お手並み拝見
現実世界でも、社会的地位や財産により、命の経済的価値は違います。
事故の賠償額が会社社長とフリーランスでは驚く程違いますから。
緊急事態を告げる笛の音が響く。
隣接地域をまわる北−104だろう。
私達103が到着した時には、臨時雇いではない治安傭兵の5人、104の6人が犯人を包囲していた。
「近づくんじゃねぇ。近づいたらこのメスガキの命はねえぞ!」
比較的安価な食堂に、人質を取って冒険者風の男が立て籠もっている。
「103か。ブレナ、魔術で無力化出来ないか?」
現場を仕切る傭兵長が隊長に打診してきた。
「魔族殺しを下げてます、ハッタリの可能性もありますが……」
隊長は渋った。
確かに犯人は20面体の魔導具らしき物を首から下げている。
「副長、魔族殺しって何だ?」
チャシブが尋ねてきた。
私は起動後、一定レベル以上の魔力を検知すると大爆発を起こす魔導具だと説明する。
「それって、自分も死ぬよな?」
チャシブの、もっともな疑問に
「ええ、先の第二次魔王戦争時に魔術師ギルドで量産された自爆兵器ですから。」
ブレナが答えた。
「つまり、使い捨ての兵士で魔族を殺す兵器か?嫌な話しだぜ。」
アロンが肩を竦める。
「弓兵見かけたら、即座にこいつは殺す。早く金貨20枚と、鞍をつけた馬を用意しろ!」
犯人は叫ぶ。
もちろん応じる気はこちらにはない。
事実上詰んでいるのに、投了出来ない哀れな犯人。
「私の知っている話だと、お侍さんが、おにぎり2つ持って近づくんだけど……」
レイカが変な案を提案してきた。
「冷夏、出来る?」
マイナー武器に犯人は全く気づいていない。
「この距離なら充分だよ。ただ気は逸して欲しいかな。」
「メスガキが1人、気にせず切り込みましょうぜ。」
104の隊長が傭兵長に意見具申している。
「お前が人質なら俺も、とっくにそうしている。」
傭兵長が言葉を返す。
「あのメスガキ様は、お忍びで食事に来ていたパライバ商会、会頭の孫娘。着ている服が違うだろ?」
そういう裏があったから慎重なのか……。
身分や立場で命の重さは違う。
失敗したら夜逃げ必須だろう。
いや夜逃げで済めば良いけど……。
「うちのチャシブに食事と水を持たせ、近づけたいのですが許可を。」
意見具申する。
「薬を使うのか?多分警戒して受け取らないぞ」
チャシブに気を向けさせるだけだから薬は使わない。
「いえ、人質の消耗が激しいかと。」
事実、人質の少女は立っているのも辛そうだ。
傭兵長はしばらく思案し、「許可する。[竜の卵]のお手並み拝見だ。」
そう言ってくれた。
「俺はパライバ商会の下女だ。お嬢様に水と食事をお渡ししたい。貴殿の分もある」
チャシブがお盆に2人分の食事を載せてゆっくり近づく。
チャシブには悪いが、そのまんま小柄な下女に見える。
「止まれ、試しにお前が飲み食いしてみろ。」
犯人が叫ぶ。
チャシブはゴクリと水を一口飲み、具入りパンを美味そうに齧る。
犯人が喉を鳴らす。
「よ、よし、ゆっくり近づけ」
チャシブが歩みを再開する。
焦らすようにゆっくり進む、上手い。
「はっ。は、早く来い。」
犯人は渇きと飢えに屈した様だ。
完全にチャシブの術中にハマり、人質から半歩離れる……。
乾いた音がして、犯人が倒れた。
チャシブが駆け寄り人質を犯人から引き離す。
私も駆け寄るが、必要なかった様だ。
犯人は種子島で、見事に射殺されていた。
冷夏の言う、おにぎり2つは、あの名作映画のエピソードです。
冷夏なりの改良策を提案したのでした。
侍を米を腹一杯食べさせる約束で雇うあの映画です。
私の黒歴史がまた1ページ。




