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魔法使いの系譜  作者: 真田 秋来
北への旅
27/38

 

「それにしても、攫われるのが好きな子だよね」

「本人の意思が伴ってないようですが」

「物語のお姫様なのかもね。すぐ攫われるじゃない」

「ならば、アレク様は騎士になりますな」

「ふふっ。物語なら恋に落ちる展開だね」

「……はて、どうでしょうな」



 実際にそうなったら、困るというものだ。アレク様と私はいずれ元の時代に帰ることを目的としているのだから。そんなことを寒空の中飛行しつつ考えていると、小一時間ほどでまだ雪が積もる山の中腹へ辿り着く。



「アレク様、どうやら此処からは平和に飛べそうにありませぬな」

「邪魔しないでもらえると助かるのにね」

「言葉が通じれば良いのですが」



  飛行能力を持つ大鷲が変異した魔物や、小型の飛竜種を魔法で退けながら先へ進む。命を奪わずとも翼を攻撃すれば勝手に落ちていくので然程問題はないが、焦る気持ちは募るばかりだ。



「何故、ロイ殿は攫われたのでしょう」

「十中八九、あの綺麗な魔力だろうね」

「魔力、ですか」



  アレク様と違い、私は魔力を見ることができない。聴覚は人より敏感であるが、原因が魔力と言われても今一つピンとくるものはない。



「特殊なものなのですか?」

「例えるなら、澄んだ水かな。人によっては、貴重な宝石と感じるかもしれないね」

「つまり、欲する者にはご馳走であると」

「そういうこと。森の主が気に入ったように、魅力的な魔力をしているんだ。ボクは見えるだけで惹かれるわけじゃないけど、魔物からすればご馳走かもね」

「あの魔女が黒い化け物というくらいですから、魔物の類なのでしょうな」

「奪うことでしか生きられない可哀想な生き物ってなんだろうね。魔女は謎掛けが得意なのかい?」

「……話していて要領を得ないことはあるかと」



 何というか、一般的な呼び方や主語が伴わない会話が多い記憶がある。自分達のルールの中で生きていて、それをこちらの意思は関係なく、当たり前のように押し付けてくるのだ。



「ボクのことを虹色の可愛い子って言ってたし、シリウスのことは狼だし、何か基準があるんだろうね」

「知る価値もないことです」



 八つ当たりのように地面から飛び掛かってきた狼型の魔物を蹴り飛ばして飛行を続けていると、先を進むアレク様はクスクスと笑っていた。



「シリウス、魔力が乱れてるよ」

「……申し訳ありませぬ。どうにも、魔女のこととなると」

「今冷静じゃいられない気持ちは分かるけどね」

「アレク様が、ですか?」



 至って冷静に見えるがどういうことなのかと彼を見る。ぶわりと鳥肌が立ち嫌な予感がしたので咄嗟に盾の魔法を発動させると、次の瞬間──飛び回っていた飛竜種や鳥類の魔物達が凍てつき落下するほど、空気が凍った。


 アレク様が作り出した白銀の世界に、畏怖してしまったのが正直な心境である。視界に入るもの全てが凍りつき、風の音さえ止んだのだから。



「──アレク、様」

「二度目なんだ、ロイを奪われるのは」

「……はい」

「何としても取り戻すよ。ルーリィの魔力も近い。きっと、ロイと一緒のところにいる」



 ルーリィとは、かつてアレク様を背に乗せて旅をしていた竜。蒼鱗は美しく、一度手入れをアレク様と一緒にした記憶がある。


(ルーリィ殿が正気ならばロイ殿の助けとなるでしょうが……)


  正気ならば竜族は鼻が良いので、ロイ殿からアレク様の匂いを感じとり、攻撃はしないだろう。しかしながら、正気でなければ──。


(急ぐに越したことはない、か。アレク様も相当キてますな)


 まるで、アレク様の父君や兄上を見ているかのような心境である。戦争中、パートナーが危機に瀕した際の彼等の暴れっぷりは、誰にも止めることが出来ないほどだったのだから。


(トルーム河の元となった大地の亀裂は、陛下がつけたものでしたかな。そもそも、今の王城の崖下にある湖も、父君が作ったようなものですし)


