第95話
俺の名前は本田走一郎!!
とんでもねーことが起こったぜ!!
夏っちゃんのことで怒ってたお父さんたちに、お爺ちゃんが真っ向から俺をかばってくれたんだ!! 会社に入ってから、自分のことは自分でするようにと、ちょっと突き放した態度をとってきたお爺ちゃんが、俺をかばってくれたんだ!!
うっ……お爺ちゃん!!
やっぱりお爺ちゃんいつだって優しい!!
「なに言ってるんだ親父!! 女の子の胸は揉むためについているだなんて、そんなセクハラ!! あんたそれでも、一部上場企業の会長なのか!! 週刊誌にすっぱ抜かれたらどうするんだ!!」
「黙れ京一郎!! 社長職、会長職という役職について、日々業務に追われていたワシは忘れておったわ!! 職人にとって一番大切な心を!!」
「一番大切な心だって!? それがセクハラだというのか!?」
「そうだ!! いいか京一郎!! おっぱいも大胆にもめない、そして、やさしく触れない男に、いい製品を作ることなんてできない!! おっぱいを揉む繊細な手つきこそが、高品質な製品を生み出す!! それが職人というもの!!」
「ふざけんな!! なんだその無茶苦茶な理論は!! 聞いたことない!!」
けど、お父さんとお爺ちゃんが激しく言い争っているのは、なんだか心が痛む!!
どうして、こんなことに――!!
やっぱり、俺が、夏っちゃんの胸を揉んだばっかりに!!
「もうやめてよ!! お爺ちゃん、お父さん!!」
「「走一郎!!」」
「僕のことでそんな喧嘩しないで!! そんなの、そんな二人、もう見ていられないよ!! こんなことになるんだったら僕は、僕は――!!」
そして俺は家を出た。
十五歳の夜。会社のバイクで走りだして向かったのは、温かい第二の故郷。
そう――玉椿町だった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ごめんねお兄ちゃん。急にお家に泊めてなんて言い出して」
「いやいや、別にそんなのどうってことないよ。というか、謝るのは俺の方だし。ごめんね、俺が余計なことをしたばっかりに、なんか家族をぎすぎすさせちゃって」
「そんなことないよ!! お父さんとお爺ちゃん、どっちも頑固なんだから!! 普段はもっと仲良しなのに、どうしてそんなおっぱいのことくらいで――」
いや、そりゃ、そうなると思いますよ。
普通に考えて、自分の息子が女の子のおっぱいを、無茶苦茶にもみしだいて傷物にしたとなったら、そりゃ親として当然怒ると思いますよ。
ほんと、申し訳ないことをした。
俺の部屋。
せんべい布団を並べて眠る走一郎くんに、俺はちらりと横眼を向けて謝った。
正面きって見る勇気はない。
だって、俺のアホな言動のせいで家庭にご迷惑をおかけしてしまったから。
あの、鈴鹿にある走一郎くんのお家に謝りに行ってから数日が経った。
経ったが、結局その日、俺が走一郎くんのご両親に顔を合わすことはなかった。被害を受けた走一郎くんの幼馴染とも顔を合わすことはなかった。
全部、走一郎くんのお爺さんがなんとかしてやると引き受けてくれたのだ。
「あいやわかった!! 徳次郎さんの孫のアンタならば、間違いはない!! きっと夏子ちゃんの方にも、何かしら負い目があったに違いねえ!!」
「いや、ひゃくぱーせんとこいつがわるいとおもいます」
「廸子!! 女子供は黙っているんだ!! これは男と男のおっぱいにまつわる話なんだぞ!! 口を慎め!!」
「つつしめるかばかやろう」
「くっ!! やっぱり徳次郎さんの孫だぜ!! そうだな、おっぱいについて熱くなれねえ男は男じゃねえ!! いや、職人じゃねえ!! すまない徳次郎のお孫さん!! 俺は今の会社を育てることに手いっぱいで、職人として大切な心を忘れちまっていたみたいだ――!!」
