転生前のカラダ作り<1>
2021/7/25 => 不自然なつながりを修正
2021/7/26 => メアの口調を修正。一部加筆
棺の前で崩れ落ちるようにして泣く男性がいる。
「安心して、お父さん。ワタシは、最後まで全力で生き抜いたわよ。」
その男性の横では、娘らしき人物に支えられながらハンカチで目元を抑える女性が立っている。
「お母さん。ワタシを産んでくれてありがとう。緋奈、ワタシの可愛い妹。あなたは、家族を支えてあげて。自慢の妹だからできるわよね。」
しかし、その言葉は向けられたものに届いた気配はない。
「それにしても驚いたわね、まさか魂って本当にあったのね。」
あまりの驚きに心の声が漏れてしまう。彼の前では、自身の体が棺の中に横たわっていた。そう経たないうちに、自身の体が灰にされる風景が瞼の裏にありありと想像することができる。
金剛剛。故28歳。漢女。それが、剛だ。若くして、元から抱えていた持病が悪化。死に至るまでに、剛の体を蝕み、今に至る。
そして今、斜め四十五度の角度から目の前の風景を見下ろしている。
葬儀場で彼の意識は宙へ浮かび、今もなお浮かび上がり続けている。このままどこへ行くのかはわからない。
しかし、不思議と不安はなかった。確かに、若くして死んだ身だが、やり残したことはないに等しい。一つだけ、やり遂げることができなかったことがあるが、悔いはない。
そのまま登り続けて、どこまできただろうか。少なくとも地球が見えなくなっているため人智の埒外ではあることは確かだろう。
そして、そのまま。意識がだんだんと薄れていった。
◆◆◆◆◆
剛は、まるで夢を見ているようだった。意識が浮かび上がっては、端からシャボン玉のように崩れて、弾けていくように。
剛は、誰かの声を聞いた。落ち着く声だった。またも、意識が沈んでいく。
剛は、すこしずつ、声が理解できるようになった。
「素体は再構築完了。意識も正常に格納できた。あとは...」
剛の、体の感覚が戻ってきた。かなり長く眠っていたかのような、不思議な感覚に襲われながら、瞼をあげる。向ける視線の先には、小柄な少女が自分を見下ろしていた。
「拒否反応もなし。完成したっ。ワタシのアバター。」
剛を見下ろしていたその少女は、歓喜に震えるかのように言葉を紡いだ。
理解できる状況など、剛には何一つなかった。わかるのは、今、目覚めたことと目の前にいるのは少女で、自分に関して何かを知っているということだけだった。剛は、声を出してコミュニケーションを取ろうとした。
「...、........、.....?」
しかし、剛が声を出そうとしても、空気が漏れているだけで、何の音も震わせることはなかった。
少女はさも当然のことのように、言葉を放った。
「あなたの体は、まだできたばかり。あなたの思った通りに動くには、もう少し時間が必要。」
それを聞いて、剛は少し頬を膨らませるような仕草をとって、寝かされていた台から降りようと体に力を込める。
少女の口から、何かを言おうとした気配が漏れる。しかし、すでに遅く。剛の体は、床に転げ落ちてしまっていた。
何のことはない。最初、自分の体に違和感はあったが、力は入った。しかし、自分の体が持ち上がったタイミングで、体を支えていた腕から力が抜けたのだ。
少女は、そのひどく小柄な身体で剛を下から支えた。その小柄な身からは考えられないほどの膂力で、剛の体を持ち上げる。
「だから言ったのに。しょうがない。準備は終わったことだし。今日はもう終わり。明日事情は説明するから。」
そう言って、少女は剛を今いる部屋の端にかけられているハンモックに投げ入れる。
「おやすみなさい。いい夢を。」
まるで呪文がかかったように、剛の意識は沈んでいった。
◆◆◆◆◆
剛は、まだぐっすり眠っていたが少女はお構いなしに、その体に飛び乗った。
「〜〜〜〜っ!」
声にならない苦悶を口から絞り出すと、剛は目を覚ました。
