No 64 乗船交渉
ベンケと港に到着すると、彼は大きな体を縮こませ、身を隠すように隠れながら、一隻の船を指差した。
 
「オジョウ、あの船です。あの船なら、マストも大きいですし、スピードも速く出ると思います」
 
「そう。ではあの船に乗せてもらえるように、頼んでみましょうか」
 
私はそう言って、ベンケの指差したその船に向おうとした。
 
「オジョウ、待ってください。交渉はオラがします。これでもオラ、交渉は得意ですし」
 
「そうなの……?」
 
いや、うん。この人全然信用できないよな、さっきからコソコソ怪しいし。任せるのは不安しかないよ。
荷馬車のようなことになってはダメだ。
 
「いいえ。ベンケ、私も一緒に行きます。二人で頼みに行きましょう。 お金を多少積めばきっと快く乗せて行ってくれると思うわ」
 
ベンケは、ガハハハハと笑いながら頷いた。
 
私とベンケは、停泊している船にそのまま歩いて向かったけれど、ベンケが何故か周囲をきょろきょろと見回している。
 
なんか嫌な予感しかしない………。
昨日もこんな感じのあったよね?
 
ザワザワと落ち着かなくなっていく私の心とは裏腹にベンケは挙動不審ながらも上機嫌に進む。
 
「おい、止まれ。お前ら何しに来た」
 
船の乗組員らしき男の人が、警戒するように長い棒を私達に向け、睨んできた。
 
「オラ達、この船に乗りたいんだ。乗せてくれねぇか?」
 
「はぁ? お前達、この船が何の船か知って言っているのか?」
 
「オラは、知ってるぞ。はえぇー船だ。それに凄く良い船だな」
 
「何言ってるんだ、このデカブツ」
 
そう言いながら、船員の男は私の方へと視線をうつした。身なりを小汚く装い、フードを深く被る私を食い入るようにじっと見つめてくる。
 
「おい、デカブツ。乗せてやっても良いぞ。ただし、そこの少女をこちらによこしな」
 
「ん? ああ、良いぞ。だが、まずは船長に会わせてくれ、会わせてくれねんなら、オラ達は帰る」
 
「船長に? あぁ、まぁ、ちょっと汚ねぇが、どうやら上物のようだしな、いいだろう。少しそこで待っていろ。船長に取り計らってきてやるよ」
 
船員の男はニヤニヤしながら私を見ると、そのまま船の中へと入って行った。
 
え? どういうこと? 上物?
 
「あの、ベンケ? 一体どうなっているの?」
 
「ガハハハ。まぁ、見ていてください。オジョウはただ立っていれば、あの船はオジョウのものですよ」
 
それは……どういう意味だ?
ただ、立っていればあの船は私のって、どういうこと? あの、不安しかないんですけど……。
 
さっきの男が仲間の船員をゾロゾロと引き連れて戻ってくると、皆がニヤニヤと怪しく笑いながら私達を取り囲んだ。
 
「いいぜ、デカブツ。船長に会わせてやるから付いてこいよ」
 
「ガハハハハ! こりゃ吉兆。オジョウは、そのまま慎んでいて下せい」
 
ベンケ……私はずっと慎んでますよ?
てゆーか、ちょっ、え? この情況、だいぶ雲行きが怪しくないですか? 雰囲気めっちゃ怖いし。
あの、本当、だから説明お願いしたいんですけど………ねぇ、だからベンケくん? 勝手に進まないで。
私は答えを求めて、ベンケを見上げたけれど、ベンケはただただ上機嫌に笑って頷いているだけだった。
 
私はガックリと項垂れながら、歩く。
取り囲む男達に誘導されるまま、船の中へと入って行った。
船の中に入ると、その装飾や、船員の姿を見て、ここがどんな船なのか、私の嫌な予感はどんどん増していく。
 
船員の殆どが武器を所持し、そして彼らのほとんどが顔や手、身体中に生々しい傷跡がついている。
どう考えても…………
 
私の想像していた船じゃないよね、これ。
それに、軍の船には見えない。制服など着ている者はいないし、どちらかといえば、皆んな薄汚い格好してる。漁船? 商船?
いや、どれも武器そんな必要ないよね? しかも怖い男の人だらけだよ。
 