「いいってことよ爺さん!!」
とかなんかそういう流れで、お爺さんがあとは話をつけてくれるということになったのだ。なので、いろいろ任せてその日は帰ってきたのだ。
大丈夫かなーと思いつつ。
まぁ、家で一番権力もってそうな、お爺さんが出てくれるならきっとだいじょうぶなんじゃねえとか、甘い心づもりで引き下がったのだ。
とりあえずお土産だけはしっかりと渡して、それで玉椿に帰ったのだ。
廸子は終始睨んでいたけれど。
だって、お爺さん、言っても聞いてくれそうになかったんだもの。
そして、なんかお爺さんの調子的にというか顔つき的に、走一郎くんのお父さん結構怖そうな感じだったんだもの。
工場の社長だものね。
そんなの優男じゃ務まるわけない。
そりゃ怖い人なのは分かっていたけれど、ごめん、覚悟が足りなかった。
まぁそりゃともかく。
実際、それで走一郎くんに対する親の勘気は一度解けた。
解けたらしいんだけれど、今、これである。
「あれから今度はお父さんとお爺ちゃんが毎日言い争いするようになって。もう、毎日、おっぱいおっぱいって、食事中でも、寝る前でも煩くって」
「ほんと、ごめんね、そういちろうくん、ほんと、ごめん」
「僕、おっぱいとか、お尻とかそういうのまだよくわからないんだ。というか、女の子のそういうのがどう魅力的なのか、いまいちわからないんだ」
「……へぇ」
嫌味かな。
走一郎くん、俺と違って絶対に女の子にモテる感じなのに。
そういうこと言っちゃうのはもしかして嫌味かな。
夜学に通っているって聞いたけれど、きっとそこでもモテモテでしょう。
そんな女の子みたいな整った顔しといて、モテないはずがないじゃない。
男の子にも女の子にも、モテないはずがないじゃない。
俺だって、あれ、走一郎くんならそういうのもありじゃねとか、時々思っちゃうのに。こうして一つ屋根の下に寝ていることに、割とドキドキしているのに。
やれやれまったく、これだから無自覚イケメンは困るよ。
きっとおっぱいを揉まれた幼馴染も、揉まれながら喜ぶど変態に違いない。きっとそうだ。それで、傷つけられたってことにして、走一郎くんを手籠めにしようとしているに違いない。
なんかそう考えると、振り回されるのがちょっと馬鹿らしくなってきたなぁ。
――よし。
「走一郎くん、君はアレだね、女性の体の神秘というものをまだよく理解していないようだね」
「……理解していないというか、その。よくわからないというか」
「仕方ない。そんな君のために、俺がまた一肌脱いであげようじゃないか。おぉっと、そういう意味じゃないぞ。そういう意味じゃない。断じてそういう意味じゃないが、そろそろ君も知っておくべきなのだ。男という生き物、その本能を。そして女という生き物、その魅力を」
そう言って、俺は、ゆっくりとせんべい布団から起き上がると、箪笥の方へと向かう。二重底になったそこから取り出したのは、俺の秘蔵のアイテム。
そう、俺が走一郎くんくらいの年齢からお世話になっているアイテム。
はじめて河川敷で拾った総天然色カラー雑誌。
ほんでもってまさかまさかのDVD付き。
贅沢なことをしやがると思いつつ、ほくほくした気持ちで家に持って帰った、オーパーツ。そう。
古いエロ雑誌であった。
「こっ、これは、お兄ちゃん!!」
「これかい。これはね、俺がその昔、女性というものを知るのに使った書物さ。この中に、君が今、本当に知るべきことが書かれている」
「本当に知るべきこと」
