幽閉の湯
チャシブ目線です。
「やっぱり、いいとこの出じゃないかよ。」
一緒に湯に浸かっているアヤメに向かって呟く。
アヤメが首を傾げるので、俺は思わず湯をかけた。
「村で二番目に大きな屋敷、源泉から引いた露天風呂、渡り廊下で繋がった大地母神の簡易神殿、普通じゃないだろ?」
「私が家を出た時は、もっと貧しい村だったですし、屋敷も補修されずボロボロでした。変わらないのは、この露天風呂ぐらいです。」
アヤメ自身もわずか三〜四年での変わり様に戸惑っているそうだ。
「[紫陽花]のお陰ですよ。ハルピアに拠点が出来た事で、この村特産の[竜人シルク]や隣村の[陶磁器]の密貿易が順調だからです。」
突然、声をかけられた。
「お久しぶりです。母上。」
アヤメが湯舟から立ち上がり、挨拶をする。
私も立ち上がろうとしたが、転んで湯を飲み。
「ぇあ、は、初めまして、茶渋です」
とマヌケな挨拶をしてしまった。
気配なく現れたアヤメの母親に動揺する。
多分わざと気配を消して来たんだ。
アヤメが珍しく失笑しているが、この里の人はこれが当たり前なのか?
俺のスカウトとしての自信が溶けてなくなりそうだ。
掛け湯をして、湯舟に入ってきた鈴蘭さんに「娘がお世話に、なってます。」
と言われ、何とか「こちらこそ」と返答をした。
レイカが良く「私は聖女じゃないよ」と言うが、確かにそうだ。
鈴蘭さんと比べてレイカには聖女っぽい雰囲気がない。
纏う空気が違う。
それにアヤメの自己評価の低さも納得だ。
竜人として、威厳のある父、聖女の様な母に恵まれたにも関わらず、竜力、神力には恵まれなかったら、他の才能あっても厳しいだろう。
それでも、何も持たなく産まれた俺には少し、羨ましく思えるのだが。
「ケリーからの手紙に話がありました。レイカさんと協力して[石化病]の治療法を世に出せた様ですね。貴女を里から出した甲斐がありました。」
「大神殿ではレイカに出会い、大地母神の啓示も受けられました。母上には感謝しかありません。」
俺は湯舟から出た方が良いのだろうか?
「これからどうするのです?」
鈴蘭さんに問われる。
立ち上がろうとした俺をアヤメが抑えた。
確かに[竜の卵]としても将来にも関わる。
「歩き巫女を続けたいのですが、島全体を敵に回しそうです。」
「相手が[竜白]殿と言うのは?」
「可否を問われれば、異存はありません。全く知らぬ相手ではないですから。ただ、正直何故?と言う気持ちです。」
「茶渋殿は?」
今度はこちらが問われる。
仕方ないが、何故俺なんだよ。
せめてレイカなら……。
「アヤメは俺らのリーダーだ、抜けられるのは厳しい。」
冒険者[竜の卵]としての要はアヤメとレイカの二人だ。
「だが、一人の竜人としては他のアホウな娘に降婿されて世が乱れるより、アヤメなら安心とも思っている。何が正解か俺には分からねえよ。」
だが、アヤメが降りれば暗闘で間違いなく血が流れる。
俺は正直に気持ちを吐露した。
「では一度、竜翠様と話あってみましょう。今宵出掛けますよ。」
鈴蘭さんは、さも当たり前の様に言うと一度湯舟を出た。
話合うって、竜翠様って竜だよな?
夜
「菖蒲と茶渋殿と月光草の採取に参ります。[菫]ついて来なさい。」
俺ら四人は日暮れと共に村を出た。
ここ数日、湯に入っている時以外は必ず監視がついていたが、今は菫と言う下女一人だ。
歩き方から俺と同業と分かる。
俺も以前、無意識に足音を出さないで歩いていたのを、デポやアヤメに指摘されたが菫もそうだ。
後で、そっと教えてやろう。
「菖蒲、菫を斬り伏せて逃げるのは止めて上げてね。」
小声で鈴蘭さんが菖蒲に呟いている。
「では、本当に竜翠様と話す為に村を出たのですか?私はてっきり……」
菖蒲が呟き返す。
「まぁ、背格好が似た菫なら他にもやり様はありますが……」
菖蒲の呟きに、菫が目を見開き顔が青ざめてゆく。
「ちょ、まじかよ菖蒲。」
俺が思わず声をかけると、鈴蘭さんが笑った。
「菖蒲は良い仲間に恵まれたのですね。茶渋殿が心配してますよ。」
菖蒲は表現を変えないが、何時でも刀を抜ける状態を、ようやく解いた。
最近になり、やっと一二三流の刀を抜いて居ない時の構えが分かってきた。
「この娘は目的の為に手段を選ばない時があって……。」
鈴蘭さんは笑って言うが、それは普通にヤバい。
冒険者には必要かも知れないが……。
「そんな事はありません。」
菖蒲は憮然とした顔で答えるが、俺はパライバ商会の時の遣り口を知っているので否定出来ない。
「では、菖蒲。背格好が似ている菫をここ数日の下女に指名した理由は何ですか?」
冗談めかしてだが微妙な問いを鈴蘭さんが発する。
「私が失踪するなら、追手を惑わせるのに死体があった方が好都合ですから。頭がなければ、少しは騙されるでしょう。」
「あの……。それって私が首なし死体になるって事ですよね?」
菫が遠慮がちに声をかける。
「私と茶渋殿に止められなければ、そうするつもりだったでしょう?菖蒲。」
「まさか、菫をからかうのは可哀想ですよ、母上。悪い冗談です。」
菖蒲は菫に笑いかける。
じゃあ何で、さっきまで抜刀の構えを解かなかったのだろう?
菖蒲は、やっぱりおっかねえ。
茶渋は何気にレベルアップしてます。
(伸びしろ大きいのは若さの証。若いって良いなぁとは思うだろう?)
年寄りくさいぞマドウ。それに私も若いよ~。
それに口調混ざってるよね?
(うーん、気の所為だろう。)
私の黒歴史がまた1ページ。




