背景
チャシブ視点です。
「なぁ、この船本当に商船か?船脚が早すぎないか。」
俺がアヤメに小声で訊いてみると。
「嬢ちゃん。こいつは小型商船に偽装した戦船だて。」
船長が答えた。
波の音が大きく、しかも小声で囁いたはずなのに完全に聞かれている。
「一昼夜もすれば下龍鱗につくでよ。」
まじかよ。
俺の予想だと三日はかかるはずなのに。
アヤメは無言で、表情なく座っているが、月明かりに照らされると、薄っすらと笑っているかの様にも見える。
「里長から菖蒲様を捕らえ必ず、連れ帰れと下命されて、どうしたもんか?と思案しとったんでさ。」
捕らえて?
もしかしてヤバいんじゃ……。
「茶渋さんといったの?変な事は、せんといてくれ。あんたは菖蒲様のオマケだけぇ、いざとなればフカの餌に……」
「茶渋は私の仲間でシーフギルドにも顔が利く。」
途中でアヤメが口を挿むと、船長は黙った。
この船の乗員は多分忍者だ。
そして、あれか?やっぱりアヤメは忍者で、里から抜けた抜け忍とかなのか?
「私は忍者じゃありません。それに知り合いに身柄を拘束される理由も分かりません。」
俺の心を読んだ様にアヤメが答え、茶殻に「わかりやすいっすよ」と言われた事を思い出していた。
夜
篝の焚かれた漁村に船は入港した。
漁村とはいうが港の造りは、見た目と違い、しっかりしている。
密貿易の拠点と言った方が、しっくりくる港だし、多分その用途にも使われているのだろう。
「出港は中止だ。正爺が菖蒲様を連れ帰った。」
「おお、流石は正爺。援軍は必要なかったか。」
アヤメと船を降りたが、やっぱりヤバい。
アヤメは、まぁ大丈夫だろうが、俺は消されても不思議はない。
ここは島の東側、下龍鱗の里。
どうみても、漁師を副業としている忍びの里だ。
「菖蒲様、長の屋敷で上龍鱗の若衆の長がお待ちです。」
迎えに来ていた偉丈夫の男がアヤメに丁寧に述べる。
「父上が?」
普段、そんな事は絶対しないがアヤメが内心舌打ちしたのが分かる。
「そちらの下忍もお連れになるので?」
偉丈夫が尋ねてくる。
「茶渋は忍者ではありませんし、私の冒険者仲間です。」
そう俺は忍者じゃない。
でも、まぁスカウトなんだが。
「そうだ馬鹿者、[仲裁者]といえば分かるか?ハルピアシーフギルドの幹部だ。茶渋様お許しを。」
松明を持った壮年の男が偉丈夫に声をかけ謝ってきた。
「失礼しました。」
偉丈夫が深々と頭を下げる。
いや、それも何か違う。
違うから、ホントに。
漁村の山寄りにある大きな屋敷の離れに俺達は案内された。
中は外から見たより立派で金がかかっているのが分かる。
そしてその一室に威厳のある男が座り待っていた。
「お久しぶりです父上。」
アヤメの冷めた声。
「久しいな。何故、今になり、島に戻った?」
低く、威厳ある声。
言外にアヤメを責めているのが分かる。
「成り行きです。」
事実のみを告げるアヤメ。
その後は沈黙が流れる。
このままでは埒が開かない。
「親子の再会に水差して悪いが、何故命を狙われるのか教えてくれ」
俺は横から口を挟む。
「襲われたのはアヤメだけじゃねぇ。」
「これは失礼したチャシブ殿。」
「私は上龍鱗の里の龍備。娘のアヤメが、お世話になっている。この度はご迷惑をお掛けし申し訳ない。」
アヤメの父が頭を下げる。
いや、どうみても、俺の方がアヤメに世話になってるんだが……。
「父上、私には思い当たる節がない。」
アヤメも一貫して不思議がっていたから本当に分からないのだろう。
「そなたの許婚の話が原因だ。後二年、いや半年、戻らなければ丸く納まっていたものを。」
なんだそれは?
確かにアヤメは顔も名前も知らない許婚が居ると話していたが、それで何故襲われる?
「アヤメ、お前の許婚は竜白様。竜翠様の御子息のハイリザードマンだ。」
まじかよ。
そして、アヤメの父は背景を語り始めた。
「アヤメ、あの時の事覚えておるだろう」
アヤメは頷く。
「それが、きっかけでな。竜翠様が竜白様を、お前に降婿させると言い出した。」
確か14〜15年前、竜が約100年ぶりに卵を産んだ。
二個産んだ卵の内、一つは有精卵でドラゴンが産まれ、もう一つは無精卵でハイリザードマンが産まれたと聞いている。
そして、ハイリザードマンは竜人五家かリザードマンの大部族に降婿されるのが慣例だ。
ここまでは、竜の島に住んでればスラム産まれの俺でも知っている。
「竜翠様の意向には逆らえぬ。だが、それは今までの慣例を破る事。そこで、お前が成人する前に竜人五家の何れかの家に養女に出そうと画策していたのだが……」
だが、アヤメは成人前に一人家を出た。
流石に帰ってくるか分からない家出娘を勝手に養女に出す訳にもいかず、病気療養の為、島を出たと偽った。
ハイリザードマンの降婿となれば様々な政治的思惑に利権や対外関係等も絡むからだろう。
「そして、病を理由に降婿を辞退する事をようやく竜翠様がお認めになり、次の降婿先を適齢期の娘がいる黄色族か土の家かを話し合っているタイミングでアヤメ、お前は帰ってきた。」
俺が聞いても最悪のタイミングだ。
後、半年でも帰還が遅くなれば年始の会合で降婿先が決まっていただろう。
そうなれば、例え竜でも卓袱台返しは余程でなければ出来なかったはずだ。
「竜翠様は大変ご立腹だ。そして臨時会合の開催を命じられた。竜白様の成人を待たず、正式に婚約を決定すると。」
「父上、私は一時的に……。」
「お前の意思など、もはや関係ない。既に暗闘で血も流れている。」
「調べさせたが、妙な虫が付いてなく幸いだった。明日には、上竜鱗に向かう」
竜備は席を立ち部屋を出て行った。
アヤメはその姿を見て無表情に立ち尽くす。
だが何故だろう?
また、薄っすらと笑っている様にも見えた。
アヤメの表情については以前にレイカの解説があります。
(作者よ。遡り、もう一度読んで貰う為の作戦か?)
うるさいぞマドウ。
私の黒歴史がまた1ページ。