剛は体を自然に起こすと、ふと気づいたように、独り言をもらした。
「体が動く。あら、声も出るわね。」
「えっ」
剛は、手を握ったり開いたりと、体の動作を確認している。一頻り確認が終わると、自分に飛びかかってきた少女に向き直った。
「やめてちょうだい。せっかく気持ちよく寝てたのに。」
「いや。あの。」
「あなたは、誰かしら。ワタシは一体どうなっているのかしら。」
「やっぱり、なんで。確かに、男性の体にそのままの人格を格納したはず。」
少女は、困惑したような声を漏らす。その言葉を受け、剛は、体をもたげて自分の体を見下ろした。昨日も見た、生前見慣れた自分の体だった。何か誤解されていそうな雰囲気が漂ったため、誤解を解くために口を開いた。
「もしかして、ワタシの口調かしら。それなら疑問に思う必要ないわよ。ワタシの口調元からこうよ。」
少女の顔が、スンとなった。それはもう綺麗に。
「一応言っておくけど、ワタシ男っていう自覚はあるわよ。なんだったら、男であることを誇りに思っているわ。」
「そう。よく喋る人。」
「あなた、オブラートにつつむっていう言葉知ってる。まぁいいわ。ほら、顔戻す。ね。綺麗な顔が台無しよ。」
「心配して損した。」
「説明する時間がなかっただけなのよね。まぁ、コミュニケーションが取れるのはいいことだわ。さぁ、教えてちょうだい。今の状況を。ねぇ、可愛らしい少女ちゃん。」
剛は、顔を少女に近づけた。面食らったように、少女は体を後ろに引いた。
「女神。」
「えっ」
「なんか負けた気がした。女神。私。」
「あらそう、可愛らしい女神ちゃん。」
女神はムッスゥという効果音が最も似合いそうな表情をした。頬をプックーと膨らませて、体を前に乗り出した。
「揶揄わない。」
「ごめんなさいね。」
小さい子供をあやすように、剛は女神の頭を撫でた。女神はこれにも反応しそうになって、遮られた。
「まぁ、こんな体勢じゃ話に集中できないわね。どこかに移動しないかしら。」
そう言われて、女神は自分の体制を改めて見直す。いま女神は剛の胴に馬乗りになっているような状況だった。女神を急に顔を真っ赤に染めると、剛の体から、飛び降りた。
「赤面し
飛び落つおなごに
舞う光」
「何。」
「ちょっと、そういう気分だったのよ。一句読みたい気分ね。」
剛は、疑問に俳句で返した。女神は呆れたように、ため息をついた。
「席を用意してある。そこで話す。」
「わかったわ。」
剛は、そう言うとハンモックから降りて女神の後ろに続いた。
◆◆◆◆◆
「じゃぁ、ワタシはそのゲームに参加すればいいのかしら。」
「早い飲み込み。」
剛は、女神からなぜ自分が転生したのかを、その理由を聞かされた。
”人生逆RTA”というゲームがあり、そのゲームは転生者と転生させた神つまり転生主がタッグを組んで参加する。
アバターとなる転生者は実力を身につけ、転生主はその補佐をする。そして、他のタッグと競い合う。
舞台となる世界では、定期的に世界を滅ぼすほどの災害が起こるため、それに対抗しうる力を身につけながら、いかに長くその世界で生き延びるかを競い合うのが”人生逆RTA”だ。
そして、優勝した転生主にはゲームの舞台となった世界が与えられ、転生者には好きな望みを一つだけ叶えることができる権利が与えられる。
そのゲームに参加する上で、自分の所有する世界から一つの生命体を素体として転生させアバターとすることができる。
剛はそれに選ばれたわけだ。
「なぜワタシが選ばれたのかしら。」
「幸運値。あなたは、肉体スペックもさることながら、持っている運が常人の比ではない。」
「運も実力のうち、ね。」
「喋り方は、予想外。」
「それは余分よ。」
剛は、女神の話を呑み込みながら、理解を深めていく。
「ちなみによ。」
「はい?」
「ワタシの体はあなたに操られるのかしら。」
