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魔法使いの系譜  作者: 真田 秋来
修行編
15/38

 

「ロイ殿はぐっすり眠っておられますよ」

「そうか……」



 塔に帰った途端、崩れ落ちるように意識を失ったロイに、冷や汗が止まらなかった。ベッドにて眠る青白い顔は"あの日"を思い起こさせるには充分で、後悔が押し寄せる。



「──アレクサンドロス様」

「アレクでいい」

「かしこまりました。……アレク様、ロイ殿は貧血でしょう。少し眠れば回復するかと」

「……ああ」



 血が枯渇気味なのは分かっていたのに、連れ回したのはボクだ。シリウスがいるかもしれないと焦り、無茶をさせてしまった。

 起こさないように優しく、頭を撫でる。ふわふわとした癖毛は少し汗で湿っていて、身を清めてあげたいが魔法を使えばまた負担を掛けてしまう。



「随分と、目を掛けておられるのですね」

「可愛い弟子だからね。それに──要らぬ苦労を、この子は引き寄せる」



 断りもなく話すのは気が引けるが、共に住むのならシリウスにも話した方が良いだろう。彼ならば、知ったとてロイを腫れ物扱いすることなく接することが出来るだろうから。



「少し話すことがある。場所を変えよう」

「お茶の準備をいたします。場所はどちらに?」

「談話スペースでいいだろう」

「かしこまりました」



 シリウスは、音を立てることなく部屋を後にした。ボクといえば、まだ立ち上がることなくロイのベッドに腰掛けている。


(……ごめんね、ロイ)


 このまま目が覚めないのではと、少し怖い気持ちがある。また目が覚めた途端、飛び降りるなんてことがあれば、ボクは後悔しかしないだろう。


(防御魔法は指輪に掛けてある。探知魔法も、しっかり掛け直した。ロイが動けば、知ることが出来る)


 そう自分に言い聞かせたが、やはり恐怖心は拭いきれない。本当に寝ているだけなのか分からなくなり、そっとロイの胸元に耳を当てる。ロイが確かに生きていると分かる鼓動が伝わり、酷く安堵した。


(重症だな、ボクは。ミルディ嬢に"過保護"と言われたけど、そうみたいだ)


 自身を必要以上に心配する兄上のように、自分もそうなっている。父上も母上に対しては過保護だったし、兄上は王妃も娘であるリスベッドにも過保護だ。最早過保護である一族なのかもしれない。


 

「──アレク様、お茶の用意が整いました」

「嗚呼。今行く」



 静かにボクを呼びに来たシリウスに返事をし、離れ間際にそっとロイの頭をもう一度撫でてから、談話スペースへ向かった。ボクの後ろを歩くシリウスに、懐かしさが込み上げる。



「こっちに来てどれくらいなんだい?」

「五年ほど経ちます。アレク様が飛ばされる少し前の年に飛ばすと言われておりました」

「用意周到だね。流石兄上だ」

「生活基盤を整えておけと。いやはや、驚きの連続であっという間でしたが」

「それは何に対して?」

「主に、魔法でしょうな。魔法陣なるものの存在は、凡そ三百年程前に作られたものと聞きました。便利ではありますが、些か想像力に欠けてます」

「広く様々な魔法が普及した反面、制限も多いようだね」

「ええ、その通りです」



 談話スペースに辿り着き、ソファへ座る。すかさずシリウスが紅茶を淹れてくれ、一口飲む。慣れ親しんだ味に、ほっと息を吐いた。



「──うん。やっぱりシリウスが淹れた紅茶は美味しいね」

「何よりのお言葉にございます。して、話とは」

「長くなる。シリウスも座っていいよ」

「……かしこまりました」



 根っからの騎士というか、執事というか。シリウスはこちらが許可しない限りは傍らに立ち続ける。ボクが正面のソファに手を向ければ、渋々といった様子で座った。



「ロイのことだ。少し前にあった、孤児院の事件は知っているかい?」

「ええ、存じております。受付のエルフが慌ただしく動いていましたからな」

「キミの女性嫌いは今は置いておくけど、まあいい。その事件に、ロイが関わっていたんだ」

「……ほう」



 洗いざらい、ボクが知る情報を話した。苦痛ではあったが、地下でのことも全て。そして、今現在ロイがボクに隠しているであろう"男性恐怖症"のことも。


 話し合えて喉を潤しシリウスを見れば、眉間に皺という皺が刻まれていた。



「シリウス、皺が増えるよ」

「……何とも、腑が煮え繰り返りそうですな」

「まあね。ボクも、後悔と罪悪感で一杯だ」



 今も尚、胸の内では罪悪感で満たされている。少しでも罪滅ぼしをしたいが、ロイがそれを拒んでいるから。



「それにしても、ネストリア帝国ですか」

「何か知っているのかい?」

「詳しい内情は分かりません。しかし──ある噂を、聞きました」

「噂?」

「商人達が言っていたのですが、今も昔も皇帝の容姿が変わらないと。不老不死なのではと噂されていますな」



 不老不死、そんなのはあり得ない話だ。長齢のエルフ族であれば、生き続けているだけかもしれないけれど。



「エルフ族という線は?」

「ふむ……エルフ族ならばあり得ますが、そもそも雄のエルフは数が稀少で、里から離れないと聞きます」

「成る程ね。ああ……でも、ボクが主犯である男の記憶を見た限り、人族だったように思う。何らかの魔法で容姿を変えている可能性もあるけれど」

「きな臭い国というのは間違いないかと。今の帝国は建国して百年ほどです。皇帝が人ならば、確実に世代交代をしている筈。私たちの時代でいえば、西の魔女達が住む"ガリレアの森"を開拓して出来た土地に国を構えているようです」



