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「ロイ、魔力が偏ってるよ」
「……ゔ。待て。もうちょいで感覚が……」
右のピアスに魔力を流すように意識しているものの、身体の内側に溢れる魔力は中々言うことを聞いてくれない。バリンッ!とガラスが割れたような音が鳴り、折角発動していた防御魔法も砕けてしまった。
「惜しいねぇ」
「くっそ……」
「まだ始めたばかりだし、そんなものだよ?」
「あー……」
昼食を挟んで、午後からはアレクに教わる時間だ。魔力コントロールは難しい。何より、まだ魔力が馴染んでいないのか、感覚が掴めない。
「魔力は分身だよ。頭の中で、しっかりイメージしないとね」
「そのイメージがなぁ……」
「分かりやすく、同じ体勢の人間が自分に重なってるように想像してごらん。片方のピアスが光ってるとかね」
「光るピアスってダサくねえか」
「それで魔法が使えるなら良いじゃない」
まあ確かにと納得しつつ、目を閉じた。
──重なる自分、目印は光るピアス。体内で揺らめく魔力が、少しずつ右耳に集中していく。すると、次第にピアスの魔石が仄かに熱を持ち始めた。
「──いける」
俺がそう呟いた瞬間、心得たとばかりにアレクが手を俺に向ける。そして、ゆらりと揺らめく炎が俺に向けて飛んでくる。
「"防げ"」
キィーーーン……と、金属の壁に何かが当たり、弾けたような音がした。どうやら、しっかり防御魔法は発動したようである。
「おぉう……」
「おめでとう。無事に発動したね」
「ああ。つーか、お前迷うことなく攻撃してきたな」
「弟子想いの師匠だからね」
はたして本当にそうなのかと訝しみつつ、魔力を流すのをやめる。無駄な消費もしていないし、空腹で倒れる心配もない。
「今の感覚を忘れないようにね。戦闘になった場合、敵は待ってくれないから」
「だよなぁ……。まだ実践なんて考えらんねえよ」
「ロイを実践に出すのは、少なくとも後半年はないかな。シリウスから了承を得てからになるだろうし」
「暫くはお前の見学?」
「そうなるね。見て学ぶって大事だから。何より──突然戦場に送り込むとか、死線を経験させるなんて、キミには絶対させないよ」
俺を見ているようで見ていない、そんな遠い目をしたアレクに首を傾げる。まるで、経験があるような言い方だった。けれど、向こうから話してこないってことは、話したくないことなのだろう。
「さあ、繰り返し練習しようか」
「おう。また炎投げてくんのか?」
「水も氷も出せるから、視覚的に動揺しないように色々試してみようね」
「……あいよ」
何で若干楽しそうなんだと突っ込みたいところだが、コイツの性格に難があるというのは把握しているので、早々に諦めたのだった。
「ロイ殿、夕食ですが──おやおや。また随分とアレク様は張り切られたようですな」
「そうっすね……」
魔力トレーニングも終え自室にてベッドに蹲っていた俺に、シリウスさんが夕食だと声を掛けにきた。
空腹で動けない俺の見た目はボロボロで、髪の端がチリチリと焦げている。何なら服も。
「部屋までは戻ってこれたんすけどね……」
「ほっほっほ。お手伝いしましょうか」
「着替えとかは流石に……」
「手慣れておりますよ。侍従歴は二十年、騎士団にいた頃も同僚達の世話をしておりましたから」
「お願いしても良いですか…‥?」
「かしこまりました」
ふわっと、身体が勝手に浮く。宙に浮いた俺の身体に向けて、シリウスさんは指揮者のような動きで手を動かした。すると、クローゼットからは服が勝手に出てきて、今着ている服は脱げていく。
「凄え……」
「ふむ。こんなものでしょうか」
服はあっという間に着替えさせてもらい、更に焦げていた髪はいつの間にか取り出した鋏で丁寧に切られ、違和感がないように全体的にカットされた。顎先まであった髪は耳元くらいまで切られ、頭が軽くなった。
「勝手に切ってしまいましたが、宜しかったでしょうか?」
「ありがたいっす。伸ばしっぱなしだったんで」
「お似合いですよ。昔のロイ殿は女児そのものでしたが、今はこれくらい短い方がお似合いかと」
「今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたんすけど」
「ほっほっほ。歳を取ると物忘れが激しくなりますもので、身に覚えがありませんな」
ニッコリと笑顔で返され、このジジイと罵りたい気分ではあるが、返り討ちにされるのは目に見えているので、大人しく肩を借りて歩く。
シリウスさんと背格好は同じくらいなので、歩くのには丁度良い。助かったのは事実なのでお礼を言えば、微笑まれた。
「ロイ殿は、素直ですな」
「まあ……変に歪んだ性格はしてないっすね」
「歪みにも理由があるというものです」
暗にアレクのことを言ったのだが、きちんと伝わったのかそう返された。
(理由、ね……)
聞きたいような、聞きたくないような。そんな曖昧な気持ちになってしまう。
「いずれ、仲を深めていけば自ずと知りたくなるでしょうな」
「深まりますかね。壁しか感じないんすけど」
「それに気付く時点で、壁はないも同然です。しかし、頑固な一族ですからな。じっくり時間を掛けることをお勧め致します」
「成る程ね……」
そうこうしている内に、食堂に辿り着いた。俺の様子に気付いたアレクが駆け寄ってきたが、空腹なだけだと言えば鼻で笑われたので、俺は出来るだけ早く魔法を覚えて、一発食らわせようと心に決めたのだった。




