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魔法使いの系譜  作者: 真田 秋来
覚醒編
10/38

 

 肉体トレーニングという名のアレク監修の拷問に近い何かを終わらせ地面に伏した後、昼食を取り午後からはアレクへの一般常識講義をした。といっても、街を歩きながらアレクが気になったことに受け答えするだけである。だが、気晴らしにもなるし、俺もこの時間は案外気に入っている。

 その帰り道、商店街に寄りお菓子を大量に買い込んだ。夕方には、クレア達が来る。



「泊まれる部屋あんのか?」

「二階に空室があったから、そこをゲストルームにしておいたよ」

「おお、流石仕事が早いな」

「お菓子もこれだけあれば大丈夫でしょ。そろそろ帰ろうか」

「そうだな」



 夕方の五時に二人は塔に来る。といっても、既に俺が眠り続けている時に来たことがあるようで、大層心配していたとアレクから聞いた。目覚めてから初めて会うので、きちんと謝らなければなるまい。


(もしかしたら、クレアも売られていたかもしれない)


 孤児院では、時折幼い子ども達が養子や侍従見習いとして引き取られることがあった。その子達全員が売られたわけではないらしいが、売られた子がいるのも事実で。保護出来るようにと、王族含めお偉いさん方は捜索しているらしいが、正直期待はしていない。


(いつだって、平民は後回しにされるからな)


 今の国王陛下は、良くも悪くも特徴がない。永世中立国であるアトランティルは平和の象徴であるが故に、内部を上手く纏め上げる手腕が国民からも他国からも期待される。しかし、内情としては王妃が実権を握り、王太子の継承争いが勃発している。そんな中、引き取り手もない孤児の捜索は後回しにされるだろうと、平民達は諦めているのだ。



「ロイ、大丈夫?」

「……ん?ああ、大丈夫だ。ちょっと、こう……売られた子ども達のこと、考えてた」



 西陽が、背中から射し込む。俺とアレクの影を見て、俺は自身の境遇のありがたみを改めて実感していた。



「俺もクレアも、運が良かった」

「ロイ……」

「クレアは、親の顔を知らない。生まれてすぐに手籠に入れられたまま、孤児院に捨てられてたからな。他の子達も、似たようなもんだ。けど、俺はお前に逢えたし、クレアはミルディさんに引き取られた」



 もっと早くに売られることだってあったのだ。クレアとて、例外じゃない。今思えば、俺は例外だが、孤児院にいた子ども達は全員容姿に優れていた。"そういう目的として"集めては育てていたのだろう。



「感謝してるよ、本当に」

「ふふっ。どういたしまして、と言っておこうかな」

「いつまでも一緒ってわけにはいかねえけど、お前が元の時代に戻る時には、それなりの魔法使いになっといてやる」

「おや、それなりで良いの?弟子には師匠を超えてもらわないと」

「無茶言うな。賢者に勝てるなんて思わねえよ」

「やる前から諦めるなんて、良くないね。鍛え直してあげよう」

「すみませんでした頑張ります」



 毎日行われる肉体トレーニングは過酷でしかない。そもそも、汗ひとつ流さずに同じメニューをこなしているコイツは一体どんな構造なんだと、同じ人間か疑わしいところである。


 やれやれと俺の額を指先でピンと弾いたアレクは、お菓子が大量に詰まった紙袋を持ちながら、到着した我が家に一足先に入っていってしまった。


(これから何度、アイツに助けられるんだろうな)


 粗方魔法を覚えたら、実践する為に旅に出るぞと既に脅されている。魔法で魔物を含めた生き物の命を奪うことを学び、魔法を使うことの正しい意味を知る為だと言っていた。慣れるまでは、アレクに面倒をかける。きっとまた困ったように笑いながら、助けてくれるんだろう。


(アイツが帰る時に、せめて笑って送り出せるようにはしてぇもんだな)


 生半可なことではないだろうが、あの背中を追いかけることくらいは出来るから。

 


