短編1 画面の向こうのあなた
画面の向こうのあなたの事を、私はしらない。本名はもちろん年齢も分からない。
スピーカーを通して聞こえるその声は、決して若くは無いのだろうが、さりとて歳というわけではないようだ。なので勝手に都合のいい年齢を想像してしまう。
あなたを初めて知ったのは、趣味であるゲームのライブ配信を漁っていた時だった。あなたにおススメと流れてきたのは、私の思い出のゲーム配信。懐かしいなと思い、その配信を覗いてみた。
ゲームの進行具合はまだ序盤といったところだった。視聴者に聞きながらプレイしているところをみると、初見なのであろう。
こんばんは
とあいさつを済ませると、老婆心ながらも、ネタバレにならないように気を付けながらアドバイスをしたのだった。
ほかの視聴者の中にも同志がいたらしく、配信中に盛り上がったのを憶えている。
それからというもの、定期的にあなたの配信に遊びに行くのが私の日課になっていた。
あの時、熱が入りすぎたせいか変なあだ名で呼ばれるようになってしまったのはいただけないが、自分のことをおぼえてもらえたのは素直に嬉しかった。
私が常連さんと呼ばれるようになったころ、あなたが珍しい時間に配信していたのは、雑談をするだけのものだった。いや、雑談というよりはただの愚痴を垂れ流すものだったと思う。
同じスピーカーから流れる声に元気がないのが分かった。話を聞くとどうやら進路に悩んでいるそうだ。
家族には言えないことを、電子の海に放棄しているといったところだろう。
私自身、同じように悩んだので、気持ちは分かるつもりだった。
下手なアドバイスはせずに、私は聞き役に徹した。時間帯のせいか、視聴者はわたししかおらず、あなたの弱気な言葉に相槌を打つように、私の打った文字がレスをする。
一通り話し終えると、あなたの声に元気が戻り、少しすっきりした様子で配信を終えた
件の配信からだろうか、私はあの人のことが気になり始めていた。
今日は配信するのかな
悩みは解決したのかな
普段はなにしているのかな
次の配信のときにする話のネタはどうしようか
そんなことばかり考えてしまっている。
昔から惚れっぽかった私は、これは違う、勘違いだ、と自分に言い聞かせる。
そんな気持ちは落ち着かせるため、あの人の配信に顔を出す頻度をさげることにした。
それから3年ほどたっただろうか。数か月振りに配信に遊びに行くと、なんとオフ会に誘われた。
場所は都内、駅も近い。いい機会だ。実際に会ってこの気持ちを終わらせよう。
私は、参加しますと答えた。
当日、会場となる居酒屋に足を運んだ。こういった飲み屋には来たことがないので、たばこのにおいと酔っ払いの大声はなかなかに堪えた。
店員さんに声をかけ、二階の宴会席に案内してもらう。室内から談笑が聞こえてきた。もう何人かあつまっているようだ。
ふすまを開けてなかにはいる。
話し声が止まり、ぽかんとした視線が私に集まる。
うん、まあそうだよね。
とりあえず自己紹介だ。挨拶は基本。もちろん本名ではなくハンドルネームだけど。
「はじめまして、レトロおじでーす。よろしくー★」
横ピースのおまけもしてやろう。
驚くみなの声が若干悲鳴のようだった。
そんな中
「じょ・・女性だったんですね」
聞きなれた、でもスピーカー越しではないあなたの声が聞こえて、ふと顔を向けると、人のよさそうな好青年がそこにいた。
ああ、これはダメだな。胸の中でなにかがはじけた気がした。
リアルであろうと、ネットだろうと関係ない。そんな惚れっぽい私の、ひとめぼれの話。