の痕跡探しを再開することに。魔力で眼を強化して、ルーリィの巣を隅々まで見ていたのだが、一箇所だけ不可思議な痕跡を見つけた。


(……アレは、灰?)


 それはとても小さな、風で飛ばされるほどの欠片だった。崩れないよう慎重に手で雪ごと掬い、注意深く観察する。



「何だ、ソレは」

「何かを燃やした後に出た、灰のようなものだよ。魔力が残っていたから、気になって」

「そうじゃない。──その匂いは何だと訊いたんだ」



 ボクには分からないが、ルーリィは竜ゆえに分かるらしく、鼻を腕で覆っている。そこでふと、記憶が呼び起こされた。西の国で魔香が作られているとシリウスが話していたこと、そして──孤児院の院長との、地下室での記憶が。



「……確証は持てないけど、これは魔香だ。西の国で作られていると、訊いたことがある」

「フン……。西か。昔と変わらず、血の気の多い人間がいるのか」

「そうなるね。今は帝国が築かれているそうだよ。ロイは魔力を匂いで感じ取れるから、帰ったらロイにもコレを見せよう。冒険者の中にも知っている者がいるかも知れないし、そっちも当たってみるさ」



 エルフであるミルディ嬢ならば、冒険者ギルドの受付嬢として仕事をしていて顔も広い。エルフ族の知識や仕事絡みでも、何か知っているかもしれない。


 もうこの場所には用がないので、灰をガラスの容器に入れ亜空間へしまった後、湖の城へと今度は転移をした。魔女が言っていた通り吸血鬼の姿はなく、無人の白亜の城は静まり返っていた。



「それにしても、立派な城だね。長らくあの吸血鬼は住んでいたみたいだ」

「だろうな。時折あの種族の話は昔から聞いていたが、棲家を見るのはオレも初めてだ」



 何か資料や痕跡が無いかと、大広間の他にも足を伸ばして城中を見て回ることになった。

 適当に廊下を進み見つけた扉を開けては中を調べるといった感じで二人で見ていたのだが、中から魔力を感じてルーリィと目配せをし、勢い良く開く。



「──っ、これはまた」

「フン……。悪趣味にも程がある」



 寝室であろうその部屋の中には、裸のまま凍らされている男性の死体が幾つも並んでいた。人間族、獣人族、そして数が少ないとされているエルフ族の男性など、七体ほどが鎮座していて、用途は言わずもがな、性の捌け口といったところだろう。



「残らず燃やすぞ。依存はないな?」

「……うん」



 ルーリィが骨まで残らず丁寧に燃やしているのを見ながら、ボクの心はロイを思い浮かべていた。もし、助けられず吸血鬼の物にロイがなっていたら、目の前にある哀れな男性達のようになっていたかもしれない。



「──やっぱり、ボクが殺したかったな」

「あん?何か言ったか?」



 全てを燃やし終えたルーリィが、ボクの方へ顔を向けた。何でもないと笑みを浮かべつつ、寝室を後にする。


 書斎のような場所も探したが結局手掛かりになるものは見つからず、夜も更けてすっかり深夜になってしまい、ルーリィと二人で塔へと帰った。


 ロイへ贈った指輪の反応は塔の中、それも彼の部屋の中にあり安堵しつつ、流石に眠っているだろうと気を遣い、一先ずシリウスの部屋へ向かった。



「……おや、起きていたのかい?」

「今し方目覚めて、軽く湯浴みを済ませたところです」



 魔力を使い果たして気絶すれば、普通ならば三日三晩寝込んでもおかしくないのだが、目の前の壮年の男は平然としている。


(やっぱり、シリウスは強いね。分かっていたのに、分かっていなかった。魔女からお叱りを受けるわけだ)


 去り際に魔女が言っていた言葉の全てを理解したわけではない。しかし、あれは紛れもなく自分への忠告だった。二度はないぞと、そう言われたのだから。



「回復の速さがオレと変わらんのは問題があると思うぞ、狼」

「ほっほっほ。まだまだ若い者には負けませぬよ」

「だろうな。幾つになった?」

「年齢でしたら、六十五歳を迎えましたが」

「フン……。頃合いか。お前、六十の時と見た目に変化がないだろう」

「……どうでしょう。アレク様、私の見た目に変化は御座いますか?」



 言われてみれば確かに、五年前と特に変化は見られない。形状記憶が良いというか、気が付けばその見た目だったというか。



「無いかもしれないね。それがどうかしたのかい?」

「番を辞めない限り、寿命はないしこれ以上老けないってことを魔女から聞いてなさそうだったからな。親切心で教えてやろうかと」

「「は……?」」



 ボクとシリウスは二人して口を開け、呆然とする他ない。何だその魔法の効力はと、恐れを感じてしまう。



「嗚呼、但し。病気でも死ぬし怪我でも死ぬ。まあ、死ぬ前に魔女が助けるから結果死なないだろうが」

「──アレク様」

「な、何だい?」

「今すぐ外出の許可を。あの忌々しい魔女を探し出さなければなりませぬ故」

「落ち着いて、シリウスっ!ちょっと、ルーリィ!彼を押さえるのを手伝って!」

「離してくだされ、アレク様ぁああッ!」

「……む。余計なことを言ったか」



 鬼気迫る顔で部屋から出ようとするシリウスを、ルーリィと二人掛りでベッドへ押さえつけた。途中から魔力で身体強化をし抵抗してきたが、魔法の軍配はルーリィに上がり、魔法の糸で縛り上げられ、今はうつ伏せのシリウスの上に胡座でルーリィが座っている。



