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第85話

「おはちゃんみかー。今日もデスマーチ絶賛ラインは停止中、原因究明のために部下に仮眠を与え、かつ起き抜けのカフェインをぶっこむべくやってきた、アタシャ行き遅れのアラフォー女子。クレシェンド生産企画開発室課長補佐と言う名の社畜田辺美香。どうしてこうなった」


「うぉっ、美香さん!?」


「美香先輩大丈夫ですか!? 顔ひどいことなってますよ!!」


 ゾンビみたいな顔した美香さんがコンビニにやってきた。

 口調もなんか怪しい感じの美香さんがコンビニにやってきた。


 ついでに言うと、おはようなんて時間じゃない。

 いま何時、そうねだいたい六時前。

 夕日と朝日を間違えるにしても、とっぷり暮れてる山の中である。


 いったいどうしたというのか。

 心配になる俺たちの前で、メイクが崩れてえらいことなった美香さんが、ぶるぶると顔を振る。頬を叩いて気合を注入した俺たちの姉貴分は、それでいつもの顔に戻る――かと思いきや、すぐに駄目な崩れ顔になった。


 まったく気合が入ってない。

 表情筋が死んでいる。


 四十歳を見据えたキャリアウーマンがしていい顔じゃねえ。


「はい、陽介、あとでちょっとコンビにの裏来い」


「その顔で凄まれてもまったく威圧感ないはずなのに声だけでおしっこちびりそうになるから美香さんほんと怖い」


「……ちびるなよ?」


 ちびらんわい。

 もののたとえじゃい。


 そして、許して美香さん、ほんと冗談だから。

 それよりなにより、今はあんたの体の方が心配だから。


 マジでどうしたんですかと、真剣な顔で尋ねると、美香さんはもうやだぁという感じに、堰を切ったダムの如く泣き出したのだった。


 おいおいおい。

 美香さんがこんなんなるなんて、初めて見るぞ。


 これ、ガチでやばい奴や。


「聞いてよ廸ちゃん、ようちゃん!! もうね、ほんと、ほんとここ二週間、プロジェクトがデスマーチでさ!! というか、そもそもの案件からして無茶な内容だったの!! 既存製品の増産ラインの開発案件に加えて、新規製品のラインも並行して作ることになってさ!!」


「……陽介? 言ってる意味分かる?」


「んとな、弁当しこたま温めてる最中に、いきなり後ろから声かけられて、ホットスナック山もり注文される感じ」


「ようちゃんそれ!! コンビニで例えるとマジでそれ!! 流石は元同業!! わかってるぅ!!」


 いやまぁ、そりゃ俺もいろいろ修羅場はくぐってきましたからね。

 美香さんが狼狽えるのは初めて見ますけど、同僚が精神崩壊起こす姿はいくらだって見てきましたよ。まだ美香さんのは、かわいくないけどかわいいくらいってもんです。ほんとかわいこぶってもすこしもかわいくないけど。


 はい、睨まない。

 その顔で睨まないで美香さん。


 俺は廸子一筋なんだから。そういう顔で揺らぐようにはできておりません。そういうのはもっと意中の男性に向かってどうぞ。


 だから、やめてって!!

 三割増しで睨まないで!!

 怒る対象は業務か俺かどっちかにしてよほんと!!


「それでさ、もうさ、仕事量的に明らかにこんなん無理じゃんアハハハ外注に投げようって、業務委託で新規ラインの方を出しちゃったのよ!! 取引でそこそこ実績もあったし、信頼もしている会社だったから、まぁ大丈夫だろうって!! したら、あいつ等、納期ひっぱるだけひっぱっておいて、『仕様を決めてくれないので作業に着手できませんでした』とか言って逃げやがったのよ!!」


「……陽介!!」


「んとな。おでん温めてってバイトの子に頼んだら、一生懸命頑張ったんだけれどできなくって、サーセンって言って帰っていく感じ」


「許せねえ奴じゃないですか!! 美香さん!!」


「許せないじゃん廸ちゃん!! けどな、これ、この業界じゃよくある奴なんだよ!! これで痛い目みたやついっぱいるあるあるなんだよ!! 私はそういうの無いように、徹底していろいろと委託先のフォローしてきたんだけれど、今回ばかりは忙しすぎて手が回らなかったんだよ!!」


