冷夏と歌
新章前のオマケ話、冷夏目線です。
作中の音楽に関する論はフィクションです。
作者の友人の持論を述べた物ではありません(笑)
船で美味しくない保存食を噛り、お昼寝をする。
これでも船員さんの石みたいなビスケットと干し肉、酢キャベツだけの食事よりは、ずいぶんマシな方だ。
ハルピアと竜の島は、そこまで離れてないが、船長により船員には酢キャベツの摂取が義務付けられている。
転生者がビタミンの存在を早めに持ち込んだので、前世の大航海時代みたいな悲劇は避けられているらしい。
前の世界ではビタミン不足の概念が経験的に把握されるまで船員の8割が病死するとか、普通だったからね。
ビタミンの発見は更に後だし。
並行世界ではないから、転生者の生まれかわりタイミングは、まちまちだとマドウが前に話していたな。
そういえばマドウ。
この世界って女性冒険者も多いよね?
突き詰めると、筋力とか男性より劣るのに何で?
(それは冷夏の前世とは違うからだ。)
うーん?相変わらずだけど、もっとわかりやすく!
(冷夏のいた世界とは進化などが似てはいるが異なるからだ。この世界の身体能力の男女差は小さい。魔力や神力が複雑に絡むからな。)
(以前話した様に、この世界の力は4つではなく、強い力、弱い力、重力、電磁力、魔力、神力と6つある。大気の組成、海の組成も微妙に違う。それに化石燃料の埋蔵量も違うから、工業化も、どうなるか分からん。色々微妙に違うのだ。魔力のない冷夏の世界の航空力学では竜は飛べぬだろう?)
航空力学とか、大気の組成とか分からないよマドウ。
(わかりやすい所では金、銀などの埋蔵量、採掘量はこちらの世界が圧倒的に多い。紙幣ではなく、実物貨幣でも、今のところ世界は動いているのだから。)
わかりやすくないぞ、マドウ。
確か経済の発達に貨幣が追いつかないで紙幣出来たんだっけ?
前世では紙幣も最初は金貨と引き換え出来たんだよね?
漫画で読んだ事あるよ。
漫画で思いだしたけど、そういえば絵とか音楽とかはどうなってるの?
(絵は王侯貴族、大商人の道楽の域を出ない。音楽は吟遊詩人達の他、農作業などで歌われるが、楽器はそれ程、進化していない。蓄音機なども転生者による図面はある様だが、意図が伝わってないから、すぐに実現はすまい。)
(冷夏は歌は歌えるのか?前世でも神らしき者に歌や舞を捧げる儀式はあったろう?)
入院長かったから全くだよ。
歌詞が空で分かるのは国歌ぐらい。
将棋を教わった、親しい看護師さんが色々音楽のデータくれたけど、偏った選曲に独自の理論だったしね。
(歌詞は一部でも、思い浮かべるなよ。冷夏の世界の音楽ギルドは面倒くさいぞ)
???
(いや、なんでもない。どんな偏りだったんだ?)
それが、もらったデータ、ラップばっかりだったんだよ。
「冷夏、検温だ。」
赤茶けた髪を結いあげた看護師さんが病室に入ってくる。
「この前のデータは聞いたか?震えただろ?」
体温計を脇に挟みながら、私は頷く。
正直よく分からなかったが、熱量だけは確かに感じていた。
「そうだろ、セルアウトされたブツとは違ったはずさ。」
看護師さんは話ながら、音をたてて検温を終えたと主張した体温計を受け取りデータを入力している。
「最近、ラップとはyo.とか韻を踏むライムとかがネタ扱いされてる。ラップとは耳触りが良い音ではなく、叫びなんだ。」
うーん。始まってしまった。
「私は日本で最古のラップは貧窮問答歌だと思う。貧乏な役人の問に更に貧しい奴がアンサー返してるだろ?」
何か違う気がするが、貧窮問答歌じたいよく分からないので、頷く事しか出来ない。
「世の不条理を嘆き、何故だ!と問い、正義を求め訴え、俺は屑じゃねぇ!と虚勢を張る。報われぬ者共の怨嗟をレペゼンする。それがラップだ。分かるだろ冷夏」
「む、むぅ」
看護師さんはストレスフルな仕事だからなぁ。
色々あるんだろう。
その時はそう感じただけだったが、今になって思えば、色々諦めて無気力になりつつあった私を励ましたかったんだと分かる。
不器用だけど良い人だったな。
(なるほどな、色々面白い人物だった様だな。)
そうだね。
完璧超人だった姉より、更に凄い人だったよ。
博覧強記で行動力も抜群。でもベクトルが斜め上過ぎて唖然とするしかなかった事ばかりだったな。
(それでどうした?冷夏もヒップホップとやらに目覚めたのか?)
まさか。
そういえば、油売りすぎて婦長さんに怒られ、良いリリックが書けたって後日聞いたよ。
「おい、冷夏。夕方にはハルピアに入港するぞ。」
茶渋の声に目が覚める。
前世で絶えず悩まされていた体のダルさなどは全くない。
「わかった!甲板にゆくよ!」
私は立ち上がり、返事を返した。
(冷夏が[竜人族の祖]と面識があったとはな。機会を見て色々尋ねても、面白いだろう……)
音楽ギルドはメタネタです。
新章は[竜の卵]の話ではない予定です。
私の黒歴史がまた1ページ。
(むぅ、主人公への愛が足りないぞ。サクシャ)