船の甲板まで来ると、いかにも船長のような三角帽子をかぶった中年の髭を生やした男の人が私達を出迎えてくれた。
紳士のように帽子を取るとそのまま胸に手を当て丁寧なお辞儀する。
 
「お客人、ようこそ我船、ジャリーフィッシュ号へ、あなた方を歓迎いたしますよ。私はここの船長、モディです」
 
モディ船長の素振りは、紳士的なお辞儀や、丁寧な言葉を使ってはいるものの、その全てが胡散臭く感じるものだった。見た目もジャラジャラと派手で、金の指輪をいくつもしている。蛇のような凝った装飾がされている剣も腰からぶら下げていた。顔も、雰囲気も一際怖い。どう見てもただの船長ではなかった。
私はベンケの大きな体の影に隠れるように、少しだけ後ずさったが、そんなモディ船長に対してもベンケの態度は全く変わることもなく、前へと歩みよって行った。
「モディ船長、オラはベンケと言う。よろしく頼む。ガハハハ」
 
ベンケはそう言いながら、モディ船長に手を差し出した。モディ船長はニコニコと笑いながらベンケの差し出した手を握り返す。
 
「この船は、オラの見立てだと密輸船だろ? つまり海賊船であっているかな?」
あ、やっぱり海賊船だった………。
って、ベンケ、どおぉぉぉすんの!?
絶対、ヤバいじゃん! 人数的にも不利だし!
どう見ても皆んな怖いし、今も周囲の男達は、腰にある剣の柄を撫でながらニヤニヤとこっちを見ている。
あぁ、死亡フラグが………。
やっぱり私が、全力で止めるべきだった。
 
「はっはっは、ベンケ殿は鋭いですな。いかにも私の船は海賊船、この船に持ち込まれたものは全て俺のものだ」
 
「そうかい。ガハハハハ」
ニヤリと怪しく笑うモディ船長は「意味が分かっているのか?」と片手で帽子を被り直した後、懐に手をやった。
「ガハハハハ、大丈夫だ。そこまでオラはバカじゃねぇよ」
ベンケは笑いながら握手を交わしている。モディ船長の手を離すと、ほんの少し後ずさりする素振りをした。
とその時だった。ベンケが私に振り向くように体を捻ると、そのままベンケの左手が物凄い勢いでモディ船長の顔面にめり込んでいた。
 
ーーーーーードゴオォッ!!
 
一瞬の出来事で何が起きたのかも分からず、皆が唖然としている。私も訳がわからず、ただただ呆然と立っていた。
 
モディ船長はそのまま倒れ、身動き一つしない。
 
沈黙の後、一人の男がモディ船長を近づき、彼を見ると、一言、呟くように言った。
 
「し……死んでる?」
 
その言葉に、私達を取り囲んでいた男達が一斉に私達に武器を構える。
 
ベンケはそれに動じることもなく、不自然なほど豪快な高笑いをした。
 
「ガハハハハ、おまえ達よく聞け!! ただ今より、この船は、ステイン家の船になった。こちらにいる女性は、エリザベート・メイ・ステイン様である。これより、エスターダ国の王宮に反旗を翻し、天下を取られる方だ。
この船は今より、ステインの公式の海賊船とする。異論がある物はオラの前に出て来い。モディのように一瞬であの世に送ってやる」
 
ベンケの言葉に男達はお互いの顔を見て、ざわつき始める。ベンケはニヤリと笑いながら畳み掛けるように続けた。
 
「おまえ達!! クソみたいな王族と戦が出来るぞ! 勝てば莫大利益がおまえ達の手に渡る。このエリザベート様がおまえ達の望みを全てかなえて下さるぞ! 金が欲しければステインにつけ!!」
 
