表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いの系譜  作者: 真田 秋来
全ての始まり
1/38

 


 ──さて、これは一体どうしたものだろうか。


 そんなことを、ぼんやりと俺は足元に広がる赤の他人の痴態を見ながら考えていた。




 遡ること数時間前、厳密にいえば六時間前のことになるが、俺は今日も今日とて小銭稼ぎだと孤児院から冒険者ギルドへ赴き、薬草採取及び納品の依頼を受けて森へと向かった。


 アトランティル大陸(多くの人々は中央大陸と言うが)にある首都ロワジャルダンから徒歩で小一時間ほど南下すると、街道とは名ばかりの草原が広がった先に、ネルガ大森林という果てのない森に辿り着く。


 ネルガ大森林の奥地には竜が棲むと言われているが、そもそも奥地は冒険者ギルドの許可を得ない限り立ち入り禁止区域であり、生まれて十五年経つが本物の魔物を見たことがないので、迷信か何かだと思っている。



 ──そう、見たことがないのだ。


 というのも、今いるネルガ大森林の中に入ってもリスやウサギなどの小動物しか目にしないし、大きくても大人しい鹿くらいしか森を闊歩していない。肉食の狼は王国の北部にある山岳地帯にいるというし、生まれてこの方自然の脅威に遭遇したことがない。


 だが、存在しているという魔物に対し唯一の対抗手段である魔法が存在しているという点は否定しようがない。しかし、当たり前に魔法が存在しているこの世界において、俺という存在は異質だ。



 俺は魔法が使えない。そのことに気付いたのは五歳の時にとある儀式をした後に家を追い出されたからで、両親に浴びせられた罵声で自覚したのだ。



「お前など、一族の面汚しでしかない」

「何故魔法が使えないの?!産んだことを後悔させるなど、最低の息子ね!いえ、もう息子ですらないわ!」



 そんな言葉を投げ付けられ、雪の降る夜に俺は捨てられたのだった。



「魔法、ね……」



 嫌なことを思い出してしまったと溜息を吐きながら旅人の街道を抜けた俺は、漸くネルガ大森林へ辿り着いた。


 目的の薬草はわんさか生っていたので、片っ端から手籠に入れていく。依頼書に質より量と書いてあったので、多少雑でも大丈夫だろう。



 手籠一杯に薬草を摘み終える頃には昼になり、切り株に座り持参していたサンドイッチを取り出して食べる。スパイスを効かせたソースがこんがり焼かれた鶏肉によく合い、細切りの野菜も噛む度にシャキシャキと小気味良い音を鳴らしていて実に美味しい。



「──ん?」



 サンドイッチを食べ終えた時、ふと地面が振動したような気がして足元を見る。



「地震、か……?」



 頻繁にではないが、アトランティル大陸では地震が発生するので、特に気になるというわけではなかった。


 そろそろ帰ろうかと立ち上がった瞬間、またしても地面が揺れる。それだけでなく、頭上に広がる木の枝からは木の葉が落ち始め、小春日和の今では珍しい生温かい風が森の奥から吹き始めた。