「いくら女神といえど、それはゲームのルール違反。一応は、あなたも自分の意思で動ける。」
「まぁ、悪くない条件ね。じゃあ最後にひとつ聞きたいわ。」
剛の視線が、鋭くなった。198cmの巨体から、女神を見下ろす。
「あなた、ワタシをわざと殺したんじゃないでしょうね。」
女神はその質問には、簡潔に答えた。
「違う。あなたはもともと死ぬ運命。それにゲームの準備として、かなり長い時間がかかるから、あなたが死ぬのを待っていただけ。」
「あらそう。それならいいわ。にしても、あんなに早く死ぬとはねぇ。こんな運命仕組んだ神様ひどいと思わない?女神ちゃん。」
「わたし。」
「なによ。結局あなたが殺したようなものじゃない。」
「人間の運命なんて、サイコロで決まる。気にしない方がいい。」
「神って気まぐれって話。本当なのね。」
「あながち嘘じゃない。契約で、いい?」
「ええ、よろしくね。女神様。」
女神は虚空からペンと紙を取り出すと、剛の前に広げた。
「はい、サイン。」
応じて、剛は契約書の署名欄に名を書き入れた。剛と女神は、契約によって結ばれた。この瞬間、一つのタッグが完成した。
◆◆◆◆◆
「ねぇ、女神ちゃん。」
女神は、剛がサインした紙に、何かを書き込んでいる。
「ん。」
紙からは視線を外さず、返答を返した。
「この後はどうするのかしら。」
契約が終わった、女神と剛。人間を転生させてまで行われるゲーム。そんな大掛かりなものの準備がこれくらいで終わるはずがない。
「確かにそれもそう。行こう。」
「どこへなの?」
「転生者特典をもらいに行くのです。いいものは、早い者勝ち。」
「何処かの新春バーゲンね。」
「妥当な表現。」
そうして、女神は虚空に穴を穿ち、その穴の先には別の空間が見えた。
「さっきの紙とペンもそうだけど、女神ちゃんなんでもありね。」
「わたし女神ですから。」
「そこだけ口調変わるのね。」
ドヤ顔で、言い放つ女神。そのまま穴の中に進んでいく。それに続くようにして、剛も穴の中に入っていった。
穴の先は、さっきいた空間からも見えた通り、前のような殺風景な空間ではなくなっていた。
煌びやかな装飾に彩られた空間で、あちこちでは、賭け事が行われていた。その風景を見て、剛はたまらず思った。
「カジノね。」
「正解。」
女神は、続けて言った。
「転生者は、何の手助けもなしにゲームの舞台で生き延びることは難しい。だから、このゲームの最初に、カジノで特典を手に入れる。」
「GMはよっぽどのゲーム好きなのね。」
「それともう一つ。」
「なにかしら。」
「あなたが使っている、名前。あれは、自分の弱点。」
剛は、わけがわからずに首を傾げる。
「どういうことかしら。」
「あなたの魂は、真名、今あなたが使っている名前とくっついて存在している。そして、ゲームの舞台では、いろいろあるけど、とにかく真名を奪うことができる。それはつまり、今あなたが使っている名前を他人に知られることは、他人に生殺与奪の権を与えるのと同義。それだけは避けて。」
「急にあなたが饒舌になるのも頷けるわね。なるほど、確かにそうだわ。本当の名前を奪われた最後、魂を抜かれちゃうってことでしょう。」
「そういうこと。これからは、自分の名前を迂闊に広めないこと。誰がどこで聞いているのかもわからないから。あなたと私の会話中も、名前の使用は控えて。」
剛は、それを聞いて、何かを考え込むかのように顎に手をやる。しばらくして、口を開いた。
「ねぇ、女神ちゃん。あなた、ワタシの名前を考えてくれないかしら。」
「えっ」
剛は、女神と視線を合わせるために、しゃがんだ。そして、相手の目を覗き込む。
「もうワタシとあなたはパートナー。そうでしょ?なら、名前で呼び合える仲にならないと。いやよ、名無しのまま生きるなんて、ワタシ。」
「なかなか人間味のある人。」
「そりゃそうよ。人間の人生経験舐めてもらっちゃ困るわ。」
