敗走
デグの怪我はまだ治せていませんでした。
後ろから声がして、反射的に振り向こうとした。
『振り返るな冷夏!』
マドウに頭いっぱいになる声で叫ばれた。
横にいて私よりも先に振り向いていたミケさんが石になってゆく。
え?
デグさんが雄叫びを上げて、こちらに走って来ようとしている。
「レイカ走れ!逃げろ!」
ロバートさんの声がかかり振り返らずに森の中に走りこんだ。
嘘でしょ?
ミケさんが石になってた。
『あれは魔獣メデューサだ。目があった者を石にする魔力を持つ。』
『しかもゴーレム作成の魔法まで使っている。魔族級の個体だ。』
懸命に走る。
息が切れるまで走って気がつくと、森の奥で1人になっていた。
『仲間を探して大声を上げたりするなよ。魔女に見つかる方が早い。』
マドウが忠告してくれる。
でも、声なんて出す余裕ない。
息が苦しい。
木陰に座り込んでしまう。
しばらく座りこんでいたが息が整うと、今度は不安がわいてくる。
あの時の光景がフラッシュバックする。
「ミケさんは死んじゃったの?」
『いや、石化しただけだ。あの感じではデグも石化したっぽいな。』
『スケルトンウォリアーに殺されるよりはましなはずだ。』
デグさんは私を庇ってくれた。
あそこで雄叫び上げたのは、振り向きかけた私を押し留め、メデューサの注意をひくため。
きっとそう。
庇ってくれた。
涙が溢れてくる。
私は聖女でも何でもないのに。
「1人じゃ何もできないよ。」
心細い。
私一人ではゴブリンでさえ対処する自信がない。
『泣くな冷夏。石化は解除魔法でも神聖魔法でも解除できる。接触が必要で、魔力でも神力でも5はかかるがな。』
助けなきゃと思う。
そうは言っても、1人じゃどうにもできないと思う。
涙が止まらない。
『混乱しているな冷夏。』
『まずはミモザ村へ戻る。』
『ロバートやジグが無事なら必ず村ヘ戻るはずだ。』
マドウの言うことはもっともだとは思う。
でも、今は完全に森で迷っているし、どうにもならない。
『よいか冷夏。』
『メデューサは魔力や神力を吸い取って食事にするので、石化した者を粗末にはしない。』
『子孫の増やし方も気にいった人間の女性にメデューサ化の魔法をかける方法で、かけられた方も基本は受け入れる必要がある。だからスキュラの時みたいには多分ならない。』
マドウが私を慰めようとしてくれている。
不器用だけど……。
2時間くらいは泣いて、そして茫然としていた。
この世界で言う一刻ぐらいの間。
木漏れ日が綺麗だ。
鳥や虫の声が聴こえている。
様々な命が生き延びる為に相争う、生命豊かな森。
おしりが痛くなってきた。
私の旅はまだ終わらない。
『さて、ではミモザ村の簡易神殿を思い浮かべろ冷夏』
『転移魔法なら2人よりも先に戻れるはずだ。』
タイミングを見計らいマドウが提案してきた。
そうか、転移魔法があったんだっけ。
マドウの下手くそな慰めもあって少し、気持ちが落ち着いていた。
高く、低く、私は詠唱を初めた。
ふわっとした感覚が訪れた。
この世界のメデューサは顔を見るではなく、視線が合うと石化します。
私の黒歴史がまた1ページ。