 追いかけるようにして塔へ入り、一階にある談話スペースにアレクと協力してお菓子を並べる。色とりどりのお菓子がテーブルを埋め尽くしていて、些か買い過ぎたのではとアレクを見れば、同じように笑っていた。



「アハハっ!暫くは困らないね」

「明日クレアにお土産として持たせるか」

「そうだね。半分持たせたとしても、それでも余るね」

「買い過ぎだっつーの。つーか疑問なんだけどよ、お金は大丈夫なのか?仕事してねえだろお前」

「ぶっちゃけ困ってないね。けど、仕事は始める予定だよ」



 お菓子を並べ終えた俺達は、休憩とばかりにソファへ座り紅茶を飲む。相変わらずコイツの淹れる紅茶は美味いなと思いつつ先を目線で促せば、アレクはローブの内ポケットからカードを取り出した。それは、見覚えのあるもので。



「身分証明書にもなるからって、ミルディ嬢に薦められてね」

「ギルド入ったのか。まあ、その方が良いわな」

「実力を誤魔化すの大変だったよ。魔法陣なんて使ったことないから、それっぽく見せたりね」

「カードの色を見るに、まんまと目ぇ付けられてんじゃねえか。黒いカードは討伐任務バンバン押し付けられんぞ」



 冒険者ギルドの会員証は、基本は白い。しかし、魔物と対峙しても問題がないと判断された場合、黒いカードが支給されるのだ。別名"掃除屋"と呼ばれ、ギルドや軍から直接指名で討伐任務を振られることもある。



「お前が掃除屋か……。まあ、お前なら死ななそうだからいいか」

「心配してくれるの?」

「そりゃあな。飯係が居なくなる」

「可愛い弟子に躾が必要みたいだね」

「冗談だって。……おい、笑顔で本を何冊も浮かせるんじゃねえ」



 機嫌を直せとテーブルに並べたお菓子の一つを手に取って、アレクの口に詰める。もごもごと口を動かしたアレクは、仕方ないとばかりに本を棚へ戻した。危うく脳天をかち割られるところだった。何と恐ろしいことか。



「じゃあ、家を空けることも増えるのか」

「そうなるね。まあ、ロイも連れてくけどね」

「あ?俺も?」

「当たり前でしょう。見るだけでも修行になるし」

「確かに、それはそうか。けど、邪魔じゃねえの?」



 どう考えても戦闘員になり得ない俺を連れて行くとなれば、アレクの負担が増えるのは目に見えている。お荷物になりたいわけじゃないので訊いたわけだが、アレクの眉がピクリと動いて、また額を攻撃された。



「全く、余計なこと考えてるね」

「……地味に痛えんだよそれ」

「守りながら戦うなんてって思うかもしれないけど、またボクの知らないところで連れ去られてるかもしれない、なーんてことを考えながら戦うよりマシだね」

「その節はすみませんでした」

「よろしい」



 孤児院での事件の後、目が覚めてからも迷惑を掛け、翌朝はお説教タイムだったのだ。危険だと感じていたのに単身で乗り込んだことを指摘され、ぐうの音も出なかった。クレアに魔力を貰い、指輪でアレクに助けを求めれば良かったのだと言われた時、確かにそうだなと納得した。力が無いのを恥じる前に、他の力に頼ることを学べとも言われた。



「お前がちゃんと戦ってるの見たことねえから、楽しみではあるな」

「オニーサンの格好良いところを見せてあげよう」

「へいへい。楽しみにしてる」

「雑な弟子だなぁ。夕ご飯にロイの好きなオムライス作ってあげようと思ったのに」

「すっげえ格好良いの期待してます師匠っ!!」

「……本当にこの子は」



 しょうがないじゃないか。オムライスは正義である。特にアレクが作るオムライスは、少し中のライスが甘くて旨いのだ。もはや一番好きな食べ物と言っても過言では無い。俺は悪くない。


 

 ティーセットを片付け終わり、アレクが夕食の準備へとキッチンへ向かったタイミングで、クレアとミルディさんが到着した。



「──ロイお兄ちゃんっ!」

「おっ、と」


 