「あなたより年上の人ならたくさんいるのに。わかった。考えておく。」
そうして、カジノの方へと歩き出そうとした女神。その顔を、両手で挟み込んで、強制的に剛の方を向かせた。
「だめよ、今じゃないと。拗ねるわよ。」
「めんどくさい。」
「めんどくさいとか言わない。」
「では。そうですね。コンツヨなんて、どう?」
「いいわよ。いいネーミングセンスね。あなたが呼んでくれるなら、なんでも。じゃぁ、ワタシも」
そう言われて、小首をかしげる女神。剛は、女神の頬を挟んでいた手をどかして応える。
「いつまでも、ワタシだって女神ちゃんなんて呼び続けないわ。よろしくね、メムちゃん。」
「命名が早い。」
「それはそうよ、話しながら考えていたもの。」
「では、そういうことで。」
そういうと、女神改めメムは、急いで顔を前に向けていよいよカジノの方へ歩き出した。その後を追うようにして、剛改めコンツヨも歩き始めた。
コンツヨはメムの顔を覗き込むようにして話しかけた。
「どうしたの、メムちゃん。顔を真っ赤にしちゃって。」
「うれしかっただけ。はじめてだから。名前をつけてくれたのも、呼んでくれたのも、あなたが。」
「そうなの。喜んでくれて、嬉しいわ。」
コンツヨは、それ以上喋らなかったが、何も喋らない間も心地よかった。少しだけ二人の仲が縮まったように感じたから。
◆◆◆◆◆
カジノの中を歩いて、だいぶたった。廊下を突き当たりまで進んだり、階段を上がったりして、コンツヨはいまは40フロアぐらい上がってきたように感じていた。実際のところ、もっといっているかもしれない。
コンツヨは、どこに向かっているのかさっぱりわからなかったが、メムはしっかりとした足取りで進んでいたため、それを信じてついていっていた。
それからしてしばらく。豪奢で自身の身長の20倍はあるとおもわれる、扉の前にたどり着いた。
「これが、今回のGMの執務部屋。いまから、タッグの登録をする。」
コンツヨが見る限り、メアはひどく緊張しているように見えた。
「そんなに緊張することなのかしら?メアちゃん。」
「GMはゲームが盛り上がるようにタッグの登録を決める。気に入られなければ、その場で消されるだけ。」
メアのあまりの緊張がコンツヨにまで伝わってきた。コンツヨは、メアの頭を優しく撫でる。
「大丈夫よ。ワタシがついているもの。」
「一応、ワタシの方が年上。」
「いいのいいの、そんなことは。でも、これが人生最後の会話になるのかもしれないのよね。ねぇ聞かせて、メアちゃん」
コンツヨは、そこで一回言葉を切った。右隣を見上げたメアの瞳をコンツヨは覗き込む。
「あなたが、そこまでしてゲームに参加したい理由は何?」
転生したばかりは、あまりのことに逆に冷静さを保つことができていた。そんななかで、メアとの会話を通して、理解を深めていった。そんななか、一つだけわからないことがゲームへの参加意義だった。人間側の理由はわかる。しかし、
仮にコンツヨが神の立場だったとして、その優勝特典に魅力を感じることができなかった。
メアは、返す。
「ただの暇つぶし。神にとっては、理由なんてそれだけで十分。」
その言葉を言って、メムを一歩踏み出した。それにあわせて、扉が少し開かれる。
「まぁ、そんなものかしらね。」
そう言って、肩をすくめるコンツヨ。メアに続いて足を踏み出す。扉の開くスピードが上がった。
扉の中から差し込む光はとても強く。
二人は、光の中に誘い込まれるように、歩いて行った。
コンツヨ「メムちゃん、その銀髪綺麗ねぇ。」
メム「あなたも、その長身が羨ましい。」
コンツヨ「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。メムちゃん、ホント素直よねぇ。」
メム「別に捻くれていない」
コンツヨ => 198cm。筋肉質で細身。黒髪。
メム => 143cm。小柄な女神。銀髪。意外と素直。