「……すっげえ嫌な予感しかしない。帰る。絶対巻き込まれるとか嫌」



 早々に帰ると息巻いて、俺は手籠を拾い直してくるりと踵を返した。


 生温かい風は今も尚森の奥から流れてくる。しかし、振り返ってはいけないと心で何度も念じながら早足で来た道を戻る──筈だった。



「……嘘だろ」



 迷子。そう、迷子である。



「って、そんなわけない。此処までは一本道だった筈。獣道とはいえ、それなりの道があった……よな?」



 しかし、現に今の自分は迷子だ。一本道の獣道から外れた記憶はないし、つまるところこれは迷子になるべくしてなった──そういうことになるのだろう。



「冗談キツい……魔法も使えない凡人ともいえない俺が、何でこんな目に」



 溜息を、一つ溢す。


 そうでもしなければ、苦い思い出と共に込み上げてきた何かに呑まれそうだったのだ。



 ロイ・ミズウェル──それが、今の俺の名前だ。拾われたあの日は絶望していて名も名乗れず、孤児院の院長の姓を貰い、今の名となったのだ。


 五歳まではロナルド・ルクセンブルク。アトランティル王国三大公爵家の一つである、ルクセンブルク公爵家が、俺の家だった。


 今のアトランティルの王族の親戚にあたり、王家の血を引く正当な貴族──しかし内情は欲に塗れ、王権を奪うことを目標にしているという碌でもない愚かな集まり。


 何故こんなことを俺が知っているかといえば、復讐心から調べ上げたに過ぎない。


 魔法が使えないという理由で捨てられた俺が唯一彼奴らに出来ることと言えば、王家への反逆を確固たる証拠と共に告発するしかないと考えたからであった。



「まだ、俺は死ぬわけにはいかない。巻き込まれる前に、さっさと帰らないと──」



 恐らく本で読んだ幻覚を見せる魔法に引っ掛かっているのだろうと予想し、無駄に動くことは一先ずやめた。さてどうしようかと適当な切り株に腰を下ろしたところで、"ソイツ"は降ってきたのだった。




「──は?」



 ドサっという音と共に降ってきたのは、薄紫色のローブを身に纏う如何にも魔法使いといった風貌の男だった。


 何故かは知らないが、中に着ているであろう白いシャツの胸元がはだけていて、ズボンも下に擦り下がりあられもない姿である。



「いや、男の痴態を見てもな……」



 というわけで、冒頭に戻る。


 頭を抱えながら、生憎と俺はストレートだと呟きながら、落下してきた男をまじまじと観察する。


 無駄に整った顔付き、羽織るローブと同じ薄紫色の髪色、透明感のある白い肌──男にも女にも好かれるだろうなぁとしゃがみながら観察していると、パチリと男が目を開けた。



「お。起きた?」

「──うん」



 パチパチと瞬きを繰り返しながら、男は俺を見ていた。そして、次に自分の体を見て──鋭い眼差しを俺に向ける。


 あ、これは拙い。



「もしかして……っ」

「先に言っておく。俺はただの通りすがり。上からお前が降ってきたんだ。死んでるんじゃないかと思って観察してただけ」

「──成程」



 先手を打って誤解を解くように目を見て真剣に話せば、案外すんなりと受け入れてくれた。キョロキョロと顔を動かしながら辺りを確認している姿は、童顔も相まって酷く幼く見える。



「初対面で、不躾な質問だけど……魔法、使えますか?」

「う、ん?多分?」

「そこを疑問形で返されると困ります。今、幻覚魔法に巻き込まれてて、森から出られないので。俺は魔法が使えないから、もし魔法が使えるなら──」

「使えない?"キミ"が?」

「えっ?」



 途端、物凄く疑わしいと言わんばかりにまじまじと俺を見ていた。



「そんな筈ない」

「事実だ──じゃない、事実です。五歳の時、魔力鑑定の儀式で、何も反応しなかったというか……」

「魔力鑑定?」

「……田舎育ちか何か?」

「あぁー……うん、そんなとこ」



 はあ、と溜息を吐く。一から説明しなきゃいけないことに、面倒くささと魔法が使えない己の惨めさを感じていた。



「魔力鑑定っていうのは、どの属性の魔法が使えるか、どれくらい魔力を持っているかっていう素質を鑑定するもので、貴族では魔法が使えるのが当たり前だし、平民でも同じです」

「つまり、魔法が使えて当たり前ってことだよね」

「大体は。99.9%魔法が使える。使えないと──それだけで、迫害される理由になる」



 そう、そういう世界なのだ。孤児院でも魔法が使えないのは俺くらい。他に魔法が使えない奴を見かけたことはある──が、数年前に街道で他国貴族の奴隷として連れられている女の子くらいだった。



「で、俺は魔法が使えない」

「鑑定で反応しなかったから?」

「そう」

「使えるよ」

「……あのなぁ、」



 下手な慰めは要らないと眉間に皺を寄せると、真剣な眼差しで男は俺を見ていた。



「キミは"使える"人だ」

「……何を根拠に」

「魔法の使い方を、いや……魔法そのものを、どうやら"この時代の人"は勘違いしてるみたいだね」



「やれやれ、きちんと受け継がれなかったか」と訳の分からないことを言いながらニッコリと笑った男は、身なりを正してから立ち上がった。そして、しゃがんだままだった俺に手を差し出す。