海賊船の乗組員達の顔色が次第に変わっていく。
私の顔を食い入るように見つめる男達は、モディの顔と見比べた後、私達に向ける武器を空へと掲げた。
 
「エリザベート様ばんざーい! エリザベート様!」
 
誰かが叫び始め、次第にステインコールが沸き起こった。
私は状況に全くついて行けず、何故こうなったのかさえ分からない。
ベンケは呆然と立っている私に、深々と頭を下げ、小さく「オジョウ、失礼」と声をかけた後、私を抱きかかえながら、自身の左肩に乗せた。
急に高くなる視線、更なる歓声が起こる中、ベンケがぐるりとその場で一周し、私は流れるような船内の景色を見渡していた。
数人の男達が、モディの身ぐるみを剥がし引きずって行く姿がチラリと見える。
 
私は、半開きの口をそのままに、怒号のような歓声と男達の視線の渦中にいた。
頭の中は、何故こうなった………? それしか浮かばなかった。
 
「オジョウ、この船の名前はエリザベート号に変えていいですか?」
 
とりあえず、コクコクと頷くことしか出来ず、頭の中は全く整理出来ていない。
数人の男が、ジャケットや、帽子、刀 剣などを持って、ベンケに献上するように差し出した。
ベンケはそれを受け取ると、そっくりそのまま、私に渡す。
 
「オジョウそれを身につけ、剣を高く掲げてくだされ。そして何か士気が上がるようなお言葉を」
 
ーーーーーーは?
言葉? え? え?
言葉ってナニ!?
 
私は戸惑いながら、右手でもたつきながらジャケットを着て、三角帽子をかぶる。
ベンケから手渡された剣を言われるがまま空に突き上げた。
士気が上がるような言葉なんて私には分からない!
何かそれっぽくてカッコいいこと言えばいいの?
 
海賊………海賊…………。
「海賊王に、私はなるっ!!」
私は、何処かで聞いたセリフを、そのまま叫んでいた。
 
「「「うおぉぉぉぉぉ!! 海賊王!」」」
雄叫びと、歓声が同時に起こり、ベンケを見ると満面の笑みで頷いている。
「海賊女王!」
 
「女王! 女王! 女王!」
 
何故か海賊船の男達は女王コールで盛り上がり、まるでお祭り騒ぎだ。
 
何、この空気………
何なのこれは………だって、あの船長さん死んだんだよね? ベンケが………。
それで、なんで今みんな喜んでるの?
何なのこれ!?
 
モディ船長は船員の男、二人によって、海岸に投げ捨てられ、まるで初めから船長などいなかったかのように、私を歓迎している。
 
 
「オジョウ、今回は慎みはいりません。こいつらは皆、海賊だ。あのモディも海賊の船長、奪い奪われるのが当たり前。そんな奴らに慎みは必要ない。必要なのは、力。そう、オジョウの力でさ」
 
力? どういう事?
思わず首を傾げる私に、ベンケは笑う。
 
「さぁ、オジョウ。コイツらに命令を、オジョウはこの船の船長です」
 
ーーーー船長!?
私が? いやいやいや!
私そんなの聞いてないよ。
思わず、ベンケの肩の上から皆んなを見下ろす。
 
私が、この人たちの船長!?
 
屈強な男達、いかにも凶悪そうな男達だ。それがざっと四十人はいる。
こんな怖い男の人たちの船長!?
いや、無いでしょ。無理でしょ。
 
「ベンケ、私には無理です。船長だなんて」
 
「ガハハハハ、オジョウ、ですから慎みは無用ですぞ。さぁ存分にご命令を」
 
全然慎んでないから。
普通に怖がってるだけです。
本当に何でこうなった? 私はただ普通に、漁船や、商船にちょこっと乗せて貰えれば良かっただけなのに。平和に船に乗りたかっただけなのに。
気づけば海賊船に乗って、しかも船長!?
怖いよぉ。嫌だよ。
心の中でそう思っても、ベンケを始め、海賊船の乗組員達の声は、だんだんと静まり、期待の眼差しで私を見つめてくる。
ダメだ。これ、私が何か言わなきゃ、ダメだ……。
 
私はやけくそに、思いっきり強く剣を突き上げ、皆に聞こえるように大きな声で叫んだ。
 
「これより、アールッツァーに向う!! おまえ達、この私に付いて来い!」
 
拝啓
カリー。私、海賊になりました。
いいえ、海賊の船長になりました。
ねぇ? カリー、海賊の船長って何したら良いんですか?
私は心の中で、カトリーヌにメールを送ってみた。
 




