猫の道
あれ?って思った方。
多分正解です。
久しぶりにケリー先生の研究室に足を踏み入れた。
相変わらず書物が積み重なり、足の踏み場もない。
ケリー先生の実態を知る生徒からは[猫の道]と陰口される隙間を通り先生の机の前まで移動した。
「相変わらずですね、先生」
私が指摘すると、先生は苦笑しながら
「以前いた優秀な神官見習いを聖女に取られてしまいましたから。レイカ、噂は聞いてますよ。」
と返答した。
「むぅ、ケリー先生まで。私は聖女じゃないです〜。」
冷夏が、わざとらしく怒りを示し3人で笑った。
「はい、これ魔導転写した[薬学日誌]の1冊と同じく魔導転写した[解読ノート]」
ケリー先生から本と一緒に1冊のノートを渡される。
「これを読めば[石化病]の正体と治療法が分かります。病気に悩む人々の役に立つはずです。」
「先生、質問です。そのノートは何ですか?それに先生は[石化病]の正体ご存知ですよね?どうして御自分で発表されないのです?」
冷夏が学問所の生徒の様に質問をする。
「レイカ、貴女と私の立場は同僚ですよ。それに前も指摘しましたが、質問は1つずつね。」
そう言いつつ、先生は笑いながら冷夏の質問に答えてくれた。
「まず、このノートは後半暗号で書かれている[薬学日誌]を解読する為に必要になる物です。」
「ふぇ?暗号?」
そう、[薬学日誌]の後半はエルフ語と共通語を組み合わせた暗号文で綴られている。
「歩き巫女として各地を巡っていたムゲットは、ここに辿りついた時には既に至高神教団の刺客に追われていました。」
「[薬学日誌]の後半を書き上げるに当たって、『何が至高神教団の逆鱗に触れたか分からない』『念の為、暗号で記入している』と話していました。」
内容ではなく、大地母神の歩き巫女が不治の病を治して評判になった事が原因と分かるのは後日の事だ。
「う~ん、ケリー先生ってムゲットさんの知り合いなんですか?」
「そうです。古い友人です。そしてムゲットが命懸けで見つけた[石化病]の秘密を私が発表する訳にはいきません。」
「その、[石化病]の秘密って何ですか?アヤメが私なら治せるって前にチラッと話してだけど。」
そう、冷夏なら癒やせる。
[石化病]の秘密さえ知れば。
「冷夏、スモールバジリスクと言う乾燥地帯に棲むトカゲを知っていますか?小型で主にサボテンを食べるトカゲですが……。」
ケリー先生の説明に冷夏は首を振る。
「では、魔族がそれを元に造った魔獣バジリスクはどうです?雑食で大型の鰐ぐらいの大きさ、石化の視線と猛毒の体液を持つ恐るべき魔獣で野生化して寒冷地以外の森や砂漠に棲んでいます。」
冷夏が唸る。
冷夏が唸る時は大魔導書と交信している事があるらしい。
「あの狩るならば、寒さで動きが鈍く視線の通らない新月の夜がお勧めって言う魔獣ですよね?」
そう、その魔獣。
そして、事前準備しても大抵多数の死者が出るという化物。
「[石化病]は、そのバジリスクの糞尿や体液が水に溶けて人間の飲料水に混じる事が原因です。聖王国王都は飲料水を河から摂取して水道に通してますから、取水するより上流にバジリスクが住み着いたのでしょう。」
バジリスクの糞尿や体液は無味無臭でしかも遅効性。
気付けというのは無理だ。
「[石化病]が神聖魔法で癒せないと言う誤解も、それが原因です。『病を癒やし給え』では猛毒は消せませんし、石化を癒やしても、体内に残る毒で再石化してしまいます。」
冷夏が、ひどく驚いた顔をする。
分かれば、「そんな事」かもしれないが、分からないから不治の病と言われている。
「『石化を癒やし、猛毒を消し給え』と祈るのです。ただ神力が最低8かかりますから、並の神官や司祭が偶然癒せる可能性は、まずありません。」
「冷夏。貴女の様に神力が桁違いで秘密を知る聖女の力が必須ですね。」
ちなみにムゲットの神力は9。
毒の進行具合次第だが、日に1人なら何とか癒せたそうだ。
「大神官は、このまま聖王国の国力が減退する事を願っておられますが、それは即ち[石化病]を放置し、人々が苦しむのを見て見ぬふりすると言う事。」
ケリー先生が私達2人を見つめて話す。
「レイカ、アヤメ、頼みます。[石化病]から人々を救って。」
私達は同時に深く頷いた。
今なら、「そんな事が」という不治の病に脚気がありました。
偏った食事によるビタミン不足が原因なのですが、不治の病の「そんな事」に気がつくまで多くの死者が出てますし、多くの研究者が研究を重ねています。
この世界の石化病も不治の病から、克服出来る病になるでしょう。
私の黒歴史がまた1ページ。




