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第83話

 ワイの名前はカルロス言いますねん。

 下の苗字はあらへんねんな。まぁ、偽名ですから。


 日系三世でブラジルからやって来たボクは、尾張長久手辺りの自動車関連工場でせっせと働いとりました。

 日本はプチバブルと高齢化社会で仕事に困らん。

 そうブラジルの斡旋業者に紹介されたのが運の尽きでしたわ。


 コンテナ――やなくて、キャリーバックの中に隠れて密入国したワイは、こっちで偽造した就労ビザ取って、それでまぁ、なんとか技能実習生っちゅうことで、ライン工しとったんです。


 けどまぁ、あれやないですか。

 いくら治安のいい日本や言うても、ワイみたいなやつがまたぞろおったら、そら向こうと変わりません。

 ガタイはええけど、押しの弱いワイは、なんやかんやと周りに食い物にされて、気がついたらすってんてん、寮に入る金もないくらい身ぐるみはがされてましたわ。


 で、そんなワイがどうなったかというと――。


「ラッシャーセ!! マミチキ揚げたてデース!!」


 小牧長久手の工場から夜逃げ同然で逃げてきて、ブローカーも撒いて、こんな片田舎のコンビニでバイトしとるいう訳ですわ。

 いやー。


「近くに、安いアパート、あってよかったヨ!!」


◇ ◇ ◇ ◇


「と言う訳で、うちで今度から面倒見ることになったカルロスくんだ」


「カルロスデース!! よろしくねがっまっス!!」


「……よ、よろしくお願いします」


「おい姉貴。人手不足については俺はなにも言わんけれどさ、いくら何でも女ばっかりの職場に、いきなり男入れるのはまずかろうよ。えぇ、男も女も働いているなら、そりゃ問題ないだろうけど、マミミーマートは女の職場。廸子たちにもうちょっと配慮した人材を採用しろよ」


「……なるほど。つまり、お前も働けば、マミミーマートの男性従業員数はつり合いが取れると言う訳だな」


「カルロスくん。俺は君を信じているよ。そんな飢えたサバンナの肉食獣って感じのナリだけど、きっと心は純真なナイスガイで、俺の廸子にちょっかいかけたりとか、そういうことはしないと信じている」


 けど、どうしよう。

 信じて採用したブラジル人がコンビニでやりたい放題しだしたらどうしよう。

 こんな筋骨隆々逞しい体をしているのだ、きっと夜のテクニックは相当に高いに違いないだろう。

 そのテクニックで、このコンビニに働く女性たちを、次々と虜にしていったら。


 くっそー。

 ちん〇だけは、ちん〇だけは、どうしても鍛えることはできないからなー。

 あと、筋力もそんなに簡単には鍛えることができないからなー。


 このまま廸子が彼にNTRされてしまうと考えると。

 彼女がこの目の前のラテン系男子にめちゃくちゃにされてしまうと思うと。

 うぅん――。


 この身体にこみあげる熱い思いは間違いない。


 主に下半身にこみあげるこの思い。

 きっとこれはそうなのだ。


「廸子。俺、NTR属性がもしかしたらあるのかもしれない」


「……陽介。温泉旅行での絆はどこへ行った?」


「いや、それとこれとは話が別でしょうよ!! 愛する女が、ずっと一緒にいた幼馴染が、他の男の色に染まっていく!! その敗北感!! そして背徳感!! わかんねーかな、廸子、お前にはそういうのわかんねーかな!!」


「わかってたまるかー」


 こきゃっ、と、関節決められる俺。


 はい、もちろん冗談でございますよ。

 いつものセクハラでございますよ。


 NTRなんてね――絶対させない心意気でございますよ。

 廸子さんはね、俺の大切な幼馴染はね、絶対に渡さん心持ちでございます。彼女が寝技をかけていいのは俺だけってもんですよ。


「ほーれ、大技いくぞジャイアントスイングだー」


「わー、廸子ちゃんてば逞し……えっ、ちょっと、速くない!? ちょっとちょっとちょっと速くない廸子さん!! このスピードで投げられたら、俺、結構ただじゃすまない感じだと思うんだけれど!!」


