No.77 水戸黄門?
船を下りる手前で、慌てたベンケが私に駆け寄って来る。
「オジョウ、オジョウ! オラも連れて行って下さい!」
「駄目よ」
「な、何故です?」
「何故って、貴方が無能な家来だからよ」
「そんな……オラは」
「この私に風邪を引かせたでしょう?」
「え……? カゼ?」
「貨物室で私を寝かせたうえ、暖かい物を着せて寝かせた訳でもない。貨物室は寒いのよ? 貴方のせいで私の具合は悪いの。私はデリケートなのよ。殺す気?」
「……」
(ちょっ、ちょっと!! エリザベート、私が悪いのよ! ベンケは何も悪くないわ)
「分からなかった? ええ、そうでしょうね。でもねベンケ、貴方はこれから私の家来として生きていくのよ。私がそれを認めたの。この先、常に戦いがあるわけではないし、誰かを脅す為に貴方を必要としているわけではないわ。貴方の役目は私を守ること。私の役に立ちたいなら。私の事を良く見ていなさい。そして配慮を覚えなさい」
「……っはい。オジョウ……すみませんでした」
「罰としてお留守番です」
(悪魔め……)
私はニッコリとベンケに笑みを向ける。
「ベンケ、落ち込んでいるヒマはないわよ? 夜になったら貴方にやって頂く大切な仕事が待っています」
「大切な仕事? そ、それは何ですか!?」
「私ね、家に帰りたいの。ステイン家のお屋敷。あそこに帰りたいのよ。だから私のお屋敷に行って掃除をして欲しいの。この船の乗組員全員で私のお屋敷に行って、キレイに掃除、お願いね」
「あの、屋敷はどちらに?」
「ここの人に聞いたら直ぐに分かるわ。ベンケ、私の大事な屋敷です。大切に丁寧に掃除をするように。ゴミもネズミも必ず残さないで。ちゃんと掃除して下さいね。船員達にもそのように伝えなさい」
(ベンケに掃除? なんかそれこそ罰みたいじゃない。ベンケ大丈夫かな。そもそも船の皆、掃除とか苦手そうだし)
「さっ、何ぼさっとしてるんです。 ジェフもたったか動いて」
半開きになっていた口を慌てて閉じたジェフはすぐに返事をすると歩き始めた。
港を離れ、貴族街へと私達は歩いて行く。
ジェフは周囲をチラリと見ては、警戒した様子を出さないように私に話しかける。
「あの、エリザベート嬢。ここは貴族街です。流石に危険ではありませんか?」
「あら、堂々としてれば、案外バレないものよ。それに私自身、あまり社交場には出席していませんから、殆ど顔は知られていないの。まぁそれでも、超絶美人な事には変わりないので、私の虜になる男性はいらっしゃるかもしれませんね」
(ん? あれ? 聞き覚えがあるセリフだ)
「そっ、そうですか。それで……これからどちらに」
「ふふっ。行けばすぐに分かりますよ。まるで関が原の戦いの前みたい。家康のようだわ。
それと、ジェフ。今回は貴方が頼りです。マーティンをちゃんと守りなさい」
「それは勿論。あの……それでセキガハラとは……?」
「あら、それは知らなくて当然だからいいの。でもそうなのよ」
(セキガハラ……ねぇ。やっぱりエリザベートは私の記憶を共有できてるのね。 ねぇ、でも何で!? 私はエリザベートの記憶は思い出せないのに! エリザベートは私の記憶を?)
私は私にだけ聞こえるように小さく呟く。
「何言っているの。貴女は私の体を勝手に使っているじゃない。それに記憶だって貴女も使っているでしょう。文字が読めたり、こちらの世界での生活も大して困らなかったはずよ。 だから私は貴女の惨めな記憶を有益に使って当然なのよ」
(そんな……私の記憶は惨めじゃないもの!)
貴族街を少し歩くと、私はある屋敷で足を止める。その屋敷の門には兵が二人立ち、警備をしていた。
「エリザベート嬢、正気ですか?」
ジェフが真剣な表情で私に聞いた。
「ええ、勿論正気よ。私は角と飛車で金将を手に入れるつもり」
「エリザベート嬢?」
「ふふふ、皆さんが知らないゲームですよ。将棋というゲームの話です」
私は門の前に立つ兵にニッコリと会釈をして門を
(えっ!? ちょ、ちょっ、ちょっと、エリザベートまずいって、堂々としすぎても流石に兵には止められるよ!!)
