No.83 執事達の沈黙
客室に入ると、侍女や使用人達が一斉に立って、私を見つめ、一礼する。
「「「「お帰りなさいませ。お嬢様」」」」
その声を聞いたのは随分と久しぶりな気がした。
「顔を上げて下さい」
私の声に顔を上げる皆を見渡した後、私はゆっくりと頭を下げる。皆の姿は使用人ではなく、ボロボロの服を来た平民の様だった。
「皆さん本当にお疲れ様でした。良くこの屋敷に戻ってきてくれましたね。皆さんのお顔がまた見られたことがとても嬉しく、そして心からホッとしています。恐らく皆さんも大変辛い目にあっていたのだと思います。でも、それもきっと後少しです。もうすぐ終わりがきます。平穏な日常を皆で取り戻しましょう。あなた方一人一人、ステイン家に使える者達が、このステインを守る要として、どうかよろしくお願いします」
「お嬢様……」
そんな呟く声と共に何人かの侍女が涙を拭った。
「この後、皆さんに現状報告をします。驚かれる事もあるとは思いますが、今のステインの状況と、今後に付いて皆んなで話しをしましょう」
私は振り返りヘレンに視線を送る。
「ヘレン、この屋敷で今使用してない部屋に私の友人達を案内できるかしら」
「ええ、お部屋は十分にございますので、ご案内できます」
「そう良かった」
アシュトン達を見ると荷物を抱えながら端っこで立っている。私はニッコリと彼らに向けて笑った。
「そうですね。まずは荷物を部屋に置いて一息ついてください。一時間後、ダイニングに集まりましょう」
「はい、分かりました」
「あっ、ヘレン、部屋に向かう際ダイニングの場所をアシュトン達に教えてくださいね」
「畏まりました、お嬢様」
ヘレンの案内でアシュトン達は客室を離れて行く後ろ姿を見届けた後、使用人達の方へと向き直る。
「説明は皆んな揃ってから行います。一時間後、皆もダイニングに来てください。それから、この屋敷の執事はこの中にいますか?」
私の言葉に二人の男性が手を上げた。
「えっと……」
そういえば、執事っの名前ってエルフレットしか知らなかった。
「スコフィールドです」
「ブレナンです」
二人はすぐに名乗りながら前に出て頭を下げた。ボロボロの姿は、一見平民街にでもいそうなおじさんではあるが、やはり立居振る舞いには長年の執事のものが備わっている。
「スコフィールドさんに、ブレナンさん。貴方達はこの後私に付いて来て下さい」
「畏まりました」
「では皆さん一時間後にダイニングで。解散」
私はそう言い、客室を後にした。私の後には執事二人が付いて来る。
「さて、貴方達二人に頼みがあるのだけど、服は用意できるかしら?」
ブレナンがすぐに応える。
「お嬢様のお召し物はこの屋敷にはほとんど残っていないと思いますので、別の領土から取り寄せるしか……」
「あ、いいえ、違うんです。必要なのは貴方達の服なんですが」
「私達……ですか?」
「ええ、皆、今の服はボロボロでしょう? 以前のような仕事用の服はあるの?」
「綺麗な物は無いかと思いますが、以前着ていた服はあります。現在着ている服は使用人一同カムフラージュですが、もし目障りでしたら直ぐに着替えます」
「そうね。もうカムフラージュは必要ないから着替えてきた方が良いわね。私はここで待っているから、出来るだけ綺麗な格好で来て」
「畏まりました。では少々失礼致します」
二人はそう言って、すぐに別室へと向かって行く。数分後、戻って来た二人はキッチリとした執事服を着て「お待たせ致しました」そう言って頭を下げた。
「ごめんなさいね。無理を言って。見た目についてはただの見栄のようなものなのですが」