  今の魔法使いでは想像すら出来ないような魔法を、五百年前は平気で使っていたのだ。私とて例外ではないかもしれないが、そもそも魔法とはそれだけの力がある。



「シリウス、山頂が見えたよ」

「──はい」



  考え事は一先ず置いておいて、アレク様に続いて速度を上げて一息で山頂へ。翼をはためかせて地に足をつけた彼の隣に同じように着地すれば、眼前には氷が張った湖が見えた。



「ふむ……何やら魔法で強化されておりますな」

「一種の結界みたいだね。まあ、ボクには関係ないけど」

「しかし、無理にこじ開けて良いものでしょうか。湖の下に城があると魔女が言っていましたし」

「……確かに。なら、壊すのは一部分だけにしよう。入り口を作らないと、侵入しようがないしね」



 どうやらまだこちらの話を聞く程度の理性が、アレク様にも残っていたらしい。それに安堵しながら、湖のほとりへと移動し氷へ触れた。



「シリウス?」

「……アレク様、これは氷ではありませぬ」



 成る程、どうやら敵は器用にも魔法を使うらしい。魔物が使う魔法は単純なブレス攻撃かと思っていたのだが、認識を改めなければならない。


 触れた氷は何の温度もなく、感触も"無かった"。しかし、触れるのを拒絶するかのように、弾かれたのだ。これは即ち、幻覚魔法と結界魔法の融合といったところだろう。



「──私も、無駄に長生きはしておりませぬ故」

「おやおや。お手並み拝見だね」



 亜空間から取り出した仕込み杖を宙に浮べ、魔力を練り媒介へと込める。広大な湖全部となれば、視覚的にも分かりやすい魔法陣を利用することに決めた。新しい知識と、古き良き知識の融合。まだまだ、若い者に先を譲るつもりはないのだから。



「──"真実を現し、扉を開け。我を弾くものを消し、彼者へと導き給え"」



  湖の氷を上書きするように、魔法陣が浮かぶ。魔力はそれなりに吸われたが問題はない。宙に浮かべていた仕込み杖を魔法陣へと突き刺せば、バリンッとガラスが割れたような音と共に氷の幻影は跡形もなく消え去った。そして、湖の水がまるで意思を持つかのように階段上に形を成し、奥底へと誘う。



「お見事。流石、シリウスだね」

「ほっほっほ。上手くいきましたな」

「魔法陣を使えば広範囲に安定して少ない魔力で発動出来るんだね。良いことを知ったよ」

「使い方次第で魔法陣も良いものになるかと。さて、先を急ぎましょう」



  仕込み杖を回収し、水で出来た階段を降りていく。濡れることも沈むこともない階段に安堵しつつ歩けば、湖の真ん中には白亜の城と言わんばかりに壮大な建築物が、私達を待ち受けていた。


  一体いつの時代から存在しているのか、現代や五百年前の建造物とも違う造りとなっていて、城の周りには空気の膜が出来ている。



「……これは、また」

「此処までの魔法を維持するなんて、聞いたことがないね。敵の本拠地ってところかな」

「理性のある魔物ですか……。いや、魔物とは限りませぬな」

「確かに。この建造物は、魔物が創り上げたにしては"綺麗すぎる"」


 

  相手は魔物ではなく、深海に住む人魚族のような、古くから生きる種族なのかもしれない。認識を改め直してから先へ進むと、城の門前に何かが蹲っていた。


  駆け足で階段を降り、アレク様には待つように言い蹲っているものを確かめる。それは、何かに噛まれて死ぬ間際の狼の子供だった。



「可哀想に……。まだ幼く、魔物ですらない子を」

「シリウス、その子は?」

「狼の子供です。魔物ですらありませぬな。首を噛まれて、血を──」



  そこまで口にして、違和感に気付いた。

  首を噛まれ、死に掛けているのにも関わらず、血を一滴も流していないことに。蹲っている地面にも血は付いていない。綺麗な白い床には、汚れ一つ付いていないのだから。



「アレク様、血がありませぬ」

「確かに、ないね。体内にも殆ど残っていないみたいだ」

「どうやら、血が目的なのかと。血が餌となる種族といえば、例外なく──」

「嗚呼、そうか。"吸血鬼"だね」



  古来より吸血鬼族は、他の生物の血を吸い、他種族を見下し殺して生きる、共生が不可能な種族であるとされている。吸血鬼族は我が強く己の強さを誇示し決して群れず、同種族と出逢えば殺し合うほど、痛烈な性質を持っている。治癒能力が高く魔法も使え、病にもならない。殺すには治癒能力を上回る力で燃やして灰にするしかないが、はたして──。



「その子には可哀想だけれど、先を急ごう。吸血鬼が相手なら、こっちも死ぬ気でやらないとね」

「承知しました」



  せめてもの情けで、亜空間から柔らかいタオルを取り出して、子狼を包む。傷は治癒魔法で塞いでおき、眠りの魔法を掛けた。


(どうか安らかに、お眠りなさい)


  子狼に別れを告げ、アレク様の後は続く。どこか気味の悪い冷たさ感じる空気を身に纏いながら、私達は城の奥へ奥へと進んだのだった。



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