囀り
レイカル視点です。
「ピピピ、ピピピ」
貸与されたカナリヤブローチが囀りました。実際のカナリヤは囀りが止まることで危険を知らせますが、カナリヤブローチは逆で囀りが危険を知らせます。
このまま進めば有毒ガスの濃度が安全値を越えるでしょう。そうなれば人間は昏倒し死にいたります。
「またかよ。陰険な奴だぜ」
「何言ってんのよ!レイカル居なきゃ5回は死んでるわよ!」
ジャム少年が呟き、ヒストリアさんが反応しました。前回の遭遇から[首だけ聖女]に再遭遇はしていません。ただ頻繁に下水清掃隊向けの罠が仕掛けてあるのです。
方法は単純です。生者を見れば襲いかかるはずのゾンビ、スケルトン等の下級アンデッドが、こちらに気付くと逃げ出すというもの。
下水清掃隊がアンデッドを追うと有毒なガス溜まりにいつの間にか誘導され死に至るという罠。彼らは呼吸などの通常の生命活動はしていないのですから、逃げる順路にガス溜まりを組み込むだけで完成です。
下級アンデッドを冒険者と正面から戦わせても、まず敵わないのですから、罠に使うのは考えられた戦術です。
(レイカルも大概の事、平気だよね)
私はアンデッドではないですよマドウJr.
「ピピピ、ピピピ」
またブローチが囀りました。
「ほら、またレイカルの囀り、死の囀りよ。これで6回目。命は一つしかないのに!」
「ヒス姐はビビリだなぁ」
「私ではなく、ブローチの力ですよ」
私の囀りとは心外です。
(でも大地母神≒死神の神官でもあるぞ)
戯れあうジャム少年とヒストリアさんと話しながら道を引き返しました。セベロさんは無表情、ルドムさんは舌打ちしています。
少し進んで昼食の為に小休止になりました。
☆☆☆
「昼食が食べられるとは。これも至高神の加護の賜物」
「一口とはいえワインも飲める」
「ルドム、何言ってるのよ。レイカルのお蔭じゃない。セベロ、一口だけよ」
ジャム少年によれば、普段地上にいる際も通常は日に二食。小銭があれば軽く小腹を宥める為に屋台を使うぐらいとの事です。
オーナーの店では、依頼ない時は三食きちんと食べる冒険者が普通だったから、私の感覚にはズレがありました。
「保存食とはいえ、白いパンに鯨のベーコンくれるなんて、やっぱレイカル姐ちゃんには良いパトロンがいるんだな」
「ジャム。そういう事は言わないの!でも、このパンにベーコン。異様に美味しいわよ」
「オーナーは、食にはこだわりがありますから」
たしかに先日までの黒パンと辛く硬い保存食とは段違いの味がしました。予算と手間を惜しまなければ、携行食も美味しく出来る見本です。
その後は食べ終わるまで、無言でした。
☆
「ヒス姐ちゃん。どうやら誘導されてるぜ」
昼食後、紙に地図を書き込んでいたジャム少年が報告しました。
「だろうな。[首なし聖女]にとって、今はレイカルが最大の脅威のはずだ」
セベロさんがボソっと答えます。誰も首の有無には突っ込みません。
ジャム少年は地図が無くとも、担当地区の繋がりは頭に入っているそうですが、改めてガス溜まりや、大鼠の巣、スライム溜まりをマッピングして気付いたそうです。
「待ち伏せされてるの?」
「可能性はある。ジャム。先はどうなってる?」
覚醒中のセベロさんはヒストリアさんよりリーダーらしい態度を見せました。[平時のヒストリア、緊急時のセベロ]が[鶏口牛後]が長らえてきた秘密に思えます。
「今のままだと[下水の滝]に向かってる」
説明によると、この先には[下水の滝]と呼ばれる広場の様な場所があり、待ち伏せるには向いている地形の様です。
「下級アンデッドとはいえ、数が揃えば脅威だし、上級とは言えずともワイトや死霊騎士が居ると厄介だ」
「囲まれたら、あたいらは終わりよ」
[永遠の神]によるアンデッド化は、生前の能力や怨みにより変わりますが、ある程度はランダムです。今回結構な数の冒険者が死んでますから、確率的には中級クラスが居るはずです。
「どうするのよ。セベロ」
「ジャム地図を貸せ。寡兵が大軍を破るには[籠城]か[奇襲]しかない」
下水清掃依頼はやはり修行になります。セベロさんはタダの酔っ払いではありませんでした。
黒パンと白パン
現代日本で市販されているパンは小麦から作られる物がほとんどです。
作中で言う白パンになります。
作中の黒パンはカラス麦から作られるパンでボソボソしていて旨みもありません。
(日本の小売店で良く売っている黒いパンは黒糖入りの白パンで、黒パンではありません)
貧しい者は黒パン、豊かな者は白パンを食べます。
異世界人の通貨統合により、納税は貨幣が基本ですが小麦は税の元になる穀物の一つなので、農村で作られた小麦は大半は食べずに売られます。
私の黒歴史がまた1ページ。




