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魔法使いの系譜  作者: 真田 秋来
覚醒編
11/38

 

 

「おいひぃ〜いっ!」

「口に合ったのなら良かったよ、クレア嬢」

「あら、このワイン美味しいわね」

「お姉ちゃん飲み過ぎはだめっ」

「ふふふっ。私は酔わないから大丈夫よ」



 賑やかな食卓は、言葉に出来ないくらい温かくて。孤児院での食事も賑やかだったが、此処には嫌な視線を向ける大人はいない。こんな温かさを当たり前かのように与えてくれるアレクやミルディさんに、俺は一生頭が上がらないだろうなと思いつつ、アレクが取り分けてくれたサラダを食べる。



「アレクさん、良かったねっ」

「うん?何がだい?」



 ニコニコと嬉しそうにしているクレアは、アレクに向けて無邪気に笑い掛ける。



「だって、ロイお兄ちゃんが寝てる時、ずっと居たから」

「そりゃあ可愛い弟子だからね。看病くらいは──」

「アレクさん、ロイお兄ちゃん大好きだもんねっ。お水もお口で──んむっ!?」

「あらクレア、口の端が汚れてるわよ。レディたるもの、汚れをそのままにしてはいけません」



 ミルディさんが前掛けでグイグイとクレアの口許を拭う。レディに憧れているからなのか、少し恥ずかしそうにしているクレアは大層可愛らしい。

 髪色も含めて金髪碧眼で色合いが似ている二人は、顔の系統は違えど本当に親子のようだ。そもそもミルディさんが何歳なのかは知らないけれど。



「えーっと、何の話だったかな?」

「そうだ、ミルディさん。コイツをギルドに入れたんだろ?」

「実力者を放っておくことは出来ないもの」



 アレクへ向けて意味ありげな目線を投げ掛けるミルディさんに首を傾げると、アレクは溜息を吐いた。



「期待してくれるのは嬉しいけれど、ボクは基本的にロイを連れて行動するから、そのつもりで」

「あらぁ、分かってるわよ。他大陸に突然依頼で行けなんて無茶は言わないわ」

「そもそもさ、俺魔物って見たことないんだけど、本当にいるのか?」

「いるわよ。けど、見たことがないのも当たり前だわ。此処アトランティルは、女神ミリスティリアの守護があるの。言わば、結界のようなものね。だから、魔物は近付くことすら出来ないわ」



 へえ、と俺は初めて知る知識に感心する。空想の産物だと思っていた女神は、どうやらきちんと存在していたらしい。



「へえ……ミルディ嬢は随分と詳しいね」

「そりゃあ、伊達に長く生きてないもの」



 ミルディさんは、耳に掛かる髪を指先で軽く持ち上げた。耳の先端が尖っていて、一般的な人間の耳の形ではない。



「ほう──エルフでしたか」

「ええ。随分と昔に里から離れたの。仲違いをしたわけではないから、時折里帰りもするのよ」

「「えるふ……?」」



 俺とクレアが首を傾げると、クスリと笑ったミルディさんが説明をしてくれた。

 人里離れた森の奥深く、または山奥にひっそりと暮らしていて、魔法の扱いに長け、長齢な種族らしい。



「ほわぁ〜……知らなかった」

「お姉ちゃん、長生きするの?」

「ええ、そうね」



 初めて知る種族なので、一般的な寿命は分からない。けれど、推測だが──クレアよりも、ミルディさんは長生きをするのだろう。引き取った子供を、彼女は看取ることになる。それを承知の上で、クレアを引き取った。彼女の覚悟は、俺には想像も出来ないことだった。



「アレクさんも、何か秘密があるのではなくて?」

「おや。ボクに秘密があるとしたら、罪深いオニーサンってことだけだよ」

「お前よく自分で言えんな」

「心に突き刺さることを言うのはやめて欲しいね」



 軽妙なやり取りで、場を誤魔化す。

 しかし、ミルディさんの目は誤魔化せるものではなかったらしい。



「"今は"、訊かないでおくわ」

「……手厳しいね」

「当たり前でしょう。今の時代で魔法陣を使わないなんて、あり得ないことだわ。けれど、今日はロイに免じて何も訊かないわ。私の可愛い娘が兄と慕う子の復帰祝いだもの」



 どうしたものかとアレクと顔を見合わせる。ミルディさんは確かに信頼出来るとは思うが、アレクに判断を任せるべきだと俺は思い、頷くだけで返した。



「時が来れば、貴女には話しますよ」

「どうかしら」

「では……一つ確かなことだけ、お伝えしましょうか。ロイに危害を加えるつもりはないから、警戒はしなくていい」

「──そう、なら良いのよ」



 ふわりと、室内の空気が柔らかく軽くなった気がした。もしかすると、ミルディさんはずっとアレクを警戒していたのかもしれない。まあ、ギルドに入るまではアレクは無職だったし、信用がなかったのだろう。



