右に5歩
2次面接です(笑)
その小屋に入ると、糞尿と芥子珠薬の臭いがした。
少し前に内務省の密偵の話をしていたから、その哀れな密偵の居た小屋なのだろう。
芥子珠薬中毒末期になると、ソレを吸う以外には何もしなくなる。
食事も取らないし、トイレにも行かない。
ただ、ただ、芥子珠薬を吸うのみの廃人になる。
「俺はアンタを信用していない。」
小屋を片付け始めた私にパトリは、はっきり言い放った。
「魔力が7もある軍務の特務班上がりの魔術師が使い捨てられて逃げて来たって?茶番も良いところだぜ?」
パトリが短剣を抜き放つ。
「今なら、やっぱり密偵だったから殺したで済む」
私は左手でパトリを指さしながら向き直る。
「ロカの天恵を信じてないのですか?それに魔力が7と言った覚えはありません。」
魔術の発動準備をする。
魔力が1残っているので、ここでパトリを殺すのは簡単だ。
しかし、その後の事を考えると得策ではない。
どう切り抜けるか……。
「ハッタリだ。それに竜力を使えば魔術の発動前にお前を殺せる」
パトリが言う。
それこそがハッタリだ。
この狭い小屋で竜力使い加速すれば、私を殺したとしても、自身も壁に激突する可能性が高い。
「止めるんじゃ2人とも。」
歩き巫女の姿をした老婆が小屋に入ってきた。
「神官様、密偵のこいつが本性を……」
「ロカ。」
老婆が声をかけると、後ろにはロカが居た。
クレオは姿を見せていない。
「パトリ、嘘はいけない」
ロカの言葉にパトリは短剣を納めて小屋から出てゆく。
私はパトリに向けていた左手をおろした。
「ワシは、この地域の長、歩き巫女のポピじゃ」
「クーア、戦場魔術師です。」
互いに自己紹介をする。
ロカは、その間に垂れ流してあった糞尿を片付け、雨が入る事も気にせず換気をしている。
しばらくは臭いが残るだろうが屋根がないより余程マシだろう。
「そなたがハルピアで見聞きしてきた事はクレオとロカから聞いた。[石化病]が癒せるとはのう。」
老婆は近くに座り込み、私はその前に座った。
「この目で見ても、最初は信じられませんでした。」
正直に話す。
「クレオには資金を渡し、毒消し粉の材料と在庫を仕入れに行ってもらった。明日にでも国や至高神教団が抑えにかかるじゃろうからの」
抑えにかかるだけならまだ良い。
流通を内務省管理にする可能性が高いと見ている。
毒消し粉は[石化病]以外でも使われる薬品だから薬師ギルドなどは大混乱になるだろう。
「そうそう、ここに来たのはこれを渡す為じゃ。」
先程見た油紙に包まれた紙束と、転写用白本を2冊渡された。
「明日にでも原本はクレオに返しておいとくれ、転写した本は1冊はロカに渡してほしいんじゃ。」
「そして、もう1冊は、そなたが使ってロカにエルフ語を教えてやってくれんかの?」
今の私にスラムの長の依頼を断る選択肢はない。
そしてムゲットメモを手に入れらる利点は大きい。
任務ではなく、魔術師の端くれとして貴重な本を手に入れ読めるのは喜びだからだ。
「朝、夕、食事は運ばせるし、水はテント横の水道井戸を使って構わないからの」
「ありがとうございます。そういえば水のバジリスク毒の件はクレオさんから聞かれてますか?」
「聞いておる、しかし水を沸かす薪も高騰するじゃろう。この地域の住民には酷じゃて」
都市では湯に金がかかる。
村や郊外の様に薪を拾う訳には行かないからだ。
ハルピアの魔族の店の様に魔導具で湯が普段使い出来るのは、この国では王侯貴族ぐらいだろう。
「あのクーアさん、エールとかはどうなんですか?」
ロカが平民が水替わりに飲む薄いエールについて尋ねできた。
「発酵の過程で毒が消えるかはわかりません。ただ大抵の店は利益の為に水で薄めて出すから危険とみて良いでしょう。」
「しかし、予防法、対処法がわかったのは大きいのう。クレオの薬も一応ながら本物じゃとわかったしの。」
そう、それがなければ私は明日にでも大人しく軍法会議を受け、そして明後日には絞首刑になっていただろう。
「後程、夕食を持ってきます。」
用件を伝え、ポピとロカは小屋から去っていった。
[魔導転写](使1残0)
ざっと目を通した紙束を整え白本に写す。
雨とはいえ、日暮れまでは明るい。
灯火を灯す余裕などは勿論ないから本を読むなら夕食までの今しかない。
明るい窓に本を持って近づくと、壁に内務省で使われる暗号文字が書かれているのに気づいた。
[入口から右に5歩]
狭い小屋なので丁度隅になる所の土が掘られた跡がある。
周りを見渡し適当な木切れで掘り返すと小さな木箱が埋められていた。
一応、罠に注意しながら開ける中には細身の投げ短剣が3本と銀貨が5枚、そして内務省の身分証と紙束が入っていた。
[これをアナタが読んでいるという事は私は死んだか、芥子珠で頭が、おかしくなったのだろう。
今迄、何人かの密偵が潜入したが、何故かすぐに見破られている。
アナタがもし、我々側の人間でクレオの持つムゲットメモを手に入れたのなら、この国を救う為、何としても持ち帰ってほしい。
私が読んだ資料ではムゲットは確かに[石化病]を癒やす術を持っていたのだから。]
もう一つ走り書きがある。
[ムゲットメモには、もう一つ秘密があった。
それをクレオに知られてはならない。]
過去の内務省が余計な事をしなければ、20年も昔に治る病になっていたはずだし、死なずに済んだ人々は多いはずだ。
それにもう一つの秘密とは?
プラティーンがケリーノートを持ち帰った今、ムゲットメモにはエルフ語の教材と純粋に学術的価値があるぐらいだろう。
何かあるのか?
私は装備と銀貨、身分証を勝手に譲り受け小箱を閉じた。
「この手紙を読んでいる時、私は……」をやってみたかったのです。
はい……。
私の黒歴史がまた1ページ。




