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No.56 炎上

 エリザベート達の乗っていた馬車に続きバストーン邸の屋敷から逃げていた荷馬車は三台あった。馬車の中には使用人や侍女達が乗っている。


 その逃げる荷馬車に向かって後ろから騎馬が、火矢を撃つ。ガン、ガンと音を立てながら、一台の荷馬車に命中した。

 その隙に二台の馬車は全速力で走り、その後ろを、五騎の騎馬が追って行く。

 火矢が命中した荷馬車はみるみるうちに炎が広がり、中に乗っていた四人の侍女と、二人の使用人が荷馬車から飛び出した。

 その場に残った二人の兵士が、ニヤニヤと笑いながら、それを待ち構え、襲いかかっていく。使用人の一人は腹部を刺され、もう一人の侍女は肩を切られていた。


「もう終わりだ。すぐに楽にしてやるっ!」


 肩から血を流す侍女の胸ぐらを掴みながら、兵士が剣を振り上げた。


「きゃあぁぁぁっっ!!」


 侍女は目を瞑りながらが叫ぶ。


「ーーーーえ」


 突然、剣を振り下ろそうとしていた兵士の膝の力が抜け、ガクリと体勢が崩れると「私が、貴方を楽にしてあげる……」そんな可愛らしい声が兵士の耳元に聞こえた瞬間、その兵士の首からは血が吹き出していた。


 兵士の背後に立っていたエリザベートが、その兵士を押しどけると、ドサリと音を立てながら兵士は倒れた。


「あなた達、他にけが人は?」


 侍女が泣きながら「エンリケが刺されました」そう震える声で呟いた。


 肩の傷を押さえながら、泣いているその侍女の言葉を聞いたエリザベートは、倒れている使用人を横目で見た。腹を刺されていたその使用人は既に死んでいる。


「そう………」


「こんのおぉっっ!! 小娘がっ!!」


 声を荒げながら残っていたもう一人の兵士がエリザベートに向かって走って来る。


「死ねえぇぇっ!!」そう叫び剣を向ける兵士に、エリザベートは飛び上がり、そのまま受け身を取りながら転がった。


 ーーーーーーーザシュッ。


「………ぐっはっ」


 驚きながらも、次第に苦痛へと顔を歪める兵士の腹部には、剣が突き刺さり貫通していた。 

 膝から崩れ落ちた兵士の背後には、ジョセフィーヌが顔面蒼白になりながら立っている。その手は震え、握りしめている剣の柄は血で真っ赤に染まっていた。


「ジョゼ、なかなかやるじゃない。躊躇わずに思いっきり刺してくれて良かったわ。どうだった? ヒトの肉を貫く感覚って気持ち良いと思わない?」


「……エリッサ………」


「ふふふ、冗談よ」


 エリザベートは立ち上がると、ジョゼフィーヌの方へと近づき、強く握りしめるその剣を優しく奪った。


「後は私がやるわ」


 ジョゼフィーヌが剣を手放すと、エリザベートは思いっきり兵士の腹部から引き抜く。


 ドサリと音を立てながら倒れこむ兵士に、エリザベートはその重たい剣で数度にわたって切りつけ、とどめを刺した。


 それを呆然としながら見つめていた侍女と使用人にエリザベートは向き直るとニコリと笑う。


「貴女達が案外近くに居て良かったわ。他の者達が何処に行ったか知っている者はいますか?」


 一人の侍女が静かに頷いて答える。


「馬車二台が追われています」


「何処に向かって行ったか分かる?」


「あっちの方向です」


 侍女がそう言いながら、南東を指した。


「そう、それからマリアは何処かしら?」


「え………?」


「エリッサ? 貴女何を?」


 侍女の驚いた顔と、ジョゼの戸惑いを含めた言葉にエリザベートは眉根を潜める。


「どういう事………?」


 エリザベートは少しだけ考えるように沈黙し後、頭を振り、顔を上げた。そして気持ちを切り替えるように使用人の一人に声をかける。


「あなた、馬には乗れるわよね?」


「はい」


「なら、馬の支度をお願い」


 使用人は、すぐに燃える馬車から馬を切り離し始めた。馬は、ほんの少しの切り傷程度で、十分に走れそうではあったが、興奮していて、使用人と侍女で馬を抑え、なだめながら、荷馬車から引き離す。


 エリザベートは一人の侍女を呼び止めると、近くに置かれていた数本の剣を指差し、その武器を持って来るように指示をした。


 侍女はかき集めるように、置かれてあった剣を抱えていると、エリザベートは先程殺した二人の兵士からも剣を奪い、それも侍女に渡した。

 思いの外重たい剣を八本も抱える侍女は、よろよろとしながら立っている。


「お嬢様、お待たせ致しました。馬の用意が出来ました」


 使用人が馬を引き連れながら言うと、エリザベートは「ありがとう」と答えながら、馬の手綱を受け取る。


「ジョゼ、貴女はここで待っていなさい」


「エリッサ………?」


 ジョゼフィーヌはどうしたら良いか分からないと言うように、戸惑いの顔を見せていた。


「何もしないで待てとは言わないわ。ジョゼは、ロザリーの傷の手当てでもしていなさい。肩の出血が多いので手当てが遅れると、そのうちロザリーは死にますよ。これ以上侍女が減るのも困るわ。それから、残りのサラかソフィアの侍女のうち、どちらかと一緒にカリーと子供達をこちらに連れてきなさい。場所はジョゼが分かるわね」