「女性のおっぱいやらお尻の素晴らしさが分からないと言ったね。大丈夫だ、これを見ればすべて分かる。このDVDの中には、それはもう、モザイクこそかかっているけれど、ばっちりくっきりと女体のすばらしさが詰め込まれているからね」
いいのかな、こんなの見ちゃってと、カマトトぶる走一郎くん。
君くらいの年頃なら、むしろ、興味津々で食いつくのが健康なのに、いったいどんな家で育ったのだろうか。
そういう無菌栽培的なのが、結局こうしていらない悲劇を生むのだ。
そう、これは、これ以上、走一郎くんに辛い思いをさせないための予防接種。
無垢な男の子にゆがんだ性癖を植え付けるとかそういうものではない。
断じてない。
窓に映る俺の顔が歪んだ感じになっている気がするがそれはそれ。
「……ふふっ、走一郎くん覚悟はいいか。この世の真理を君はこれから覗き見ることになるんだぞ」
「……わ、わかったよお兄ちゃん!! 僕も男の子だ!! 見るよ!! そのこの世の真理という奴を!!」
けっこう。
そう言って、俺は口元をつり上げると――部屋にあるブルーレイレコーダーを起動したのだった。そして、テレビの音量を最小限まで絞った。
くくく、この、何も知らない子羊を、黒く染める快楽――。
たまらねえ、たまらねえぜ――。
なにかに目覚めちまいそうだ――。
もう寝る時間なんですけどね――。
◇ ◇ ◇
「で、そのあと、夜通しDVDを見て、走一郎くんはふらふらになりながら鈴鹿の方に帰って行ったと」
「うん。夏っちゃんに謝らなきゃとか、すげー慌てて出て行った」
「いったい何を見せたんだよお前」
「隣に住んでる幼馴染スペシャル。お姉さんから同い年に妹まで。君のことが好きすぎてたまらない彼女たちと、いっぱいいけないことしちゃおう――だ!!」
はい、廸子さん、顔真っ赤にしない。
俺も言っててめっちゃ恥ずかしかったんです。
ちょっとぼかそうと思ったけれど、反省している手前、なんかそこぼかすとまずいよなって思って、正直に言ったんです。
うん。
おさななじみのいるにんげんにこのざっしはささる。
そりゃ性癖も捻じ曲がるってもんですよ。えぇ、それはもう。
「……陽介のヘンタイ」
「お前ねえ、その雑誌があるからこそ、俺はお前のことをいっそう大事にするようになった訳ですよ。こうして今でも、ちゃんと大切にしてる訳ですよ。そんな俺たちのキューピッドみたいな雑誌を、あしざまに言わなくてもいいじゃないのよ」
「あしざまに言ってんのはおまえのことだけだよ!!」
けど、嫌じゃないのね。
あぁうん、そう、嫌じゃないのね。
いやー、ここは本物の幼馴染、反応がやっぱりちょっとリアルよね。
DVDの中にはなかった反応だわ。
ほんと、エモいわ。
事実は小説ならぬDVDよりエロしだわ。
ほんと、読んでよかったなあの雑誌。
今の俺たちのこの緩い感じはあの雑誌から始まったと言って過言ではない。
そして――。
「見せるんじゃなかったなあの雑誌。走一郎くん、顔面真っ青だったよ」
「自分のしでかしたことの大変さをようやく理解したみたいだなぁ」
走一郎くんたち幼馴染の関係もこれから始まるのだろう。
ちゃんとした、男と女とした、関係が――。
うん。
「ところで廸子ちゃんは、俺の部屋にやって来て、不自然なくらいに密着したり、わざとらしくパンチラしたり、なんかそういうしゅきしゅきあぴーるはしてくれないの? 俺はいっぱいしゅきしゅきあぴーるしてるのに、不公平じゃない?」
「おまえのそれはただのセクハラっていうんだよ、ようすけ」
はい。ちいません。
現実の幼馴染との関係は、あんなDVDのようにはうまくいきませんよね。
とほほ。