堂々としているエリザベートに門番は不振に思わず、私達を通してしまう。
「行きますよ」
私は屋敷の扉の前に立つと、躊躇う事なく扉をノックした。数分後、屋敷の使用人が出てくる。
「お待たせ致しました。どちら様でしょうか」
「こちらのお屋敷の主人はいらっしゃいますか?」
「今は不在です。お名前とご用件を伺いたいのですが」
「あら、貴女がそれを聞いた場合、死んでしまう可能性がありますが、いいのかしら」
「エリザベート嬢」
ジェフは顔色を変えて諌めるように私の名を呼ぶ。
「良いではないですか。本当のことを言っているのですし」
使用人は困惑しながら、チラリと門の兵を見た。
「あの……人を呼びますよ」
「そう。なら手紙の差出人であるエリザベートが来たと、そう言えばいいのかしら」
その言葉を聞いた瞬間、使用人の顔色が変わり、急に慌てた様子で「少々お待ちください」そう言って屋敷内に戻って行った。
「エリザベート嬢、大丈夫ですか? 人を呼ばれる可能性もあるのでは?」
「ジェフ、貴方将軍でしょう? ずっと守ってばっかりだったから、弱腰になってしまったの? 貴方がそんなでは負け戦になるわよ」
「それは……」
私はマーティンに視線送る。
「殿下、貴方も貴方です。いずれこの国の王になられるんですよ? たかが女一人の言動に、ビクビクして。そんな臆病者に民は付いてきません。少しは度胸を付けなさい」
「えっ……」
ーーーーガチャ
「お待たせしました」
屋敷の使用人が再度、扉を開けると、私達を丁寧に屋敷の中へと招き入れた。
私はマーティンに優しく微笑みかけ、小さく頷くと、そのまま使用人の後を追い屋敷の中へと入って行った。
屋敷の奥へと進み、案内されるまま客室へと入る。
「お待たせ致しました。旦那様、エリザベート様でございます」
客室の中には仁王立ちした中年の男性が立っている。私は軽やかに礼をとり、中年の男性に向かって微笑んだ。
「初めまして。ヴィルヘルム将軍」
(はぁ? え? 将軍!? 今将軍って言った!? マズいでしょ! 捕まっちゃうじゃない)
「こちらこそエリザベート嬢、それに……」
ヴィルヘルムは私の手を取り礼をした後、ジェフに視線を移した。目が合ったジェフは深々とヴィルヘルムに頭を下げる。
「ヴィルヘルム将軍、ご無沙汰しております。この度は会話の場を設けて頂き、感謝致します。
今回ここに来たのは貴殿に頼みたいことがあってのこと。勿論それなりの対価はご用意させて頂きます」
「いやいや、良い。そう固くなさらずに。私も渦中であるステイン家のジョゼフィーヌ様から手紙が届いた時には、流石に驚きはしましたが。まぁでも今もエリザベート嬢が直直にこちらに来られるとは……正直信じられない気持ちですよ」
私はニコリと笑い小さく頷く。
「そうでしょう。ですが、もっと信じられないようなお話をこれから致しますよ。早速ですがヴィルヘルム将軍はこちらの方をご存知でしょう?」
私はジェフを紹介する様に手のひらを差し出す。
「ええ、随分と久しくはありますが。ジェフレイズ将軍。お元気そうで何よりです」
「ヴィルヘルム将軍も」
「お二方の面識があったのであれば話は早いですね。ヴィルヘルム将軍、ジェフの隣にいるお方はルイ殿下ですよ」
ヴィルヘルム将軍は、驚き、目を見開きながらマーティンとジェフを交互に見やる。ジェフはただ無言で頷くだけだ。
「もう一度言います。こちらに居られるお方は我が国の第三王子、ルイ殿下です」
(何か……水戸黄門のような雰囲気だな。いつの間にか私とジェフが助さん、角さんの立ち位置になってるし)
エリザベートの言葉に、ヴィルヘルムはすぐに跪きマーティンに頭を下げた。
「殿下、存じ上げなかったとは言え、申し訳ありません。お許しください」
(ああ、これ絶対水戸黄門じゃん。私口角上がってるよ。絶対ニヤついた顔してる。本当いい性格しているよエリザベート)
「コホン……」
私は咳払いを一つすると、視線をマーティンに移しヴィルヘルムに何か言葉をかけるように促した。
「えっ……えーと、その」
(あぁ残念。ダメだ。黄門様がへたれすぎる。全然威厳もないし、むしろめっちゃ怯えてるよ。ジェフも何かオロオロしながらマーティン見てるし。どうするの? エリザベート)
私は頭を抱え、呆れたように小声で呟く。
「殿下、大儀と……」
「あっ、たっ大儀である。ヴィルヘルム」
「ありがたき幸せ。殿下」
頭を下げたままのヴィルヘルムに、次はどうしたら? とでも言いたげなマーティンの顔。
私は小さくため息を吐くと、マーティンより一歩前に出た。
「ヴィルヘルム将軍、頭を上げて下さい。今回私達の方が貴方に頭を下げ、頼みごとをする為に会いに来たのですから」