「分かったわ、エリッサ。でも貴女は何処に?」


 頷いたジョセフィーヌは、心配そうにエリザベートを見つめている。

 ジョセフィーヌの顔付きとは反対にニコリと可愛らしく笑ったエリザベートは「私はちょっとゴミ掃除でもしてきます」そう言って馬に跨った。


「あなた達2人はそっちの馬に乗りなさい」


「畏まりました」


 先に使用人の男が馬に跨ると、剣を抱える侍女を引っ張り上げるようにして、馬に乗せる。


「直ぐ戻ってくるわ」


 エリザベートはそう言って馬を走らせた。


 ジョゼフィーヌは去って行くエリザベートを呆然と見つめ、そしてジョゼフィーヌ自身が刺して殺した兵士の亡骸にそっと祈りを捧げた。





 それから暫くして、エリザベートと使用人と侍女が馬に乗り戻って来た。


 ちょうどジョセフィーヌが侍女のロザリーの手当てを終えて、ソフィアと共に、ダリアと、コールの子供達二人を迎えに行き、戻って直ぐだった。


 そして、エリザベートの馬のすぐ後ろには、はぐれていた荷馬車が二台付いて来ている。その姿を見たジョセフィーヌは安堵のため息を吐きながら、エリザベートを迎えに立った。


 

 エリザベートは馬から降りると、すぐに侍女達に指示を出し始める。


「カリーを荷馬車に。ジョゼと歩ける者はここから屋敷まで歩いて戻って頂戴、追手は暫く大丈夫よ」


 ジョゼフィーヌはチラリと荷馬車の中の方へと視線をやると、中には傷だらけの執事と侍女達が剣を抱え、顔色を無くしながら座っていた。


「分かったわ。でもエリッサ、ダリアとコールはお願いします」


 ジョゼフィーヌはソフィアに抱えられているダリアを受け取り、コールはその後ろに少し怯えるように立っていた。


 エリザベートは子供達の顔を見て眉根を潜める。


「………ダリアとコール? 私の玩具に名前をつけたの?」


「貴女の子よ」


「私の子? いいえ。コレは私の玩具よ!……ってまぁ、今はそんなこと話している場合でもないわね。いいわ。カリーと共に馬車に入れてあげて」


「ねぇ、エリッサ。貴女もしかして記憶が戻ったの? 以前の貴女に戻った?」


「ふん、何よそれ、私は私よ。エリザベート・メイ・ステインよ」


 エリザベートは、それ以上ジョセフィーヌに話す気は無いと示すように、馬に跨ると、そのまま屋敷へと向って馬を走らせた。

 

 カトリーヌと子供達を載せた荷馬車はエリザベートの後へと続いて、出発する。


 そして、ジョゼフィーヌと数名の侍女は、そのまま屋敷に向かって歩き始めた。

 皆、歩ける体ではあるものの、軽い擦り傷などは沢山あり、何よりも、襲撃された事での心労は酷いものだった。誰もが無言で、屋敷へ向かう暗い夜道をゆっくりと歩いていく。


 屋敷がだいぶ近づいて来た頃、ジョセフィーヌはふと、見上げた夜空の異変に気が付いた。屋敷のある方の空が暗闇の中でオレンジに光っている。それを見たジョセフィーヌは、胸のざわつきを覚え、ほとんど無意識のように思わず走り出していた。


 そして、それは一緒に歩く侍女達も同じだった。

 皆が上の方を見上げながら一斉に走り出していた。


 屋敷が近くなっていくと木々の隙間から炎がチラチラと見え、パチパチと燃える火花の音と、焦げついた異臭が辺りに漂っている。


 ジョセフィーヌがようやく屋敷の門へと到着した時、目に見えるその光景が信じられず、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「屋敷が………」


 バストーン邸と呼ばれていたステイン家の屋敷は黒い煙を巻き上げながら、真っ赤な炎に包まれていた。

屋敷の庭にはデンゼンの書斎の本や書類、そして袋に入れられた食料が乱雑に置かれ、執事や侍女達が疲れきったように座り込んでいる。


「……ど、どういう事? 屋敷が燃やされてしまったのに………何故……?」


「違うわよ、ジョゼ。屋敷は燃やされたのではなく、私が燃やしたの」


 そこには屋敷の庭の中央で仁王立ちで、燃えている屋敷を満足気に眺めるエリザベートの姿があった。


「エリッサ……………?」


 エリザベートのその瞳には炎が映り、真っ赤に燃える屋敷を、ただじっと見つめている。そのエリザベートの姿が、まるでこの世から逸脱している存在の様に見え、ジョセフィーヌは、無意識にジリジリと後退りをしながら、息を呑んでいた。



「良く燃えて、とても綺麗。上出来ね」



 そう言いながら、エリザベートは煌々と燃え盛る屋敷をただじっと見つめていた。


 ジョセフィーヌには、エリザベートが何を考えているのか全く分からなかった。これから先どうするつもりなのか、何処に行くつもりなのか。


「エリッサ、これから私達はどうなるのですか?」


 仁王立ちのままの、エリザベートが真っ赤に染まる空を見上げる。


「そうね……」


 そう呟いた瞬間、エリザベートは、ふっと力尽きたかのように急に意識を失い倒れた。


「ーーーーエリッサ!!? エリッサ!!」


 ジョセフィーヌが慌ててエリザベートを支え、名前を呼ぶ。炎の明るさの中見たエリザベートの姿も、小さな傷だらけでボロボロだった。


 ジョセフィーヌが何度もエリザベートの名前を呼び続けたけれど、彼女が呼びかけに応えることはなかった。

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