魔族の依頼
雫≒茶殻視点です。
「リリ上級神官。渾名は[怠惰のリリ]、アルベロ伯爵の娘の1人です。」
いつものダイステーブルに座り、軽い果実酒を傾けながら、シンデレラの情報を聞く。
カジノは盛り上がりを見せており、チップを持った従業員が歩きまわっている。
足音がしないのは臨時雇いのシーフ見習いだろうか?
客の中にはキワどい衣装を身に着けた下級妓女も混じっていて、今夜の顧客を見極めて声をかけている。
カジノには欲望を吐き出したがっている連中ばかりだからだ。
先日傭兵ギルドで、なんとなしに聞いた情報。
魔獣の出たアルベロ伯の娘の1人が、今回の同行者のリリ。
商人の娘であった兄嫁との確執から大地母神殿に追放されていたが、聖女とのコネを期待されて、今回里帰りが叶うらしい。
「神力は神官としての平均値の6、マッサージに優れた癒し手ですが、無口で、やる気のなさもあり[怠惰]の渾名が付けられています。」
スローイングダイスで歓声が上がった。
どうやらツキがある人物がいる様だ。
しかも、重要人物らしい。
用心棒達がさり気なく警戒を深めている。
「魔獣についての情報。それに大地母神殿の裏にいる商会。アルベロ伯の意向。出来る限り。」
なんとなく、きな臭い。
ヤバい人物とは関わらないに限る。
スラム訛りで話す時間的余裕はないと、直感が告げている。
「大地母神に圧力をかけているのはパライバ商会。鉱山の採掘権料をアルベロ伯に支払ってます。」
?
魔獣についての質問をシンデレラは飛ばした。
どんな意図がある?
シーフギルドは油断ならない。
「アルベロ伯はリリを餌に騎士達を競わせるつもりです。リリの姉は既に嫁ぎ、妹にも婚約者がいます。」
「騎士達は形式上はアルベロ伯に忠誠を誓っていますが、大なり小なり領土を持つ騎士達は独立心が強く、伯爵は彼らの、調整役兼まとめ役的な地位に過ぎません。」
そう、アルベロ伯爵家は第一次魔王戦争で滅亡したイブスル王国時代からの旧家だが、その実は小さな騎士領が乱立する山あいの盆地の領主に過ぎない。
だが、それでも伯爵家と血縁を結びたい騎士の家は多いだろう。
「そして魔獣についてはギルドは情報を持っていません。魔獣を目撃した傭兵の生き残りは伯爵家に拘束されています。」
「元々アルベロ伯爵領近くには雑多な妖魔の集落が騎士領と同じぐらいあり、野生化した魔獣も多いのです。コカトリスあたりではないかとの噂が伯爵領には広まっていますが……。」
盗賊ギルドが情報を持っていない。
これは多分嘘だ。
では、嘘をつく理由はなんだ?
パライバ商会は魔獣の排除を望んでいるし、大地母神殿も伯爵もそう。
魔獣の情報を隠して得をする勢力はいないはずだ。
「最後に茶殻様。魔獣に関連して茶殻様にお引き合わせしたい方がおります。」
シンデレラが合図をすると、スローイングダイステーブルから1人の女が近づいて来た。
先程からツイいる客らしい。
後からチップを盆に載せた従業員が付いて来ている。
「商談があるので、チップは換金してきてください。」
従業員に伝えて、その魔族の女は目の前に座った。
☆☆☆
「初めまして茶殻様。私は……そう最近はポンコツと呼ばれています。」
魔族の女が座ったのと入れ違いにシンデレラは席を立った。
近くのドリンク係がポンコツと名乗る魔族の前に果実酒を置いて去る。
その間に観察したが、この女からは[魅惑の伯爵夫人]デポトワールと同じ古魔族の臭いがする。
一筋縄ではいかない臭いだ。
「こちらは自己紹介必要なさそうっすね。と言うか[魅惑の伯爵夫人]で見かける顔っすよね?」
「はい、ハルピアに[竜の卵]のご高名を知らぬ者は居ないでしょう」
それは半分正しい。
有名なのは[聖女]であって我々ではない。
「で、ポンコツさんが何の用っすか?」
シーフギルドに影響力のある古魔族。
しかも魔獣絡みとなれば、嫌な予感しかしない。
「茶殻様に依頼したい事がございます。」
ポンコツが言うにはアルベロ伯爵領の銅鉱山近くには第一次魔王戦争時に封印された遺跡があったという。
魔王戦争末期、退却する魔王軍が試作魔獣を封印遺棄したらしい。
「今回の騒動は試作魔獣の封印が解けたのが原因と見ています。茶殻様には試作魔獣の資料を秘かに回収して欲しいのです。」
もし、試作魔獣の資料が魔術師ギルドや力ある教団の研究部署に渡れば悪用される事間違い無いそうだ。
「あっしには、あんたら魔族に渡してもヤバい様に思えるっすけどね。」
どうも、思った事が口に出る。
悪い癖だが、制御が上手く出来ない。
「そこはデポトワール様を信じて頂くしかありません。」
ハルピアは形式上、魔族であるデポトワールの領土で大商会達の評議会が実質は統治している。
それは間違い無い事実だが、ではデポトワールに影響力がないかといえば、そうではない。
現に新魔王の合戦に、多額の軍資金と高機動ゴーレム2機を送り、聖神派の遠征軍を破らせた。
また外交面では根回しにより妖魔族との不可侵条約の確認と通商条約を御膳立てしている。
わざわざ探ろうなどとは思わないが、あの店主、デポトワールには暗い影の噂がある。
それ以外にも、シーフギルドのギルドマスターは魔族の男だという噂もあるし、魔族が今でも魔獣の生産と輸出をしているという噂もある。
ハルピアの裏社会では「魔族のシンジケートには手を出すな。」が不文律だ。
「こちらが、試作魔獣に関して残っていた資料です。[竜の卵]の皆様に役立てていただけたら……」
シンデレラが目配せしてくる。
事実上断る選択肢はない。
「わかったっす。報酬は魔術師ギルドの口座に。冷夏達にはどこまで明かしていいっすか?」
「デポトワール様の名前さえ出なければ、ご随意に。」
表面を取り繕う、やり取りをして先に席を立った。
「ポンコツは遺跡探索由来です……。魔王の合戦は……。」
「シンデレラ、外伝の宣伝っすか?シーフギルドは抜け目ないっす。」
私の黒歴史がまた1ページ。




