ガス溜まり
レイカル視点です。
「この通路を下り、ここを突っ切る」
地図をみていたセベロさんが進路を指し示しました。その通り移動すれば[下水の滝]の下部の広場の横合いに出ます。
「よく見ろよ。セベロ。ガス溜まりを突っ切るじゃんかよ」
ですがジャム少年の指摘通り、一か所前からあるガス溜まりを通過しなくてはなりません。
「だからだ。だからこそ奇襲になる。レイカル。お前さんの魔術なら一度ぐらいは、何とかなるんじゃないか?」
「パーティごと結界で包めば短時間なら可能ですが……」
たしかに結界で囲めば、短期間なら毒ガスを防げるでしょう。そしてそのまま移動出来ればパーティでガス溜まりを抜けられますが、危険ばあります。
例えば接敵などで足留めされ時間切れになれば、私以外は皆死にます。魔術結界は破れずとも、中の酸素には限りがあるのです。
(呼吸に酸素が必要とか結びつけられる人は、この世界そんなに居ないぞ)
呼吸に関する術で水中呼吸出来る魔術がありますが、文字通り水中で呼吸が出来る様になるだけで呼吸が必要でなくなる術ではありません。
「なら決まりだ」
「ちょっと待って!セベロ。それにしても数は力よ?」
「この魔剣と至高神の思し召しがあれば、下級アンデッド如きは切り払える」
ルドムさんが強気です。何度か遭遇した大鼠相手に魔剣を試し、全力で振るっても壊れない事を確かめたからです。
「数の件は魔術を使い何とかなるかも知れません」
「なぁ、レイカル姐ちゃんさえいれば、俺ら必要なくねぇ?」
「試したい術があります。少し時間を稼いでもらえませんか?」
お師匠様の記憶を探る中で、少し気になる事があったので提案しました。最悪[戦闘妖精]による力押しも可能ですし。
「強硬策には反対。あたいはルドみたいな怪力もないし、セベロみたいな技術もない、タダのお上り冒険者なのよ?」
「ヒスはジャムを護るだけでいい。ジャムは借りた記録石で記録を撮る。セベロと私が時間を稼ぎ、レイカルが魔術で決着をつける」
珍しくルドムさんがヒストリアさんを説得しました。セベロさんはジャム少年と地図を見ながら話をしています。
「ヒス。大地母神教団の都合でレイカルが何時まで居てくれるか分からない。[鶏口牛後]だけでは[首だけ聖女]をかわしながら3セット生き延びるのは無理。決戦はどうしても必要」
「分かったわよ。ルド。あんたが『至高神のありがたいお話』以外に長くしゃべるの初めて聞いたわよ」
ヒストリアさんが苦笑とも、諦めとも見える微妙な顔をしました。きっと心の中では既に引き返せる域は越えていると理解っているはずです。
☆☆☆
「ピピピ……ピーピーピー」
カナリヤブローチの警告音が音色を変えました。有毒ガスの濃度が危険域に入った証です。
[蛍火]を浮かべ、先行していた私は何食わぬ顔で引き返し、[鶏口牛後]に、そろそろ危険域だと告げました。通常の人間なら警告音が変わった辺りで毒ガスは、すでに昏倒する濃度があります。
「いよいよね。大丈夫なの?」
「至高神の恩寵あれば大丈夫です」
ヒストリアさんの問いにルドムさんが答えました。平静を装っていますが、ジャム少年の足は震えています。
[泡結界](使1残597)
セベロさんの合図で私は結界を張りました。薄紫色の結界が[南−303]を
包みます。
ルドムさんが頷き、セベロさんと2人先頭で歩き始めました。私とジャム少年が続き、後衛がヒストリアさん。予定通りガス溜まりを歩みますが、しばらく進むとルドムさんが黙って抜剣しました。
「ヤバイ。敵じゃんかよ」
3体のスケルトンがこちらに向け歩みを進めてきます。
と、1体から違和感を感じました。アンデッド特有の気配がしません。
「真ん中はスケルトンウォリアーです」
先頭の2人に伝えました。[首だけ聖女]は、なかなか小癪なマネをします。数いるアンデッドに紛れさせて、人間が材料のゴーレム、スケルトンウォリアーを配置していたのです。
「喰らえ!」
ジャム少年が投擲用聖水を投げつけます。向かって右のスケルトンに命中しましたが、肋骨あたりを多少焼いただけに終わります。
(アンデッドにすれば酸の入った小袋みたいな物だけど、下級アンデッドは怯むだけの知能も感覚もないぞ)
が、その間にセベロさんが向かって左のスケルトンをルドムさんがスケルトンウォリアーを破壊しました。ルドムさんは返す剣で右のスケルトンも破壊します。
「どうしたんだよルド姐。強いじゃんか!やっぱり魔剣は凄いな」
「ジャム。無駄口を利くな。急ぐぞ」
セベロさんに促されて、足早にガス溜まりを抜けました。カナリヤは沈黙したままです。
☆☆☆
ガス溜まりを無事抜けて小休止になりました。水分を補給しながら、地図を改めて見ます。
「予定通りだ。レイカルのおかげだ」
珍しく酒の水筒ではなく水袋に口をつけセベロさんが呟きました。今になってヒストリアさんは震えていて、ルドムさんが肩を抱いています。
「聖水、役に立たねぇ。ほぉいらも魔剣とかにすれば良かった」
干し肉を咥え噛りながらジャム少年は嘆きました。するとセベロさんが肩を竦め話ます。
「聖水は苦痛を感じる上級アンデッドを怯ませる効果がある。だが上級アンデッドに聖水をかける様なら、状況は終わっている」
(うーん、もっともだぞ)
マドウJr.も同意してますが、私以外には聴こえてません。
「それにルドムの剣は元々鋭い。俺でも3度は躱せない。今までは武器が壊れるから無意識に抑制していた剣の振りが元に戻っただけだ」
真剣なセベロさんは大地母神殿なら達人と呼ばれる腕前と見受けられます。ルドムさんが、それ以上なら今の[鶏口牛後]はギルドの隠し評価基準ならC+はあるでしょう。
「これから[下水の滝]に斬り込むんでしょ?勝算はあるの?」
落ち着いたヒストリアさんに確認されました。推定では100近くのアンデッドが集まり、中級クラスが10体はいるでしょう。
そしてアンデッドだけと油断していると、スケルトンウォリアーが来ると言ういやらしい二段構え。
私は改めて作戦を説明しました。
聖水
水に神力を溶かしこんだ物。
人工では労力の割に効果が薄い為、滅多に作られない。
神殿で販売されているのは、天然で神力を含んだ水が湧いている所から汲んできた物が多い。
私の黒歴史がまた1ページ。