「まあ、死にたくなったら森に行け。それまでは大人しくしてることだな」

「何と忌々しい……ッ」

「ボクが想像するよりも遥かに、魔女の愛は深いみたいだね。シリウスもやるね」

「愛が深いのではなく、性根が悪いのです。あの女は最初から最後まで、私に何も言わずに勝手に色々と……っ」

「惚れたもん負けだ、狼。観念しろ」

「く……ッ!誰があんな女を」

「ほーう?ならば、愛はないのか?」



 ルーリィの問いに、シリウスは答えなかった。それが、何よりの答えだというのに。全く、ロイと違って素直じゃないなと笑いながら、シリウスの拘束を解いてあげた。



「ルーリィ、そろそろ退いてあげて」

「む。良いのか」

「動き詰めだったし、腹拵えでもしよう。シリウスも、お腹空いてるでしょう?」

「……そのようで」

「アハハッ!ロイも起こしてくるよ。キミとロイに謝らせて欲しい。食事でもしながら、今後のことを話そうじゃないか」

「畏まりました。先に行って、準備しておきます。ルーリィ殿も、ご一緒に如何ですかな?」

「良いぞ。オレは肉が食いたい」



 人の姿へ変えても中身は竜だ。ルーリィが生肉をそのまま食べる姿にロイは驚きそうだなと笑みを浮かべながら、ロイの私室へ向かった。


 コンコン、とノックをしてみたが、返事はない。余程疲れて眠っているのかと思いつつ、ガチャリとドアノブに手を掛け扉を開く。



「────ロイ?」



 暗く静まり返った室内に、窓から月の光が差し込んでいた。そこにはロイの姿はなく、ボクが贈った指輪が二つとも、机の上に鎮座していた。


 慌てて指輪に駆け寄り、手に取る。そして、指輪の下に敷かれていた紙に書かれている文に、全身の力が抜け落ちた。



 《アレクへ


 こんな手紙を残して消えることを、許して欲しい。

 俺は弱い。弱いから、お前や、シリウスさんを危険に晒した。頼ってばかりで、甘えてばかりで、本当にごめん。

 俺、強くなるよ。賢者になるって、約束したからさ。お前の隣に、俺は立ちたいから。

 だから、暫くお前とは離れる。お前の傍にいたら、また甘えちゃうしさ。

 強くなって、お前に会いにいくよ。その時は、本気で殴っていいからさ。シリウスさんにも、後で叱られますって言っておいてくれ。

 じゃあ、元気で。俺のことは、探すなよ。


 追伸──シャワー浴びた後、ちゃんと髪乾かしてから寝ろよ。お前の髪綺麗なのに、勿体無いからさ》



 ぽたり、ぽたりと落ちる雫が、文字を滲ませていく。視界が滲み、呼吸が浅くなり、手紙を持つ手が震える。



「──遅いぞ、フェル。……あん?」

「ふ、ぅ……っ」



 泣いているボクと無人の室内に気付いたルーリィは、ツカツカと此方へ歩み寄り、ボクの手から手紙を奪った。



「──何を泣いてる、フェル」

「だって……っ、ロイ、が……っ」

「前を向いて巣立ったんだ。立派な弟子だろう」

「あの子は、まだ……っ、そんな、だって、」

「そうやって弱いと決めつけて押し付けたから、お前から離れたんだろう」



 ロイが大事だと、守りたいと、心から思い、自分の中にある想いも自覚したのに。まるで自分の半身が失くなってしまったかのような喪失感に襲われてしまう。ルーリィも、こんな気持ちなのだろうか。



「……ルーリィ、は」

「何だ」

「番の子が居なくなって、悲しい、かい?」



 そんなボクの問いに、ルーリィは即座に答えてくれた。



「──当たり前だ。見つけ出す為に、世界を壊し回っても良い。だが、オレの番は──ティーナは、そんなことは望まない。アイツは優しいからな」

「……そっか」



 呟くかのよう最後の言葉は、酷く寂しげな声色だった。自分だけが悲観し、泣いている場合ではないのだ。ロイが決めたことを、ボクの勝手で邪魔は出来ない。それに、ルーリィの番の子を、探さなくては。



「あぁ、もう。今日は泣いてばかりだね」

「泣き虫め」

「ああそうさ。ボクは末っ子だからね。大事なものが傍にいないと嫌なんだ」

「フン……。泣くのは、お前の弟子に会った時まで我慢することだ」

「次に会ったら鎖に繋げようと思っているよ。ルーリィもそうしたら?」

「竜は魂が繋がっているから、鎖など要らん」

「良いなぁ。魔女のように、ボクも番の魔法でも発明して、ロイに掛けようかな。あの子は本当に目を離したら居なくなるから」



 弟子の巣立ちに感傷的になりながら、手紙を手に食堂へ行き、シリウスへ手紙を見せた。最初こそ、水臭いこともあるもんだと嘆いていたが、ロイが決めたことならと、シリウスも納得していた。



「ワインでも飲もうか。シリウス、ルーリィ、今日はとことん付き合っておくれ」

「畏まりました。ルーリィ殿はお酒はいける口で?」

「竜を舐めるなよ。酒は好物だ」



 こうして、夜は更けていく。

 酒に呑まれてロイへの愚痴を喚き、馬鹿みたいに三人で肩を組んで浴びるように酒を飲み続け、訪れる睡魔に負けて目を閉じるその時まで、脳裏にはあの満月の愛しい瞳が焼き付いて、離れなかった。



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