 ガリレアの魔女といえば、目の前のシリウスの天敵達である。若い頃に酷い目に遭わされたらしく、女性嫌いになった原因そのものだ。



「あの魔女達は、絶えたのか」

「恐らく。それか、場所を奪われ散り散りになったのでしょう」

「シリウスの天敵達が、逃げるかなぁ」

「生きていれば復讐する機会を窺ってあるやも知れませぬな。あの魔女共がタダでやられるわけがない」

「アハハッ!まあシリウスが負ける相手だもんね」



 魔法だけでいえば、ボクはシリウスに楽に勝てる。しかし、格闘技も合わせた総合戦となると、途端に勝敗は難しい。それほどまでに、シリウスは強い。けれど、西の魔女達には手も足も出なかったというから驚きだ。



「姑息な連中ですからな」

「ふふふっ。まあ、そういうことにしておこう」

「もし西に行くことがあるのならば、入念に準備することをお勧めします。魔女達が居なくなったのは理由がある筈。あの地を捨てた理由が、必ず今の帝国にあるのですから」

「そうだね。今のところは予定はないけれど、頭には入れておくよ」



 何故かは分からないが、いずれ行くことになる気がしている。あの男──女のような容姿の男には、可愛い弟子に手を出され掛けたのだ。借りを返さねばならない。



「シリウス、ロイを鍛えてくれ」

「どの程度までをお望みで?」

「時間は掛かってもいい。けれど、ボク達が戻るまでに、シリウスと互角くらいまでには育てて欲しいかな」

「……多少無茶をさせることになりますが」

「構わない。──ボク達が帰った後、ロイは独りになる。何処でも生きていけるようには育てたいんだ」



 守ることが、いつかは出来なくなる。此処での生活は気に入っているが、元の時代でもやりたいことを残してしまっているから。



「貴方様は──……」

「ん?何だい?」

「いえ、何でも。お望み通り、ロイ殿を鍛えます。明日から早速始めますが、生活に必要なものを用意致しますので、席を外しても?」

「ああ、勿論。好きにしてくれて構わない」

「では、また後ほど」



 微笑んだ後にしゅるりと煙のように消えていったシリウスに、また魔法の腕が上がっているなと口角が上がってしまった。転移魔法の消え方は、発動者それぞれ個性がある。というより、個性というのは魔法全般に言えることでもある。


(頭にイメージするものって、人それぞれだしね)


 以前のシリウスは転移の際に音を立てていたが、執事魂なのかより隠密特化というか、煙のように消えるとは流石である。

 

(さて、と。ロイが起きた時のために、オムライスでも作るかな)



 キッチンへ向かおうと思ったが、指輪に反応があった。どうやらロイが目覚めたようで、慌てて階段を駆け上がる。息を整えて扉を開けると、寝汗を流したかったのかシャワーを浴びる準備をしていた上裸のロイと目が合った。



「おお、今起き──」

「ご、ごめんっ!」

「は?」



 バタン、と扉を閉めて背を向け、扉に凭れる。


(いや、待てよ?ロイは男の子だし、何も謝ることないか)


 何故自分は謝ったのか疑問に感じていると、ガチャリと扉が開いた。背凭れを失って倒れそうだったが、ロイはしっかり受け止めてくれたようである。



「あっぶねえ……お前な、扉に凭れんなよ」

「ねえ、ロイ」

「あん?」

「ボクは何で謝ったの?」

「俺も知りてえよ」



 ジーッと顔を見つめると、ボクが何か企んでるのかと訝しむロイと目が合う。



「とりあえず、シャワー浴びてえんだけど」

「ああ、そうだよね。オムライス作ってあげるよ」

「おお、ありがとさん。いやー、寝たら多少スッキリしたわ」



 そう言いながらボクから離れたロイは、スラックスの留め具に手を掛けた。案外引き締まった腰をしてるなとまじまじと見ていると、ピタリと手が止まる。



「……そんな見られてると脱ぎ難いんだが」

「あ、そうだね。じゃあ、キッチンにいるね」

「おう。シャワー浴びたら行くから」

「う、うん」



 最後まで訝しむロイの視線から逃げるようにして、部屋を後にした。何故かは分からないが、頬が熱い。


(……兄上ともまた違ったな)


 この前までは少年そのもので、可愛らしかったロイ。今も中身は変わっていないけれど、自分よりも男性的な魅力が増したのは否定しようがない。


(まだ見慣れてないからだよね、きっと)


 ロイには言っていないことが頭に過り、さらに頬が赤くなる。ロイが孤児院の事件後、眠ったままの時の記憶だ。せめて水分でも摂取させなければと、魔法を使うわけにもいかないので、口移しで水を飲ませた──その記憶が蘇り、カッと熱くなる。


(あの時は女の子みたいだったのに……)


 ロイが嫌だという気持ちは無かったし、弟子だからこそ迷うことなく出来たのだが、何故今その記憶が蘇ったのだろうか。


(まあ、いいや。考えても仕方ないし)


 頭を振り気持ちを切り替え、ボクはキッチンへ向かったのだった。




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