「はっはっは!! 寝技を誰かに取ってもらえるといいな、陽介!!」


「分かってるじゃん!! NTR属性分かってるじゃん廸子!!」


 すぽん、廸子の手の中を抜ける俺の足。


 そのまま飛んでけ。

 ひょいと放物線を描いてマミミーマートの宙を舞う俺。


 これは死ぬ奴。


 走馬灯のように頭の中を巡るのは廸子との思い出。


 有馬温泉で一緒に食べたソフトクリーム。

 見学した鉱泉。

 湯上りに見た彼女の艶やかな姿。

 パンツとか丸だしでご飯食べる幼馴染。


 そして、寝付いてみると結構豪快ないびきをかくなぁって、そんなどうしようもないことばかり。


 うん。


「割と最近のことばっかりだな走馬灯!!」


 もっといろいろあっただろう俺と廸子のメモリー!!

 なんでここ一週間くらいのできごとばっかりなんだよ!!

 そんなに俺の脳みそ劣化してるってこと!?


 それともなんか実は幼馴染だと思い込んでいるだけで、本当は赤の他人、過去の記憶を改ざんされた的な物語の主人公だとでもいうの!!


 いやだよ、記憶改ざんされてニートで田舎でぶらぶらしている主人公とか!!

 記憶改ざんはいいけど、ニートで田舎ぶらぶらしているのが嫌だよ!!


 もう自己嫌悪しかねえよ!!


「危ないデース!!」


「なっ、なんだと!?」


 マミミーマートの床にたたきつけられんとしていた俺の身体をダイビングキャッチ。その逞しい筋肉で優しく包み込んだものがあった。

 焼けた肌に白い歯、さわやかに笑う巻き毛のそいつは――。


「大丈夫デスか、陽介サーン」


「カ、カルロス様!!」


「私これでも、ブラジルいるとき、プロレスラーやってまシタ。受け身取るのは得意なんデース!!」


 そう言って微笑みかける濃ゆい顔。


 それまで、ただの外国人面だな。たぶんいろいろな事情を抱えてここまで流されてきたんだろうな。若いのに大変なこった。しかし、まぁ、中の下って顔していやがるぜまったく。くらいに思っていたその顔が、急に輝き始める。


 知っている、この感覚。

 どうでもいい相手が、急に素敵に見えるこの現象。

 漫画で読んだことがある。


 そう、これが。


 恋――。


「抱いて!! カルロスくん!!」


「……いや、抱いていマスし?」


「そういうことじゃないの、アタイを一人の女としてみてほしいの!!」


「いや、私、これで向こうに奥さんと子供が四人いますカラ。それでなくても男はチョット」


「それでもいいの!! 二号さんでもいいから!!」


「いいかげんに――しろ、馬鹿!!」


 再び、廸子の一撃。

 頭に向かって一直線に振り落とされたかかと落としで、俺は死んだ。


 逞しい、カルロスの胸の中で息絶えた。


「この通り、なかなか格闘技経験者として見どころのある青年なのでな。一つ、どうかよろしく頼むぞ廸ちゃん」


「……まぁ、そういうことなら」


「よろしくお願いしマース。廸子さん。故郷のハニーとファミリーのために、いっぱいいっぱい稼がなくちゃいけないんデース」


 ふっ、ハニーか。

 かなわないな。


 どうやらカルロスくんの愛は本物らしい。

 これじゃ、俺や廸子が付け入る隙なんてありゃしないよ。


 ふふっ。こうして、俺の夏の恋は、短く、そして悲しく終わった。

 けれども、恋したカルロスくんは、これからもマミミーマートで働いていくことになるのです。これから、ずっと、ずっと。


「とりあえず、就労ビザが切れるまでよろしくお願いしマース」


「……違う意味で大丈夫なんですか千寿さん?」


「なに。人間、ちょっと後ろめたいことがある方がよく働く。はっはっはっは」

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