カードゲーム
グレーテ視点です。
谷間の森を抜けてからは問題もなく、伯爵様に率いられた私達一行は王都に入りました。
今は王都にある伯爵様の館に逗留しています。
ただ今の王都は騒然としており、許可なく館を出るのは禁止され、許可を得て出る場合にも護衛を付けることが条件となっています。
私は王孫のサード様付きの侍女に配属されたものの、一番の下っ端としてやる事がありません。
王孫に仕える優秀な侍女が他に6人もいては手も足も出ないのは当たり前なのですが。
そこで最近は[聖女]様の将棋のお相手を勤めることが多くなりました。
私は侍女になる前は賭博で生計をたてていたので一通りの賭け事は身に付けています。
私一番の得意はカードですが、竜人相手の真剣で磨いた将棋も自信がありました。
複数枚の金貨を賭けた勝負に勝ったこともあります。
ですが、[聖女]様相手の対局は1割程度の勝率しかありません。
前職の博徒の時ならその1割を大勝負に持って来るように賭けるのですが。
「うーん、グレーテ。そこは……」
[聖女]様との感想戦を行っていると、伯爵様付きの侍女が伯爵が、お見えになると告げてきました。
王城で何か動きがあったのでしょうか?
☆☆☆
「[聖女]殿、王国宰相カメレ侯爵から王城への出頭要請が出ている」
入室してきた伯爵様が、開口一番に告げられた
伯爵様の話では、コート王子が街中を移動中に何者かの襲撃を受け死亡。
供回りの数人の下級騎士や共にいた至高神の自称聖女も殺され首を持ち去られているそうだ。
「で、問題なのはコート王子の死体に妖魔筒で狙撃された後があった事だ。ご丁寧にも妖魔筒を持ち、屋根上から走り去る大地母神の下級神官が目撃されている。」
「それって、出頭したら捕まって拷問で自白させられて処刑されるパターンだよね。」
[聖女]様の呟きに伯爵様は苦笑する。
[聖女]様は伯爵様の館から出ていないが、それを証明する方法がない。
「しかし、出頭しないと謀反の疑いありで、そのまま軍事衝突する事になる。宰相殿は職権で王都治安兵を動かせるから我々に現状勝ち目はない。」
伯爵様は、王都を脱出して挙兵すれば勝てるが、外国の干渉があれば泥沼化する可能性もあると告げられた。
「だが[聖女]殿の懸念も、もっともだ。我々も素直に従う程、馬鹿ではない。王城ではなく、知識の神の神殿で会見するという形を取る」
[聖女]様が不満げな顔をする。
「無理だよ。私はアヤメやブレナみたいに腹芸は出来ないよ。」
[聖女]様は表情豊かで決してカードや政治には向いていない。
カードなら簡単に身ぐるみを剥がす事が出来るだろう。
海千山千の宰相様に敵うとは思わない。
「無論、私もそう思う。だからグレーテ、そなたを[聖女]として出頭する。[聖女]様には侍女グレーテを演じてもらう。」
!?
突然、私に話が振られ驚いた。
伯爵様の方を見る。
「グレーテ、そなたを[聖女]付きにしていたのは、この為だ。3日のうちに必要な知識を身に付けよ。」
いつの間にか[聖女]付き侍女になっていたらしい。
伯爵様は真剣な顔で告げられると部屋を出て行かれた。
☆☆☆
「私はグレーテさんの振りするんだよね?」
衣装を交換し、鏡の前で回る[聖女]様を横目に私は大きく溜息をついた。
ドワーフ製の硝子と銀で出来た鏡は恐ろしく高価で、間違えて割りでもしたら奴隷として売り飛ばされるか、首を刎ねられるかするだろう。
私は近づくのすら恐い。
「レイカ、良く似合ってるっす。」
[聖女]様の仲間のチャガラさんが、その隣で笑っている。
「しかし、腑に落ちませんね。王位を争う王子が呆気なく暗殺されるとは。」
魔術師のブレナ様が考えて込んでいたが、外出から戻ったチャシブさんとデグ様が種明かしをしてくれた。
「コート王子は凡庸な王子だったらしく自称聖女を口説こうとして、僅かな供回りと食事や買い物に度々出かけていた様だ。平時なら問題ないのだがな」
チャシブさんがシーフギルドで仕入れてきたであろう情報を披露する。
「典型的な待ち伏せだ。自称聖女の首は見つかってない。知らない間に荷物が増えてたりしない様に気をつけろ。」
確かに罪を擦り付ける為に持ち去った可能性が高い。
しかし、推していた王子を失った宰相はどうするつもりはだろう。
このまま引き下がるとは思えない。
残り2派の、どちらかに擦り寄る必要があるはずだ。
サード様を退けて、その功績をカードにするつもりか?
それとも宰相の権力をカードにブラフで保身を謀るのか?
リキタ伯爵様がカードに、お強い事を願うしかない。
証拠より自白。
この世界では(この世界でも)犯罪捜査の基本は自白させる事です。
そして自白に追い込む為の様々な拷問。
神が実在する世界なのですから、もう少し改善されそうですが、罪を決めるのが人間なので、明らかに神意に反しない限りは神は介入しません。
しかも介入は、なるべく最小限に婉曲になされます。
私の黒歴史がまた1ページ。