「キミに魔法を教える」

「へえ?」

「その代わり、ボクに協力してくれないかな」

「具体的には?」



 俺には俺の目標がある。それを叶える為なら、コイツが"邪魔をしない"なら、乗るのも面白い。



「この世界の知識を教えて欲しい。あとは──うん、細々したお手伝いかな」

「その対価が、魔法ってことか」

「期間とか決めた方が良い?」

「魔法を使ったことがない俺に、教わるにも期間がどれくらい掛かるかなんて検討もつかない」

「ん〜……なら、キミが"飽きる"まで」



 変わらず笑顔で、コイツはそんなことを言う。飽きるまでとか、何ともまあ曖昧な期間設定だ。けど、まあ"もしも魔法が使えるようになる"のなら──そんな奇跡が起きるのなら、乗らない手はない。



「面白いから、その話乗った」

「そうでしょう、そうでしょう」

「変わった奴だな」



 差し出されたままだった男の手を取ると、グイッと思ったよりも力強く引かれ、勢いよく立ち上がる。



「ボクはアレク・エマニュエル。キミは?」

「ロイ・ミズウェル」

「うんうん、ロイね。さて、じゃあとりあえずお腹空いたから食事にしよう」

「あのなぁ……話流れたから忘れてんのかもしれないが、幻覚魔法があるって言っ──」



 パチン──と、アレクが指を鳴らしただけで、辺りの景色が一変した。ぐるぐると同じ道を辿っていたと思っていたが、どうやら森の奥地にある泉の近くまで来ていたらしい。


 それにしても、幻覚魔法を一瞬で掻き消すなんて、聞いたことがない。魔法が使えないなりに、知識だけはと魔法書を読み漁っていた俺だ。こんな魔法、"知らない"。



「今、何して──」

「この近くに街はある?」

「森を抜ければ、ある──じゃ、なくて!」

「うーん……見たことないしなぁ。上から見れば分かるかな?」

「もしもーし?俺の話聞いてるー?」

「あ、そっか。ロイは見たことあるから大丈夫かな」



 不意に、手を握られた。ドキッとしたとか無いからな。絶対にない。断じてない。無駄に整った顔を俺に向けるのはやめて欲しい。



「ねえ、街の近くの景色想像して?」

「近くの景色?」

「そそ。鮮明にね」

「はあ……分かったよ」



 目を閉じて、言われるがままに想像した。近く──旅人の街道よりも近い、門の近くで良いだろう。街の南にある門には、目印となる大きな樹があった筈だ。



「想像出来た?」

「……おう」

「じゃあ行くよ──そいっ」

「はっ!?」



 間の抜けた掛け声と共に、グイッと腹辺りが引っ張られる感覚があった。そして、目を開けると──、



「はは……まじかよ」

「おおっ!街だ!」



 最早、乾いた笑いしか出てこない。今アレクが行ったのは、転移魔法だろう。しかし、魔法陣が必要な難易度の高い魔法の筈で、そもそも詠唱一つ、アレクはしていない。


 "俺が知っている魔法じゃない"。



「さて、腹拵えだね!」

「待て待て。金持ってんのか」

「あるよ?ホラ」



 腰にある布袋には、普通にお金が入っていた。さり気なく金貨も入っていたので、田舎育ちとはいえ金持ちの生まれなのか、無一文ではないようで安心する。



「オニーサンが奢ってあげよう」

「どっからどう見ても俺と変わらんガキじゃん」

「ロイって何歳?」

「十五だけど……」

「ならボクはオニーサンだよ。だって二十歳だもん」

「……はっ!?」



 ニコニコと笑っているのでまた揶揄っているのかと訝しげに見ていると、拗ねたような顔をしている。



「本当なんだってば!」

「その顔でか」

「童顔なだけですーぅ。老けないんですーぅ」

「クソ腹立つなその喋り方」

「酷い!っていうか、ロイこそさっきから喋り方違う!」

「流石に名前も知らない段階で素を晒すほど馬鹿じゃねえ」



 魔法だったり、何故森に降ってきたのかだったり、言いたいこと──というより、訊きたいことが多すぎるが、目の前のアレクを見ていると毒気が抜かれてくる。何なんだコイツは。



