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第9話

「入浴剤ってさ、精力剤に通ずる言葉の響きがあるよね」


「……はぁ?」


「分かれよ。ほら、こうなんてーの、言葉の響き的な、さ」


「耳、腐ってんのか? 耳鼻科紹介しようか?」


 この町から一番近い耳鼻科って言ったら、タニシ耳鼻科じゃねえか。

 よぼよぼの爺ちゃんがやっている、タニシ耳鼻科じゃねえか。

 病院なんだけど、爺ちゃんの飛ばす粘液で、逆に体がわるくなるんじゃって感じの、タニシ耳鼻科じゃないか。


 いきませんよそんなところ。


 もっと若い、綺麗な女医さんの居る所にしてください。

 知っているんだろう、廸子。

 お前もこの市内の医療に携わっていたんだから。


 爆乳先生が、セクシー診察してくれるような、そんな耳鼻科をさ。


 さぁ、もっとよく見せて。

 膝枕で。


 先生、センセイの顔が、おっぱいで見えません。


 みたいなさ。


「えぇ、タニシさんじゃないとなると、駅前の三木クリニックになるな」


「お、クリニック。そういう小洒落た名前の店名にするあたり、店主は間違いなく女生と見た。是非、一筆紹介状をお書きくださいませんか、廸子さま」


「まぁ、医院長は女性だけど――六十過ぎのおばちゃんだぜ?」


「……熟女適性はまだないんです許してください」


 第一、鼻とか喉とか大丈夫だし。

 また今度の機会ということで。


 ぜひ行っとけと妙にぐいぐいと押してくる廸子から、やめろやと離れて俺はカウンターの前にあらためて立った。


 差し出したのは件の入浴剤。

 日用品コーナーにちょこなんと置かれていたそれは、パックタイプの奴。


 一つ使い切りでいい香り。

 柚子の香りで疲れをリフレッシュ出来るもの。


 ぶっちゃけバブだった。


「……なんでお前、こんなもの買ってんだよ」


「いや、なんかたまにはさ、頑張った自分へのご褒美に入浴剤でもと思って」


「頑張った、自分」


「お前は知らないかもしれないけどさ、俺だって頑張ってるんだよ!! 町内会の催し物とか、ちぃちゃんと一緒に参加してるんだよ!!」


 今日は、町のはずれの山すそで、タケノコ掘り大会でした。


 タケノコってさ、放置しとくと大変なことになるんだよ。

 そらもう、毎年町内会のおっさんたちで、力いっぱい駆除している訳だよ。

 それもね、根治って言葉がある通り、根掘り葉掘りの深い所まで掘ってタケノコを採る訳だよ。


 そりゃ平日だからさ、出てくるのは現役引退したおっさんばかりな訳。


 有給取った人も少なくはいたけれどさ、まぁそういう若い人に自然と重労働は回されていくよね。

 というか、回っちゃうよね。


 だって爺たちだもの。

 体力はないけれど、権力は持っているじじいたちだもの。


 という訳で。

 わしら満身創痍という奴じゃよ。

 炭酸性の泡が出る風呂の一つにでも入ってないとやってられないんじゃーってもんである。


 で、家に帰ってちぃちゃんとたけのこ預けて今ここ。


 分かって、廸子。


「あぁー、タケノコ掘りな。爺ちゃんが言ってた。今年はお前も参加したのか」


「お前の爺さん、ほんと元気な。経過観察とか絶対嘘だろ。喜々として鍬振るってたけのこ掘り出してたぞ。爺の身体じゃねえ」


「驚異的な回復力だとは医者も言ってたよ。けどな、ほら、爺ちゃんてば、自分が病気になるまで我慢してたからさ。それもぶっちゃけ、やせ我慢というか」


「根性論で大病患ってたらザマァねえぜまったく。ったく、男ってのは本当にダメだね。なんでそう無駄に格好つけるんだか」


「……お前がそれ言う?」


 まぁ、言えない立場なのは重々承知しておりますよ。

 俺もなんだかんだで、無茶してやっちまったタチだからな。


 ほんとよくない。

 無茶はよくない。


 けど、無茶するしか生きていく方法がないんだったら、もうそうすることでしか生きられないんだったら、そうしちゃうのも仕方ないよな。


 じっと廸子の方を見る。

 心配そうに俺の方を見る彼女に、今はもう大丈夫だからとほほ笑んで返す。


 もちろん、大丈夫な訳がない。


 もし、本当に俺が大丈夫ならば、俺はここに既にいないだろう。

 とっとと仕事を再開して、今現在帰宅の途中という奴である。


 もう一度、立ち直るには、まだ、俺には何かが足りないのだ。


 そして――。


「とりあえず、直近、必要なのは癒しなんだよ、廸子さん。この炭酸泉の素で、まずは心と身体をリフレッシュしたい所なんだよ」


「爺くさいこと言い出したなァ」


「うっさーい、齢三十も越えれば、いろいろと厳しい年齢なんだよ。ちくしょう、なにが働き盛りだ。デスクワーク主体で二十代を過ごしてきた人間に、肉体労働なんて難しいんだよ」


 普段から身体を鍛えていないから。

 そんなあきれ顔をこちらに向ける廸子さん。


 それじゃお前は身体を鍛えているのかと、じっと見てやると、なるほど、まったくもって隙の無い引き締まったボディに、俺は感嘆の声を漏らした。


 縊れた腰。

 引き締まった尻。

 流れるような脚線美。

 適度に日に焼けた健康的な肌。


 そして貧乳。


 うん。


「廸子、お前って奴は」


「トレーニングは大切だぜ。体力は生活の基本。次にどんな仕事をするにしたって、鍛えておいて損はない。マラソン辺りからはじめてみたらどうだ」


「――まさかコンビニエンスストアで、僕の手を握ってくれる、エッチな体のお姉さんなんていう、ニッチなオネショタキャラを目指していたなんて!!」


「目指してねえよ!? どうしてそういう話になった!!」


 だってお前、そんな理由でもなかったら、三十を越えてボディラインを整える必要とかないでしょう。


 ここ田舎ですよ。


 都会ならまだしも、田舎ですよ。


 異性の眼も、同性の眼もとどきやしない山奥。

 そのマミミーマートで、女を気にする必要がいったいどこにあるというの。

 時たま現れる、学校帰りの男子学生を誘惑する以外の何が目的なのだ。


 それかまさか――。


「畑仕事帰りのお爺ちゃんたちか!! 村一番の働き手の娘が、わしらを優しく介護してくれる的な、アダルトでビデオな展開を期待しているのか!!」


「期待してねえよ!!」


「だったらなんで身体を鍛えて――へぶぁっ!!」


 炸裂する裏拳。

 降り注ぐブタを見る瞳。

 修羅の覇道を瞳に揺らせて廸子はカウンターの中に立っている。


「お前のセクハラを止めるためだよ」


「あっ、はい、どうもすみません」


 けど、暴力でなんでも解決するのって、俺、よくないと思うの。

 たまには口で解決した方がいいと思うんだ。

 まぁ、口の使い方にもいろいろとあると――。


 オケーィ。

 廸子さん、落ち着いて。


 うん、違うんだ。

 よこしまなことを考えていた訳じゃないから。


 訳じゃないから、睨むのをやめてちょうだい。

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