暗転再び
冷夏視点です。
ほんのりホラーっぽく
私がアスファルトで舗装された坂道を下ると、一軒のラーメン屋が赤い提灯を下げて営業していた。
あたりは、すっかり暗くなり、お腹も空いている。
ただ、どこで無くしたのか装備も武器も財布もない。
いや、病院を抜け出したんだっけ?
着ている衣服はゆったりとした見慣れない服だ。
しかし、これは困ったぞ。
それでも灯りに引き寄せるられる様にラーメン屋さんに近づいてゆく。
店の横には犬小屋があり、シベリアンハスキーっぽい子犬が眠っていた。
小屋に張り紙がしてある。
「音楽を聴かせたり、餌をやらないでください。」
餌は、まぁ分かる。
しかし音楽って何?
犬に無理やり音楽を聞かせる変人さんでも出るのだろうか?
ラーメン香龍と看板が出ていて、外に食券機が置いてある。
水の流れる音が響いてくるので辺りを見渡すと河が流れている。
[四方津大橋]
立派な橋が架かっているが、今は誰も通っていない。
このまま渡って先に進もうか。
そう思ったが、お腹がグゥ~と鳴る。
食券機を見ると、[ラーメン][小銅貨6枚]
とある。
ただその下に「初見さんに限り1杯目は無料」と書いた貼り紙が貼られている。
私は古い硝子張りの引き戸を開け、ラーメン屋さんに足を踏み入れた。
「いらっしゃい」
中はカウンターだけの小さな店。
いかにもラーメン屋さんといった姿のおじいさんが、声をかけてきた。
「1杯目は無料って本当?」
恐る恐る声をかけると、おじいさんは笑って言う。
「ああ、本当だとも。座りなさいお嬢さん。今、ラーメンを用意するから。」
そうしてラーメンの麺を茹で始めた。
「でも、本当に良いの?」
「ああ、お嬢さん。時代が変わったからね。替わりにラーメンが出来るまで話の相手に、なっておくれよ」
私が頷くと、おじいさんは話を始めた。
「橋が架かる以前、渡し守をしていてね。渡し賃は小銀貨1枚だったが、橋が架かってからは渡し舟には誰も乗らなくなった。有料橋の料金は小銅貨6枚だったからね」
「ただ今じゃそんな風習も廃れたから、橋は無料になったよ。それでもたまに小銅貨6枚を持って下ってくる者もいるから、ラーメン1杯を同じ値段にしたんだよ。小遣い稼ぎにね。」
「だから、ラーメン1杯は無料でも良いんだ。上が立て替えてくれる。」
「そういえば最近の若いのは『電子決済使えませんか?』とか訊いてくるが流行ってるのかい?」
私は何か大切な事を忘れてい気がしたが、本当に重要なら思い出すだろうと思い、おじいさんの質問に答えた。
「今では、若い人の少額決済はほぼ電子決済かな。」
「親しい看護師さんが言ってた『貨幣は発行組織の信用だから、紙や金属片などの必要もすでにない。信用に足る情報が記録できさえすればな』って。」
「へぇ~、始めてみるかねぇ」
おじいさんが湯切りしながら、感心して言った。
「はい、お待ちどう」
少し経つと目の前にラーメンが出てきた。
美味しそうな香りがする。
と、ポケットでブーブーと振動音が鳴った。
あれ?
私、スマホなんて持ってたっけ?
さっきは見つからなかったのに。
病院からかな?
反射的に電話に出る。
お姉ちゃんからは、相手を確認してから出なさいと言われていたけど、つい反射で出てしまう。
悪い癖だ。
「もしもし。」
「〘ヨモツヘグイをすると戻れなくなりますよ〙」
あれ?どこかで聞いた声。
でも、なんだろう?
急ぎ、来た道を引き返さなきゃいけない気がする。
「あの〜、せっかくのラーメンごめんなさい。私……」
「いいって、いいって、急ぎ戻りな。食事をしていない者は引き留められない決まりでね。」
おじいさんは残念そうに言う。
「食事をしていたら、神でも引き留めるんだがね」
なんだろう。
ここに居てはいけない気がする。
私はラーメン屋さんを出て走り出した。
「またのお越しを」
入口の硝子越しに店主がニヤリと笑ったのが見えた。
冷夏と某女神の黄泉比良坂トーク
「あの〜何故ラーメン屋さん?」
〘その人の最後に食べたかった物の店に見えるのですよ。昔の一時期は白米だとか、おにぎりが大人気でしたね〙
「うーん、江戸か大戦末期や直後の時代かなぁ。じゃあ、Mのハンバーガーだったら、あそこにあのMの店が建って、おじいさんがクルーで出てくるの?」
〘そうですよ。でも夢なら、少し変な設定も違和感なく受け入れられるでしょ?そんな感じですよ〙
「うーん、でもシュールだなぁ。そういえば代金は?」
〘利用料は黄泉の国が国費で払ってますよ〙
「え、税金とかあるの?」
〘物品販売ですよ。他の神なのですが、金持ちは自分の国に入れない政策を取っているので、その神を信じる金持ちが大量に流れてくるのです。そこで免罪書類を販売してます。正規品ですよ。〙
「うーん、冥府の沙汰も金次第……。」
私の黒歴史がまた1ページ。