「泣かせたら赦さないわよ」

「そこはロイ次第というものですが」

「修行の度に俺は半泣きだけどな」

「ロイが体力無さすぎるだけでしょ」

「ロイお兄ちゃん、泣き虫なの?」

「んな……っ!?ち、違うぞクレア!」



 不名誉なレッテルを貼られ掛けたのを全力で回避し、夕食を食べ過ぎたらお菓子が食べれなくなると言いくるめ、クレアと共に食堂を後にした。大人二人はお菓子より食事らしく、後で合流するらしい。

 

 手を繋ぎながら歩いてくれているクレアは、後何年かすれば俺のことを煙たがる反抗期を迎えるかもしれないなと、今から震えてしまう。女の子の成長って早いんだよ、全く。



「ロイお兄ちゃん、チョコレート好き?」

「好きだぞ。苦いのも普通に食えるしな」



 そういえばアレクはビターチョコレートは苦くて嫌いなんだっけと思い出し笑いをしていると、ソファの隣に座っているクレアが俺を見て微笑んだ。



「お兄ちゃん、幸せそうねっ」

「ん?ああ……そうだな。幸せだと思うよ」



 チョコレートを一つ取り、包み紙から取り出して口に含む。ほろ苦いビターチョコレートは、香りも良いし甘過ぎず食べ易い。クレアはミルクチョコレートを食べていて、幸せそうに笑っていた。



「クレアは……何でミルディさんが良かったんだ?」

「好きだからだよ?」

「まあ、そりゃそうか」



 クレアの方から、一緒に住みたいとミルディさんに言ったらしいことはアレクから聞いている。懐いた大人から離れたくない気持ちは、分からなくもない。



「クレアね、大っきくなったら、ミルディお姉ちゃんと結婚するのっ!」

「げほっ、」

「お姉ちゃんね、ふわふわで柔らかくて大好きなのっ!」

「ふ、ふわふわ……?」



 子どもの無邪気さとは時として鋭利なものに変わるとは聞いたが、まさかこんな攻撃力を秘めているとは。この国では同性婚も普通にあるのでおかしなことではないけれど、まさかまだ七歳のクレアからそんな爆弾発言を聞くとは。



「お兄ちゃんは?」

「あ?俺?」

「アレクさんと、仲良しでしょ?結婚しないの?」



 キラキラと目を輝かせているところ申し訳ないが、生憎俺はストレートだし、何より恋愛はしないと決めたのだ。クレアの期待には応えられそうにない。



「あー……アレクと俺は、師弟関係なんだよ」

「してい関係?」

「先生と、生徒ってことな。だから、恋人とか結婚とか、そんなんじゃないんだ」

「ふぅ〜ん……?」



 考え込む素振りは、立派なレディそのもので。女というのは年齢など関係ないらしい。恐ろしいものである。



「好きじゃないの?」

「人としては好きだぞ」

「んむ〜……?むずかしいねっ」

「そうだな。難しいんだよ、多分」



 クレアの考える"好き"とは、違う。俺がアレクに対して抱いている感情は、尊敬だったり家族のような親愛だ。


(そう……だよな?つーか、違いなんて俺も分かんねえよ)


 生憎と恋愛話は専門外である。そもそも、経験がないのだから、論じようにも話の種がない。



「おやおや、それなりに減っていってるね」

「ん?来たか」


 

 ワイングラス片手に現れたアレクとミルディさんは、大人そのものだった。テーブルを挟んで対面にミルディさんが座ると、あっさりとクレアは俺の横から離れてミルディさんの真横に座った。悲しいぞお兄ちゃんは。



「アハハッ!振られちゃったね、ロイ」

「兄離れが早えんだよ」

「優しいオニーサンが慰めてあげようか?」

「お前……酔ってるな?」



 クレアと交代で俺の真横に座ったアレクは、いつも笑顔だが更に笑みが深くなっている。というより、ふわふわと幼い雰囲気になっている。



「珍しいな、お前が酔うの」

「んー……?そこまでは酔ってないけど、気が抜けたのかな」

「ほお」

「キミが楽しそうに過ごしているのを見たからね。目覚めてくれて良かったなぁって」

「おーまーえーはー……」



 何でこんな気恥ずかしいことをサラッと言えるのだろうか。これが大人ってやつなのか……?と呆れてしまうが、動揺が隠しきれない。



「ロイ、顔赤いねぇ」

「煩え。こっち見んな」

「可愛い弟子だねぇ」

「いいからチョコ食っとけ。あとワインもう飲むな水にしろ」



 ワイングラスをアレクから取り上げて、代わりにチョコ菓子を与えていると、対面のソファからクスクスと笑い声が聞こえたので顔を向けると、ミルディさんとクレアが大層愉快そうに俺達を見ていた。



