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裸の付き合いとはよく言ったもので、互いの壁を取っ払うには十分な機会だった。
「シリウス、本当は魔女のことどう思ってるの?」
「……そうきましたか」
いきなり踏み入ったなぁと思いつつ、項垂れるシリウスさんを見る。対するアレクは実に愉快そうだ。これだけで関係値と言うのが分かる。
「憎い気持ちはありますな。そこに嘘偽りはありませぬ」
「だろうね。こっぴどく弄ばれたもんね」
「それはもう。ですが、助けられた事実を無かったことにするほど、騎士道を忘れたわけでもありませぬ」
いつもはオールバックの銀髪が、お湯で濡れて肩に垂れ下がっている。こうしてみるとシリウスさんもダンディで格好良い。男が憧れる男である。
「──知りたい、のでしょうな。魔女達は独特な文化というか、常に他の種族から距離を置いています。はたして同じ人間族だったのかも怪しいところです」
「魔女という種族かもしれないね。ボク達は時を超える魔法を使ってこの時代に存在しているけれど、ロイへ接触した魔女がシリウスが探している魔女なら、同じ魔法を使っていない限り、人間族では不可能だから」
「左様。それも含めて、知りたいというのが本音でしょうな。助けた理由も、姿をくらました理由も。ロイ殿が仰っていた、娘という存在についても」
ただ知りたいという答えは、シリウスさんにとって何よりも大事なものなのだろう。愛と憎しみは紙一重と聞いたことがあるが、そんな単純な話ではないような気がした。
そこでふと、飄々としているアレクはどうなのだろうと興味が湧いた。年齢は二十歳で、恋の一つや二つ経験していてもおかしくない。
「なぁ、アレクに質問なんだけど」
「何だい?」
「アレクは恋とか……その、ねえの?俺は初恋すらまだしたことないし、聞いてみたくて」
「恋……。恋、か」
途端に、げんなりとした顔をしてしまった。シリウスさんと同じような地雷がアレクにも存在したらしい。
「ロイ殿、アレク様がどのような立場かは存じてますかな?」
「初代国王の王弟ってのは知ってます」
「左様。アトランティル王国が建国されたのはアレク様がロイ殿と同じ、十五歳の時でした。兄上である陛下は既に婚姻を結ばれており、御息女が生まれました。しかし、アレク様は王位継承権は放棄されたとはいえ、公爵位を与えられこれから爵位の授与式が行われる──そんな折に、時空を飛び越えまして」
「お前……完全に逃げたな」
「だぁって、面倒じゃない。授与式の後は王家主催の舞踏会を開いて婚約者を決めるぞって兄上から脅されてたし。ボクはね、ロイ。愛のない結婚なんてしたくないんだよ。それが義務だろうが何だろうが、知ったことはない。ボクの人生は一度きりで、ボクだけのモノなんだから」
おまけに「金や権力目当ても容姿だけで近付く輩も滅びればいい」と言い捨て、不機嫌そうに拗ねてしまった。俺は早々に離脱したので関係ないが、貴族も貴族で面倒な婚姻といいうのはある。家同士の結び付きというのは何よりも重んじられる。同じく、血を絶やさないようにすることも。
王位継承権を放棄したとしても、初代国王陛下の血を絶やすことは許されない。有事の際にはアレクが王位に立つこともあるだろう。だからこその爵位と婚約者探しだったのだろうが、まさか時空を超えて逃げるとは誰も予想しなかったろう。
「今頃、五百年前のアトランティル王国は混乱を極めてるな。可哀想に……」
「それはもう。アレク様が行方を眩ませてから、捜索隊が結成されましたからな」
「おや、そうだったのかい?」
「夢見の魔法を妃殿下が使えます故、直ぐに解散しましたが。居場所を突き止めるのはいつも妃殿下です」
「"夢見の魔法"……?」
聞いたことのない魔法だなと首を傾げれば、アレクが丁寧に説明してくれた。簡単に言えば、探したい物や人の魔力が残ってさえいれば、それを頼りに夢で場所が分かるらしい。
