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短めです。次からは視点がシリウスに変わります。
息苦しさに目を開けると、俺の肩を枕か何かと勘違いしているのか、アレクが俺の左肩から鎖骨に掛けて頭を乗せており、息苦しさの原因はこれかと納得がいった。
(爆睡してんなぁ……)
少しだけ身を捩り顔を覗き込めば、長い睫毛と色の白い顔がハッキリと見え、見慣れてはいるものの胸の奥がざわりと音を立てる。
街に多くいる女性達よりも整っている甘い顔立ちは、昨夜の話ではないが引くて数多で、さぞ大変だったろう。おまけに、元の時代では公爵位だ。
(ん……?公爵ってことは、今の三大公爵家の一つってことか?俺がいたルクセンブルク家じゃねえし、ってことは"剣のザルディ家"か"智のミュリアン家"の先祖ってことになるのか?)
ルクセンブルク家は王国の盾と謳われ、剣、盾、智(魔法)が揃うことにより、王国の均衡と平和が保たれていると云われている。元の時代に戻り、アレクが公爵になったのならば、おそらく智のミュリアン家なのだろう。
(王立魔法研究所の所長を代々受け継いでるってのが、ミュリアン家だからな。アレクっぽいっちゃそうか)
魔法が好きで、今でも魔法の可能性を探しているのは知っている。魔法は想像力だと豪語し、どうすれば想像したものを魔法で表現出来るかと日夜努力しているのだから。
「──ロイ殿、目覚めましたかな?」
「ぁ……、はい。おはようございます」
「アレク様は……おや、珍しいですな」
全く気付かなかったが、シリウスさんは既に起床し朝の鍛錬をしていたらしい。俺も朝のストレッチや魔力操作の鍛錬をしたいところではあるが、いかんせんアレクが目覚めないので身動きが取れない。
「警戒心の強いお方なので、話し声で起きる筈なのですが」
「そうなんすか?俺が話し掛けてもいっつも爆睡してますけど」
「ほっほっほ。それほどロイ殿を信頼しているのでしょうな。それか、ロイ殿の魔力が心地良いのかもしれませぬ」
「魔力が?」
「左様。魔力には波長があり、相性があるのです。分かりやすく説明しますと、歯車を想像すれば良いかと」
「あー……大きさとかで、噛み合わないとか?」
「理解が早くて助かります。アレク様とロイ殿の歯車は、噛み合っているのでしょう。魔力の波長が合うと、居心地が良いのです。これは本能的なものでしょうな」
相性が良いと言われて、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。一緒に暮らしている以上、居心地の良さというのは重要である。
そんなことを考えていたからだろうか。ピアスに魔力をほぼ無意識のうちに流してしまい、炎や水など具体的な形にはならない、煙のような魔力を垂れ流してしまった。焦って止めようとはしたが、具現化した魔力がアレクを包む。
「やべっ、これどうやって止めるんだ!?」
「ぅん……?」
「す、すまん。無理に起こすつもりは──、」
「ん……っ、」
俺の魔力に包まれた瞬間、アレクが心臓に悪い甘い声をあげ身を捩った。本能的に何かを察知した俺は、寝ているアレクから体を離し、駆け足で遺跡から飛び出す。
(……ヤバいだろ、あれは)
「おやおや」というシリウスさんの愉快そうな笑い声が聞こえた気がしたが、そんなのは無視だ。雑念を取り払わねばまともにアレクの顔を見れる気がしない。
「何つー声を出すんだアイツは……」
この時の俺はまだ知らなかったのだ。魔力交換と呼ばれる、恋人同士や夫婦が行う愛情表現なるものがあることを。
(あー……消えろ雑念。良くない……良くないぞ……)
決してアレクに対して欲情したなどということではない。断じてない。ただ、言ってしまえば腕の中にいたであろうアレクが愛おしく感じたような、そんな錯覚を覚えただけ。
(こういう時は鍛錬だ。走れば雑念が消える)
日頃の鍛錬中、アレクやシリウスさんが言っていたのだ。戦闘になった際、敵は待ってはくれないのだと。雑念を消し無心になるには己の精神力が足りてないといけないのだと。
そうと決めれば話は早いと、念の為に魔力遮断の指輪の効力を消し、森の中を駆け出したのだった。




