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朝食を四人で賑やかに食べた後、大量のお菓子をお土産として持たせてあげ、クレアとミルディさんを見送った。そして談話スペースのソファにアレクと二人、沈むようにして座る。
「案外疲れたな」
「賑やかだったね。レディが二人もいれば、華もあるし」
「お前も疲れてそうだな」
「少しね。ロイはそこまで口数が多いわけじゃないし」
「まあなー」
普段二人で過ごす中で、会話はするがずっと話し続けるわけではない。本を読んでいる時は勿論話すことはないし、何というか、話さなくても場が成立してしまうのだ。
隣に座るアレクを見れば、少し疲れた顔をしていた。昨夜はワインを結構飲んでいたし、朝はいつもより早めに起こしてしまったので、罪悪感が募る。
「少し寝ろ。朝起こしちまったしな」
「おや。枕になってくれるのかい?」
「男の膝枕なんざ何が良いんだ」
「まあ確かに。部屋で仮眠を取るよ。ロイは?」
「軽く身体動かして、お前から借りた本読むかな。好きなだけ寝てこい」
「ありがとう」
私室に向かっていったアレクを見送り、俺も俺で自室に行きトレーニング用の服に着替えた。その足で庭へ行き、柔軟と準備運動をしっかりと行う。
(昨日までと違って、身体が軽いな)
アレク曰く、魔力覚醒前というのは、本来の身体機能の半分以下で生活しているようなものらしい。覚醒した今となっては、納得せざるを得ない。軽くジョギングするだけでも、全く息が上がらない。
(これなら、アレクの考えたメニューは出来そうだな)
折角身長が伸びたのに、筋力はそこまで付いていない。ふにゃふにゃではないけれど、もう少し締まった肉体というのに憧れてしまう。
筋力トレーニングを行い、軽く汗をかいたので終わりにした。部屋に戻ってシャワーを浴び、談話スペースへ。本棚から一冊本を抜き取り、テーブルへ置く。キッチンから果実水を持ってきたので、ソファへ腰掛けのんびりと読書タイムだ。
"魔力操作の基本理論"。そう表紙に綴られた本を開いて、文字に目を通す。
(体内にある魔力を感じ取ることから始める、か。もう一人、自分に重なっている感覚──成る程、手足のように魔力を動かすのか)
言われてみれば、アレクは指先の動きだけで魔法を使っている。視覚的に発達すればアレクの魔力を見れたのだろうが、生憎魔法が発動したタイミングで魔力の匂いを感じ取ることしかできない。
(お菓子みてえな甘い匂いしたんだよな。何つーか、そのまま食ったら美味そうなケーキみてぇな匂いだった)
ミルディさんに試しに魔法を使ってもらったが、全く違う匂いだった。森の中にいるかのような爽やかな匂いで、クレアの魔力は苺のような匂いだった。
(色んな匂いが混ざると思うと、外に行きたくねえな。商店街なんざ、食べ物の匂いと混ざって吐く気がする)
早いところ魔力コントロールをしなければと、その後も本を読み進めた。
本の三分の一くらいを読んだところで、階上から音が聞こえた。上を向けば、階段を降りてくるアレクと目が合った。
「勉強もしてたんだ。感心感心」
「まあ、出来ることはやっときたいからな」
「もうお昼過ぎてるね。昼食は──家で食べようか。まだ鼻が慣れないだろうから」
「悪いな、気ぃ遣わせて」
「構わないさ。ひと月もしたら、依頼を受けながら二週間くらいの旅に出ようかと思ってるんだ。それまで、家を満喫しないとね」
大方、俺の魔力コントロール次第といったところか。ネルガ大森林までしか行ったことのない俺は、旅というものに疎いので楽しみである。
「何処に行くか決めてんのか?」
「んー?恐らく、北部に。あの崖の向こうにね」
王城の背を守る、"ノルンの崖"。正式にはノルフェルン断崖だった筈だが、言い易さからノルンの崖と呼ばれている。崖の向こうは急斜面で湖があり、そこから山脈になっていて、気候がガラッと変わるらしい。
「結構アレか、わりと難易度高え旅になるのか」
「旅慣れたボクがいるから、心配は要らないよ。本来なら、初心者には危険だけどね」
「荷物とか空間に置けるもんな」
「移動都市って言われるくらいには何でも置けるよ」
前に聞いたのだが、魔力の容量によって空間に置ける物量は変わるらしい。移動都市と称されるくらいなら、アレクの魔力量は相当なものということになる。
「お前……魔力どんだけあんだよ」
「ふふふっ。後でコントロールのことを話す時に教えてあげるよ。さあ、キッチンへ行こうか」
「へいへい」
並び立つアレクの頭の位置が自分よりも低い位置にあるのが慣れず、少しだけ俺は後ろを歩くのだった。




