夜と朝
デグ視点です。
戦斧を振るい続けて、時間も腕の感覚も良くわからなくなった頃、ようやく夜が白み始めた。
いったい何体のアンデットを砂に還しただろう。
戦斧が聖性を帯びているので、触れるだけで崩れさるとはいえ、疲れを知らぬアンデットに苦戦していた。
冷夏様の「数は力」の言葉は正しい。
商隊護衛の傭兵達も疲労している。
経験の浅い冒険者がアンデットの波に呑まれた。
断末魔の声をあげるが助ける余裕はない。
怪我をした者は後方に下がり治療を受け、戦線に復帰する。
だが、アンデットが地面から湧いてくる方が早い為、段々と戦列が下がる。
「イェアエア!!!」
少し離れた所から竜叫流の声が聞こえる。
よく喉が潰れないものだと変に感心した。
「もう少しだ!もう少しで夜明けだ!」
鼓舞の声が聞こえる。
そして、その間も啜り泣く声が聞こえていた。
死を嘆き、アンデットを立ち上げる。
呪われしバンシーの泣き声だ。
遠くに暗い緑色の長い髪をした若い女が見えた。
同じく緑の、砂地には不似合いなドレスを着ている。
肌色からして魔族に見えるが、多分違う。
今までは暗くて見えていなかったのだが、あれがバンシーに違いない。
辺りが明るくなると、一晩中聴こえていたバンシーの泣き声が止んだ。
いつの間にか女の姿も消えている。
それから半刻もしないうちにアンデットを消し去る事が出来た。
数さえいなければ、スケルトンやゾンビは弱いアンデットだ。
たまに混じっていたワイトさえ気をつければ、商隊護衛の敵ではない。
☆☆☆
長い夜が明け[白商隊]は進み始めた。
そして二刻も進んだ所で休憩に入る。
夜通し斧を振るった為、自分も疲労困憊だが冷夏様の近くに行かねばならない。
冷夏様を守らねば。
「人間が冷たい水などニ、こだわるからダ」
「[聖女]などと言っても、アンデット共を追い払えなかったじゃないか」
人間は勝手だ。
不合理の理由を何かに擦り付けずには入られない。
故郷の村でもそうだった。
冷夏様は格好の的となるだろう。
「冷夏が悪いって言うっすか?」
チャガラさんがリザードマン傭兵や冒険者達の前に立つ。
「そうではないカ!」
「名ばかり聖女だ!」
「屑どもは黙るっす。減らず口はそこまでっすよ。」
「チッ」「屑だと?」
リザードマンは舌打ちし、冒険者は剣に手をかける。
チャガラさんも鯉口を切った。
前にアヤメ殿が言っていた抜刀前の準備だ。
「よせ、よせ、責任なら運行タイミングを誤った俺にある。無理に泉に進まず手前で夜営を一回入れるべきだった。」
見回りにきた商隊長が仲裁に入る。
だが商隊長の判断は、そんなに誤っていない。
手前で野営を入れていたら、暑さでやられる人間もいただろう。
最悪、水ヘの欲望に負けた者が夜中に泉に行き、バンシーに目を付けられていたかも知れない。
いや、何かに誘われるのか、大半の場合がそうなるらしい。
「絶妙な悪い位置に[嘆きの泉]はあるから気をつけて。」
出発前に情報屋のアリスが教えてくれた事だ。
「体力が余ってるなら穴掘りを手伝え、犠牲者を祈祷後に埋葬する。帰りに知った顔が出てくるのは嫌だろう?」
「へい」「了解ダ」
「祈祷でいいっすか?」
勝手についてきていた行商人達と経験の足りなかった冒険者達、運が悪かった傭兵数名に脱走を試みた妓女。
全員で20名を埋葬した。
チャガラさんの妖魔神ヘの祈祷に顔を顰める者もいるが、死者を弔う祈祷は永遠の神以外なら問題はない。
冷夏様はリリさん、ルチェさんと馬車の荷台で居眠りをしていた。
近くで槍を持ったリザードマンが1人あたりを睨んでいる。
「お前モ、聖女様らに文句をつけにきたのカ?」
「違う」
どうやら冷夏様らの護衛をしてくれている様だ。
「自分は[竜の卵]の1人。仲間だ」
「そうカ、仲間カ」
その後、そのリザードマンと交代で冷夏様らの護衛に立った。
長い夜と弔いの朝は終わった。
「嘆きの泉」の水が枯れないのはバンシーの涙が枯れないからだと言われている。
確かに泉の水は枯れないが、夜は決して近づいてはならない。
冒険者の手記より抜粋
私の黒歴史がまた1ページ。