まぁただ、エリザベートならこういう見栄には厳しいんじゃないかと思っちゃったんだよね。大事にしそうだなって……。そんな事をこんな非常時に考える私自身、だいぶエリザベートに毒されちゃってるような気もするけど……。
私はニッコリと二人の執事に向かって微笑むと「では、行きましょうか」そう言って、デンゼンパパの部屋へと向った。
デンゼンパパの寝室のドアをノックすると、ジェフの返事がすぐに聞こえてくる。
私達が寝室に入ると、ジェフは私に向けて一礼しマーティンはソファーで寛いでいた。
「夜分に申し訳ありません。少々お話をよろしいですか?」
マーティンはズズズとカップの中身を飲んでからコクリと頷いた。
私は小さく「どうも」とマーティンに言うと、執事たちを部屋に入るよう促し、マーティン達が座るソファーの隣の椅子に腰掛けた。
マーティンは何やらとても機嫌が良さそうに笑っている。
「今日食べた食事、とっても美味しかった。やっぱりステイン家は食べる料理も格別だね」
「ええ……まぁ」
機嫌が良さそうなのは料理のせいかと納得しつつも、実は海賊のディナーだなんてことは言えない。
そして、私はマーティンの満足そうな顔とその姿を見て笑い出しそうになるのを必死で堪えながら聞いた。
「ところで、あの、そのお召し物は?」
「ああ、ごめんね。勝手に使わせてもらっちゃった。コレも凄く着心地がいいね」
嬉しそうに笑うマーティンに何て言えば良いのだろう。まぁ、典型的な寝巻き姿だと言えばそれまでなんだけれど。
でも、思わず突っ込みたくなるというか、そもそもその三角帽子セットの寝巻きって子供用のイメージしかない。三角帽子の先には丸いポンポンがついてるし。ていうか、この寝巻きデンゼンパパが着ていたんだよね。あの顔で、ガタイで、この寝巻き着てたの?
待って、姿を想像するだけで笑える。しかも今着ているマーティンはぶかぶかの寝巻きのせいで袖を折りまくって着ているから本当に子供のように見えるし。
私は笑いをこらえながら口角を必死で固定した。
「凄くお似合いですよ。この部屋はご自分の部屋だと思って使ってください」
「うん、そうさせてもらうよ。ありがとう。それで、要件は何だい?」
「あぁ、そうでした。ここに来たのはまず、紹介したい人達が居て」
「うん?」
私は椅子から立ち上がると、スコフィールドとブレナンの隣に立ち、紹介する。
「ステイン家で執事をしています、スコフィールドとブレナンです」
二人の執事は揃って頭を下げる。私は次にスコフィールドとブレナンにマーティン達を紹介した。
「右の方はマーティン。カトリーヌの学友でしたが、本来はこの国の第三王子、ルイ殿下です。左にいる方は、執事のジェフこと、元将軍のジェフレイズ子爵」
私の紹介に、スコフィールドもブレナンも呆然と立ち尽くしている。
まぁそりゃ驚くだろう。沈黙が続いた。
「コホン」と私の小さな咳払いで執事の二人はすぐに膝を折ったが、その姿を見ていたマーティンは困ったように笑う。
「もぉー、本当に止めてくれ。僕はそういうの苦手なんだ。ただの貴族、マーティンとして接してほしい。さぁ二人とも立ってくれ」
マーティンの言葉に執事二人は困惑しながらもゆっくりと立ち上がった。
「ところで、スコフィールド、ブレナン。お二人とも執事は長年勤めておられるかとは思いますが、この屋敷でより長く務めているのはどちらかしら?」
「私です」
「ブレナンさんですか。では」
私はマーティンに視線を送る。
「これから、この屋敷内でマーティンのお世話の担当はブレナンが勤めます。何か分からないことなどがありましたらブレナンに聞いてください」
「うん、分かった。ありがとう。ブレナンよろしくね。あの、さっそく聞きたいんだけど、カトリーヌ嬢の部屋は何処にあるの?」
「ーーーーは?」