ヴィルヘルム将軍は立ち上がると、私達をソファーに座る様促した。皆が座り、将軍もソファーから少し離れた椅子へと座った。
テーブルには、侍女によってそれぞれ紅茶が並べられる。
「それで、渦中のステイン家のご令嬢に、殿下、そしてジェフレイズ将軍は私に何を望んで居られるのでしょう」
私は将軍に向けて頷いた。
「まず、王子殺しの首謀者について。今現在、王宮では私の姉である、カトリーヌが犯人だと言っています。ですが、王子殺しはカトリーヌではありません。二人の王子を殺した犯人、それは王妃であるイデアです。」
「イ、イデア王妃!?」
「ええ、そうです。ですが、ここで私がイデア王妃が犯人だといくら説明しても、信じられないでしょう? それほどまでに、イデア王妃は計画的に王子を殺害しました。それに、今日私が此処に来たのは、犯人がイデア王妃であると信じて欲しくて来たのではありません。ヴィルヘルム将軍に見極めて欲しいと、そう頼みに来ました」
「見極めると、言うと?」
「私達に時間を頂きたい。ヴィルヘルム将軍にお願い申し上げます」
「時間……ですか」
「ええ、驚かれるでしょうが、私達はこれからイデア王妃に会いに行きます。貴方には彼女のその後の動向を将軍に見て頂きたいのです。
普通に考えて、王宮は私を含め捕らえようとするでしょうね。そして、その命令は王宮から出るでしょう。
でも将軍、その命令を源を調べてみて頂きたいのです。恐らく国王陛下からの命令では無い事が分かるはず。イデア王妃がその命令の源だと分かる筈です。それまでの時間を頂戴したいのです」
「なんと大胆な。しかし、エリザベート様がイデア王妃に会い、もしもの事があった場合どうするのです」
「ふふっ。それはその時考えますよ。絶対の保障なんて所詮はこの世に存在しない。せっかくです、大胆に行かなくては。あ、そうそう、イデアと会った後、私達はステイン家の屋敷に篭ります。恐らく今の屋敷内は兵達が闊歩していますよね? 夕方までに撤退して頂けないかしら? でないと、私、エスターダ国の大事な兵を傷つけてしまうことになります。
兵の撤退理由には発見した私達の捜索に、とでも言えば王宮はそう疑問に思わないでしょうし。まさか私が屋敷に戻るなんて考えないでしょ?」
私の言葉にヴィルヘルムは口を半開きにしながら黙って聞いていた。隣にいるジェフ、そしてマーティンは私の話を聞いて困ったように頭を抱えている。
「数日後、ステイン派の貴族を屋敷に招待します。そこで、イデアが犯人であること、そして国家転覆を図るイデアの悪事を暴こうと思います。その際、以前のステイン派の貴族達が納得せず、カトリーヌが犯人だと言うのであれば、私自ら姉を差し出します。ヴィルヘルム将軍、その時まで、軍を動かさないで頂きたい。
そして、ステイン派の方がイデアが犯人だと納得した、その時には貴方も以前のようにステイン派として付いて頂けますか? ヴィルヘルム将軍。
私は決して王宮を断罪したいわけでは無いのです。むしろイデアから王宮を守りたい。イデアは第四王子であるエーム殿下を次の王にさせるべく、画策しています。間違いなくここにいるルイ殿下も命を狙われるでしょう。そして国王陛下も同じです。早く手を回さなければ。国王陛下の命も危ない。ですから、数日。私達に時間を下さい」
私の嘆願に、ヴィルヘルム将軍はただうなだれながら呟いた。
「もし、その命令の源が国王陛下のものだったら?」
「そうであれば、貴方が私達を捕まえて下さい。私達は屋敷に居ますから、いい手柄になりますでしょう? 国王陛下に誓った忠誠を見せれば良いのです。ヴィルヘルム将軍にとって、なんら痛手はありませんよ。ただ時間を下さればいいのですから」
一度天井を仰ぎ見たヴィルヘルム将軍は意を決した様に頷いた。
「……分かりました。そのお話、引き受けましょう」
「そう、良かった。将軍。ステイン派の話し合いの場には是非いらして下さい。きっと有意義な時間になりますよ。ステイン家こそが我が国、エスターダ国に更なる富をもたらす事をそこで誓わせて頂きますから」
「ほう、随分と大きな事を仰る。私は真に受けてよろしいのですか?」
「ええ、もちろんです。ステイン家の見栄は名実相伴いますからご安心下さい」
私はそう言って微笑む。
将軍の動きが一瞬止まったように見えた。
(なんか、すごい事になって来てる。軍を動かすとか動かさないとか、この後どうなるか私の頭では想像つかないよ)
私は、小さい声でいう。
「馬鹿エリッサ、今あんたが使っている頭は私の頭なんだから、頭のせいにしないでくれる」
私はヴィルヘルム将軍にニッコリと微笑み続けた。