「旨い飯屋、連れてってやる」

「よしきた!」

「その次は宿屋か」

「ロイの家は?」

「俺は孤児院暮らしだからな」



 流石に普通の家と違って、簡単に泊めるなんて出来はしない。それに院長はともかく、職員の中には魔法を使えない俺をボロカスいう連中も多い。



「そっか。なら、先ずはロイの荷物取りに行こう」

「荷物?俺の?」

「当たり前じゃない。今日からボクと一緒に住むんだから」

「いや聞いてねえよそんな話」

「えー?協力するって約束じゃない」



 もしかして、俺はとんでもない男に捕まったのではないだろうか。一抹の不安が頭に過ぎるが、時既に遅しとはまさにこういうことで。



「孤児院から出ろと」

「うん。手続きとかどのくらい掛かるの?」

「俺は十五歳で、成人したから。本来なら出なきゃいけないんだ。他に行くところも、定職もないから、一定のお金を入れることで残ることを許されてた」

「ふーん……なら、今日にでも出れる?」

「ああ、出れる」



 惨めな自分を、アレクには知られたくない。そんな風に漠然と感じた俺は、街の中心にある時計台を指差した。



「あの時計台に、二時間後集合で」

「一人で行くの?」

「荷物の整理とかあるし、待たせるよりはと思っただけだ。田舎育ちなら、珍しいもんばっかりだろ?ギルドにこの薬草も納品しなきゃなんねえしな」

「そっか。うん、分かったよ」



 アレクは、特に何も聞いてこなかった。それにホッとしながら、軽く手を上げて背を向けて俺は歩き出す。アレクがそんな俺をじっと見ていたことに、全く気付かないまま。



 冒険者ギルドに薬草を納品し報酬を貰った後、孤児院に戻り自室へと向かう前に院長室へと真っ直ぐ向かった。



「出ていく、ですか──」

「はい。今まで、お世話になりました」



 そう言って、俺は院長に頭を下げた。

 人の良さそうな穏やかな笑みが特徴的な院長は、俺の言葉に目を丸くしている。



「急ですね。仕事や住む場所を見つけたということかい?」

「はい。一応……」

「ロイ、もしも職員達に何か言われたのなら──」

「違います。ちゃんと、自分の意志です」



 俺が今生きているのは、院長が拾ってくれたお陰だ。捨てられた俺を、魔法が使えない俺を、差別したり卑下したりすることなく、育ててくれた。



「貴方が来て、十年ですか……早いものです」



 眼鏡を外した院長は、目尻を少し下げる。優しげな微笑みは、子供達をいつだって安心させると俺は知っている。その笑みが物憂げに染まっているのは、俺というお荷物を育てるのに苦労した記憶が蘇っているからだろう。



「私が至らぬばかりに、貴方には苦労をかけましたね」

「そんなこと……。寧ろ、院長には感謝しかない、から」

「──ロイ。貴方の未来が明るいものであるよう祈りましょう。何かあれば、此処にいつでも帰ってきなさい」



 誰かに親がいるのかと聞かれれば、俺は間違いなく院長だと答えるだろう。込み上げる涙を堪えながら、俺は頭を下げた。



「お世話に、なりました……っ」



 院長室を後にした俺は、自分の部屋として割り振られている場所に来た。物置小屋と書かれたプレートを見て、本日何度目か分からない溜息を吐く。


 もし──仮にアレクが唯の詐欺師だとして、行く宛が無くなったとしても構わない。僅かではあるが貯金もあるし、直ぐに飢えで死ぬという心配もない。それに、うまい話には裏があるものだから。



「まあ……その時は、その時だ」



 自室だった物置小屋へ入り、荷物を整理する。といっても、特にこれといってあるわけではない。三冊の魔法書と、服が数着。たったそれだけ。


 鞄へ詰めて、肩に担ぐ。大した重さでもない荷物に自嘲しそうになるが、深呼吸一つで掻き消し、壁掛け時計を見た。待ち合わせの時間まであと一時間を切ったところだった。しかし、時計台は案外近くにあるので、余裕で間に合うだろう。


 さて行こうかと、物置小屋を出ると──出来れば会いたくない顔触れの職員三名が、待ち構えていた。



「……なんすか」

「異端が、そんな荷物を抱えて何処へ行くんだ?」

「出ていくんすよ。アンタ方が言う異端が居なくなって清々するでしょう」



 もう話すことはないと通り過ぎようとした際、肩を掴まれた。そのまま二人掛りで壁に押さえ付けられ、正面にいる話しかけてきた職員はニタァと気持ちの悪い笑みを浮かべている。