「ふふふっ。仲が良いのね」

「仲良しさんっ」

「な……っ、これは、」

「貴方達、いつもそんな距離で座っているの?」

「ミルディさん聞いてくれ。コイツが距離感近えだけなんだ」

「酷いなぁ。一緒に寝た仲なのに」

「んまぁっ!!」

「あれはお前が勝手に横に寝ただけだろうがっ!」

「頭撫でて起こしてくれたのにー」

「な……っ、そ、」



 お前が綺麗な髪をしてたからだろと言いたいが、より揶揄われる気がするので反論出来ない。悔しい。



「あらあら、お邪魔になっちゃうわね。クレア、お菓子持ってお部屋に行かない?」

「うんっ!おやすみなさい、アレクさん、ロイお兄ちゃんっ」

「待て!誤解なんだってば!」

「おやすみなさーいっ」



 ミルディさんは訳アリの顔、クレアは満面の笑みで、階段を登ってゲストルームに行ってしまった。何ということだ。



「お前な……完全に誤解されたぞ」

「何が?仲は良いでしょう?」

「……まあ、そう、だけど」



 そもそも、アレクは何が良くなかったのか理解はしてないらしい。ならばまあ良いかと、説明することなく背凭れに倒れ込む。



「んー……」

「眠いのか?」

「少し、ね。頭がぼーっとする……」

「おい待て寝るな」



 俺に凭れるように倒れ込んできたので、慌てて支える。しかし次の瞬間、ぐわんと景色が変わった。



「は?」

「んー……」



 どうやら眠たいならなのか、アレクは自室に転移したらしく、支えてた俺も巻き込まれてしまった。



「じ、じゃあ、俺は自分の部屋行くから。おやすみ」



 さっきのミルディさんとの会話で妙に意識してしまい、慌てて立ちあがろうとしたのだが、グイッと引っ張られて寝転んだアレクに倒れ込んでしまった。



「っ、アレク……おい、離せって」

「んー……」

「寝るなよこんな状況で……」



 スゥスゥと、穏やかな寝息が鼻を擽る。鼻先と鼻先が触れそうな距離で、思わず息を止めてしまう。ゆっくりと距離を離すが、服を掴まれていて逃げられそうにない。いや、無理矢理起こせば良いだけだが、気持ち良さそうに寝ているので、起こしてしまうのは忍びない。


 自分の心臓が、けたたましく音を立てている気がする。無駄に整った顔のアレクに段々腹が立ってきたのだが、気が付けば自身の手がアレクの頬に伸びていた。


(肌綺麗だな、コイツ)


 同じ男なのかと疑問に思うくらい、髭もなくきめの細やかな肌は、陶器のようだ。するりと撫でれば、擽ったいのかもぞもぞと身動ぎをしていて、慌てて手を引っ込める。


(……俺、今何を考えた)


 寝ている間に触るなど、人としてあるまじき事だ。何より、自分がされて嫌だったことを、俺はよりによってアレクにしてしまった。


(最低だ、俺……アイツと、変わらねえじゃねえか)


 あれから毎晩襲い掛かる悪夢は、紛れもない孤児院の記憶で。


(同じ、だ。あの男と、俺は──……)


 自己嫌悪で苦しくなり、アレクの手を慎重に引き離してベッドから降りた。呼吸が浅くなり始め、そっと部屋を出る。


(くる、しい。何だこれ……っ)


 自室へと駆け込んで、床へ倒れ込む。呼吸も苦しいが、何より胸が──心臓が、痛い。



「はぁ……っ、ぐ……っ、」



 ズキズキと痛む心臓に、掻きむしりたい衝動に襲われる。次第に頭や膝、腕の関節なども痛み始めて、床でのたうち回る他なかった。


 

 ──時間にして一時間は経った頃、漸く痛みから解放された。全身汗だくで、息苦しい──というより、服が窮屈に感じる。


(とりあえず……シャワー浴びるか)


 のろのろと立ち上がって、はたと気付く。目線が、おかしい。何というか、高さが合っていない気がする。



「……まじかよ」



 部屋にある姿見に、見慣れない男が映っていた。

 

 癖毛の髪は、黒髪に近いが紺色のような青みがあり、瞳の色は満月のように黄色が濃い。背の高さは、目測ではあるが180cmはある。顔立ちはアレクのように優しげではあるが男らしさが滲んでいて、悪くない顔立ちではある。



「これ……俺、なのか?」



 鏡に映る男が、口を開いた。声は声変わりをしていたので変化はない。信じ難いが、どうやら魔力覚醒が起きたらしい。その証拠に、体内に"何か"が漂う感覚があった。瞑想しているときにモヤモヤしてたものがなくなり、心なしか体も軽い。



「……シャワー、浴びるか」



 考えても仕方がないので、とりあえず汗を流すことにした。クレアやミルディさんに、結局は打ち明けることになるんだなと諦めつつ、朝イチでアレクの部屋に行こうと心に決めたのだった。 


 


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