 玄関の扉を開けた途端、クレアに抱きつかれた。羽交締めに近いので身動きが取れないなと思いつつ、頭を撫でる。随分と、心配を掛けたから。



「いらっしゃい、クレア。それに、ミルディさんも」

「お邪魔するわね。……貴方が無事で、そして目覚めて本当に良かったわ」

「ご心配をおかけしました。クレアのことも、ありがとう」

「いいのよ。私は好きでクレアを引き取ったんだもの」



 こうして話してる分にはお淑やかなお姉さんなんだよなと思っていると、ミルディさんがニッコリと笑った。しかし、目の奥が笑っていない。



「あらぁ?何かおかしなことを考えているわね」

「イエ、ナンデモ」

「あらそう。なら、良いのよ」



 クレアはこうなってくれるなよともう一度頭を撫でると、クレアがゆっくり頭を上げた。目は潤んでいて、優しく指先で涙を掬う。



「ごめんな、クレア。心配かけて」

「ぐす……っ、もう、起きて、平気なの?」

「もう平気だ。さあ、アレクがご馳走を作ってくれてるから行こう。それに──」



 クレアを抱き上げて振り返り、談話スペースを見せる。途端、クレアは涙を引っ込めて花が咲いたように笑った。



「お菓子、沢山あるーっ!」

「まあ。こんなに沢山用意したの?」

「お菓子パーティーだってアレクが張り切って買った結果なので」

「あらあら。クレア、良かったわね」

「いっぱい食べるっ!ミルディお姉ちゃんも、好きなのあるかなっ?」

「そうね。クレアが選んでくれるかしら」

「うんっ!」



 キラキラと目を輝かせるクレアに、漸くほっと息を吐いた。幼い子を泣かせるのは心が痛い。そんな俺に気付いたのか、ミルディさんにポンと肩を叩かれた。



「ウチの子泣かせたら赦さないわよ」

「……ハイ」

「クレアは貴女を兄として慕ってるの。自分の力量に見合った行動をなさい」

「肝に銘じておきます……すみませんでした……」

「ロイお兄ちゃん、ジメジメしてるね」

「ジメジメ!?」



 何てことを言うんだと驚愕していると、クスクスと笑うアレクの声がしたので、視線を向ける。



「……アレク、おいコラ」

「ジメジメだって。アハハッ!」

「笑い過ぎだ」

「いやぁ、愉快だね。いらっしゃい、二人とも」

「アレクさんっ!こんばんはっ」

「お邪魔してるわ。何か手伝うことはあるかしら?」

「丁度夕食の準備が出来たところだから、お気持ちだけ受け取っておくよ。さあ、三人ともこちらへ」



 クレアは俺の腕から抜け出し、ミルディさんの手を引いてアレクが押さえている扉の向こうへ行ってしまった。妹が巣立ったような感覚に一人寂しく黄昏ていると、アレクが扉から離れて俺の元に来る。



「オムライス、食べないのかい?」

「……食べる」

「ふふっ。女の子の成長は早いんだよ、ロイ」

「どうやら、そうらしい。この前まで話すのも難しい赤子だったのに……」

「年寄りくさいことを言うねぇ。ほら、明日もオムライス作ってあげるから」

「……ん」



 やれやれと溜息を吐かれ、けれど俺の頭を殊の外優しく撫でてきたので毒気を抜かれた。顔を見れば、何ともまあ令嬢が喜びそうな甘い顔をしていたので、腹が立ち咄嗟に頭突きをする。



「──へえ?」

「あ、いや、」

「明日はトレーニング免除してあげるつもりだったけど、ロイがやりたいみたいだし、やっぱりやることにしよう」

「本当すみませんでした許してください」

「ダーメ。さっ、お客様を待たせてはいけないからね。早く行くよ」

「はい……」



 何という無慈悲な宣告なんだ。いや、俺が頭突きをしたからなんだけれど。そもそもアレクがあんな顔で俺を見ていなければ済んだ話だが、顔を変えてこいとは言えないし、結局は俺の過失である。ここは大人しく受け入れようと、すごすごとアレクの後をついていったのだった。 


 


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