「ハッ!奴隷にでもなるのか?」

「……ちげーよ」

「どうせ碌でもない仕事だろう!お前のような異端が、何も出来るわけがない。今日まで世話をしてやった我々に、何の恩も返さぬとは恥知らずめ!」



 そして、当たり前かのように腹を殴られる。押さえ付けている職員達も薄気味悪い笑みを浮かべていて、俺はそのことに何も感じなかった。


 ──こんなの、日常茶飯事だから。



「恥知らず!魔法の使えない出来損ない!恩知らずめ!!」

「院長にも困ったものです。こんな穀潰しにかける優しさなど……」

「慈悲深い院長にどう取り合ったんだか……これだから卑しい異端は嫌なんです」



 何度も、何度も殴られる。今日はいつにも増してしつこいなと耐えていると、血走った眼をした腹を殴りつける職員──ヴァルドラが、一際愉しそうに笑った。



「良いことを思い付いたぞ。貴様が異端だと、身体に、貴様自身に思い知らせてやる。此処を出ていくのだろう?餞別と思え」

「……お、い。何、する、つもりだ……っ」

「卑しい口を開くなッ!!!」



 そして、ヴァルドラは詠唱を始めた。左手の指先に魔法陣が浮かび上がり、禍々しく赤黒く光っている。



「クク……ゥハハハハッ!最初からこうすれば良かったのだ!そうすれば、貴様の卑しい口も閉じ、我々の手を煩わせることすらなかった!」



 ああ、これは呪いか何かか。行動を束縛する、禁忌に近い魔法か──。痛みにボンヤリする頭の中で、他人事のように俺は魔法陣を見ていた。



「泣いて、我々に跪け、異端め────あがッ!?」



 魔法陣が、突然煙のように消える。


 何が起きたのかと痛みに歯を食いしばりながら顔を上げると、彼奴が──アレクが此処にいた。



「──困るんだよねえ。ボクのモノに手を出されたら」

「な、何だ貴様はッ!!!」

「ロイの友達だよ。ご主人サマでも良いね」

「この異端の?ハッ!結局奴隷しか選ぶ道がないとはな!」

「……奴隷?」



 途端、アレクの纏う雰囲気が変わった。表情はニコニコと笑っているが、何というべきか、一気に温度が下がった気がする。というより、目が一切笑っていない。



「ア、レク……っ」

「ねえ、ロイ──どっちが良い?」

「な、にが」

「殺すか殺さないか、選んでいいよ」



 にっこりと蕩けるような甘い笑みを俺に向けてきたアレクに戦慄した。成る程、やはり俺はとんでもない男に捕まったらしい。殺すことに躊躇がないなんて、頭のネジが何本かイカれてる証拠だ。


 簡単に、人を殺せる──ならば、俺はコイツのブレーキになる他ないらしい。何とも厄介な役回りになったものだ。



「それは、ダメだ」

「──へえ?」

「選ぶのは……っ、俺、なんだろ?」

「はあ……仕方ないなぁ」



 また森の中でやったように、指をパチリと鳴らした。その瞬間、ヴァルドラや俺の体を押さえ付けていた職員達の体が廊下に吹き飛び、頭を強かに打ち付けていた。どうやら一瞬にして気絶したらしい。



「さ〜て、行こっか。今傷を癒すから待ってね」

「……殺して、ないんだよ、な?」



 その問いに頷いたアレクは、吹き飛んだ職員なんて目もくれず俺に近寄り支えてくれた。



「……ごめんね」

「何で、お前が……っ、謝んだよ」

「何となく予想出来てたのに、キミを一人で此処に向かわせた。だから、ごめんね」

「……良いさ。お前が──何を考えてんのかは知らねえけど、理由がありそうな顔、してるからな」



 困ったような笑みを浮かべたアレクは、人差し指で俺の鼻先へ触れた。途端、淡いクリーム色の光が身体を包む。

 詠唱無しで、この世界で修道院にいる者達しか使えないといわれる治癒魔法の発動をしたこの男──俺も異端と言われるが、コイツも充分"異端"なのだと、俺は改めて思い知らされたのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