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魔法使いの系譜  作者: 真田 秋来
北への旅
30/38

10

 

 ロイ視点です。

 ここから、ロイ視点とアレク視点と交互に進んでいきます。いつもいいねを有難う御座います。励みになります。

 

 塔に戻ってきてから、俺は気絶していた間に何が起きていたかを知らされた。

 吸血鬼という魔物とは違う、魔族という種族に捕まっていたこと、ルーリィの連れ去られた番のこと、そしてシリウスさんが、俺やアレク、ルーリィのことを護るために一人残り、魔女に助けられたことを。


 元々はルーリィのことを探す旅だった。しかし、俺が罠に掛からなければ、シリウスさんもアレクも、怪我をすることはなかった。吸血鬼が悪いのは尤もだが、俺の無知や弱さが招いたことは、明白だった。



「──魔女が言っていたとはいえ、ルーリィの番を連れ去った吸血鬼の手掛かりがあるかもしれないし、ボクは雪山を調べてくるよ。ルーリィ、来てくれるかい?」

『嗚呼、勿論』



 休む間もなく出掛ける準備をした彼等を見て、俺は何処か置いていかれたような気持ちになった。俺の知らない確かな絆が、二人の間にはある。


 羨む気持ちには蓋をして、平常心を装い俺は口を開いた。



「俺は、シリウスさんに付き添う。何かあれば、指輪で知らせるから」

「……ありがとう。シリウスのこと、頼んだよ」

「あぁ」



 二人を庭まで出て見送った後、俺は一度キッチンに寄り水差しとグラスを用意してから、シリウスさんの部屋へ。扉くらいならば魔法で開けれるようになったので、音を立てないように中へ入る。


 魔法書や新聞、シリウスさんの趣味なのか観葉植物が置いてある部屋は、何処か魔女を連想させる森の香りがした。ベッドに横になっているシリウスさんを横目で見ながら、ベッド横のサイドチェストに持ち込んだ水差しとグラスが乗ったトレイを置き、部屋に併設されている浴室へ行きタオルを濡らしてから戻る。


(息が荒いから、熱があんのかもな……)


 確か前にアレクが、魔力を使い果たすと倒れるし、回復するまで熱が出ると聞いたことがある。まさしく、シリウスさんは己の全てを懸けて俺達を護ってくれたのだろう。


 俺からすれば追いつくなんて烏滸がましくも思えないほど強いと思っている彼が、負けた。魔女に助けられなければ、彼は命を落としていたのだろう。その事実は、今の自分では想像し難いほどの、絶望を感じさせるものだった。



「……すみません、シリウスさん」



 ベッドの横に椅子を持ってきて座り、俺は謝罪しながらシリウスさんの顔をタオルで拭いていく。


 彼やアレクに甘え、自分が弱く彼等に頼ることを当たり前と思っていたことを、俺は深く恥じた。お荷物でしかない俺を命懸けで護ってくれた彼等に、一体俺は何を返せるのだろうか。



「……っ、此処、は……?」

「ッ!塔です、シリウスさん。目が覚めて、良かった……っ」

「ロイ殿も、ご無事で、何よりでしたな」



 荒い呼吸と共に目を覚ましたシリウスさんは、ふわりと優しく笑み、俺の頭へ手を乗せた。少し熱い手の温もりに、堪えていたものが込み上げてしまう。



「……何とも、恥ずかしいことです。あんなにも、憎んでいた魔女に、助けられた」

「ごめ、なさい……っ。俺が、俺の、所為で……っ」

「嗚呼、責めているわけではないのです。ロイ殿が無事ならば、あの魔女に助けられたことすら、安いものだと、言いたかったのですよ」



 ポンポンと優しく頭を撫でるシリウスさんに、どうしようもなく涙が溢れる。こんな優しくて温かい人を、俺は危険に晒したのだから。



「私の身に降りかかったことは、偏に私の弱さが招いたもの。ロイ殿の所為ではありませぬ」

「けど、俺が……っ、馬鹿みたいに、罠に嵌まらなければ……っ」

「何れはルーリィ殿を追い、吸血鬼と対峙していたでしょう。遅いか早いかの違いです。それに、もし貴方が捕まっておらず私達と並んで対峙していたら、真っ先に狙われて殺されていたでしょう。慈悲もない敵に、私とアレク様は取り乱し、それこそ命を落としていた。となれば、今回全員無事ならば、僥倖というもの。違いますかな?」



 シリウスさんの言っている意味は、理解出来る。けれど、俺が弱いという事実と迷惑を掛けた事実は変えようがない。泣くばかりの俺を、彼は優しく布団に引き寄せて泣いている顔を見えないようにしてくれた。



「ほっほっほ。見た目が大人びているので、ロイ殿がまだまだ幼いというのを失念しておりましたな」

「ずみ、ません……っ。俺、ほんと、に……っ」

「共に、強くなりましょうか。以前話した、目的がある方が強くなるという話を、憶えていますかな?」

「は、い……っ」

「私はもう二度と、主人であるアレク様の足手纏いにはなりませぬ。今度こそ護りきれるだけの力を、私は欲しい」

「俺は……っ、二人に甘えず、一緒に、横で、戦いたい、です……っ。本当に、ごめんなさい……っ」



 泣き噦る俺の背中を優しく撫でながら、シリウスさんは次第に体力の限界が来たのか、また眠ってしまった。父親がいればこうだったのかなと勝手に俺は思いながら、ゆっくりと起こさないように身体を起こし、彼の腕を布団の上に乗せた後立ち上がる。


(……アレクとかシリウスさんを超えるなら)


 この時代で賢者になると、俺は二人に約束したから。ならば、この二人を超えなければならない。とすれば、俺には何もかもが足りない。


 二人にこれまで通り魔法を教わるのも良い。けれど、それは二人の時間を奪うことになる。元の時代には、彼等を待っている人達がいるのだから。


(どうすれば良い。二人より魔法に詳しい人なんて俺に心当たりなんか──)


 そこまで考えたところで、ふとある人物が頭に浮かんだ。しかしそれは、修羅の道であるのは間違いない。


(アレク、怒るだろうな。シリウスさんも、怒るな。けど、これ以上手を煩わせるくらいなら──……賭けてみるか)


 ぐっすりと眠るシリウスさんの顔を見て、罪悪感が募る。



「……すみません、シリウスさん。今度ちゃんと叱られますから。その時は大人しく殴られるし、土下座でも何でもしますから」



 泣いていたからなのか少し掠れた声は、震えていて。そのままシリウスさんの部屋を後にした俺は、自室へ駆け出した。部屋に辿り着き、置き手紙よろしく意思表明を書き殴り、アレクから貰った指輪を二つとも置いた。


(……弱い俺は、此処に捨てる)


 守られて、甘やかされる日々との訣別。それは今までの自分との訣別でもあった。



「アレクとシリウスさんが元の時代に戻る前には、強くなってたいな。あーぁ、本当俺ってどうしようもねえな」


 吐き捨てた言葉は、静かに床に落ちていった。

 部屋から出て塔の玄関まで行き、振り返って見渡す。


「──短い間だけど、世話になりました」


 頭を下げ、深呼吸を一つ。

 顔を上げて歩き始めた俺は、振り返ることはなかった。




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