急に何を聞いているのだこの男は。
応えようとするブレナンを前に遮る様に私は立ちはだかる。思わずマーティンを睨みつけた。
「ブレナン答えなくていい。マーティン! それはお姉様にちゃんと許可を取ってからにして下さい」
「そう、やっぱり駄目か……」
項垂れるマーティンに対して呆れからのため息しか出てこない。
これが、この国の第三王子か……と心の中でそっと呟いた。
「コホン! そんな事よりマーティン、一時間後、今後についての話し合いを皆で致します。出席して頂けますか?」
「え……あの怖い人たちと話し合いでしょ? 僕は……」
「怖くはありませんよ。皆、私の家臣、ファミリーです」
「いや、だから怖いんだ。君のファミリーだから……だから怖いんだよ」
マーティンの声が尻すぼみになっていく隣でジェフが思わずと言わんばかりにクスクスと笑う。
でもまぁ確かに……これには反論はできない。
私も普通に怖い。
「少しだけで構いませんのでお願い致します。皆の士気を上げたいのです。ここは殿下の居城だ。と周知するのとしないのでは全然違いますから」
「さっきも言ったけど、僕はそういうの苦手なんだ。本当は目立ちたくなんかない。でも、それがカトリーヌの為に繋がるなら……。少しだけなら参加する。あぁっ、でもあまり皆を叫ばさせないで。大きな声は怖い」
「承知致しました。夜分ですからね。叫ぶことは厳禁にします」
「あと、参加するのは本当に少しだけだよ」
「分かりました」
渋々と言った感じではあっても参加を承諾してくれたマーティンに私は思わず胸をなでおろした。
マーティン達がいる部屋を後にし、執事二人に指示を出す。
「ブレナン、では一時間後マーティンを食堂へ案内してちょうだい。スコフィールドは使用人達の服を集めて、ある物だけで良いので着替えるように指示を頼むわね」
「「畏まりました」」
「ではまた後ほど。解散」
私はそう告げると、足早にダイニングへと向った。
案の定、ダイニングではドンちゃん騒ぎが未だ続いていた。現状は最悪だ。荒れたテーブルに、酔いつぶれて突っ伏してる男。床に大の字になって寝ている男もいる。
私は目に止まった、テーブルの上に置かれたグラスを手に持ち、フォークで鳴らす。
ーーーーーキンキンキーン、パリンッ!!
あっ、勢い余って割っちゃった。
貴族っぽいかなと思った行動は失敗し、割れたグラスは床へと落ちたが、誰も気づいてはいない。
「皆、お開きです!!」そう大きめの声で叫んでも私の声は届かず、そのまま騒ぎながら酒を飲んでいる。
私はテーブルで突っ伏して寝ているベンケを見つけ、すぐにその大きな体を揺らした。
「ベンケ! ベンケ!! 起きてください!」
「ぐがぁー、うぐぐぐ」
「うわっ、酒臭い、ベンケ。ベンケ!!」
必死に体を揺らし続けると、ようやくベンケが重たそうに体を起こした。
「良かった。ようやく起きたわね、ベンケ」
「んんー? どうしたんです? オジョウ」
「ベンケ、すぐに皆んなを落ち着かせて」
「んーッヒック。分かりました」
ベンケはもたつきながら、ゆっくりと立ち上がると、大きく息を吸った。
「お前らぁぁぁっ!! 静まれ!!」
その大きな声に、騒いでいた船員の男達が一斉に動きを止め、静まる。
「ありがとう。ベンケ」
私はベンケの後に続くように大きな声を出した。
「皆さん。今日はこれでお開きです。これより、この場を皆で片付けて、綺麗に掃除します。いいですね」
隣で聞いていたベンケが小さい声で呟く。
「そんな、嘘でしょ、オジョウ……」
「つべこべ言わず掃除するの! 寝ている人はそのままでもいいから、動ける人は私と一緒に掃除!!」
さぁ、これから私の過去の異名、掃除の魔女の威力を発揮してやる!




