忘れ形見
ブレナ視点です。
リキタ伯爵領を出発した我々は王都に向かっている。
伯爵家の一行だが、急ぎの旅とのことで馬車は4台、人員は護衛含めて100名強。
普通の規模の半分以下らしい。
馬車の内訳はリキタ伯爵と王孫のサード卿が乗る主馬車が1台、その世話をする従者や侍女が乗る従馬車が1台、荷馬車が2台。
後の護衛は下級騎士クラスまでが騎乗し、それ以下は徒歩で付き従う。
私達[竜の卵]は、もちろん徒歩組だが、例外が2人いる。
聖女のレイカさんとその従者待遇のチャガラさんだ。
この2人は騎乗組として主馬車の直ぐ後を並足で走っている。
当初レイカさんは主馬車に乗る予定だったが、サード卿が馬車で酔うとの事で侍女1名が同乗する事になり騎乗に変更された。
「主馬車は4人乗りでしょ?サード君と侍女が隣あって座ったら、伯爵の隣に座るんだよ?無理だよね。」
確かに聖女といえ、伯爵の隣に座るのは礼儀的に無理がある。
そして、聖女様用にと立派な白馬が用意されたのだが、これまた問題が発生した。
「私は龍星号なら、なんとか乗れるけど、お馬さんは無理だよ。」
私達[竜の卵]は私も含め、乗馬とは縁がなかった。
魔術師ギルドのカリキュラムにも乗馬はない。
そもそも、平民は仕事にしていない限り馬に乗る技能など学ぶ機会はないのが普通だ。
「俺が手綱引くから座るだけでは駄目か?」
「馬車は、そこそこ速度出すから手綱引いて早足は厳しいよ」
チャシブとレイカさんが、そんなやり取りをしていると、横からチャガラさんが申し出た。
「いや、これは良い馬っすね。」
そして、馬に乗り手綱を握りながら言う。
「あっしは馬に乗れるっすよ」
「はぁ?チャガラお前、馬なんて触る機会さえなかったろ?」
「騎乗や操船は仕事上基本っすよ、チャシブ姉」
チャガラさんが笑うと、何故かリザードマン刀が鍔鳴りした。
チャシブが表情を硬くしてチャガラさんを見た。
「妖魔神殿で習ったっすよ」
それを聞いたチャシブは何故か溜息をついた。
☆☆☆
「今日は少し早いが、この村で一泊する」
下級騎士長の宣言に兵士達が敬礼を持って答える。
まだ昼を少し過ぎた時間だが、出発は明日だと言う。
リキタを出てから3日半、私達徒歩組はちょうど疲れが溜まって、キツくなる頃合いだ。
通常の徒歩なら7日の距離を、馬車に合わせて倍の速度で走るのだから、無理もない。
鍛えている兵士や冒険者で無ければ到底無理な速度だ。
平気そうなフリをしているが、可哀想にチャシブは明らかに疲弊している。
意地を張っている所が可愛くもあるが、心配でもある。
かく言う私も体力的に余裕は全くないのだが。
「このソロス村には簡易神殿があるんだよ。私とチャガラは、そっちに泊まる事になりそう。」
レイカさんが伝言をくれた。
伯爵とサード卿は従者らと共に村長宅に泊まり、警備担当以外の下級騎士はこの村唯一の宿屋兼酒場に泊まる。
一般兵は村の広場にテントを張るが、私達[竜の卵]は宿に部屋あてがわれていた。
「なんだ、デグじゃないか。水臭い、声をかけてくれよ。」
宿屋の主人が遅い昼食とエールを、わざわざテーブルまで運んできてくれた。
どうやら、デグさんと面識がある様だ。
「久しぶりだな、親父さん」
デグさんが気まずそうに答える。
「ロバートが伯爵になったと聞いて、お前さんも冒険者から足を洗ったのかと思ってたぜ。お前さんは雇ってもらわなかったのか?」
「あぁ、旅の理由が出来たからな。それに……」
呟く様に話すデグさんが、主人に更に話かけようとした時、宿の扉が開いた。
「親父さん!デグ達が帰ってきてるらしいと聞いたわ。」
赤子を抱えた痩せた女が店に入ってくる。
「神殿に泊まる聖女が、デグが熱を上げていた歩き巫女らしいのよ。」
「アンナ!デグなら、こっちだ。」
主人が痩せた女に声をかけた。
アンナと呼ばれた女は赤子を抱えたまま近づいてくる。
「久しぶりねデグ。ジグはどうしたの?一緒じゃないの?」
畳みかける様に女が話す。
「ほら、見て。貴方の甥。私とジグの子よ。」
赤子は栄養状態が悪いのだろう。
痩せ細り、顔色も悪い。
そして、泣きもせずに母親に抱かれている。
ジグさんは、しばらく黙っていたが、やがて静かに真実を告げた。
「兄者は……死んだ。」
宿の主人も痩せた女も、一瞬固まった。
「ちょ、ちょっと、デグ。冗談にしても、言って良い事と悪い事があるわ。」
「ジグの奴はロバートに雇われたんじゃないのか?」
一拍置いて主人と女が同時に話す。
「兄者はハルピアで死んだ。墓も、そこにある。」
2人がこちらを見たので、チャシブは黙って頷き、私も事実だと肯定する。
「嘘よ!なんでジグが?なんで出来損ないの貴方が生き残ってジグが死ぬのよ!おかしいじゃない!」
痩せた女が暴言を吐きながら半狂乱になった。
チャシブは興奮した女から素早く赤子を取り上げ下がった。
「アンナ、落ち着け。落ち着くんだ。」
「デグ、貴方がジグの代わりに死ねば良かったのよ!」
宿の主人が女を宥めたが収まらない。
食事中の下級騎士達が何事かと、こちらを見ている。
デグさんは黙ったままだ。
「私は、どうすれば良いのよ……」
女は崩折れ泣き始めて、赤子も目を覚まし泣き始めた。
主人は、さり気なく場から離れ、皆に薄いエールを配り始めている。
下級騎士達は、それにより関心をなくした様だった。
ジグは次期村長候補にも上がる人物でしたので……。
デグは、もうソロスのデグとは名乗るつもりはありません。
私の黒歴史がまた1ページ。




