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お久しぶりの投稿です。
アレク視点となります。
「北の地に眠っている"友"、か──」
「アレク様、心当たりは」
「ボクが消えて五百年が経つ。眠りというのは恐らく冬眠だ。もしくは、延命の為に仮死状態になったか」
「人間ではありませぬな」
「そうだね。竜族──ルーリィ、かな」
名を口にしただけで、懐かしい気持ちが込み上げた。種族の垣根を取っ払い、ボクの友となってくれたあの子──凍つく氷の息吹を持ち、けれど心根は温かく優しい友、ルーリィ。
「あの方でしたか」
「ボクの旅にも同行していたんだけど、次元を超える前に北の大陸で番を見つけたって言っててね。気持ち良く別れたのさ」
「竜族にとって、魂の伴侶ですからな。しかし、起きたとなれば──」
「問題は起きるね。優しい子なんだけど、強面だから。魔物や動物は逃げ出したろう」
「それが南下しているというのが、此度の答えだと?」
「妥当だね。もしボクが原因なら、きっと置いていかれたと拗ねてるだろうし、会いに行かなきゃ。支度を急げるかい?」
「畏まりました。ロイ殿には何と?」
「きちんと話すよ。それより、」
ずいっと、ソファーから身を乗り出し平然と話すシリウスを見る。心中穏やかじゃないだろう目の前の男は、気持ち僅かに背を後ろに反らした。
「魔女は、生きてたね」
「──……そのようで」
「娘というのは、キミの子かい?」
「さあ……あれから何年経っているとお思いで?」
「シリウス、女性に歳を訊くのは野暮だよ」
クスクスとボクが笑えば、何も面白くないと言わんばかりに眉を顰められた。動揺が魔力と共に外に漏れ、ティーカップの中の紅茶が波打つ。
「彼奴は、何故此処に……」
「さあ、ね。ボクを訪ね、剰え忠告をした。関わりは持ったことがないし……」
「存在が毒ですので、近寄らぬことをお勧め致します」
「あははっ!よっぽどなんだね」
──昔々、ある一人の若い騎士がいた。
彼は攫われた主君を助ける為に、他の者たちの制止も聞かず、単独で敵地へと向かった。
ところが、敵地は森の廃屋敷。安全に辿り着くには鬱蒼と繁る樹々を抜け、道なき道を行かねばならない。
そんな中、魔物に襲われたところを運良く一人の見目麗しい女性に助けられる。彼女はまるで森の意志そのものかのように、魔法で植物を操る女性だった。
命の危機を救ってもらった若き騎士は、己の不甲斐なさを嘆いたが、それすら飲み込んでくれる女性に、恋に落ちた。しかし、それは全て女性の計算だった。
魔物に襲われて怪我をしていた若き騎士は、怪我が治る薬だと渡された物を、抵抗もなく口にした。その途端、意識が朦朧とする。しかし、妙な身体の火照りに気付いた時には時既に遅く──。
それから三日三晩、若き騎士は込み上げる熱と女性に翻弄されてしまった。好いている女性の変貌に驚きながらも、受け入れた。何故なら、恋に落ちてしまったから。
──しかし、四日目を迎えた朝。若き騎士の目の前から、女性は消えてしまった。用は済んだと言わんばかりに、着の身着のまま、森へ放り出されたのだ。
(まあ、父上はその後普通に騎士団に助けられたし、問題はなかったけど──失恋というには、あまりにも辛いね)
騎士としての矜持、男としての矜持。その二つを完膚なきまで叩き折られたであろう、目の前の執事。苦々しい顔をしているが、愛と憎しみは表裏一体というものを正に体現している。
「話があるなら、また来るだろうし、放っておこうか」
「……畏まりました」
「こーら、シリウス。魔力が乱れてるよ?」
「失礼致しました。そろそろロイ殿もお戻りになるかと。こちらにお通ししますか?」
「シャワー浴びるだろうし、休憩後に呼んでくれるかい?」
「畏まりました」
音も立てず転移していったシリウスに、やれやれと頭を振った。窓に目をやれば、木の葉がひらひらと風に乗っている。昔聞いた魔女の話が本当なら、あの木の葉でさえも疑わしく思えてくるが、疑い始めたらキリがない。
(忠告、ね──。どうにも良い方達な気がするけど、シリウスにした仕打ちは中々だし。理由が知りたいところだね)
まるで種馬の如く扱われ、捨てられたなど。男としては同情せざるを得ないだろう。
ティーカップにある残りの紅茶を飲み干し、壁にある本棚へ指を向ける。スイッと滑るように引き出された本は、ボクの手の中に大人しく乗った。
パラパラと捲り、目的の頁を探し当てた。そこには、西の大陸に棲まう魔女達のことが書かれている。
(男子禁制の、黒き魔女──)
曰く、森と共に生きる不老不死の者たち。
曰く、植物を魔法で生み出す者たち。
曰く、時折旅人を森で迷わせる者たち。
そんなことばかりが書いてあり、他の種族とは交流すらしていないことが分かった。人間族なのか、はたまたエルフ族なのか。それすら書いておらず、あまり参考にはならない。
(ん〜……エルフ族のミルディ嬢なら、多少知ってるかもしれないね。北の地に行く前に、会っておこうかな)
ミルディ嬢は、閉鎖的であるエルフの里を出た珍しい方だ。長い時を生きている彼女ならば、自分や本よりも知識が豊富だろう。
そう当たりをつけた後は、のんびりと窓から見える街の景色を楽しみながら、ボクはロイを待ったのだった。