「アレク様の私室は陛下により徹底的に捜索され、そこで見つけた魔法薬にアレク様の魔力があり、それを元に夢見の魔法を」
「えぇ……。部屋ぐちゃぐちゃにされてるの?」
「まあ、私がある程度後片付けは致しましたが」
「逃げたアレクが悪いだろ」
「むっ。ロイはボクが権力好きの腹黒い厚化粧の女と結婚しろって言うの?」
「そうは言ってねえよ。自分の考えを国王陛下に話せば良かったろ。お前の性格的に、逃げるのが先で話してねえだろ」
「ゔ……っ」
「ハッハッハ!いやはや、ロイ殿はよく見ておられますな」
図星だったのか、アレクは目を泳がせて項垂れた。短い付き合いとはいえ、俺には分かる。アレクは口より先に行動するし、頭が良い分具体的な主語がない。発想力が豊か過ぎて、会話の流れがぶっ飛びがちなのだ。
「シリウスさん、国王陛下はどんな性格ですか?」
「ふむ……。穏やかで、何よりも調和を大切にするお方です。世界大戦を終わらせ、アトランティル王国を永世中立国として成立させたのは、偏にあのお方の人柄でしょうな。護るべき物の為には時に犠牲も必要ですが、全てを背負う方でもあります」
「なら、尚更アレクは話せば良かったんだよ。どうせ迷惑を掛けるからとか、忙しいのに〜とか遠慮して言わなかったんだろ」
「ロイは人の心が読めるの……?」
「読まなくても、お前のことなら分かる」
一緒に住んでればそれなりに分かるだろと真顔で返したのだが、ポカンとした顔をしアレクが固まってしまった。
「アレだぞ?一緒に住んでりゃあ多少はってことだからな?」
「あぁ、そういう……」
「甘いもん好きだし寝るのも好き、魔法は好きだけど実は身体を動かすのは嫌い。あとはそうだな、家族を大事に思ってるし、シリウスさんのことも信頼してる。子供も好きで、人の笑顔を見るのが好きとかな。我儘なようで空気を読むし、本当は優しいのに照れ隠しが──」
「……ロイ殿」
「はい?」
シリウスさんに呼ばれたので話すのをやめて顔を向けると、アレクが顔を真っ赤にしながら手で覆っていた。どうやら褒め倒したのが効いたらしい。日頃揶揄われている意趣返しだったのだが、効果覿面だった。
「どうした師匠。本当のことしか言ってねえぞ」
「キミって子は……」
「まあ、何だ。感謝してんだよ。お前と出会わなかったら、俺はいつまでも魔無しって言われて、下手したらその辺で野垂れ死んでたかもしんねぇしな」
それほどまでに、世界は魔法で満ちている。この世界の異分子なのだと思い知らされる日々で、復讐に迫られその内心が壊れていたかもしれないから。
「……いつかお前やシリウスさんが元の時代に帰っても平気なくらいには、強くなるよ」
「ふふっ。勿論。強くなって、今の魔法の使い方を真っ向から否定してくれないとね」
「魔法陣は些か不便ですからな。それと、魔力測定なる中途半端な代物も」
「全部ぶっ壊してから元の時代に帰らないとね。魔法は正しく受け継がれるべきなんだ」
「左様。忙しくなりますなぁ」
「待て待て待て。話の規模がデカ過ぎる」
ちょっと良い話でもして就寝の提案をしようとしていたのに、何故世界の魔法の考え方を壊すだなんて方向になっているのか。動揺から綺麗に流したはずの汗が止まらない。
「ねえ、ロイ」
「な、何だよ」
アレクとシリウスさんは立ち上がり、二人して俺に手を伸ばしている。
「──どうせなら、この世界を壊してみない?」
「は……?」
俺に向かって悪戯に微笑む美少年と、今なら悪役を名乗れるほど格好良く頷くダンディな紳士。嗚呼もうこれは、逃げられないのだろう。それに──ちっぽけな復讐だけでは、終わりたくないから。
「──乗った。五百年前の賢者はお前だけど、この時代で俺が賢者になって世界を変えてやる」
「アハハッ!いいね、弟子は師匠を越えるものだよ」
「その意気ですぞ。いやはや、長生きはするものですなぁ」
最終的には肩を組んで浴場を後にし、川の字で仲良く就寝したのだった。




