無能の奔走
「はぁ……はぁ……」
レイシアに見送られた後、俺は走っていた。日が沈み始めており、もうすぐ夜の世界となるだろう。遅くなればなるほど会える可能性が低くなる。最悪の場合、この町から引き上げているという可能性すらありえるのだ。
(ミラーナ! 待ってて……)
「うおっと!」
考え込みながら走っていたため、前に人がいるのに気づかなかった。危うくぶつかりそうになる。
「あっ! すみません!」
「気をつけてくれよ……って、お前さんは」
ぶつかりそうになった相手。その相手には見覚えがあった。ガッチリした体つき。騎士団所属にして隊長の男。ヴァルトであった。
「そんなに慌ててどうしたんだ?」
「ちょうど良かった。ヴァルドさんにお願いしたい事が」
ヴァルトと出会えたのはある意味運が良かった。彼に頼めばミラーナと会話できる機会を設けてもらえるかもしれない。今から何とかミラーナに会わせてもらえないかと相談する。
「おいおい、さっきまで一緒にいたばかりじゃねぇか……。何をそんなに慌てて」
「お願いします! 変異種の討伐の件が片付いたら騎士団の方々は引き上げてしまいますよね? その前に何とか!」
まだ色々調査をしている事もあって、騎士団はこの町に残留しているが、時が来ればすぐにいなくなってしまうだろう。そうなってしまっては二度と彼女と会う事ができなくなるかもしれないという不安が俺の頭をよぎっている。何とかヴァルトに許可を貰おうと、俺は頭を下げる。
「落ち着け。心配しなくてもしばらくは町にいるからよ。そんなに慌てなくても大丈夫だ」
頭をかきながらヴァルトが俺に対して落ち着くよう声をかけてくる。どうやら自分でも気づかないうちに熱くなってしまっていたようだ、
「ったくミラーナの野郎もお前さんが絡んだらかなり感情的になってたし、そういう関係かお前ら?」
「いや……そういう訳じゃないんですけど」
「悪いが今日は帰ってくれねぇか? あの後、領主様に聞き取りしたりだの、町の住人に話を聞いたりだの色々忙しくてな。しかもこれから資料をまとめねぇといけねぇんだ」
ヴァルトがはぁっと深いため息を吐く。どうやら俺とレイシアが町を散策している間もヴァルトたちは仕事をしていたようだ。当然、騎士団の一員であるミラーナもその対象だろう。
「ミラーナには魔の森で起こったオークの件をまとめてもらってる。おそらく終わるのは明日になるだろうな」
「明日……ですか」
「心配すんな。仕事が終わったらあいつにお前さんの所に行くように言っといてやるよ。お前さんもそうだが、あいつも今回の件でかなり奮闘してくれたみたいだからな。キチンと休暇はくれてやるさ」
見た所嘘を言っているようには見えない。本当なら無理にでも話したい所ではあったが、ヴァルトが好意的な態度で対応してくれている以上、一度改めた方が良いだろう。
「分かりました。お忙しいところすいません」
「お前さんには迷惑をかけちまったからな。これくらいの事はさせてもらうさ」
「気にしないで下さい。あの時、俺が無断で侵入したのも事実ですから」
ヴァルトとの会話で領主の屋敷に忍び込んだ事を思い出す。あの時は話を聞いてもらう事に必死で、我ながら無茶をしたものだと思う。ヴァルトたちも相手が屋敷への侵入者となればさすがに手を抜くわけにはいかなかったのだろう。本気でこちらを拘束しにかかってきたのは今でも忘れられない。
(でもあの時と雰囲気が違うような……)
あの時のヴァルトは物腰柔らかそうな、それこそ相応の地位にいる者の立ち振る舞いであった。だが今はどこか気さくな感じのおじさんのように見える。
(もしかするとこっちが素なのかもしれないな)
思い返すとギルドでもミラーナに注意されていた記憶がある。騎士団の隊長であるヴァルト。今俺が話しているヴァルト。おそらくどちらの人物もヴァルトいう人物なのだろう。
(立場が違えば立ち振る舞いも変わる……か)
今思えば栄光の翼のパーティ、フォールたちも慢心を覚えた事で横暴な態度を取るようになった。もしも彼らが自分の力に見合う地位に収まっていれば、今とは違う展開になっていたのかもしれない。ふとそんな事を考えてしまう。
(けど過去は変えられない……もう終わった事だ)
あの時ああすれば、こうすればといくら言っても過去は変わらない。自分たちは今を懸命に生きるしかないのだ。俺も栄光の翼という存在に縛られていたが、レイシアからもう自由だと言われたばかりである。
「っと悪いな。そろそろ帰らせてもらうぜ。お前さんが泊っている宿があれば教えといてくれ。ミラーナに伝えておこう」
「分かりました。忙しい所、ありがとうございました」
こうして俺はヴァルトにミラーナへの伝言を託し、一度宿に戻る事にした。会えるのは早くて二日後だろう。そう思っていた。
「おはようヒューゴ」
次の日の朝、彼女が俺の部屋に訪ねてくるまでは……。
幼馴染来たり