「フォローしたのにあだで返した奴らが悪い!! そんなのは、業界を知らないアタシでも分かることだぜ!!」


「でしょう!! 絶対ギルティぶちコロコロまったなしでしょ!! やっちゃっていいかな!! ねぇ、もう、相手先の会社にカチこんじゃっていいかな!!」


「いいっすよ!! こんなん人の道理に反することじゃないですか!!」


「よくねえよ!! 大人げねえからやめろよ!! 絶対にやめろよ美香さん!!」


 というか、許してやれよ。

 そういう形態での就労なんだから仕方ないじゃないか。

 そこは広い心で許さないと、ほんと、持ちつ持たれつなんだからさ仕事の世界なんて。一応そういう逃げ方しても許される契約だったんだから、そこは許そう。


 そしてアルバイトの子のチョンボも許そう。

 せいいっぱいやったならそれでいいじゃん。

 アルバイトでなくっても、せいいっぱいならそれで満点あげようじゃん。

 頑張ってもできないんなら、そらもうどうしようもないことなんだから、許してあげりゃーいいじゃないのよ。


 とまぁ、言うてはみたけど、実際その立場になったら絶許になるんだろうけどさ。


 確実に鬼になる自信があるわ。

 もうおめーの会社は使わないからなって、電話かけてる自信あるわ。

 というか、何度かやったわ。


 ほんと、平社員なのに何イキッてたんだろうね。

 ニートだからこそ、それに気づけた。


 はい。

 美香さんが怖い目でこっち見てくるから現実逃避おしまい。


「もう任せてもおけないから、いつものチームを新規ラインの開発に回して、それで突貫開発してるんだけれど、これがまた思いのほかやっかいでさ。そりゃ、仕様出せないのも分かるよってちょっと頷いちゃう、クソ案件なのよ。ぶっちゃけ、現場が思いつきでやりだした感じの」


「陽介ェ……」


「姉貴の無茶ぶり」


「絶ッ許ですよ!!」


 もう開発案件あるあるを例えるのも疲れてきたなと言う感じで俺は目を覆う。


 美香さん。

 まぁ、立場のある人だから、逃げることは許されないのは分かるけど。

 それにしたって苦労しているんだな。キャリアウーマンかっこいいとか、そんなん気軽に言えないくらいには、ちゃんと管理職しているんだな。


 確かに昔から美香さんてば、なにかと背負い込むところあったもんな。

 姉貴たちの族のことだって、そうやって取りまとめておいた方が統制が効くからって始めたし。かといって、姉貴に音頭を取らせたらめちゃくちゃになるし。

 なんだかんだでいろいろ気配りはできる人なんだよな。


 うぅん。


「美香さん。その新規ラインの開発なんだけれどさ、なんかプログラム系で手伝えることとかありそう?」


「……おっと、ようちゃん!?」


「陽介、お前、まさか!!」


 ここまで聞いておいて、何もしないって訳にはいくめえ。

 そして、なんだかんだで姉のように思っている美香さんだ。そんな彼女のピンチに指を咥えて見ていることなんてできねえ。


 俺にできることがあるならしてやりたい――。


 そう思って、俺はスマホを取り出すと、昔いた会社の電話番号を表示した。


 うん。


「前いた会社とは今もコネクションあるから、もしかしたら引き受けられるかもしれないけれど。紹介しようか?」


「お前が働くんと違うんかい!!」


「そういう流れだったでしょうようちゃん!! なに日和ってんの!!」


 働くわけないじゃん。

 どうして。ホワイ。


 俺は俺のできることをするだけ。


 そう、持ってるコネクションをつなぐだけですがな。

 そこに小金が発生したとして、そこはそれ。

 まぁ、情報料ってやつですな。


 伊達に情報業界に長いこといやしねーぜ。てなもんよ。


「いや、だから俺は就労許可が医者から出てないので……」


 冗談はさておき。

 助けてやりたいのはやぶさかだけど。

 そういう事情なので仕方ないのだ。


 ほんと、ドクターストップかけられてるので、無理は禁物なのだ。

 だからそんな信じられないものを見るような目でこちらを見ないでほしいのだ。


「かーもうこれだから。ようちゃんは肝心な時に役に立たないんだから」


「ほんとだぞ!! 美香さんもっと言ってやって!! 陽介の奴、ふがいないのをもっと言ってやって!!」


「そうやって保身に走ってばっかりだからおめーはダメなのよ。できたらできたでそれでいいじゃないのよ。ビビってんじゃないわよ」


「……美香さん」


「チャン美香姐さん?」


「だいたいねえアンタ三十代って言ったら、そういうのが一番盛んなお年頃でしょう。下手したら中学生とか高校生より、お盛んな時期でしょう。そんな時に、いざという時に、ここぞという時に、立て――」


 待って、と、俺と廸子は美香さんの口をふさいだ。

 ふさいで優しいまなざしを彼女に向けた。


「「美香さん、寝てください。今は立つときじゃありません」」


 疲れは人を変える。

 けど、美香さん、立場ある人間のセクハラはまずいっすよ。


「仕方ないじゃない!! だって、差し入れに栄養ドリンク持っていくと、部下の子たちがだいたいそんなもがむぐ……!!」

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