大冒険
デグ視点です。
「坊っちゃん。ヤバいです。私が叱られます。首にされます。」
「なら、グレーテは帰れば良いだろ?」
「それこそ頸にされます。広場に晒されてしまいます。」
[まわる水車]に、身なりの良い少年と、お仕着せ衣装の侍女が入ってきた。
年の頃なら7〜9才、どこぞの商家の子息だろう。
給女の栗毛のハーフエルフが困惑して見ている。
どう見ても、冒険者の店には不似合いなコンビだ。
「すまん、ハーフエルフ。飲み物を2つ。」
少年の方が注文を出す。
「ジンジャー水2つで良いですか?銅貨2枚になります。」
銀貨で支払い、釣り銭の銅貨を何枚ももらっている様子からして、金持ち少年の大冒険だろう。
グレーテと呼ばれた侍女は上手く行っても叱責、下手すれば解雇。
人に仕える仕事は大変なのに薄給という酷い仕事だ。
「おい、ボウズ。ここは子供の来る所じゃあない。ジンジャー水飲んだら、とっとと帰んな。」
ドワーフの主人が嗄れ声に更にドスを効かせて少年に話す。
少年は傍目に怯えを見せながらも言い返した。
「こ、ここに聖女が宿泊しているだろう。話がしたい。」
ドワーフが、こちらを見ながら顎をしゃくった。
ブレナ殿とチャシブ殿はまだ帰って居ないから、多分泊まりだろう。
チャガラ殿は感心無さげに少年と侍女を眺めているだけだ。
「レイカ様は大地母神殿に宿泊される。この宿には居ない。話がしたいなら、明日大地母神殿に行くべきだ。」
仕方なしに自分が答えると、少年は侍女を見る。
「嘘じゃありません。帰りましょう。坊っちゃん。」
この侍女、嘘を見破る技術か天恵かを持つらしい。
「お前達は聖女の仲間なのだろう?聖女について話を聞かせてもらう。」
偉そうに話す少年。
「ダダではお断りっすよ。」
横からチャガラ殿が口を挿んできた。
「金か?金なら……」
「金で仲間は売れないっすね。それ以外のもので何が支払えるっすか?坊っちゃんの誠意が見たいっす。」
チャガラ殿が意地の悪い笑みを見せる。
流石だ。
自分には到底出来ない、あしらい方。
「じゃ、じゃあ賭けをしよう。グレーテ[兎探し]をやって見せて。僕らが勝ったら聖女の話を聞かせてもらう」
「なら負けたら、王孫のサード様の事を話してもらうっす。子爵様良いっすか?」
チャガラ殿がサラリと恐ろしい事実を告げた。
そういえば、リキタ伯爵には、この少年と同じ年頃の長男がいたはずだ。
「坊っちゃん。止めましょう。私の腕では本職に敵いません。」
「大丈夫っす。こちらで答えるのは、この戦士す。」
いつの間にかチャガラ殿が主導権を持ち、自分が巻き込まれる形になっていた。
やはり自分は交渉などは苦手だ。
「あの……。戦士様」
グレーテと呼ばれる侍女が遠慮がちに話しかけてくる。
「デグだ」
そう自己紹介をする。
「せ、デグ様は[兎探し]をご存知ですか?」
「知らない。ルールを教えてくれ」
そう答えると、グレーテはコインを1枚とクルミを半分に割った形の金属カップを取り出した。
「デグ様。私がこの3つのカップの中に1枚の兎のコインを隠します。その後、カップを動かしますから、どのカップに兎が隠れているかを当てて下さい。」
どうやら、兄者に以前聞いたスリーシェルゲームと言う物らしい。
大抵がイカサマで、田舎者を鴨にする悪質な大道芸だ。
兄者からは「決してやってはいけない」と釘を刺されていた。
自分が戸惑っていると、チャガラ殿が後から抱きつきながら、耳元に小声で話しかけてくる。
「コインが鉄製でないか改めるっす。そして鉄でないなら、カップではなく手の動きを見るっす。」
「もし鉄製なら、金貨でやろうと提案するっす。」
「これ自体が茶番な可能性もあるっすから油断大敵っす。」
そして、わざとらしく頬にキスをしてから離れた。
「勝負の前に坊っちゃんにも幸運のおまじない必要っすか?」
チャガラが少年の方にも近づき尋ねた。
少年は顔を紅くしながらも首を横に振る。
「試しに何回か、やって見ても良いだろうか?」
グレーテは頷く。
これは渡りに舟なはずだ。
簡単に当てられる。
そうイメージ付けがスリーシェルでは重要で大抵サクラがその役割を果たす。
さり気なくコインをチェックし、グレーテに返しゲームがスタートする。
コインは通貨統一前の古い兎銀貨だった。
グレーテの手慣らしもあるのだろう。
動きは早くなく、予想通り1回目は中央にあったコインを簡単に当てる事が出来た。
だが、「練習とはいえ、最初から兎を当てるとは。やるな戦士。」少年は感心していた。
貴族とはいえ、多分演技ではないだろう。
グレーテは少し困惑気味な視線を少年に向け、チャガラ殿は笑みを浮べている。
どうやら周到な罠ではなく、本当に少年の我儘から生じた事態の様だ。
娯楽に飢えた周りの冒険者達が遠巻きに眺めている。
グレーテが指で挟んだコインをかざした後、カップに入れ動かし始めた。
スリーシェルゲームは、日本にもかつてあった大道芸です。
サクラが簡単に金をせしめて、客を誘い鴨にする詐欺的な物でしたが。
海外では観光客相手に現役らしいので、お気をつけて……。
私の黒歴史がまた1ページ。




